002 身内の世話ばかりの俺
葛西家は六人家族の四人兄弟で二番目の俺は言わば手のかからない無難な子であったと思う。
ごく一般的な両親から生まれるには普通すぎる存在。だけど他の兄弟があまりにも違いすぎたのが不幸の始まりだったのかも。
「燐音! お兄ちゃんは凄いわよ。弁論会で最優秀賞をもらったの!」
長男の御幸はエンターテイナーのように話術で人を惹きつける才能を持っていた。
昔から口が上手くて話すネタがあったらそれを150%に活かすことができ、弟の立場である俺は素直に凄いと感じていた。
「それにお兄ちゃんが企画してくれたお父さんの誕生日会なんてほんとすごかったわね。自慢の息子だわぁ」
母は喜ぶが俺は手放しでは喜べない。
その誕生日会を企画したのは俺だったからだ。兄貴は両親の誕生日なんて覚えてないし、最後にちょっと関わらせただけ。兄弟で企画した誕生日会なんだから仕方ない。
でも、いつだって兄貴は成果も両親の愛も独占してしまう。いつも俺がほとんど準備してるのに最後の最後で兄貴が全部掻っ攫ってしまう。褒められるのは兄貴だけ。
俺も手伝ったことを両親に言うんだけどいつだって印象的なことをした兄貴の記憶しか残らず、俺の存在は忘れられるからいつしか言うことをやめた。
「お兄ちゃんは大きくなったら凄い人になるわ。燐音もお兄ちゃんを応援してあげてね!」
「母さん……僕もテストで100点取ったんだけど」
「あら凄いわね。それよりお兄ちゃんのお祝いをしようと思うの。燐音がやってくれたらきっとお兄ちゃんも喜ぶと思うから!」
「……うん、分かった」
仕方ないか。兄貴の成果に比べれば俺のことなんてちっぽけに過ぎない。
母さんはいつだって俺のことをちゃんと見てくれたことはなかった。
◇◇◇
葛西家に双子の赤子が生まれた。
長女の夜華に三男の朝也。双子ゆえに葛西家は嬉しい悲鳴が上がることになる。
妹弟が歩けるようになると必然的にお世話は俺がすることになった。
「燐音。おまえもお兄ちゃんになるんだから双子を見てやるんだぞ」
双子は見た目も良く皆から愛されていた。正直俺も相当に可愛がってたし今でもそれも変わらない。
父さんにそう言われ行動力の塊のような双子を見るのは想像以上に大変だった。
こんなこともあった。目を外した隙に木に登った双子が降りられなくなってしまった。
見つけた俺が木から落ちた二人を身を呈して助けたんだ。怪我のなかった双子。二人を庇った時に怪我してしまった俺。
泣きじゃくる妹を母さんが抱いて、弟を父さんが抱いてあやしていた。
二人が落ちた時に庇った時に出来た負傷で泣きそうになった俺は思わず訴えた。
「父さん……僕も腕が痛いんだ」
「大丈夫か。でも燐音はお兄ちゃんだもんな。我慢だ、我慢!」
「でも……」
「そもそも燐音がちゃんと見てたらこんなことにはならなかったんだ。おまえが双子を守らなきゃいけないんだぞ」
そうやって父さんに叱られてしまう。俺は父さんの頼まれごとをしていて、代わりに双子を父さんが見ているはずだったのに何で俺が怒られなきゃいけなかったんだろう。
結局腕が真っ青になって翌日病院に行ったら骨にヒビが入ってるのが分かった。
手にヒビが入ったことを伝えると。
「この忙しい時に手間をかけるなよ……。はぁ、医療費たけぇなぁ。ちゃんとしたら怪我なんてしないんだから」
親父からこう言われたことを今でも覚えている。両親の記憶には俺のあの時の負傷は覚えていなかった。仕方ないよな双子は宝みたいな存在だったから。宝を守って傷つくことは俺だけ覚えていればいいのかもしれない。
葛西家の天使達に特別な才能が発覚したのはそれからすぐのこと。
類稀な美貌と子供ながら素晴らしい演技力もありアイドル事務所にスカウトされ芸能界に入った妹。
容姿端麗で運動神経が良く、初めて滑ったスケートリンクでフィギュアの才能を開花させた弟。
母は妹に、父は弟にべったりとつくようになり必然的に葛西家の家事は俺がするようになった。
才能のある双子に両親が熱を入れるのは分かるし、俺も応援したいとは思ってる。でもそれから両親が俺のことを見てくれることは皆無となった。
誕生日会だけじゃない。学校の参観日すらも来てくれない。燐音はしっかりしているから大丈夫というどこから生まれたか分らない言葉をずっと投げつけられていた。
「今日からお祖母ちゃんと一緒に暮らすのよ」
大人の事情は詳しく知らないがある日両親が足を悪くした祖母ちゃんを連れ帰ってきた。
祖母ちゃんには父さんも母さんも世話になったらしく、三人で協力して祖母ちゃんを見ようという話になる。
「兄貴は見ないのかよ」
「お兄ちゃんは今忙しい時期なんだから仕方ないでしょ」
大学生になったばかりの兄貴はあまり家に帰ってこなくなった。
学業が忙しいらしい。SNS見てるとパーティにばっか出て有力者にゴマ擦ってるみたいだけど。
正直俺も兄貴の助力を期待はしてないなかった。
でも結局父さんも母さんも双子に付きっきりで結局祖母ちゃんの世話はほとんど俺がやらざるをえなくなった。
本人達は三人で協力して介護してるって思い込んで親戚中に吹潮(吹聴)してたけど。
このあたりからだろうか。俺が家のことをして当たり前の存在になってたのは。
弟が大会で優勝した時のお祝い旅行の時も祖母ちゃんが心配で俺だけが同行せずに家に残ったっけ。
そして忘れることもできないあの場面。
『あのご家族にお話を聞いてみましょう』
ふいにテレビを見ていた時だった。生放送で観光地の特集をしていた番組で仲の良さそうな見覚えのある五人家族がインタビューされていたのだ。
インタビューアーが両親にマイクを向けていた。
「今日はご家族で旅行でしょうか?」
「ええ、末の子が大会で優勝したご褒美でここへ来たんです」
母親が流暢な言葉で器用に返していく。妹が芸能界に入ってそれの付き添いもあるからかなり言葉慣れしてるよなぁ。
俺はぼーっとその場面を見てきた。
「自慢のお子さんさんということですね!」
「ええ! 一番上の兄は人気者で、下の妹は天使のように可愛らしくて、弟はスポーツの天才なんですよ。三人の子供達は我々夫婦にとって本当に宝物なんです」
「三人の子供達の幸せが何より大事ですから」
「仲良し五人家族の皆様、ありがとうございました!」
その家族は本当に仲が良さそうで正直羨ましく感じた。
五人家族と言われていたが本当に六人家族であることが偽りだと思えるくらいに。
2番目の兄は家族を支えている。その言葉だけでも欲しかった。
俺だけ血の繋がりが無かったとかそんな事実があればまだ納得できたかもしれない。
なのに四人兄弟の中で両親と一番見た目がそっくりな事実がまた俺を苦しめる。
どうしてここまで俺のことは見てくれないんだろう。
兄貴のように口達者でもなく、妹のように惹きつける容姿でもなく、弟のようにスポーツの才能に秀でているわけでもない。
でもその兄妹弟がポテンシャルを発揮できるようにずっと側で支え続けたじゃないか。なのにみんな俺のことは見てくれない。
居間に置いてあるその旅行で撮った家族写真。俺の存在が無いことに誰も気づかない。
虐待されてるわけでもないし、三食満足に食べられて学校にも通えてるからきっと恵まれた人生なのだろう。
なのになんでこんな空虚で我慢ばかりしてるんだろうか。
俺だって少しくらい……少しくらい。
その時だった。
手のひらにぬくもりを感じたことに気づく。
夢から現実へ。目を覚ましたその先には片桐さんがベッドで眠る俺の側で座っていた。
片桐さんは目じりに涙を浮かべていた。何も言わず俺の手を握ってくれていたのだ。
「何で手を握って……」
片桐さんの口が開いた。
「そうしてあげたいと思ったからです」