008 家族生活の始まり
姫乃と家族になった次の朝、今日は1日お休みなので何をしようか。
昨日はフル稼働だったし、今日は一日寝て過ごすのも悪くない。
そんな時。
「燐くん、朝ですよ。起きてください」
学園のお姫様に起こされるとか夢だろうか。いや、現実だ。でも夢みたいだ。
お互い名前で呼ぶようになって外から見ればまるで恋人みたいだが、実際は違う。
でももうちょっとだけこの起こされるシチュエーションを楽しんでいたいじゃないか。
「むぅ、起きませんね。だったら」
何をされるのかドキドキしてしまう。正直叩かれたりしてもある意味ご褒美と思えるかもしれない。
姫乃の行動を待つ。躊躇してるのだろうか。
「起きてください。じゃないと……」
良い声をしている。一生聞いていたいほどだ。
「ちゅーしますよ」
「へ?」
目を開き、声のした方向に目線を向けるとお姫様が目を瞑って顔を近づけてきた。
想像を超えてしまっていて思わず離れてしまう。
「な、な、何してんの!」
「何って弟に対して目覚めのチューをするのは姉として当然だと思います」
「は? 弟って、何を馬鹿な」
「家族同士だったら当たり前って本に書いてました」
この子の家族妄想はどうなってんだ。
目覚めのキッスって……。まぁ思い返せば小さい頃、やんちゃな妹が歳の近い俺や双子の弟に似たようなことをしてきたことはあったから一概に違うとは言えないが……。
まさか家族ごっこでここまでのことをしてくるとは思わなかった。
起き上がって姫乃の側に寄る。
「ところで……何で俺が弟なの」
「私、弟か妹が欲しかったんです」
「俺の方が誕生日早いよね」
「誤差です」
昨日は父親扱いだったけどさすがに名前で呼び合う以上それはないか。
意外にずうずうしいな。俺はゆっくりと姫乃の頭に手をやる。もちろん撫でるつもりはない。
「この身長差で? 姫乃って150センチある?」
「ありますっ! それにこれから少しずつつ伸びてくるんですから、ちっちゃくないです!」
どうやら小さいって言うのは禁句らしい。
クラスメイトのお姫様はその小柄で可憐な容姿から妖精って愛称もあったりする。
「昨日の夜、ちょっと考えたんです。燐くんと家族になるにはどういう設定がいいのか」
一番てっ取り早い恋人という手段を考えてない所が家族に対しての本気度が窺える。
一種のロールプレイだろうか。
「それで姉弟? 血の繋がらない姉弟ってことにするか」
「遠い親戚でもいいかもしれませんね」
「分かったよ。じゃあ姉ちゃんよろしく」
「微妙に気持ち悪いですね。私の家族像とちょっと違う」
「自分で提案しておきながら……」
もう絶対に姉扱いしてやんねぇ。
◇◇◇
姫乃の家に厄介となって一日が過ぎた。
昨日は本当に穏やかな1日だったと思う。俺が作った飯を姫乃が嬉しそうに食べて、いっぱいいっぱい話をした。
料理のこと掃除のことお互い自活してやってたこともあり勉強になることも多かった。
姫乃は少し機械系が弱いこともあり、設定してあげたりして感謝されたりもしたっけ。
普通に見れば恋人同士なんだろうけど、俺達の関係性は実の家族に愛されなかった者達の家族ごっこ。
昨日1日過ごして姫乃の家族としての願いが俺にも理解できるようになってきた。
「姫乃、ちょっといいかな」
昨日いっぱい彼女と話をしたのでよどみなくの名前を言えるようになった。
振り返った姫乃はいつも通りに髪を整え、金色の髪とコバルトブルーの瞳がよく目立つ。
昨日まで休日だっため姫乃は髪を下ろしていたが今日はしっかりと整われていた。正直こっちの姫乃の方がよく見ている。
そう。今日は月曜日なので学園へ行かなければいけない日だ。
姫乃の家から通う初めての日だ。制服はOK。教科書は置き勉してるから今日通う分には問題なし。
問題はこれだ。
「さすがに一緒に登校するのはまずいよな」
「何でですか? 私と燐くんは家族なので一緒に登校するのは当然なのでは」
「絶対勘違いされるから」
「勘違い? どっからどうみても姉弟じゃないですか」
「その身長では無理でしょ」
「だから私はちっちゃくありませんから!」
ぷんぷんと怒る様は非常に可愛らしいが身長だけは認められないらしい。
体を動かすたびに動く胸を見てしまうと必ずしも全部小さいわけではないんだよな。それゆえに家族は無理だろう。
「一緒にいる所を見られたら……」
「燐くんは私と一緒にいるのを見られたら嫌ですか?」
「嫌じゃないよ。俺は何を言われても構わない」
もともと友人もほとんどいなくて日陰の人間だ。
でも姫乃は違う。綺麗で美しい学園の御姫様。みんなから注目を浴びる存在なんだから俺と一緒にいたら迷惑がかかってしまう。
だから学校では他人のフリでいよう。
そう。
そう思ってたのに。学校でお昼休みに入ってすぐ。
「燐くん、お昼ご飯一緒に食べましょう」
なんでこの子手作り弁当を持って俺の席にくるかな。