005 姫と家族デート
それは本当に最初からだった。
マンションを出た途端、片桐さんが俺の手を握り始めたのだ。
動揺してしどろもどろになる俺に対してお姫様はさも当然にいった。
「家族なら手を繋いで歩くのは当然ですよね」
違うとは言えない。小さい頃は弟や妹と手を繋ぐことは良くあった。
いやでも……なんだこんな手ちっちぇ、柔らかい。
「今日はいっぱい楽しみましょうね!」
こんなの100%デートじゃねぇか!
でも片桐さんは1ミリもドキドキしてるような所を見えないし、意識しちゃ駄目だ。俺は片桐さんの家族!
「葛西くん、たばことか咥えてみません? 似合うかも」
「俺を父親扱いするのやめて」
俺のことパパと思ってないか。それはそれでまずい気もする。
公共交通機関を乗り継いでショッピングモールにたどり着く。
「あの子めっちゃ可愛いくね?」
「モデルさんかな」
通りすがる人達が思わず口にするのが聞こえてくる。わざわざ方向転換して片桐さんに目を通す人もいるくらいだ。
ここまで露骨に見られるものなのか。クラスでも彼女を見に来る生徒達は多かった。
ずば抜けた容姿ではあるが……見世物は嫌だよなぁ。
「隣の男は彼氏かなぁ?」
「格好的に兄貴か親父じゃね」
同い年ですが……。
髪切る時間無くて髪を伸ばしっぱなしにしてるから年上に見られるのかもしれない。目隠れてるもんな。
「葛西くんは今、何か欲しいものはありますか?」
片桐さんはそんな視線も気にしていないようだった。
いつも通りか。それも気分良くないよな。今は片桐さんとの会話に集中しよう。
「いきなり言われると難しいよな」
「男の子が欲しいものって何があるんでしょ。実用性がある方がいいですか?」
「じゃあスマホの充電器が欲しい」
「はぁ、家に帰ったら充電させてあげますから」
呆れられてしまう。
身一つで来てるからいろいろ足りてないんだよな。
明後日からの学校に必要なものも足りてないし、今後別の手段で家出するにしても一度家に帰らないといけない。
スマホかぁ。
「ならスマホカバーがいいかな」
「そんなのでいいんですか?」
「今使ってる奴ボロボロだし、買い換えようと思ってたんだ。実用性もあるし、年齢問わず使えるから父親世代にも受けると思う」
「なるほど。それじゃ見てきますね」
父親にも贈れるってワードを使うと納得してもらえた。
ちょうど近くに携帯ショップが見えてくる。片桐さんは手を離し、ショップの中に入ってスマホカバーを探し始めた。
さて……一人になったわけだし、俺も目的を果たすとしようか。せめて何かお返しをしないとな。
◇◇◇
「ハッピーバースデー! お誕生日おめでとうございます葛西くん!」
「あ、ありがとう」
「オードブルです、オードブル! 私、初めて買いました。いっぱい入ってるんですねぇ。普段作らないからびっくり。宅配ピザも美味しそうです。やっぱり家のオーブンじゃこうはならないですからね。あ、ホールケーキ! ちゃんとローソク買いましたし16本ふーってしましょう」
俺の誕生日会なのにお姫様の方が楽しそうな件。
本当にこういうパーティみたいなのをやってこなかったんだな。
最初も手作りの料理を作ろうとしてたけどスーパーでパーティといえばオードブルだよなぁって呟くとそれに強く反応していた。
あとは宅配ピザやホールケーキなども買って家族の誕生日会らしくなった。
「私だけはしゃいで……恥ずかしい」
ぐう可愛い。落ち着いている俺を見て恥ずかしくなってしまったっぽい。
顔を赤らめ片桐さんは椅子に座る。
「本当に嬉しいよ。誕生日を祝われるのってこんなに楽しいものだったんだな」
「私は祝うのも楽しいですけどね。でも葛西くんはずっと祝ってばかりだったんですね」
毎年毎年、家族の誕生日会を企画してきた。みんな他人の誕生日を覚えてなくて俺だけが覚えていたから必然的にそうなっちまうんだよな。
小さい頃は俺の誕生日会も確かに存在した。その時の嬉しい気持ちを片桐さんが思い出させてくれたようだ。
「フライドチキンって初めて食べたかもしれません。すごく美味しい!」
「普段何食べてるの?」
「食にあまり興味がなくて。……365日一人の食事にこだわる必要はありますか」
その言葉には重みがあった。
小柄な女の子の一回の食事量なんて限られてる。食事がただの作業だなんて寂しすぎる。
俺の家では食事は騒がしかったし楽しいことも多かった。
だから自然とこんな言葉が出てしまった。
「……俺で良ければいつでも食事に付き合うよ。人数が欲しい時は特にね」
「ありがとうございます。それなら食事が騒がしくて楽しみになりますね」
ふぅ。ちゃんと言葉を選ばないと口説いてると思われかねん。そっちはNGワードに違いない。
それから食後のデザートでケーキを食べる。
ロウソクに火を灯して消すなんて本当に久しぶりだ。16本全部刺すんだもんな。子供の頃を思い出したようだった。
そして奥に引っ込んだ片桐さんが誕生日プレゼントを持ってくる。
「一所懸命選んでみました。どの色が好みなのか悩みましたけど……」
「濃い緑系のスマホカバーにしたんだな。ありがとう、大切に使うよ」
受け取って包装を外し、すぐにカバーを入れ替える。綺麗になったなぁ。やっぱり新品は良い。
「結構長く悩んでたもんな」
「ええ、やっぱり異性の方の好みを考えるのは難しいです。もし父に贈る機会があったら相談に乗ってもらってもいいでしょうか」
それくらいなら本当にいつでもって思うよ。
さて……次は俺の番だな。片桐さんが悩んでいる間に手に入れたプレゼントを渡す。
片桐さんは包装されたそれを見てびっくりしたようだった。
「片桐さん昨日、今日は本当にありがとう。君のおかげで気持ちが整理がついた。これはそのお礼だ。良かったらもらって欲しい」
「……これを渡すということはやっぱり葛西くんはお家に帰るんですね」
聡い子だな。その通り、俺は今日家に帰ることを決めた。
やっぱりこれ以上迷惑はかけられない。例え片桐さんが家族ごっこを求めていたとしても。
「これだけで借りを返し切ったつもりはないから。何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
「……」
片桐さんが寂しそうな表情を浮かべる。
うぅ、その顔は心に効く。
片桐さんが包装を破いて中のものを取り出す。
「これ……」
「妹とかにはよくコスメとか贈ってたんだけど……ちょっと重たいだろ。だから二人以上で遊べるカードゲームを送らせてもらった」
「家族のいない私は誰と遊べというんです」
瞳に色を失った片桐さんの言葉に俺は物怖じしてしまう。
そんな言葉に対して言えることは一つしかない。
「俺が付き合うよ。君が呼んでくれたら、俺が絶対に駆けつける」
「……」
ちょっと言葉が足りなかった気がする。今更、吐いた言葉を訂正するわけにはいかない。
片桐さんはプレゼントしたカードゲームを抱えていた。少し俯いており俺の視点からは表情が窺えない。
これで良かったんだろうか。いや、これで良かったんだ。
家族ごっこなんて……いつまでも続けるわけにはいかないんだから。
その時だった。
俺のスマホに着信が鳴り響く。着信相手は。
「……母さん」