023 髪切ったくらいで……
「今日は散々でした……」
夕方になって平原さんが帰り、俺と姫乃は喋りながら片付けをする。
いつもは髪も服装もぴったりと整えている姫乃だったが今日は暴れまくったせいかその面影がない。
「しかしあんなに敏感だと昔から平原さんにからかわれまくったんじゃないか」
「昔からくすぐったいのだけは耐えられなくて……。みなもったらひどいんです。暇さえあれば脇腹つっついてくるんですから」
このレベルの可愛い子があれだけ過敏に反応するならからかい甲斐があるだろうな。
こんなこと考えちゃダメなんだけど加虐したくなる。
今も後ろから脇腹を揉むだけで可愛い奇声を挙げるんだろうな。我慢我慢。
「本当に変な声が出るから嫌なんです。男子からも注目されるし……」
「ははは。俺もこれからはしないようにするよ。姫乃の嫌がることはやりたくないし」
「……」
姫乃がじっと見定めるようにこっちを見る。
その純粋なコバルトブルーの瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
本当に姫乃は美しい。
「みなもは乱暴だしちょっと痛いから嫌なんですけど……燐くんはちょっと優しめですよね」
まぁなるべく肌が傷つかないようにという想いはあった。それでも姫乃の反応が可愛いのでやりすぎてしまうが
「前にも言いましたけど燐くんにされるのは嫌じゃない。なんでかな」
姫乃はそうやって俺の腕に手をやる。そのままぴたりと自分の脇腹に触れさせた。
その意図は言葉にしなくても分かる。間違いなく誘っている。だから自然と指に力が入り、姫乃の体に刺激を与える。
「ひゃうっ! やははっ! やぁん」
そのまま五本の指をパラパラと動かす。
敏感な姫乃がそれに耐えられるはずもなく、体を揺らして床に崩れ落ちた。
姫乃は目尻に少量の涙を浮かべながら見上げた。
「私のこういう声が好きなんですよね……。ふ~ん、燐くんは変態さんです」
自分から誘っておいたくせにと思ったがその言葉に俺は何も言えなかった。
確かに変態なのかもしれない。
「私何してるんでしょう。恥ずかしい」
姫乃もまた戸惑ってるようにも見える。今までの品行方正な姫乃らしくない……。家族ごっこにこだわりすぎるところ……そこから派生してるのか。
何となくだけど姫乃の内面に踏み込めたような気がした。
「まぁ分かってるんですけどね。私がこういうことされるのが好きだったのは……昔、お父様と」
「姫乃?」
「いいえ、何でもありません。さて……みなもが帰りましたし。今日、本当はやるべきだったことをやりましょう」
「あれなんだっけ。何かやる予定だった?」
姫乃が鋭利なハサミを取り出した
「先日言ったとおり、燐くんの髪をばっさり切ります」
「え。と、床屋にいくべきじゃ」
「不要です。私、暇つぶしにカットの練習したことあるので上手ですよ」
それはさすがに……と思ったが髪には無頓着の俺。
別にいいかなって思い始めている。むしろ坊主でもいいと思っているので姫乃の散髪が失敗したら潔くバリカンで全部やろう。
風呂場へ行き、床に新聞紙を敷いて、濡れてもいい椅子に腰をおろす。そして散髪用ケープを上からかけられる。
「そんなの持ってたのかよ」
「今日やるために道具を揃えてきました。楽しみです」
「変なところ切らないでくれよ」
「散髪中に私の脇腹をつついてきたらばっさりしちゃうかもしれないので絶対やめてくださいね」
「この状況ではしねぇよ」
スプレーで髪を濡らし、整えられる。姫乃がハサミと櫛を手にちょきちょきとし始めた。
目の前には鏡があって散髪されてる自分の姿が目に入る。
集中して俺の髪に触れる姫乃姿をじっと見ていた。やっぱ目の保養になる可愛さだなぁ。
それ以上に。
「痛いところないですよね」
「むしろ柔らかいです」
「へ?」
踏み台に乗ってるせいか、首あたりに弾力のある胸が当たってて最高のクッションで気持ちが良い。これはさすがに言えないな。
結構上手にやってるじゃないか。これなら上手くいきそうだ。
「あっ。……まぁ補正できるでしょう」
でもバリカンを用意しておいた方がいいかもしれない。
◇◇◇
次の日、姫乃と一緒にいつも通り学校へ向かう。
髪を切ったおかげか何かいつもと目線がクリアになった気がする。思ったよりバッサリ切ったな。姫乃にあんなにカット技術があるとは思わなかった。
ざわっ。
何だか教室に入ったらめちゃくちゃ注目されてるんだが……どういうことだろうか。
クラスの女子達がちらちらと俺のことを見ているような気がする。
気のせいだろうか。
「ふっふーん」
姫乃は何だか自慢げな顔をしている。
「燐音だよね?」
友人の和彦が声をかけてくる。
なんでそんな疑問系なんだろうか。俺は何も変わってないぞ。ただ髪を切っただけだ。特に前髪はたくさん切った。
「髪切っただけなんだけど」
「確かに元々の燐音ってギャルゲーの主人公みたいな髪型してたけど、髪切っただけでこんなに印象変わるんだ」
「あのな。漫画の世界じゃないんだから髪切っただけで変わるわけないだろ。ったくおかしなこと言わないでくれ」
「僕にはすごく変わったように見えるよ。燐音はちゃんと着飾ればイケメンになるって知ってたから」
何を言ってるやら。昨日の夕方、姫乃に髪を切ってもらい、思った以上によかったので補正は入れなかった。
髪切った後、姫乃が艶っぽい目でずっと見つめてきたり、みなもが帰った後でよかったと言ったり不思議なもんだ。
姫乃がちらっと男子達に向け声をあげる。
「これでも燐くんがぱっとしないって言いますか! 私は燐くんの良さをちゃんと見抜けるんです」
お姫様のドヤ顔にクラス全員何も言ってこなかった。
何というか姫乃のなりのざまあみろなのかもしれない。
俺的にはあんまり自分が変わった感覚はなかったが……周囲の反応は少し変わったように思う。
授業が終わり、校舎での姫乃との帰り道。
「みんな燐くんの姿にびっくりしてましたね。みんなから燐くんってこんなにかっこよかったんだ。見る目あるんだねって言われました! えへへ」
「嬉しそうだな」
「家族を褒められたら嬉しいに決まってるじゃないですか」
そうだな。その通りだ.でも俺は嬉しそうな姫乃の顔を見ている方が嬉しい。
「他のクラスの女子からも声をかけられたな。弟の朝也と似ているって言われた時はびびったよ。兄弟とは思われなかったみたいだけど」
「お兄さんも弟さんも妹さんも容姿端麗なのですから燐くんだってちゃんと着飾れば他の兄弟に負けてないと思います」
「そ、そうかな」
「これからは燐くんのターンなのですから」
「そっか。ありがとうな姫乃。君のおかげだ」
「っ! そんな微笑み。かっこ良くなったせいで少し直視できなくなったかも。ただ」
姫乃は続ける。
「他の女子が燐くんに目を付け始めたのが気にいらないので早まった行為だったかもしれません。……私だけの燐くんでいた方が良かったかも」
その気持ちちょっと分かる。姫乃に親友の平原さんがいると分かった時は少し残念に思ったし。
姫乃の中で一番に俺はなりたかったんだ。
何となくだけど俺を取り巻く環境が少し変わったかもしれない。
俺は姫乃の隣に相応しい人間にはなれるだろうか。なりたいな。
「なんかすっげー可愛い子が校舎前で待ってるらしいぜ」
「出待ちかよ。誰待ちかな」
校舎前で少しだけ騒ぎとなっていた。これだけの騒ぎは姫乃の隣に男ができた時くらいだろう。
まぁ……俺には関係ないことだろう。そう思っていた。
「なんかさ。あの子ヨルカに似てない? あの中学生トップアイドルの」
「ヨルカがこんな所にこねーだろ!」
「燐くん」
姫乃の言葉に俺も嫌な予感がしていた。俺達は急いで校門の外へ出た。
そこにいた子はメガネと帽子で顔を隠していたがとても見覚えのある姿だったのだ。
さて、次回からは第一の矢が襲来します。
皆さんお待ちかねのターンです。
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