連続殺人事件の容疑者は勇者?! ダイイング・メッセージは【マ】
「ねえ、主。どうして勇者って建築物を破壊するんだろう?」
首を傾げながらヤギの聖獣であるカルマが不思議そうに尋ねる。
「全員の勇者はそうじゃないけどさ、たまに村の住居に侵入して強盗したり、柵とか看板を壊したりしている奴いるじゃん」
「異世界の文化はよく分からないけど、あっちの世界での勇者はこう言った事も許されるみたいだよ」
「勇者って悪い奴らを倒す人って事だよね? それなのに悪い事していいの?」
「聖十二神の聖書にもあるでしょ。【英雄の悪行は誰も知らない】。勝った人の悪事なんて誰も気にしないのよ、カルマ」
「なるほどね」
そんな話しをしながら、目の前の共同墓地をもう一度見る。
墓石は丁寧に全部倒されて、村人たちや聖十二神の警備隊達が面倒くさそうに直していた。他にも畑は荒らされて、柵も壊されている。
「でもこれは、あまりにも酷いけどね」
「ね」
我々、聖十二神教会の異端審問である私はヤギの聖獣 カルマと共に異世界から召喚される悪魔や召喚者を元の世界に戻し、召喚した輩を取り締まっている。
この世の理から外れようとする異教徒たちは自分たちの教義を邪魔する異端審問を憎んでおり、時々こうして勇者を召喚させて我々を魔王の軍団と嘘を教え込み、戦わせようとするのだ。
……まあ、戦う前に勇者が保護される事が多いんだけど。
「おい、異端審問」
声のする方を見ると真っ白な短い頭と真っ赤な大きな目で少年が立っていた。イライラしている表情を浮かべているが、笑えばとっても愛らしい顔立ちの子である。頭の上に犬のようなピンッと立った耳とお尻に真っ白な尻尾がある。
信徒を守る神に仕える番犬の聖獣 ガルムだ。聖獣は人間の姿に変身が出来、人の言葉を喋る。
「これが落ちていた。恐らく忌々しい勇者の物だと思う」
そう言って赤い小さな宝石を差し出した。私は「ありがとう」と言って受け取ったが、ガルムは「フン!」とだけ返して、報告を続ける。
「乱暴野郎の勇者は男爵の森の中にある小屋に潜伏しているようだ。ただ色々と問題が発生したみたいだけどな!」
「問題って?」
「それは自分で調べるんだな」
意地悪な笑みを浮かべてガルムは「それから、分かっているだろうな? この年から決まった罰則」と聞いてきた。
カルマが「分かっているよ」とうんざりしたように言う。だがガルムはヤギの姿のカルマに目線を合わせて、「本当だろうな? ヤギ!」と噛みつくように言った。
「腹減って契約書をむやみやたらに食うなよ!」
「僕はそこら辺のヤギじゃないよ。ワンコちゃん」
カルマが嘲るようにそう言い、ガルムは「なんだと!」とガルルルルと唸り声をあげた。
その時「ガルム」と低い男性の声が聞こえてきた。ガルムはぱっと顔をあげて男性の横に並んだ。
男性は三十代くらいで詰襟の紋章を見るとこの人が警備隊長であり、ガルムの主だろう。
私はいくつか質問をしたが「さあね、我々も今来たばっかりなので」と分からないとばかりに肩をすくめた。恐らく知っているのだろうけど、嫌がらせで言わないのだろう。ガルムの言う通り「自分で調べろ」って事だ。
警備隊長はジロッと私とカルマを睨んだ後、「例の規則をお忘れなく。異端審問殿」と嫌みったらしく言って、ガルムを連れて去っていった。
「あのワンコちゃん、苛立っていたね」
カルマが馬鹿にするように言うので、私は「コラ!」と怒る。だがカルマは不満そうに口を開いた。
「だって、あっちが一方的に敵意を持っているじゃん」
「仕方ないよ。ここの領地の人達の墓地を倒した犯人を自分たちで捕まえられないんだから。あっちからして見たら仕事を取ったって思うでしょうよ」
警備隊と異端審問は捜査対象が被ることがあり、捜査権はこちらの方が優先される。更に警備隊が調べた情報や証拠もこちらに渡さないといけない。こんな事していたら、当然の如く嫌われる。
それでなくても邪教と関わるため他の聖十二神の教会のほとんどに嫌われているが。
男爵が統治している森を歩いているとカルマが立ち止まり、「魔力を感じる」と呟いた。早く勇者達を捕まえたいが、こちらも気になる。
「カルマ、魔力がある場所を探して」
「分かった」
臭いをかいでカルマは道を外れて、魔力のする方へと向かう。
魔力の元になっていた所は意外とすぐに見つかった。
「あ、人が倒れている」
カルマが駆け寄るが倒れた人は動かない。死んだように倒れている。観察してみると邪教の信者が使っている杖があった。
「鼻の良いワンコが気づかないわけないね。黙っていたな」
「異教徒だから、ほっておいたんでしょう。管轄外って事で」
警備隊は基本的に異教徒や悪魔などを、ものすごく嫌っている。もちろん異世界から来たニホン人も無害な人はいると伝えても嫌悪感しかない。しかも異教徒や異世界から来た者が被害者だと捜査もしないのだ。
「勇者を呼び出したのは、こいつに間違いないね」
「また異世界から人を召喚するつもりだったのかしら?」
カルマはフウッと息を吹きかけると邪教の信者が倒れている場所に光る模様が見えた。魔法の息吹で魔力を視覚化したのだ。
「魔法陣だ。でも書き途中だけど」
「見て。ここが書き間違えている」
魔力が高い土地であれば地面に魔法陣を書いて魔法を出すことも可能だ。だがリスクは高く、失敗すれば最悪な事も考えないといけない。
なるほど、魔法の失敗で仮死状態になったようだ。
「ねえ、主。ここの所、異様に強調されていない?」
色々と観察しているとカルマが倒れている異教徒の場所を前足で指した。確かに何度も書いたような跡があった。それを見るとこの世界の文字ではない。だが見覚えがあった。
「あ、カタカナの【マ】だ」
異世界から召喚されたニホン人が使う文字だ。彼らは識字率が高い上に、平仮名とカタカナと漢字と顔文字などなどと多くの文字を使いこなしている。よく混乱しないよなと思う。
だがここで疑問が多く浮かび上がる。
「なんで【マ】って書いてあるんだろう?」
仮死状態になった異教徒はカルマに任せて、私は勇者たちが潜伏している小屋に向かった。
小屋は男爵の祖父が狩猟の道具を保管するために建てたらしいが、現在の当主は狩猟をしないのでただの空き家となっていた。
猟銃などは無いらしいのでヤバい事にはなっていないようだが、一刻も早く保護しないといけない。
だが小屋が見えてきた時、想像とは違う事に気が付いた。男爵が所有する小屋と警備隊が言っていたので、小さな物置と思っていた。
だが実際は二階建てのレンガ調の屋敷だった。
警備隊め! ワザと勘違いするような言い方をしたな! こういう地味な嫌がらせも警備隊は忘れずにやるのだ。
カルマと一緒にガルムを「ワンコ」って嫌味を言えば良かったな。
ちょっとムカッと来たが気を取り直して、小屋じゃなくて屋敷の玄関の前に立った。警備隊は屋敷から勇者が出ないように魔法で封鎖をする最低限の仕事はしているようだ。
一応、ノックをする。だが反応は無い。玄関のみ包囲魔法を解いて「ごめんください」と言って中に入った、その瞬間だった。
男性の叫び声が屋敷に響き渡った。
「え? 何?」
叫び声と一緒に階段を降りて走ってきたのは二十代前半の男性だ。色白でパッと見ただけで分かる、異世界から来た人間だ。
「うわー! モンスター!」
私を見て男性はそう叫んだ。思いっきり失礼だが、そう言えば私は異端審問が被るヤギのお面を付けているので、まあそう思っても仕方がないな。
そして男性は「どけー! モンスター」と言って思いっきりタックルしてきたので、スッと避けてあげた。男性は勢いそのままに転んで倒れてしまった。
ひとまず私は「大丈夫ですか?」と近寄る。その時、知らない人の声が聞こえてきた。
「そいつを捕まえろ! 殺人犯かもしれないんだ!」
「はあ? 殺人犯?」
そう言って地面に突っ伏している男性を立たせてあげて、両手首を掴み拘束した。
*
ひとまず屋敷にいる人間達を食堂に集めた。全員で三人。男性二人と女性一人だ。
「あの、殺人事件があったんですか?」
「だから! 俺はやっていないって!」
私が捕まえた男性は怒鳴って、犯行を否定した。もう一方の男性は「はい、ありました」と言い、女性は「二階に遺体があります」と答えた。
どうやら二人に聞いた方がいいな。と思いながら否定をしているが殺人犯の手首を縛って、現場に案内してもらった。
二階は寝室となっており、何と四部屋もあった。そのうちの一部屋を開けると真っ赤な液体が派手に飛び散っていた。そしてベッドには男性が目をつぶって寝ていた。そして傍らには大剣が落ちていた。もちろん液体がべったりとついている。
私が小さな「なるほどね」と呟くと、女性が話し出した。
「朝、起きたら死んでいたのです」
「……遺体には触りました?」
「いえ、触っていないです。こういうのって触っちゃいけないと思って」
申し訳なさそうに女性が言う。そう言えば【ニホン】の人達はケイサツと言う組織に事件の解決を任せている。その際は現場を保存するため、手に触れないと言われていたよな。
そして彼らは我々の世界について、分かっていない。
チラッと殺人犯と呼ばれた男性の方を向いて「これをやったの?」と聞くと「やっていねえよ!」と怒鳴った。
「お前以外に誰がやるんだよ。お前はそういう人間だろ!」
もう一方の男性が呆れたように言うと、殺人犯は「嵌められたんだ! 最初の事件から!」と言い返す。ん? 最初の事件から?
「え? 最初の事件って、これが二回目なんですか?」
「はい。ここの屋敷の近くで私達を召喚した老人が殺されていたんです。ダイイング・メッセ―ジを残して」
殺人犯の男性がギャンギャンと言い訳を遮りながら男性はそう言った。チラッと彼らの足元を見ると、一人だけ赤い液体がついていた。
遺体の確認を一応するが、真っ赤な液体はすでに乾いていた。真っ黒なローブを着た男性だが、目を固く閉じて動かない。
傍らにある剣を見つけて持つと、びっくりするくらい太いが持つととても軽い。こんな意匠が凝った太い剣なんて式典にしか使えない気がする。戦闘したらすぐに折れてしまうだろう。
剣のモチーフを見ると綺麗な石がついているが、一部だけ取れていた。
「……なるほどね」
二階での陰惨な事件現場を観察して、私達は一階の食堂へ戻った。
「初めまして、私は聖十二神の教会の異端審問です。皆様の世界では恐らく異端審問と言う人間は酷い事をしている印象があるようですが、私達はそういう事はしません。皆様を元の世界に戻すように尽力します」
そう言って私は用意していた紙とペンを出して、召喚者達に渡した。
「早速ですが、こちらの紙に名前と皆様が与えられた称号の記入をお願いします。恐らく、皆様はこの世界に来る時に契約書を書かされたと思います。元の世界に帰る際はその契約書の書き換えが必要で、更に皆様の名前なども書かないといけません。名前の文字を知りたいので、本人に書いてもらいたいのです」
「……あの、称号って何ですか?」
「勇者とか魔法使いとか、そう言った役割って言った方がいいのかな?」
私の説明でなるほどと言う顔になり書いてくれた。書いてくれている間に召喚者達三人を観察する。
殺人犯とみんなに疑われている男、二十代前半くらいでイライラしているが、居心地悪そうに書いている。耳に穴を開けて付けている耳飾りをいくつか付けている。ここの世界では守護魔法の目的で付けているけど、異世界ではお洒落で付けているようだ。髪も金髪だが根元は黒い。羽ペンで乱雑に書いている。綺麗な青い服を着ている。
もう片方の事件の説明をしてくれた男は、殺人犯と同じくらいの年で無表情で書いている。黒髪に黒い目。殺人犯に比べて外見は地味だし、特徴が無いのが特徴だ。そしてあまり喋らない。そして真っ黒な服を着ている。
あとは女性で十代後半くらいだ。当然、びくびくしているがちゃんと記入してくれている。肩まである黒髪だが所々赤い毛がある。髪に合わせて服も赤い。
全員、名前を書いてもらった所で紙を回収する。紙には【名前】の上に【フリガナ】と書いてあるので、漢字の名前の下に読み方も書いてくれてある。
勇 者 飯 沼 英 雄 イイヌマ ヒーロー
剣 士 鎌 時 洋 二 カマトキ ヨウジ
魔法使い 伊集院 美 智 イジュウイン ミチ
名前を見ると殺人犯の男性は勇者で【飯沼 英雄】と言う名前だった。この【英雄】と言う漢字に見覚えがあり、私は思わず「あ!」と言い、ヒーローさんに話しかけた。
「勇者さんの名前と同じ漢字の方が召喚されたことがあるんですよ。この漢字は【エイユウ】って読み、人の名前だと【ヒデオ】って読むらしいですね。だけど【ヒーロー】とも読むんですね。初めて知りました」
勇者のヒーローさんはものすごく嫌そうな顔で「あ、そう」と言い、剣士のヨウジさんは目を見開いていて、魔法使いのミチさんは笑いをこらえている。……なんか、変な事を言ったのかな?
ヨウジさんとミチさんにいくつか名前について質問をしていると、勇者のヒーローがイライラしたように「なあ、お前さ!」と怒ってきた。
「早く元の世界に戻せよ!」
「あ、申し訳ございません。まだ契約書が見つかっていないのですぐには難しいです」
「契約書?」
「最初に説明したんですが、あなた方を呼び出した人達が書いた書類です。恐らくあなた方も名前を書いたかと思いますが、その書類が無いと元の世界に返せないんです」
「じゃあ、さっさと探し出せよ!」
ヒーローさんがドンっとテーブルを叩く。随分とイラついている。
それをヨウジさんは冷たい目で見ながら「殺人起こしたから、逃げるんだ」と呟いた。
「はあ! だから、やっていないって! 殺していねえって!」
「……あの、まずどういう事件が起こったんですか? いや、その前にどういった経緯でこの世界にやってきたんですか?」
私が尋ねると三人はおずおずと話し出した。
「私は友達と遊んだ後、自分の家に帰るため駅にいる時」
「僕はスマホで調べ物をしている時」
「俺は……実家でケータイ電話を探している時」
ヒーローさんの言葉にミチさんは「えー! 携帯ってあれ?」と言い、仰天していた。一方、ミチさんにイラつきながらヒーローさんは「うるせえ! こいつのスマホこそ何だよ!」と怒る。ヨウジさんは無関心だ。
話しを元に戻そうと私は「この世界に来た時について話もらってもいいでしょうか?」と話しミチさんが「私達は白い石碑の場所で召喚されました」と話し出した。
「真っ白な宮殿の跡地で、導師と名乗る老人に会いました。彼が私達をここへ連れてきた。この地を荒らすアザゼル山の魔王を倒してほしいってお願いされました」
召喚者を呼び出す人間は個性豊かな設定を盛り込んで大嘘を吹き込む。そして自分の思想を弾圧する異端審問の総本山であるアザゼル山を魔王が住む場所と言うのだ。
ヒーローさんが苛立った感じで話し出した。
「はっきり言って私達はアザゼル山? の魔王を倒すのは面倒だったんだ。なんでここの魔王を倒すのに、異世界から人間を連れてくるんだよ。この世界の問題だろ! 俺達には関係ない!」
「確かにそうですね。それとアザゼル山には魔王もいませんよ」
「陰キャはこういうのをノリノリでやるんだろうけど、俺は嫌でさっさと帰せって爺に言ったんだ!」
するとヨウジさんは「それで殺した」と呟き、ヒーローさんは「違う!」と怒鳴った。
「だから殺していないっつーの! 確かに修行の場とか、何とか? へ行く時に言い争いになったが、殺してはいないぞ!」
ギャンギャンと怒鳴るヒーローさんを「分かりました」と言って黙らせて、質問を続ける。
「それでどういう形で導師を見つけたんですか?」
「石碑で導師にしばらく待てと言われて待っていました。しかしすぐにしびれを切らしてヒーローが探しに行ったが見つからない。その後もいくら待っても帰ってこないので、みんなで探すことにしました」
「もしかしてここの館に向かう途中にあった、木々が生い茂っていない開けたところにいた老人って……」
「あ、そうです! うつ伏せになって倒れていました」
ミチさんは頷いた。やっぱりと思いながら、疑問があった。
「それでなんでヒーローさんが犯人って思ったんですか?」
「あいつは導師が待っていろと言ったのに一人で探しに行ったんだ」
ヨウジさんがそういうと勇者のヒーローさんは「探しに行ったが、見つけられなかったって言っただろ!」と怒った。
ミチさんが恐る恐る「それで改めてみんなで探し始めたんです。そしたら……」と言い、私が代わりに話した。
「導師が倒れていたって事ね。一人で探しに行っていたから、ヒーローさんが犯人ってみんなは考えたんですね」
「はい。それから傍らに【ダイイング・メッセージ】がありました」
静かにヨウジさんは答えたのだが、私はちょっと理解できない言葉があり尋ねた。
「あの、【ダイイング・メッセージ】って?」
「死に際の被害者の言葉などですね」
ヨウジさんが私の疑問に答えてくれて、さらに結論を喋り出した。
「導師はうつ伏せで倒れていて、右の指先に【マ】と言う文字が書かれていました。恐らく、導師は死に際、犯人は誰かを書いたと思います」
「……それが、どうして勇者が犯人って思ったんですか?」
「勇者の漢字って【マ】があるでしょ」
ミチさんがそう言うので、勇者が書いた紙を見る。あ、なるほど。確かに勇者の【勇】は【男】の上に【マ】がある。
「つまり導師は【勇者】と書きかけて力尽きた。僕はそう考えています」
ヨウジさんはどこか自信ありげにそう言った。
異端審問は殺人事件の捜査をしないので、【ダイイング・メッセージ】と言うものを私は知らなかった。と言うか死に際に余力があるんだったら、犯人に魔法をぶっ放すか助けを呼ぶと思う。でもそれは魔法が使える人間の考えか。魔法が使えないと、色々とやれることが限られてしまう。
私が感心しているとヒーローさんは「馬鹿じゃねえの?」と言いだした。
「カタカナの【マ】と書いただけなのと、俺が勇者だからと言う理由で犯人になるのか?」
「お前一人しか単独行動していないだろ」
ジロッとヨウジさんが睨み、ヒーローさんが掴みかかろうとしている。慌てて「落ち着いてください」と言うと渋々だが座ってくれた。
私は「その後、どうしました?」と聞く。
「近くに館があったので所有者には申し訳なかったのですが一日過ごしました」
「次の日、導師の遺体をどうしようか? と思ってミチさんと一緒に外に出ようとしたら、閉じ込められた。そして外から『お前達、勇者だろ。異端審問が来るから待っていろ』と言う少年の声が聞こえてきたので待機していた」
その少年の声は番犬の聖獣 ガルムだろうな。そんな事を考えつつ、彼らの話しを聞く。
「黒魔術師、二階で死んでいる奴です。それとこいつの二人が起きてこないので起こしに行くと、黒魔術師が死んでいた」
「だからやっていねえって! 俺は!」
「じゃあ、夜中は何していたんだよ」
「……ちょっと、散歩だよ。それに黒魔術師だって外に出て行っただろ!」
再び言い合いになりそうになったので、「すいません」と言って別の質問をする。
「二階で亡くなっている黒魔術師は名前を知ってますか?」
「分からないです。そもそも私達は今、みんなの名前を知りました」
「じゃあ、皆さんは【勇者】とか【魔法使い】とかで呼んでいたんですか?」
「そうです。勇者さんがその方がいいだろって」
「馴れ合いは好きじゃ無いんだよ。導師や黒魔術師も賛成していたし」
プイッと勇者はそっぽを向いた。複数の人数を召喚する事はあるけど、お互いに名前を言わないのは初めてだな。
*
玄関のドアをガチャッと開ける音と「主!」と言うカルマの声が聞こえてきた。
「カルマ! 食堂にいるから来て」
そう言うと尻尾を振ってカルマが食堂に入ってきた。口には導師のカバンらしき物を咥えていた。
駆け寄ってきたカルマの経過報告を聞きつつ、勇者たちの動向も監視をする。
「主、老人の体は仲間に任せた。近くに契約書があると思って、探したら血濡れ実がなっている茂みの中にあった。僕の足も真っ赤になっちゃった。最悪だよ」
そう言って綺麗好きのカルマは足を蹴って真っ赤になった汚れを魔法で落としてく。血濡れ実は潰すと血のように真っ赤な液体を出す。血と違うのは臭いが無く、すぐに乾いてしまうのだ。ついでに毒は無いが不味い。
勇者達に聞かれないよう小さな声でカルマに指示する。
するとカルマはチラッと勇者達を見て「勇者ガチャ失敗だね」と呟いたので、私は「運命は無慈悲だよ」と返して少しだけ笑った。
異世界では【ガチャ】と言うくじ引きがあるらしい。異世界の人が『異世界ガチャ失敗だ』とかよく言うので、私達も『召喚した人は勇者ガチャ失敗だね』と隠れて言っているのだ。召喚した人を同情するつもりは無いけど。
カルマは指示通りに二階へと向かった。それを見届けて私は導師のカバンの中を見る。
カルマの言う通り導師と言う老人のカバンの中には契約書が入っていた。そして邪教の者達のアイコンが付いたネックレスと邪教の教えが書いてある本。
そして、煙幕玉。
煙幕玉は地面にたたきつけると真っ黒な煙幕が立ち込めて、魔獣から逃げられる物だ。以前、私も買ったことがある。だが買った時は一袋三つだったが、導師の袋に二つしかなかった。一つ足りないって事は、どこかで使ったのか? それとも……。
走り出したカルマにミチさんが「あのヤギさん、お話ししていたよね」と不思議そうに言った。するとヒーローさんが馬鹿にしたように「当たり前だろ」と言った。
「魔法の世界なんだから、ヤギくらい喋るだろ」
ここの世界だと喋る生き物はかなり珍しくカルマを見たら驚かれるんだけど、異世界から来る人達は喋る生き物を見てもあまり驚かない。魔法を使える世界だから生き物も喋って当然と思っているようだ。
よし、カルマが来たからそろそろ問題解決に動こう。
再び、召喚された勇者達に集めて私は話し出した。
「すいません。一つ、聞き忘れたことがありました」
そう言って彼らを見る。勇者のヒーローさんは面倒くさそうな顔、剣士のヨウジさんは何を考えているか分からない無表情、魔法使いのミチさんは不思議そうに私を見上げている。
そんな三人に私は尋ねる。
「あなた方が来たニホンと言う世界には独自の【年号】と言うものがありますよね。【ショウワ】とか【メイジ】とか。それであなた方が来た時の年号を教えてください」
ヒーローさんとミチさんはキョトンとしていたが口を開いた。
「レイワ」
「ヘイセイ」
口にした瞬間、互いの答えにヒーローさんとミチさんは目を丸くする。
「はあ? レイワ? なんだ、それ?」
「ヘイセイってレイワの前の奴だよね」
ヒーローさんとミチさんは驚いているが、ヨウジさんはこれを無表情で眺めていた。
「恐らく召喚する際、ニホンと言う場所でしょうが時間軸に誤差があったようですね。ミチさんは未来から、ヒーローさんは過去から来ているのでしょう」
そしてヨウジさんの方に目を向けて、「あなたは知っていましたよね」と聞いた。彼は何も答えないので話しを続ける。
「ヒーローさんに向かって【お前はそういう人間だろ!】と言っていましたね。以前、会った事があるんじゃないんですか?」
「はあ? 俺は会った事が無いぞ、こん……」
なぜかヒーローさんが答えていたが、ヨウジさんは答えるのではなく右腕を振り上げて何かを叩きつけた。
煙幕玉が床に破裂し、食堂を真っ黒な煙が覆った。
*
真っ暗な煙で辺りは見えない。しかしあっちこっちで激しい物音が館に響く。二階でガンガンと音も立てて、何かが壊れるような音も聞こえてきた。
しかし一階も危機的状況だ。
煙幕が晴れるとヨウジさんが剣を振り下ろし、ヒーローさんに切りかかったのだ。すぐさま私は彼らの間に入って、持っていた短剣で剣を防いでヨウジさんの腹を蹴った。
一拍置いて、ミチさんが立ち上がって悲鳴を上げる。
「何なんだよ! こいつ」
ヒーローさんは睨みつけながらお腹を抑えて蹲るヨウジさんを見下ろす。
そんな時、カルマの「主」とのんびりした声が聞こえてきた。食堂に入ってきたのはヤギの姿ではなく禍々しい角が生えた長髪の白髪と真っ赤な目をした美青年で、目を開けて舌打ちを打っている黒魔術師も引き連れていた。
突然生き返った黒魔術師にヒーローさんとミチさんは驚いていた。
「それではお話ししましょう、この事件の真相を」
黒魔術師とヨウジさんを拘束して座らせた。すぐにヒーローさんはヨウジさんに掴みかかろうとするので美青年姿のカルマは「ハイハイ、落ち着いて」と言って制した。
「うるせえ! 俺はこいつに命を狙われたんだぞ!」
「まずは最初からお話ししましょう」
私がチラッと全員の目を見渡す。ヒーローさんとミチさんは不思議そうだがヨウジさんは無関心だ。一方の黒魔術師は私を殺意に満ちた目で見ている。
私は改まった声で「では皆さん。確認ですが四人ともニホンと言う国から召喚されたって事でよろしいでしょうか?」と聞いた。
全員が頷いたり返事をしたりしたが、黒魔術師だけ無反応だった。私は黒魔術師の前に立って、「黒魔術師さんも、そうですよね」と聞いた。
「……茶番は止せよ、異端審問」
「そうですよね、邪教の信者さん」
三人が驚く前に黒魔術師、ではなく邪教の信者は縛り付けている椅子ごと持ち上げて私に向かってきた。
「我々の! 崇高なる! 願いを! 邪教って! 言うな!」
「あなた方が目指している願望があまりにも邪な上に残虐だから邪教と言われるんです。あなた方は不死を目指す者達。死なない人間を生み出すために実験と言う名の虐殺をしてきました。それに不死と言うのは自然の理の中では歪な物ですよ。それを目指そうと考えること自体、最悪です」
「うるさい! 死を超越すれば! 我々は幸せになれるんだ!」
「あなたの教義も動機も異端審問の本部で聞きましょう。それで、ここにいる勇者たちをどうするつもりでしたか?」
黒魔術師は歪んだ笑みを浮かべて「生贄だよ」と答えた。
「すでに異世界から人間を召喚して、お前ら異端審問を倒してくれるなんて期待なんてしない。俺達が欲しいのは不死になるための実験体だからな。導師様と共に勇者達をしばらく冒険の旅に行かせて、魔法などをある程度出来るようにして、更に能力をあげたいか? と言って実験するつもりだった」
「ところが導師は魔法の失敗をした」
「魔法を失敗したんじゃない! 邪魔されたんだ!」
さっきから黒魔術師である邪教の信者と私の会話で、ミチさんやヒーローさんは訳分からない顔になっていた。
「え? つまり私達の事を騙していたって事? この人達」
「しかも俺達を殺そうとしていたなんて!」
「うるさい! 導師様の邪魔したくせに!」
そう言って邪教の信者はヒーローさんを睨みつける。
「お前のせいで全部計画をめちゃくちゃだ!」
「なんで逆切れをするんだよ!」
カルマがニヤニヤ笑いながら「勇者ガチャ失敗!」と煽り、ヒーローさんは「うるせえ、魔王っぽい恰好をしやがって!」と当たり散らす。
私はうんざりしながら「はいはい、話しを戻しますよ」と注目させた。
「ヒーローさん、導師を一人で探している時に会っていますよね?」
「……いや、会っていない」
「自白の魔法をかけま……」
「会った! ああ、思い出したよ! 会ったよ、確かに! だけど、あの爺は俺の呼びかけに無視したから後ろから肩を叩いて揺さぶって……」
「それで倒れた」
「そうだ。だけど、俺は危害を加えて……。なんでそんなに睨むんだよ!」
邪教の信者はものすごい形相に睨み、ヒーローさんはたじろいだ。ヒーローさんどころかミチさんも驚いている中、私は代わりに説明をした。
「導師は地面に魔法陣を描いて魔法を展開していたんです。この方法はとても簡単ですが、一方で失敗した際に大きなリスクを持ちます。死さえも覚悟しないといけないくらいに」
「俺のせいで死んだって言うのかよ!」
「いえ、導師は死んではいないです。失敗した時、仮死状態になるように魔法をかけていたんでしょう。我々異端審問の仲間が仮死状態の導師を確保しています」
だが邪教の信者は「お前のせいで!」と怒りを露わにしていた。
それを見て再びカルマは「本当に勇者ガチャ失敗だ」と小さな声で言う。私はカルマを「やめなさい」と言って睨む。いくら何でも煽りすぎ!
ちょっと反省したカルマを横目に「それでヒーローさんが帰った後、みんなで導師を探しに行った」と確認する。
「それで導師の仮死状態を皆さんは遺体と思った。その時にダイイング・メッセージの【マ】の字を見つけたのは誰でしょうか?」
「ヨウジさんですね」
ミチさんが恐る恐る答えた後、ヨウジさんは軽く笑って「俺だな」と言った。私は不敵に笑う彼に「でも本当はダイイング・メッセージって思っていないでしょう?」と聞いた。
「倒れた導師の指は汚れていませんでした。恐らくヨウジさん、あなたが【マ】と言う文字を隠れて描いたのではないでしょうか?」
「そうだよ。こいつを陥れるためだよ」
ヒーローさんを睨みつけながらヨウジさんは答えた。
「ヨウジさん。この館に入った後についてお話ししてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。この館に入って寝室があったから俺達は休んだんだ。その夜中、こいつと黒魔術師も外に出て行った。先に黒魔術師がまた戻ってきたと思ったら俺の部屋に入ってきて、こんな話をしたんだ。この朝が開けたら、すぐに魔王の軍団がやってくるって」
「この勇者は日中も近くにある物を破壊して回ったんだ。多分、村の奴らにバレて教会の連中がやってくるはずだ。下手に逃げ回ってしまえば捕まる。だがもし、ここにいるのが召喚者だけだったら聖十二神の教会の警備隊共は手を引いて、異端審問が単独でやってくるはずだ。単独だったら、俺だけでも逃げて返り討ちくらいは出来ると思った」
「それであなたは導師の荷物を隠した後、ヨウジさんに手伝ってもらい仮死状態にして他殺死体として偽装した。傍らには勇者が持つ剣を置いて」
邪教の信者は「そうだ。召喚者だけなら大目に見て事情聴取だけ取るだけだからな。気を抜いてな」と笑った。
ちょっとムッとしたカルマが「でも失敗しちゃったね」と返した。
「しかも血を血濡れ実で偽装しちゃって。この実はすぐに乾く。ヨウジって言う奴の足元を見なよ、血濡れ実の液がついているぞ。つまり黒魔術師とヨウジが一緒にいる時、遺体の偽装をしていたんだな」
フフンッとばかりに推理をするカルマに邪教の信者は聞こえないふりをする。
ある程度の事件のあらましを推理して「で? なんで、俺を襲ったんだよ」と怒りに満ちたヒーローさんは言った。
「それはヨウジさんに話しを聞いてください。と言うか、あなた方は知り合いのはずですよ」
私の言葉にヨウジさんは「こいつが知りあいなんて反吐が出る!」と勇者に向けてそう言った。
「あの導師の爺さんが倒れたら、助けを呼ばずに素知らぬ顔でやってきたって分かっていたし、もし黒魔術師を殺したって疑われたら、こいつは絶対に逃げ出すと思ったよ! 言い逃れして、誤魔化して、知らないふりして!」
ヨウジさんがヒーローさんを睨みつけながら絶叫しながら言った。
「そうだよ! お前は親父を車で引いて助けもせずに逃げ出した時もそうだったからな!」
「あ、お前って、あの男の息子? ……でも、あいつに大人の息子なんていなかったぞ! まだ小学生二人って言っていたけど」
「お前、ついさっき異端審問が言っていたことを忘れたのかよ。お前と俺が来た時間軸は違うんだよ! まさか召喚した世界で会うなんて思いもよらなかったよ。このまま、殺せたら、どんなに幸せだったか。親父が怪我して、母親は苦労して、俺も兄貴も辛い思いしてきたんだ。それなのに、こいつは反省も謝罪もないしでのうのうと生きているし……」
愕然と見るヒーローさんに構わず、ヨウジさんは笑いながら話し出す。
「異端審問、面白い話をしてやるよ。勇者の名前は実を言うと珍しいんだよ。キラキラネームって言うバカみたいな名前で、普通は【英雄】と言う漢字で【ヒーロー】と呼ばないんだ。ヒーローのくせに、人を車で引いた犯人。こいつの事件も名前もネットの玩具みたいなもんだったからな。十年以上も経っていても俺は知っていたんだよ」
「それで煙幕をかけて、殺そうとした」
「お前らに邪魔されたけどな。異端審問なんて悪役みたいな立場の奴に」
そう言ってヨウジさんはため息をついた。
*
こうして事件は解決した。
その後、ミチさんは男爵の館に不法侵入と汚したと言う事で清掃活動を行った後、すぐに元の世界、ニホンに戻した。掃除中は「なんで、私が……」と呟いていたけど。
ヨウジさんは邪教の信者と共謀し、ヒーローさんを殺そうとしたと言う事でアザゼル山にある異端審問の本部で事情聴取をした後、修道院での奉仕作業を三か月ほど行ってニホンへ帰した。
そして、ヒーローさんは……。
「おい! いい加減に日本へ帰せ!」
面会室のバンバンと机を叩くヒーローさん。それをガルムとカルマと私は冷めた目で見ていた。ヒーローさんの髪は金髪から黒に変わっているが、毛先は色あせてちょっと明るくなっている。
ここは刑務所だ。
「俺を殺そうとした奴はさっさと帰して、俺はどうして帰れないんだよ!」
「……ガルムからも散々話したと思うけど、あなたは近くの墓石をなぎ倒したり、畑を荒らしたり、破壊活動をしているんです」
「なんで俺だって分かるんだよ!」
「あなたが使っていた勇者の剣の装飾品が落ちていました。それに目撃者もいます……って、このやり取り何回もやっているじゃないですか」
私が呆れながらそう言うとヒーローさんは不満そうに「でもさ」と話し出した。
「普通、建物を倒せばコインとかアイテムが手に入るじゃん。ゲームの世界じゃ当たり前だ!」
「うちの世界ではあり得ません」
ヒーローさんは「なんでだよ!」とキレて、話しにならない。
「とにかくあなたは近くの村に多大なる損害を与えているのです。基本的にこちら側へ無理やり連れてこられたと言う事ですぐに帰すのですが、あまりに被害が酷いので今回から召喚者にも罰を与える事になったのです」
「知らねえよ! そもそも俺を殺そうとした奴はどうして俺より先に帰っているんだよ! 殺人未遂だろうが!」
「……まあ、召喚者同士のいざこざに私達が首を突っ込んではいけないですし、それにニホンと言う異世界の人の問題に我々がどうする事も出来ません。だけどヨウジさんに憎しみで何かを得る事は無いなどの我が十二神の教会の教えを説いたら反省してくれましたよ。奉仕作業も熱心にやってくれましたし」
「反省なんて口ではどうでも出来るわ!」
「じゃあ、あなたも反省して奉仕作業を頑張ってください」
「嫌だ! なんで奉仕作業が農業なんだよ! しかもクワ持って、肉体労働だし! 疲れるだろうが!」
私とヒーローさんの会話に、番犬姿のガルムが「これが勇者ガチャ失敗って奴か」と言い、ヤギ姿のカルマは「運命は無慈悲」と呟いた。