007 姫と家族になりました
「未成年者が未成年者を拉致したら犯罪になるのでしょうか。ま、何とかなるでしょう」
「やっぱ衝動的かよ」
母さんから電話があった後、片桐さんは腕を組んでうーんと唸っていた。
「後で母さんに連絡するよ」
「やっぱり……帰っちゃうんですか?」
寂しそうな顔をする。さっきまでならその言葉に頷いただろう。
でも片桐さんにあんなことをさせておいて平然と帰るなんてできない。親に失望したのも事実だし、あの片桐さんの差し出す手を握ったのは間違いなく俺の意思。
「帰らないよ。知り合いの家にしばらく泊まるって話をすれば多分大きなことにはならないと思う」
兄貴も高校時代に似たようなことをやって親を困らせていた。
それと同じことをすればいい。兄貴が許されてたんだから俺も許されるだろ。
さっきも言った通り祖母ちゃんもいないし、双子も中学生になった。いつまでも俺があれやこれやする必要なんてない。
「君のおかげで俺もふんぎりがついたように思う」
「じゃあ燐くんは帰らないってことですよね。私の側にいてくれるってことですよね」
「そ、そうなるのかな。ところで……燐くんって」
「燐音くんは言いにくいので燐くんにしました。それにさすがに呼び捨ては恥ずかしいので……」
恥ずかしがるポイントが何かズレてないだろうか。
俺を名前で呼んでたのは母さんに声を挙げた時からだったか。
家族になるんだったら下の名前で呼ぶのはおかしくないが。
「嫌でしたか?」
そんな恐る恐る言われてしまうと駄目とは言えない。
「嫌じゃない。俺も腹くくるよ。しばらく……厄介になります」
「はい! 宜しくお願いしますね!」
しばらくと言っても片桐さんから追い出されるまで……だな。最低1週間くらいは粘らないと。
片桐さんが乗り気なのが救いか。
「あの片桐さん……」
「む」
片桐さんの明らかに表情が変わり、恐れていた事態が起こる。
何が機嫌を損ねたのか。早速追い出されるかも。
「家族になったのに苗字で呼ぶのはどうかと思います」
「あ、そっちか」
「私はちゃんと燐くんと呼んでいるのですから燐くんも名前で呼んでください」
女の子を名前で呼ぶの恥ずかしいんだけど……。だけど名前も呼べない腰抜けなんて出て行けと言われたらたまらない。
覚悟を決めるしかないな。
「もしかして私の下の名前知らなかったりします? 私は」
「……姫乃。間違ってないよな」
学校で一番人気のお姫様の名前を間違えるはずがない。片桐姫乃は学園で一番人気の女の子なのだから。
熱った顔を見られたくなくて片桐さんは直視できない。
片桐さんは名前を呼ばれてどんな顔をするのだろう。スンとしてたらちょっと悲しい。
「……燐くん、もう一回お願いします」
ワンモアを要求された件。
「あ、余計な言葉いらないのではっきりとした口調でお願いします」
しかも要望あり。家主の命令には逆らえねぇ。
もう一度心を込めて姫乃という言葉を吐き出した。ああ、恥ずかしい。
「ん〜〜〜! 良いです!」
「な、何が」
「燐くんの声。低音足りてます。出会った時から良い声だと思ってたんですよ! 私、燐くんの声好きです」
「姫乃って変な子っていわれない?」
「なんでですか! もう」
どうやら色っぽい展開にはならなそうだ。
しかし本当に片桐……姫乃は俺のことを男として意識していないようだ。
俺も姫乃のことを……。
(燐くんの声好きです)
うん、無理かもしれないな。
ただ生存権を握られている以上彼女の言うことに従うしかない。本当に嫌だったらここから出ればいい。監禁されてるわけでもないし。
「じゃあ燐くん、話も済んだのでさっそく私としましょうか。暑くなりそうなのでちょっと脱ぎますね」
姫乃は着ていたカーディガンを脱いでラフなTシャツ1枚へと姿を変える。
魅力的な肌色の鎖骨が見て、少し動くと作られる胸の谷間に思わず目が言ってしまう。
なんて無防備なんだ。指摘すると家族なのにって言われそうだ。エロい目で見てるなんて言ったら即座に追い出されかねん。
学園のお姫様。その小柄で可憐な見た目だけが彼女の良さじゃない。
その体に似つかわしくないほどスタイルが良いのだ。制服の上からでもわかるくらいのボリュームでこうやって服の枚数が減れば自然と目がいく。
男子が騒ぐのもわかるよな。女の子としても彼女は魅力的だ。
「燐くん、はや〜く、はや〜く」
そんな前屈みで甘えた声出さないでください。とても股間に悪い。
「早くしたいな燐くんと」
とても誘うような言葉に顔が熱くなりそうだ。耐えろ自制心。姫乃が何を求めているのか。言葉だけなら間違いなく勘違いしてしまうだろう。
だからその言葉の意図はきっとこれだ。
「ああ、しようかカードゲーム」
「はい!」
大正解。家族なんだからそれは当然だ。
その後俺は熱中する姫乃の揺れる胸に精神を乱されながらもなんとか理性を保ったのである。
さらに。
「燐くん、もう一戦やりましょう! 負けたままなのは嫌です」
意外に負けず嫌いでその戦いは深夜にまで至ることになった。