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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第九章 聖女解放戦線フリエント
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呉越同舟 〜人と小人と竜と鬼〜

「鎖の聖女……って、エトくん」

「ああ、多分だけど」


 ジークリオンが口にした名前。

 それは俺たちにとって……いや、きっと誰にとっても馴染み深い()()()の主役。


「『鎖の聖女と顔無しアルト』の……?」

「——その通りだ」


 ジークリオンは真剣な表情で頷く。


「どの世界でも語られる、最も有名な物語……貴殿らはそう記憶しているな」

「作り話じゃ、なかったのか」

「物語とは、どこにでも生まれ得る。貴殿ならそれを理解できるはずだ」

「……ああ、そうだな」


 ジークリオンの指摘は正しい。

 俺は、俺たちは。物語が生まれる瞬間というものを知っている。


 解放を願った少女。

 虹を求めた剣士。

 竜殺しを成した何者。

 守護者として身を捧げた鬼人。

 才能に翻弄された引きこもり。

 約束を果たした歌姫。


 どれもが必然を積み重ね、奇跡に手を伸ばした者たち。

 奇跡(ものがたり)は、困難だからこそ奇跡と呼ばれる。


 ——それでもたどり着いた者たちがいることを、俺はこの身に宿る書物で知っている。


 鎖の聖女と顔無しアルト。原点を『四封世界』フリエントに置く、最も有名な物語。

 顔を隠した青年アルトが、聖女アリスティアを守る騎士物語だ。


「助けるためって、どういうことだ?」

「無論、今もなお“異界”の侵攻を食い止める聖女を、だ」

「今も……?」

「それってどういうことなの?」


 俺たちの疑問に、しかし、ジークリオンは首を横に振って宝石(シトリン)の髪を揺らした。


「俺様から語れることは何もない。……俺様は、その資格を持ち合わせていない」

「資格が……?」


 そう答える竜人の声音から、俺は、強い憤りのような情動を感じた。


 ——この、竜人を。

 俺は敵だと思っている。

 イノリとシンシアが持つ“無限の欠片”を狙い、世界を滅ぼすことを望んでいる彼らは、俺とは決して相容れない。


 ……でも、同時に。

 今目の前で俺と顔を突き合わせているコイツからは、欠片の殺意も悪意も感じない。イノリの左目に興味を示すんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたが、どうにもその気配がない。

 つまり、この場において〈竜主〉ジークリオンは、ただ対等に、俺たちと交渉をしにきたのだと、わかる。


「イノリは、どう思う?」

「私は……嘘、ついてないと思う。


 イノリが黒晶の左目の瞼に触れる。


「話し合いの間、ジークリオンは一度も私の左目に興味を持たなかった。【救世の徒】は、無限の欠片を欲しがってるのに」


 まるで見せびらかすように、イノリは指で瞼を開いて左目を強調させた。

 それを見たジークリオンは、首を横に振るだけだった。

 その行動に確信を持ったのか、イノリはジークリオンから目を離して俺を見た。


「私はエトくんみたいな直感とかないけど、今、この人……竜?が、真剣にエトくんと話したいだけだってことはわかるよ」

「……よかった。お前も同じ意見か」


 先入観がもたらす盲目、先走りではなさそうだと自分の思考を自信が後押しする。


「……聖女が、今も生きているという前提で、聞く」


 竜人の翠緑の目を見つめ返す。


「お前たちが聖女を助けたいのは、計画に必要だからか?」

「——違う」


 即答される。


「それは、断じて違う」


 重ねて、ジークリオンは俺の言葉を否定した。

 机の上で拳を握り、竜人は今一度、断固として俺に否を突きつける。


「確かに、聖女を救わなくては俺様たちの計画は達成し得ない。だが……」


 利益があることを認めつつ、しかし。

 ジークリオンは、これまでに見せたことのない種の覚悟の色を表情に見せた。


「——これは、恩義だ」


 それは、不思議と。何かを守ろうと立ち上がった英雄(誰か)と、よく似ていた。


「かつて受けた大恩を返す。我が友と……そして、他でもない俺様の誓いだ」


 決意に満ちた眼差し。


「…………イノリ」

「いいと思うよ」


 俺の相棒もまた、即答する。


「だって、エトくんが“いい”って思ったんでしょ? 私も、今回だけは信じていいと思う」

「…………ありがとう」


 俺は、《英雄叙事(オラトリオ)》を通じてシンシアに呼びかける。

 すると、合図を受けたと思わしきストラと念話が繋がった。


「ストラ、聞こえるな?」

『——はい、聞こえています。決まったんですね?』

「ああ、決めた」


 顔は見えないが、きっと覚悟をしていることが窺える声音だった。

 事前に最終決定権を俺に委ねてくれた二人と念話を繋ぎ……決断する。


「——ジークリオン、俺たちはどう動く?」


◆◆◆


 交渉が成立してからの動きは早かった。

 緊急事態宣言を解除した俺たちは、ジークリオンに関わる一切の出来事を隠蔽し、一連の事態を『魔法実験の失敗による騒ぎ』と公表。


 次いで、()()()となる俺を含めた()()は、装備を整えて自宅の裏庭に集合。

 そこで紅蓮の助力を仰ぐ運びとなった。


『——嫌だ』

「紅蓮、やれ」

『……チッ』


 当然ながら『幻窮世界』での一件を引きずっていた紅蓮は協力を拒否しようとしたが、どうやらポジション的に上らしいジークリオンの一言で嫌々ながらも力を行使した。


 綺麗な花の咲く庭の景色が裂け、此方(こちら)彼方(あちら)を繋ぐ虚門(ゲート)が開く。

 ゆらゆらと揺れる空間の裂け目の向こう側に見えるのは、焼けつくような砂の大地だ。


「やっぱり“概念”って出鱈目だな」


 紅蓮・ヴァンデイルが持つ“虚構の概念”によって生み出された、リステルからフリエント周辺の小世界へと届く直通ゲート。

 行使者がその場にいなくても複数人を運べる大規模な力の行使に俺は改めて舌を巻いた。


「それ、出鱈目側のエトくんが言うの? 私の役目じゃない?」

「イノリ。残念ながら貴女も十分に出鱈目族ですよ」

「変な括り方しないで! あとストラちゃんも出鱈目サイドだよ!?」


 魔眼アンド無限の欠片持ちのイノリと、“概念模倣”という特異技能持ちのストラ。どちらも立派な理不尽族だ。

 ここで俺が突っ込んだら矛先が向きそうだからスルーするけど。


「へえ、通信エラーも起きないのは凄いね」

「ジゼルさん、ずっとそうして遊んでますけど飽きないんですか?」

「いやまったく? 〈歌姫〉、君もやってみるかい?」

「私、テクノロジーはさっぱりで……」


 あまりにもブレないジゼルは、インターネットおばあちゃんなシンシア(これ言ったら確実にボコボコにされる)にゲームを薦める。


 そんな彼ら彼女らを前にして、極彩の竜人は困り顔を浮かべた。


「俺様が言うのも難だが、貴殿らに緊張感というものはないのか?」

「最低限保ってるぞ。適度に誤魔化しとくと肩の力が抜けるんだよ」

「……なるほど、冒険者の知恵というものか。俺様にはない考えだ」


 ……めちゃくちゃ適当に言ったんだけど、こうも納得されると撤回できねえ。

 『幻窮世界』で会敵した時から思っていたが、この竜人、性格的にはクソ真面目の部類なのかもしれない。


「エトラヴァルト、改めて段取りを確認するぞ」


 なんて考えてたら、その片鱗が見えた。


「俺様たちは他世界に先んじてフリエントに侵入し内情を調べる」

「最優先目標は聖女の救出、そうだな?」

「その通りだ。《終末挽歌(ラメント)》が行動に移した以上、時は一刻を争う。世界の結託を待つ余裕すらない可能性がある」


 ジークリオンは多くを語らなかったが、聖女が異界にとっての“鍵”のような存在であるとだけ明かした。

 そして、《終末挽歌(ラメント)》がその鍵を悪用しようとしていることも。


「ここにいる精鋭で、最短最速で聖女を救う……《終末挽歌(ラメント)》と《残界断章(バルカローレ)》の撃破も二の次……で、いいんだよな?」


 単純明快な作戦。

 俺の確認に、ジークリオンは満足げに頷いた。


「それでいい。俺様は紅蓮の虚門(ゲート)を用いて各世界に働きかける……“【救世の徒】は《終末挽歌(ラメント)》撃破を全面的に支援すると」


 正直な話、乗ってくる世界があるとは思わないが……危機感を煽るという点ではいいだろう。


 【救世の徒】は聖女を救いたい。

 俺たちは自分の世界を守りたい。


 この果てにあるのが《終末挽歌(ラメント)》の撃破である以上、俺たちが手を組む理由は十分にある。


 ……まあそもそもの話、ジークリオンと組むのが初めてってだけで、『幻窮世界』では既にエステラと紅蓮と協力したし。

 改めて考えると、敵と共闘するなんて今更な気がしてきた。


「さて、最終確認だ」


 俺は誓剣の柄を握り、今一度みんなの顔を見回した。


「メンバーはこの七人。交戦は最低限に、こっちからは仕掛けず迎撃に注力。『四封世界』に突入次第、ジークリオン以外は三人一組で聖女の捜索……あとはアドリブ!」


 『四封世界』が敵の手中に落ちている可能性が極めて高い以上、おそらくは現場での突発的な判断が求められる。


「それじゃあ……行くぞ!」


 シンプルな号令に、敵味方関係なく全員が声を揃えた。


『——応!』



「…………ねえ、エト。私、未だに状況がわかんないんだけど?」


 ……たった一人。


「なんで〈片天秤〉がいて、【救世の徒】の盟主がいて……ついでに私も巻き込まれて一緒に行くことになってるの!?」


 おもいっきり大遅刻をかましたことで、色々と把握が遅れてる我が師匠、カルラ・コーエンを除いて。


「師匠。詳しい話は移動しながらするから! 今は行こう!」

「——訳がわからないわよ!? あなたがエルレンシアのに変身してた時くらい混乱してるんだけど!?」

「気持ちはよーくわかる! けど今は師匠の力が必要なんだ。だから頼む!」


 俺はなあなあに誤魔化しながら、師匠をゲートに押し込んでいく。


「……ふ〜ん? 私が必要なの?」

「めちゃくちゃ必要だ! だから頼らせてくれ!」


 真剣にお願いしながら背中を押すと、師匠は艶やかな黒髪を弄り、端正な顔をだらしなく崩して笑顔を作った。


「も〜しょうがないわね〜! まあ? 弟子の無茶な頼みを聞くのも師匠の勤めよね〜!」


 鼻が高そうに流される黒髪の麗人。

 ……自分でおだてておいてアレだが、ちょろくないか? うちの師匠大丈夫か?


 ……なんて不安視してたら、隣でゲームに視線を落としていたジゼルがボソッと


「……ちょろい」


 とつぶやきやがった。


「あ゙あ゙!? 〈片天秤〉、アンタなんか言った!?」

「チャプター2くらいでエンディングいきそうだね、君は」

「何言ってるかわかんないけど馬鹿にしてんのだけはわかるわよクソチビ!」

「へえ……?」


 師匠の最後の台詞に、ジゼルがゲームの電源を落として額に青筋を浮かべる。


「僕相手に身長煽り……いい度胸してるじゃないか〈紅花吹雪〉」

「その異名は古いです〜! 今は〈鬼神〉って立派な異名があります〜!」

「そういう仰々しい名前のやつほど切断厨だったり雑魚だったりするんだよね」


 凄まじくしょうもないことで火花を散らす〈異界侵蝕〉二名。

 俺のおだてが原因とはいえ、人の家の前で軽々しく喧嘩を売らないでほしい。


「師匠落ち着け! 一旦行こう! な!?」

「ジゼルさんもです! 早くいきますよ!!」


 先んじてゲートを潜ったイノリとストラに白い目で見られながら、師匠とジゼルを押して俺とシンシアがゲートを抜ける。


「…………これは、人選を間違えたかもしれんな」


 その様子を最後尾で見ていたジークリオンが、こちらが凄く申し訳なくなることを呟いていた。





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― 新着の感想 ―
ジゼルとさらっと合流していた師匠、性格的な相性悪いのですね。
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