011 姫乃と下校
恋人=家族ではない。≒ではあるかもしれないけど。
休み時間はやはり男子は男子、女子は女子で絡むことが多い。
ちなみに俺は男子勢から血の涙を流して詰問を受けている。つらい。
姫乃はクラスメイトに勉強を教えているようだった。
姫乃は確か学年1番の頭脳を持つ成績優秀者だ。ただ全教科100点とかいう異次元な天才ではない。ちゃんと相応に勉強をしているのが分かる。昨日も予習、復習を欠かしていなかったし根本的には真面目な子だ。
ただ俺にとっての和彦のように親友と呼べる友人がいないように見えた。
どことなく距離を取っている。それも姫乃からのようだ。男子ならともかく女子から距離を取る必要ないんじゃないかなって思うけど。
教科の先生の教室を出たと同時に姫乃もその後を追っていった。
「トイレ行ってくる」
そう言って男子達の追求を交わして、姫乃の後を追った。
「先生、お手伝いさせてください」
「いつも悪いわね。ありがとう」
どうやら姫乃は先生の手伝いをしようとしていた。
たくさんの冊子を抱えようとしている。
「俺も手伝います」
重そうにしている姫乃の冊子をふんだくる。全部持ってしまうと姫乃が手伝う分が無くなるのでちょっとだけ残しておいた。
「じゃあ、実験室まで頼むわね」
先生は立ち去っていく。姫乃は笑顔を絶やさず、先生が見えなくなった瞬間、表情がいつものものになる。
「ふぅ」
「先生の手伝いをしているのか? 疲れるだろ」
「いつも大変な先生のお役に立ちたいからお手伝いするのは当然です」
「本当は?」
「内申のためですね。結局、学校っていかに教師から好かれることが大事だと思っているので」
対外的な言葉を吐いた後、姫乃はさらっと真実を話してくれた。俺が姫乃の家族という立場だからだろう。
「一人暮らしの条件が成績トップの維持、学業で問題を起こさないことですから。この学校も片桐家の息がかかってるんです」
だから先生を味方につけて評判を落とさないように努力をしているってことなのか。
大変な努力だと思うが本家に戻されるよりはマシと思っているのかも。
「燐くんが全部持とうとしなかったので助かりました。たまに私の努力を邪魔する人がいるので」
姫乃に良いところを見せようとして全部奪っていって、かえって嫌われるやつだな。
本当にお姫様には生きづらい世の中だなって思う。
◇◇◇
「燐くん、一緒に帰りましょう」
授業が全て終わり、お互い部活動に参加してないことから下校も当たり前のように一緒になってしまう。
姫乃に好意を抱いていた男子達の視線が痛い。憧れの女子との登下校だなんて夢みたいなものだもんな。
いくら家族だからといってここまでベタベタする必要ないと思うんだけど。
初めは好意を抱いている男子避けだと思っていたけどそれ以上の理由があるのかもしれない。
事情をまだ知らない他の学年やクラスから注目を浴びつつ校舎の中を進む。先生までも驚いているんだけど。
「姫乃って本当に目立つ存在だったんだな」
「一人で歩いている時はそんなことないんですけど……。こういう目立ち方はうんざりですね」
「見慣れたら去っていくだろう」
「じゃあずっと一緒に登下校しましょうね〜」
姫乃は嬉しそうに微笑む。これ、姫乃の家から追い出されても学校では家族ごっこを続けるんじゃないだろうか。
「あ、昨日言った通り実家に帰って荷物取ってくるよ。体操着とかも回収しないといけないし」
「えー」
姫乃さんの機嫌が悪くなる。
「朝もそうやっていなくなったじゃないですか。お姉ちゃんはぷんぷんです」
「ごめんなねーちゃん。ちゃんと穴埋めするからよしよし」
「……。っ!」
姉弟のノリで姫乃の頭を撫でてあげたら、姫乃はばっと離れて距離を置く。
頬を赤くしてまっすぐ俺を見た。
そんな様子には間違えてしまったかと血の気が引く。もちろん女子の髪を勝手に触るものではない。
家族だからこそ触れていいものもあると思ってしまった。
「えっと……嫌だったかな」
姫乃ははっと気づいたように首を振る。
「ちょっとびっくりしただけです。うん、燐くんの手のひらはおっきいから悪くないです」
「それなら良かった……けど」
「わ、私お買い物して帰りますので先、行きますね。燐くんは予定通り実家に寄ってから帰ってきてください。でわっ!」
姫乃が慌ててばっと駆け出す。そんな慌てて走ったら……。
「きゃっ!」
つまづいて転んでしまった。
いつも冷静でニコニコしてあまり動じない姫乃があんなに慌てるなんて。
転んでしまった姫乃を助けようと駆け寄る。そして気づく。
白い太ももからスカートがめくれ、ピンク色の下着が露わになっていた。これには視線を集中させずにはいられない。
「でさー」
下着と白い太ももについ目がいってしまったが後から生徒が出てきた。
このままだと姫乃のあられもない姿が見られてしまう。家族としてそれは見せたくなかった。
転んだ姫乃に近づく。
「いたた……燐くん?」
「先にマンションへ行こう!」
「え、きゃっ!」
姫乃をお姫様だっこする。
「ちょ、燐くんそこまでしなくても! こんな抱え方……恥ずかしい」
「け、怪我したかもしれないし」
嘘です。さっきから下着丸見えです。抱えあげる時直してあげれば良かったぁ。
背負うと後ろ人に見られてしまうから前から抱えあげるしかない。
「家族ならお姫様だっこは普通だから!」
「そうなんですね……。じゃあ……甘えちゃいますね」
ほんと都合がいい言葉だな。家族っ!
先に姫乃のマンションへ帰り、少しだけ擦りむいた膝に絆創膏を貼る。
姫乃は恐縮していたが下心を大きく満たしてしまったので俺の方がすみませんでした。
マジでちっちゃい体だったな。良い匂いもしたし、柔らかかった。
「こんなミスするなんて恥ずかしいです」
「姫乃の慌ててる所を初めてみたよ。まぁ大きな怪我じゃなくて良かった」
「何も抱えなくても良かったんですよ。重かったでしょう? かばんもあったし」
「軽かったよ。それより短パン履いた方がいいんじゃないか。姫乃は注目を浴びるし、今日みたいなことがあった時にうっかり」
「……」
姫乃がじろーと俺を見る。遠回しに言ったのになぜこんな顔になるのか。
「なんで燐くんは私が短パン履いてないって知ってるんですか」
「あ……」
「もしかして」
やばっ気づいてしまった。姫乃が顔を真っ赤にして両手で顔を隠してしまう。
「抱えたから俺以外には見えてないから」
「燐くんには……見られてしまったんですね」
「お、俺たちは家族だから! 妹なんて風呂上がりに下着姿で家の中を歩き回るんだぞ。家族なら問題なし!」
「そ、そうなんですね。家族なら風呂上がりに下着姿で……」
なんかとんでもないこと言った気がする。でも嘘は言っていない。
血の繋がった妹の下着なんて見ても何にも感じないが……この子は別だろうな。
「俺、実家に荷物取ってくる。あんまり遅いと両親が帰ってくるし面倒だから。姫乃は膝が痛いようなら俺が買い物してくし、連絡して」
「は、はい……」
「じゃあ無理しないようにね」
逃げるように俺は姫乃のマンションから出て実家の方へと向かった。
姫乃を見るとさっきの劣情シーンが頭に浮かんでしまいそうだったので逃げるのが勝ちだったのだ。
「燐くん!」
姫乃の大声に振り返る。
「絶対に帰ってきてくれますよね」
その質問には一つしかない。
「もちろん。姫乃の側から離れる気はないよ」
その本心を改めて思いつつ、俺は実家へと向かった。
「燐くんは優しい人。今までの出会った男の子とは違って安心できるし。……絶対に帰さないもん」