012 家族とエンカウント
「実家かぁ」
先週まではずっと住んでいた実家。祖母ちゃんが死んで六人が住む家となっている。
両親は仕事に出ており、妹も弟も学校の後仕事か練習があるから月曜の夕方に家にいることはない。
その四人が帰ってくるまでに荷物回収して姫乃のマンションに戻らなきゃ。
「うわっ」
家の中が汚すぎてやばい。まだ家出して1週間経ってないんだぞ。
俺が小さい頃は父さん母さんが協力して家事してたんだ。なのに何でこうなるんだ。
最近は全部俺がやってたからそれが当たり前になってしまったんだな。綺麗好きの姫乃が見たら即倒しそうだ。
掃除するか?
「ダメだ。そんなことをしたら一緒だ」
高校卒業したら独り立ちする予定だったんだし、残る家族にやらせなきゃだめだ。
心を鬼にして俺は自室へと向かった。
荷物を整えて、通帳とかも持っていく。兄貴が成り上がるための手伝いをする過程でいろんなスキルが身について自分で金を稼げるようになったんだよな。
まだ未成年だから大きなことはできないし、収入も限られてるけど高校の学費くらいは自分で払える。つーかすでに払ってる。
未成年以外でこの家に握られてるものはない。姫乃に学費まで面倒見てもらうわけにはいかないからな。
必要な荷物をボストンバッグに入れて玄関へ向かった。
「っ!」
俺が玄関の扉を開けるよりも早く扉が開き、血の気が引く。誰か帰ってきた。
「燐音、帰ってきたのかよ」
そこにいたのは俺の兄である葛西御幸であった。
兄貴とは5つほど離れており、子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた。
背が高く容姿も端麗、とにかく口が上手くて小学生の頃から恋人が途切れたことのない生粋の陽キャだったと思う。
「兄貴」
「燐音、心配したぞ! 父さん母さんも……チビ達もさ」
姫乃が母さんにぶっ込んだ後、俺は母さんにスマホで短文を送ることにした。
知り合いの家にしばらく厄介になる。遅れてきた反抗期と思ってそっとして欲しい。そんな感じの言葉を送っただけだ。
家族みんなからどういうことって連絡があったけど基本的に無視することにした。そういえば兄貴からは連絡が来なかったな。
「オレは心配してなかったけどな。オレも燐音くらいの時は外でてたし」
「そう、兄貴の真似事だよ。兄貴がしたんだから俺だってしていいだろ」
「まぁでも父さん母さんの気持ちもわかってやれよ。チビ達だって燐音に一番懐いてたんだし」
言葉以上に兄貴の声には説得力を感じさせてくる。兄貴がこんなことを言うとそれに従うのが正義だと思ってしまう。
子供の頃はずっとそうだと思っていた。兄貴の言うことを全て正しいって信じ切っていたんだ。
だけどな。
「でさ」
だけど信じ続けることが良いことに繋がるかと言われたらそれは違った。
「今度、著名人が大勢来るパーティがあるんだ。そこでオレがコンサル役として出席する。いつも通り著名人が何を求めているかまとめを頼むぜ」
「はぁ……。兄貴が立ち上げた仕事なんだからいい加減兄貴が調べて作るべきだろ」
「燐音が準備して俺が発表する。それが一番だってさ。今までもそうしてきたじゃねぇか。俺が一番おまえの能力を理解してるんだ。光栄だろ?」
そうやって苦労を全部弟に押しつけて全部成果を奪っていく。兄貴はまとめた資料を150%引き出して発表することができる。それも一種の才能なんだろう。
これで終わるなら完璧なんだけど圧倒的な自己顕示欲は全ての成果を自分のものにしてしまう。例えば十人で頑張って作ったコンテンツだって口で丸め込んで全部自分の成果にしてしまうんだ。
準備も金が絡めば仕事になるから納得できるけど、兄貴は還元などしない。皆の善意を食い物にする。
自分の兄ながら本当に恐ろしい男だ思う。
「兄ちゃんはもっとデカくなってやる。おまえはその姿を一番前で見ることができるんだ」
裏方業というのも一つの生き方なのかもしれない。でもさそれにしたって兄貴は俺に頼り過ぎだと思う。
礼は言えどそれ以上のものを得たものはない。得たのは実の兄がチヤホヤされる所を見るだけだ。
家族というのは厄介だ。絶対裏切らないと思い込んでいる。
弟は兄を助けて当然。いつだってそう思われてる。
「兄ちゃんが有名になればおまえも幸せだろ? 俺は弟想いだからな!」
俺の家族の心の奥底にはそれがある。親、兄妹弟の幸せは親、兄妹弟の幸せ。俺の幸せも親、兄妹弟の幸せ。ジャイアニズムの一種だろうか。いくら俺が違うと訂正しても根底が変わらないから同じことを言い続ける。俺を従せることが俺の幸せと言い続けるんだ。
「……」
「頼むぜ。出席者の資料は送らせるからいい感じになぁ〜」
兄貴は笑って自室の方へと入っていく。
小さい時、兄貴に一回だけ反抗したことがあった。その時はめちゃくちゃキレて殴られたんだよなぁ。
兄貴とは5歳も差があったし、体格の差で敵わなかったのも事実。
裏切られたって顔するんだぜ。びっくりするよな。
でもな兄貴。もう俺は兄貴より背も体重もあるんだわ。
兄貴が安請け合いして俺に全部押し付けたおかげで金を稼ぐスキルも手にいれることができた。もう兄貴の言うことなんて聞く必要はない。
その願いを聞くかどうかは俺次第だってことを兄貴は失念している。金もらって契約しているわけでもない。あくまで兄弟としての情。ただそれだけだ。
これからは暇だったら手伝ってやることにしよう。暇だったらな。
必要な荷物を持って姫乃のマンションへといく。
もらった合鍵を作って玄関の扉を開けた。トタトタと足音がする。
「燐くん! 燐くんが戻ってきてくれて……良かった」
「俺にとって今の家族は姫乃だけだからさ。当然さ」
不安にさせてしまったみたいだ。でももう大丈夫。実家に戻る必要はない。
「はい! じゃあ、ケガの治療をしてくれたお礼に晩ご飯は燐くんの好きな料理を作ってあげます。何でも好きなもの言っていいですよ」
やっぱ……明るい顔で出迎えてくれる姫乃の方がいい。
押しつけるんじゃなくてちゃんと俺の気持ちを尊重してくれるのがいい。俺もちゃんと気持ちに添わないとな。
お互いの幸せを尊重し合えるのが本当の家族なんだと思う。
「言い忘れてました。えへへ、燐くん、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
本当にその言葉は暖かい。
燐音くんも昔、反抗したことあったんですが自分の都合の良いことしか聞こえない人間には何も通じないのです。言ってもすぐに忘れてしまう。だからもう諦めてしまう。そんな所ですかね。
そんな人はばっさり切るのが一番なのです!