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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第九章 聖女解放戦線フリエント
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雲海波濤

「……《終末挽歌(ラメント)》が動いた」

「アンタも気づいたのね〈片天秤〉。これ、竜ね」


 エトラヴァルトたちが《融和竜》イルルネメアと遭遇した直後、その激烈な存在圧に別行動を取っていたカルラたち四人も気がついた。


 自らを餌に人の調査をしていたエトたち三人に対して、四人はオアシスの植生を中心に土地の調査を行っていた。

 イルルネメアの襲撃は、ちょうど四人が揃って『異常なし』と太鼓判を押した時と被る。


 また、イルナの住民も同様に。


「ねえ、今なにか落ちてこなかった……?」

「西の方だよな? 警備兵は!?」


 砂柱が立つほどの()()()に当然気づいて次々と外に出た。


「誰かが浮遊魔法の制御に失敗したのか?」

「いやいや、ここにそんな高度な魔法使える奴いねえって!」

「でもよ、フリエントから来るような魔法使い様が失敗するとは思えねえぜ?」


 しかし、彼らはそれが竜の襲撃によるものとは気づかない。

 地震と錯覚するような揺れに非日常を感じることはできても、あまりにも隔絶した存在圧は、その“差”を悟らせない。


「この気配規模は、《雲竜》と同じ……?」

「察しがいいね〈竜喰い〉。《終末挽歌(ラメント)》が()()()()()()名持ちの竜のどれかだろうね」


 総毛立つストラの勘を誉めるジゼルは、心底面倒臭そうに左手に天秤を出現させる。

 手札を切るのが早すぎる……そう舌打ちした。


「〈鬼神〉、君はエトラヴァルトたちに合流を。〈歌姫〉、君もだ」

「言われなくてもわかってるっての! 行くわよシンシアちゃ……って、どうしたのよ!?」

「う、く……!」


 振り返ったカルラが、苦悶に歪む表情で膝をつくシンシアに驚きの声を上げる。


「胸が……あ、熱い!」


 シンシアは胸を掴むように押さえて俯き、流水色の長髪に隠れた頬に脂汗を浮かべた。


「胸が痛むの!?」

「シンシアさん大丈夫ですか!? 何が……」

「——私はっ! 私は、平気です!」


 駆け寄ろうとした二人を声で制して、シンシアはエトがいる方向を指差す。


「エトたちの、方へ、速く! これは、《英雄叙事(オラトリオ)》の……!」

「……! そういうことね。わかったわ!」


 シンシアと《英雄叙事(オラトリオ)》の関係性を聞かされているカルラは、短い一言で『エトがヤバい』と察した。


「ストラはここでシンシアちゃんを守りなさい! 〈片天秤〉、行くわよ!」

「承知しました!」

「なんで君が指揮するのさ。ま、行くけど」


 調子を崩したシンシアをストラが守り、カルラとジゼルの二名が前線へ走る。

 推定危険度15の竜の早急な討伐と仲間の安全の確保。その二点を踏まえた上で最も合理的な判断。


 ——行けると思うかい?


 それを、虚空から響く声が阻む。


『————ォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』


 遠く、遠く。

 雷のような咆哮が轟く。


「え……?」

「なに、今の……声?」


 それは、イルルネメアの存在に気づけなかった住民たちの耳にも否応なく届いた。

 生命としての格の違いを無理やり理解させる、根源的恐怖を呼び起こす叫びに、住民たちの中に不安が伝播する。


「まったく……」


 ジゼルが舌を打つ。

 見上げた空。砂嵐の向こうに確かに見えていた青はすでになく。

 小世界イルナ全土を覆うのは、全てを塗り潰す黒雲。


「やってくれるね、《終末挽歌(ラメント)》」

『オオオオオオォオオオォオオオオオオオ——!!』


 憎たらしげに小人が呟いた直後、大咆哮をもって地上へ。

 世界を赤く染め上げる一筋の轟雷が屹立(きつりつ)した。


「『ディア・ミグラント』!」

「『概念模倣・繁殖』!」


 オアシスを襲撃した大雷霆に対して、カルラとストラの二名が瞬時に迎撃を取る。

 群れを成した鳥と竜は真正面から雷とぶつかり合い、数の暴力でこれを凌ぐ。


「こんな辺境の小世界で、君を見ることになるとはね」


 心底嫌そうに呟くジゼルが見上げた天。

 黒雲を突き破り、積乱雲を思わせる巨大な胴体が出現する。両翼は地平線を目指して膨張を続け、長大極まりない竜尾はひと薙ぎで遠くの街を一つ滅ぼし。

 鎌首をもたげ、雲の眼窩に琥珀色の眼が生まれ、大地を睥睨した。


 危険度15。名を、《雲竜》キルシュトル。


「大人しく、〈勇者〉に斬られっぱなしでいて欲しかったよ」

『ォォォォオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオ——ッ!!!!』


 降り注ぐ幾千の赫雷(かくらい)が、轟音と共にオアシスの住民を容赦なく焼き払った。


「うぎゃあああああああああ!?」

「な、なんだ!? 何が起こっ——」

「嫌っ……いや! なんで、焦げて……なんでぇ!?」


 雲の下で逃げ惑う人々は、砂の上で黒焦げになった。

 屋内に避難した賢き者たちは、建物ごと焼き潰された。

 一度は運良く逃れた者も砂に足を取られ、あえなく二度目、三度目の雷撃に貫かれた。


 ……やがて、抹殺対象である()()の来訪者に雷撃が届かないことを悟ったキルシュトルが無差別の雷撃を止めた。


「や、止んだのか……?」

「い、生きてる、のか!?」


 恐怖に怯えていた者たちが暗雲立ち込める空を見上げる。

 その体は震えていて、膝が笑って砂の上でみっともなく立ち尽くす。


「に、逃げろ! 街の外に逃げろ!!」

「ここにいたら死んじまう! とにかく逃げるんだ!!」


 だが、ほんの少しだけ勇気があった者たちの声に従い、少しずつ、街の外へ向けて移動を始めた。


 ——予想以上だね。君たちを足止めするには、どうやら二匹じゃ足りないらしい。


 しかし、全てを嘲笑(あざわら)うように、虚空からまたしても声が響く。


「え……なに?」

「だれか、なんか言ったか?」


 今度は、街の住民にも聞こえるように、あからさまに。


「——〈片天秤〉! ストラとシンシアちゃんお願い! エトは私が!」

「だからなんで君が……まあやるけどさ」


 虚空の声に惑わされず、カルラは即座に魄導(はくどう)の紅鷲に乗った。

 機動力で無理やりエトと合流する狙い。赫雷が止んだ僅かな隙を突いて〈鬼人〉が砂嵐を突き破り飛翔する。


 ——直後、砂の海が脈動した。

 イルルネメア落着の衝撃とは比較にならない大震動に、空を飛ぶカルラ以外の誰もが。ジゼルやストラも例外なく足を取られた。


「……待ってください。足下の、この気配は!?」

「チッ。ここまで掌握していたのか、《終末挽歌(ラメント)》」


 砂の底を蠢く巨躯。

 天を統べる《雲竜》とも見劣りしない、雄大な山脈すら凌駕する激烈な存在の暴圧が迫る。


『キュララララララララララララララ——』

「あー、嫌な鳴き声ね」


 無数のイルカの鳴き声を無造作に束ねたような不協和音。

 つい最近聞いたばかりの特徴的な()()()に、〈鬼神〉カルラが心底嫌そうな顔をする。


「まだ寝てなさいよ……()()め」


 砂の下でみじぎするだけで出鱈目な震動を生む常識外の存在は、エトとカルラの合流を阻むように。

 オアシスを陸の孤島へと仕立てるように、砂の津波を巻き起こして浮上した。


『キュラララララララ——!!』


 街一つを囲ってなお余りある、万里に迫る蛇の体躯。深い藍色の鱗が全身を覆い、まるで、()()()なら泳げると豪語するようにそれは軽やかにとぐろを巻いた。


「あ、ああ……」

「嘘だ……こ、こんなこと嘘だ!」

「なんで、なんでこんなとこに、化け物が、二匹も……!?」


 エメラルドの瞳が睥睨する。

 全身から迸る暴威が、死の気配を嵐のごとく叩きつける。

 砂嵐など比較にもならない。退路を奪われた住民たちは希望を失い、次々と力無くその場に崩れ落ちた。


「やりたい放題してくれるわね、《終末挽歌(ラメント)》……!」


 その身に竜を象徴する翼はなくとも、それは海という大自然を泳ぎ()ける。

 ゆえに、それは紛れもなく竜種であり。


 最強の一角に座す、歴史上、幾度となく『海淵世界』に危機をもたらした大災害の具現。

 名を、ヨルムンガンド。


「〈片天秤〉、私が蛇をやる。空は任せたわ」

「僕、戦闘は得意じゃないんだけどな……。ま、やるだけやってみるよ」




 小世界イルナにて二頭の竜を追加確認、直ちに戦闘状態へ移行。


 危険度15・《界竜》ヨルムンガンド vs〈鬼人〉カルラ

 危険度15・《雲竜》キルシュトル vs〈片天秤〉ジゼル

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竜が2匹、謎の痛みで動けないシンシアさん、さてどうなる。
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