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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第九章 聖女解放戦線フリエント
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予期せぬ決別

「最近色々と物騒らしくてさ、どこの世界でも金級に召集かけてんだよ。だからあちこちで手が回らないんだろうな。低危険度の異界で変異個体(イレギュラー)が頻出してるらしい」


 グロンゾとハルファ。数年ぶりの再会を果たした二人は場所を変え、大衆食堂の一画に陣取った。

 ハルファは積もる話の前に、今日の再会に至った理由を語る。


「だから俺たち銀級のパーティーがあちこち駆けずり回って処理してるんだ。で……」

「たまたまフリエントの近郊まで来た、ってことか」

「ああ。賭けだったけど来てよかった」


 聞けばハルファはここ一年、第一大陸を拠点に活動してきたらしい。

 グロンゾとパーティーを組むきっかけになった『始原世界』ゾーラの“深層大異界”を拠点にするのではなく、ゾーラと同盟を結んだ複数の大世界を転々としながら力をつけてきたと語った。


「にしてもおめえが銀一級か……」


 精悍な顔つきに成長したハルファの顔を眺めながらグロンゾは感慨に浸って呟く。


「チカとヴィトウはどうしてる? 一緒にきてんのか?」

「いや、二人は……」


 ハルファが僅かに言葉を詰まらせ、旧知のグロンゾが気づく程度に表情を曇らせた。


「二人とは、今は組んでないんだ」

「……そう、だったのか。悪いな、つい一緒にいるもんだと」


 別れてから二年と少し。冒険者である以上、そういうことはままある——かつてのグロンゾがそうだったように。

 そんな当たり前のことすら失念していたグロンゾは、もう、ハルファと自分が違う世界の住人なんだと、今はっきりと理解してしまった。


「謝らないでくれ。別に喧嘩別れしたってわけじゃないんだよ。ただ……少し色々あってな」


 ハルファは狼の耳を垂れさせて困ったような表情を浮かべる。


「チカは、『覇天世界』に戻ってこいって言われてさ。『もう掟は破れない』って」

「ああ、まあ……そうだったな。アイツはそういう奴だったな」


 キツイ性格をした仲間想いの天使。

 かつて、想うが故に()()()()の禁を犯して追放された彼女なら、どんな理由であれ戻ることになればそれに従うだろうと納得があった。


「ヴィトウは……?」

「アイツは……体調が悪化した」

「…………ついに、きちまったのか」


 それは、いつか来ると分かっていた。

 ヴィトウは巨人族の中でもかなり小柄だ。そしてそれは体質や混血ではなく、体が成長しないという遺伝子欠陥の()()だ。

 正しい成長をできないというのは、肉体がいつか負荷に耐えられなくなる日が来るということ。


 ヴィトウは、ちょうど一年ほど前に冒険者を辞めた。


「今はフリムっていう第一大陸の世界で療養中だ」

「金は、どうしたんだ? 治療費は足りてるのか⁉︎ 苦しいなら俺も——!」

「大丈夫だってグロンゾ」


 不安そうな顔で机から乗り出したグロンゾをいさめ、ハルファはニッと笑う。


「忘れたのか? 冒険者ってそれなりに稼げるんだぜ?」

「いや、でもよ……俺がいた頃はそんな蓄えは」

「んあ、まあ……あん時はだいぶギリギリだったけどさ」


 ハルファは以前の、ことあるごとに問題を起こして賠償やらなんやらに金を飛ばしていた“やんちゃ”な時代を掘り起こされて赤面した。


「でも、お前がいなくなってからはさ、ちゃんと貯金するようにしたんだ」

「貯金……お前が⁉︎」

「信じられねえよなあ、ははっ!」


 嘘だろ?とでも言いたげなグロンゾの反応に笑いがこぼれる。そして、そのきっかけを思い出して息を吐いた。


「覚えてるか、グロンゾ。お前が辞めるきっかけになった『花冠世界』のこと」

「……忘れたくても、忘れられねえよ」


 悍ましい怪物と戦った。それを生み出した悪意を間近で見た。そして竜を最後に意識が途絶え、気づいた時にはベッドの上だった。


「お前が辞めるってなってさ、受け入れられなかったよ。考えもしなかったんだ、()()四人が欠けるなんて」


 俯くハルファは机の上で拳を握る。袖口から覗く右手首にに、グロンゾは抉られたような傷跡を見た。

 グロンゾが知らない傷だった。


「俺はあの時、四人でどこまでも進めると本気で思ってた。……いや、四人なら行けたと、今でもたまに思う。けど、そうじゃないって知った」


 自分たちを最強だと疑わなかった。今は自分たちより強い奴らも、未来では追い越して最強になると本気で信じていた。


「いろんなことが変わるんだって知っちまった。仲間が明日も隣にいてくれる保障なんてないんだって、気付かされたんだ」


 だから、備えた。

 いずれ来るヴィトウの限界を見据えて。彼が苦労しないように、予後を豊かに過ごせるだけの蓄えを用意した。


「だから大丈夫だ。グロンゾも、気が向いたら遊びに行ってやってくれないか?」

「ああ、そのうち絶対に」


 冒険者を辞めた今、世界間の移動は相当痛い出費だ。それでも必ず行こうとグロンゾは心に決めた。


「ってことはハルファ、お前今は一人で?」

「いや、ちゃんとパーティー組んでるよ。紹介してもいいか?」

「おう、もちろんだ」


 間髪入れずグロンゾが頷くと、ハルファが立ち上がって別席に座る男二人、女一人の三人組に手を振る。その合図に気づいた三人は、一斉に席を立ってグロンゾの座る卓へとやってきた。


「紹介するよグロンゾ。こいつらが今の俺のパーティーメンバーだ」


 金髪をオールバックにしたガタイのいい男はレンド。

 比較して痩せ型に見える長身の、少し顔色の悪い青髪丸眼鏡がアストン。

 そして紅一点、長い茶色の髪を肩にかけた女がシャリア。

 いずれも銀一級の資格を持つ名うての冒険者だった。

 それぞれ端的に……というより雑に紹介された三人は、ハルファの穏やかな横顔をじっと睨んだ。


「な、なんだよお前ら……」


 狼狽えるハルファに、レンドが金髪の生え際に指を当てて苦笑いを浮かべる。


「いやあ、猫かぶってるなぁって」

「は⁉︎」

「ハルファ、狼なのにね! 今は尻尾振ってる犬みたい!」

「なにぃ⁉︎」


 シャリアが満面の笑顔で追撃すると、アストンが何度も頷いた。


「わかります、わかりますともハルファくん。その気持ち大いにわかります。久しぶりに再会した友人にいいところを見せたかったんですよね。だから慣れない穏やかな口調を練習したし、頬肉引き攣るまで笑顔も矯正。ギルドの受付嬢に対人のいろはを教わるなんてことも。今日だってギリギリまで毛並みや身だしなみを気にして僕らに何度も確認を————」

「だあああああああうるせえーーー! それ以上言うんじゃねーーーーーー!」


 仲間たちによって化けの皮を剥がされまくったハルファがとうとう絶叫した。

 周りの客もびっくりするような大声と豹変。狼人ハルファは取り繕うのを諦めた。


「だーもう! 途中までいい感じだったのにさあ!」

「お、いつものハルファだ」

「やっぱりこうじゃないとねー」

「解釈一致ですね」

「お前ら好き放題言いやがってこの野郎!」


 犬歯を剥き出しにして仲間たちにくってかかる。そんな様子を見せられたグロンゾは、無意識に口角を上げる。


「ふくく……っ。あっはははははははははは!」


 そして、憚らず大笑いした。


「おいこらグロンゾ! お前笑いすぎだろ⁉︎」

「ははははははははは! あー、面白え! いや悪いなハルファ。なんかお前が別人みたいになっててさ、正直かなり寂しかったんだよ。でも安心した。お前はハルファだ。見た目とか変わっても、お前は俺が知ってるハルファだ」

「な、なんか複雑だな」

「ククク……ッ」


 懐かしい、ハルファの不満たらたらな表情を見たグロンゾは昔に戻ったように豪快に杯の中身を煽る。


「楽しく冒険者、やれてるって安心したわ」

「おう! お前が嫉妬するくらいにはな!」


 旧友同士、顔を見合わせて笑い合った。


「おお! そこの三人……レンドにアストン、あとシャリアだったか? 最近コイツが何やらかしたか教えてくれよ!」


 メニュー表をチラつかせるグロンゾに、三人はここぞとばかりに乗っかった。


「お! 丁度いいネタがありますよ!」

「グロンゾさんも教えてくださいよー! 昔のハルファの醜態!」

「良いですね、情報交換と行きましょう」

「お前ら、揃いも揃ってなんで俺の恥限定なんだよ!」


 顔を赤くするハルファを中心に、五人は思い出話に花を咲かせた。





 そんな賑やかなテーブルを、ちょうど対角に位置するテーブルから。


「ええー。うっそだぁ」


 メニュー表から頭半分突き出すようにして、イノリは困惑強めの驚きで眺めていた。



◆◆◆



 『四封世界』フリエント。

 上陸間近となった頃、その名前の由来が()()()()()から来ているのだとジークリオンから説明を受けた。


「……その表情から察するに、概要も知らぬか」

「ああ、全く知らない」

「私もエトくんと同じ」

「右に倣えです」

「恥ずかしながら、私も……」


 イノリ、ストラ、シンシアの三人も同様に無知だった。

 が、師匠が物静かなのは正直意外だ。この辺は年の功というやつだろうか。


「今、私の弟子がすごく不敬なこと考えた気がするわ」

「気のせいだ」

「話を続けるぞ、エトラヴァルト」


 背後を振り向きながら超高速飛行という器用な芸当を披露しながら、ジークリオンは俺たちの無知っぷりに特に物申すことなく説明する。


「フリエントにはそれぞれ東西南北の端、世界の外周付近にそびえる塔がある。この塔が楔の役を果たし、封印を担っているのだ」

「なにを封じているんだ?」

「……。原初の異界だ」


 俺の質問に、ジークリオンは一拍置いてから解答した。


「今より五千年もの昔、フリエント中央に穿孔度(スケール)8相当の大規模な異界が発生した。人類史上、初めて異界が観測された瞬間だ」


 話の流れから察するに、四つの塔が封じているのはその異界だろう。


「だから四封、か」

「そうだ。世界を四方から囲むようにして塔を建て、“鎖の聖女”アリスティアが封印を担った。かの塔は、形をそのままに今も建っている」


 横目で師匠を見ると、小さい首肯が返ってきた。ジゼルにも反論する気配がない。つまり、ジークリオンの話は本当というわけだ。


「ちょっと待ってください。それはおかしいです!」


 だが、ストラが待ったをかけた。


「ストラちゃん、何がおかしいの?」

「ジークリオンの話が真実なら、その塔が建てられたのは五千年前ですよね? なら、世界が成長した五千年後の今でも同じ場所にあるはずがないんです」

「あそっか、土地とか色々大きくなってるはずだし、位置関係が変わってるはずだもんね」


 ストラの言う通り、それはおかしなことだ。

 世界の成長とは決して概念的なものではなく、単純に面積や体積も増加するのだ。

 内側に余裕が生まれる、だから異界の成長なんてことも起こり得る。

 五千年前の建物がそのまま、場所も形も変えずにあり続けるのは不可能だ。


「やはり聡いな。だが、事実として変わっていない。いや……変わる理由がなかったのだ」

「理由がない?」

「『四封世界』フリエントは、異界発生から五千年もの間、ただの一度も世界の成長を経験していない」

「はあ?」


 ジークリオンの言葉の意味がわからず、俺は顰めっ面を浮かべた。


「な訳ないだろ。だって七強世界だぞ? どの世界からも恐れられてる世界が成長してないって、んなバカな話が……」

「すべては偽り。“聖女の鎖”を守るために他世界が敷いた情報操作によるものだ」

「お前、それはいくらなんでも……」


 流石にそんなデマには騙されないぞと、俺は隣を飛行する師匠とジゼルを見た。予想した反応は当然、ジークリオンの言葉への否定だ。だが……


「……エト、アイツの言ってることは本当よ。私も〈異界侵蝕〉になってから知ったわ。〈魔王〉に聞かされた時は絶句よ、絶句」

「フリエントを除いた六つの世界が一丸となって他を騙した。事実だよ。そもそも」


 師匠とジゼルは、神妙な面持ちで竜人の言葉を肯定した。


「フリエントが七強世界に並んでいるのは、万が一にも他世界が()をかかないようにするためだ。竜を縛る聖女の鎖が失われたら大惨事だしね」

「ジゼル、それじゃあまるでフリエントが他世界に攻められたら負けるみたいな」

「負けるよ。だってフリエントには〈異界侵蝕〉はおろか、金級冒険者すら所属していないんだから」


 当然のようにジゼルから放たれた言葉に、それを知らなかった俺たち四人はひたすら絶句した。

 偽るという理屈は理解できる。〈雲竜〉や〈界竜〉みたいな存在を縛ることができる超級の兵器を失わないために、供給元の『四封世界』を守るというのは理に適っている。

 だが……いや、もうこの際常識とのすり合わせは無駄なのだろう。事実として受け止めなくちゃ時間が足りない。


「……だから、《終末挽歌(ラメント)》の掌握なんて許したのか」

「どの世界も過干渉できない立場にあったからね。最悪の空き巣……それも時間をかけた掌握だ」

「下手な介入は政治的に不味いって〈魔王〉が言ってたわ。というか、なんで【救世の徒】(アンタ)が知ってるのよ」

「俺様たちにも協力者というものがいる。漏えいには気をつけることだ」


 遠回しに『七強世界上層部に内通者がいます』と言ったジークリオンに師匠とジゼルが心底嫌そうな顔をする。

 が、そんな顔を向けられてもジークリオンは眉ひとつ動かさなかった。


「話を戻そう。俺様たちがなすべきことはいくつかあるが、まず最優先は“塔”の安全確保だ」

穿孔度(スケール)8の活発化の阻止か」

「その通りだ。《終末挽歌(ラメント)》を全員で相手取るために、リスクを取ってでも四方を抑える」


 穿孔度(スケール)8というのは、『幽境世界』から始まった滅亡惨禍の起点となった異界と同じ規模感だ。

 “原初の異界”というのは初めて聴いたが、それだけ古く、そして長らく封印されてきたとなれば()()の規模は想像を絶するものとなるだろう。


「《終末挽歌(ラメント)》が封印を解いていた場合はどうする?」

「万が一にもないだろう。だが、その場合は《終末挽歌(ラメント)》の撃破を最優先事項とする。市民の生存は二の次だ。——いいな、エトラヴァルト」


 ジークリオンの確認に、俺は静かに頷く。


「万が一にもないというのは、何か根拠があるのですか?」

「原初の異界は言わば起爆寸前の爆弾だ。俺様なら、相手の戦力が()()()()()時点で解放する」

「だから先に導線を奪っておくんですね。理解しました。その後は?」

「俺様たちの協力者、及びオズマの()を用いて《終末挽歌(ラメント)》を捜索中だ。見つけ次第、一斉に強襲する」


 あのおっかない大鎌使いが先んじて潜入していることを明かし、竜人は俺たちに背を向け世界の“膜”を目視した。


「エトラヴァルト、配置は貴殿に委ねる」

「突入先は東寄りの南東か……なら、ジークリオンとアルトが遠方の西を。師匠とストラは北、イノリとシンシアは東を。俺はジゼルと南を叩く」


 突入直前、俺は紅鷲の背に立って全員を見渡した。


「全員、消耗は最小限に。盗聴警戒で念話は最小限に。ヘイルの異能で座標は見ておくから、何かあれば、ジークリオン以外転移で助ける」

「なぜ俺様は対象外なのだ?」

「お前は単独でなんとかなるだろ」


 俺の呆れ混じりで突き放すような言葉に、他のメンバーもうんうんと何度も頷く。塩対応にしかし、ジークリオンは楽しそうに笑う。


「良いだろう。竜人として信頼に応えねばならぬな」


 信頼じゃなくて警戒だ、とは面倒くさくて言わなかった。


「それじゃあ全員、準備はいいな?」

「——エトくん!」


 イノリの声に振り向くと、彼女は胸にギュッと手を当てて真っ直ぐに俺を見る。


「色々あるし、わかんないことだらけだけど……エトくんはエトくんだからね!」

「……! おう、ありがとな」


 軽く拳を上げると、イノリも右拳を突き出した。


「気をつけてね、エトくん」

「ああ、イノリも用心しろよ」

「うん!」

「……よし。全員散開! 行動開始だ!」


 その一言を最後に、俺たちはバラバラに『四封世界』フリエントに突入した。






 これが、俺とイノリが相棒として交わした最後の言葉になった。

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