鎖の因果
「——繋げイルルッ!」
最速の竜を前にした俺は、即決。
《英雄叙事》に触れて、シンシアとの導線を開いた。
「シンシア、壁を!」
「やってます!」
俺の指示より早くシンシアがオーロラの瞳を輝かせ、内に眠る神秘の概念を解き放つ。
〈門番の盾〉が王城を護るように、俺とジークリオンを隔離するように展開された。
「収束顕現……!」
ほぼ同時に、俺の周囲に六振りの魄導の剣が創出される。
誓剣を含む七つの切先に、虹の輝きが収束した。
「輝け——!」
狙うは、かつて貫き、しかし綺麗さっぱり元通りになっている竜人の胸部。
擬似魔剣を解放する、その、直前。
「——待て、エトラヴァルト」
ジークリオンが、両手を上げて無抵抗を晒した。
その奇妙に、俺の動きがピタリと止まる。
「降参だ。此度、俺様は貴殿らと事を構えるつもりはない」
霧散する……いや、最初から存在しなかった戦意に、俺たちから困惑が色濃く出た。
「……どういうつもりだ?」
虹の魔剣は維持したまま。
俺は、【救世の徒】に言葉の意味を問う。
「そのままの意味だ。まずは突然の来訪となった非礼を詫びる。許せ」
相変わらず謝罪の態度もデカい竜人は、ゆっくりとこちらに向かって浮遊する。
「…………バルコニーから中には入るな」
「いいだろう」
「態度がでけえ……」
虹の輝きを霧散させ、切先を地面に向ける。
そのまま屋内へと後退すると、極彩の竜人はふわりとバルコニーに降り立った。
「エトくん……」
背後、不安げな声を滲ませるイノリが俺の背に手を当てる。
安心させてやりたいところだが、生憎、この竜の前では指先の不要な震えすら致命傷になり得る。だから、それができない。
「全員、警戒を緩めるな。何か動きがあれば攻撃を。建物への被害は考えなくていい」
そんな余裕は、存在しない。
「大佐、フェレス卿。ハイレイン様を含む、王城の全員に避難勧告を。半径2キロ圏内の全市民の避難誘導も頼む」
ジークリオンの覇気をまともに受けた大佐は真っ青な表情で、しかし赤髪を振り乱し毅然と頷いた。
「わかった。……この場は任せたぞ、エトラヴァルト」
「ンッフフ。困ったことになりましたねえ」
こんな時でも不敵な笑みを絶やさないのは流石と言うべきか。
道化の宰相は、足を震わせる大佐を連れて玉座を後にした。
残ったのは、六人。
「何をしに来た、ジークリオン」
「提案だ」
魄導も、結晶の鎧も一切纏わない無防備を晒したジークリオンは、俺たちに向けて右手を柔らかく差し出した。
「エトラヴァルト。俺様たちと手を組まないか?」
「はあ……?」
突然来て、突然何を言い出すんだと俺たち全員が眉をひそめる。
「ジークリオン。騙し討ちは君が唾棄する行いだったと思うんだけど……」
そう呟くのはジゼル。
「貴方と私たちは、シンシアさんを巡って敵対しているはずですが……」
「エトくんと殺し合ったんだよね? それに、【救世の徒】って世界を滅ぼそうとしてるんでしょ? なんでエトくんに協力を求めるの?」
ストラとイノリは、【救世の徒】の関係者たちから聞いた情報をもって疑問を尋ねる。
「リプルレーゲンを襲ったこと、私はまだ許してませんよ」
「エトの左腕を奪っておいて……そんな虫のいい話が通るとでも?」
シンシアとミゼリィは怒りをこぼした。
後ろを見ることはできなかったが、その眼差しはきっと険しいものだろう。
「ふむ……。予想していたことだが、ここまで拒絶されると存外に心が痛むな」
「自業自得ってやつだろ」
俺たちから総スカンを受けた〈竜主〉は割と真面目にショックを受けたようで、右手を差し出したまま、左手で困ったように頭を掻いた。
「俺様としては、そこの〈異界侵蝕〉が貴殿らと仲良く肩を並べている方が不思議でならんぞ」
俺とジゼルは互いに横目で目配せした。
「「まあ、利害の一致ってやつだ」」
「俺様とは一致しないのか?」
「「それは無理だろ」」
息ぴったりで拒絶すると、竜人はそれなりに悲しそうに肩を落とした。
というか、肝心なことを聞き忘れていた。
「そもそも、何が目的だ? 俺たちを手を組みたい意図はなんだ?」
腹立たしいが、【救世の徒】の戦力であれば並大抵の世界なら軽く滅ぼせてしまうはずだ。
ジークリオン、エステラ、紅蓮、オズマ、シーナ。
最低でも五人の〈異界侵蝕〉クラスがいる上、これでもまだ全容が見えてない。
ともすれば一組織……というには些か強大すぎるが、七強世界と単独で戦争を起こせる規模ですらあり得るのだ。
そんな奴らがよりによって、つい最近、全力で殺し合った相手に協力を求めるのか。
「事前接触なしの交渉なんて、余計に警戒されることをしてまでして、何がしたい?」
「無論、『四封世界』を攻め落とそう、という提案だとも。貴殿も薄々感じていたのだろう? 俺様がこのタイミングでここに来た意味を」
ジークリオンは、『それ以外あり得ない』と言外に含みを持たせた。
「確信が持てなかったから、俺様に直接問いただした……違うか?」
「……俺たちに、世界を滅ぼす手伝いをしろって?」
「まさか」
ジークリオンは肩をすくめた。
「そんな提案、貴殿は決して受け入れはしないだろう。むしろ、今回に関してはその逆だ」
「…………」
続きを促す俺たちの沈黙に、極彩の竜人が告げる。
「俺たちは確かに今の世界を壊そうとしている。だがそれは、決して《終末挽歌》の思い描く未来ではない。故にだ、エトラヴァルト」
一歩。
歩み寄るのではなく、退いて。誇りを重んずる竜人が、俺たちの前に片膝をついた。
「俺様たちを使え、エトラヴァルト」
◆◆◆
——少し、話しがしたい。
俺はジークリオンにそう告げて、交渉の場を移すことにした。
場所は、ジゼルと密会した北東端の平野。
王都の警戒態勢を解くため。そして、あそこでは聞けない本音を引き出すために、俺はイノリと二人でジークリオンに相対した。
「エトくん、私はいていいの?」
「流石に一対一で話す度胸はないから……。あと、相棒だからな」
イノリは二、三度瞬きを繰り返すと、恥ずかしそうにはにかんだ。
「ジークリオン。いてもいいよな?」
「彼女ならば、いいだろう」
少し引っかかる言い方だったが、許可してくれるならそれでいい。
シャロンの白鋼で簡素な机と三つの椅子を作って、俺たちは青空の下に腰を下ろした。
「まず、共闘の件だが……俺一人で決めることはできない。それはわかってるだろ?」
「無論だ」
世界の敵との交渉だ。ジゼルの時みたいに、『秘密裏に』全てを終わらせるような規模感ではない。
「……。やっぱりか」
「む……?」
「エトくん、やっぱりって?」
俺の不自然な相槌に二人が疑問符を浮かべた。
「お前の行動は、少し奇妙だった」
「奇妙……具体的に聞こう」
竜人は興味深げに、白鋼の机に両肘をついた。
「世界を滅ぼしたいお前たちからすれば、一番望む展開は《終末挽歌》と七強世界の共倒れだ。そして、パワーバランスの調整に裏から手を回すのが望ましい」
エステラと紅蓮、シーナがいる以上決して難しくないはずだ。なのに、それを選ばない。
「だけどお前は俺たちに協力を要請した。ここから推測できるのは、お前たちは《終末挽歌》に絶対に勝ってほしくないということ。僅かなリスクであっても、敗北の可能性を潰しておきたいってことだ」
「……その通りだ」
「だからこそおかしい。お前は、俺に直接話しを持ってくるべきじゃなかった」
俺の指摘に、宝石の眼が眇められた。
「お前たちには各世界に協力者がいるんだろ? だったら、その動向を見てから、トップに話しを持っていくべきだった。あくまで一介の騎士でしかない俺に決定権はないんだから」
「あ、そっか」
何かに気づいたようにイノリが声を上げた。
「エトくんに話しを持ってきても、作戦が大規模になるってことは上の人に話しを通さなきゃいけないもんね」
「ああ。ジゼルの提案も大概だったけど、あっちは協力者が向こうの世界で権力を持ってた。けど、今回は違う」
ロードウィル暗殺依頼も個人で受けるにはリスクすぎる案件だが、ジゼルが向こうで強い発言権を持っているから幾分かマシだし、そもそも『悠久』とは関係が最悪だから今更だ。
「【救世の徒】っていう全世界共通の敵と手を組むなんて、全世界から敵と見做されるのと同義だ。そんなの、俺が独断で決定下せるわけがない」
俺の言葉に、イノリは深く頷いた。
「……そっか。だからエトくんはおかしいって気づいたんだね」
そして、ジークリオンの言葉の違和感に気づく。
「エトくんが保留するってわかってたから、ジークリオンはなにも文句を言わなかったんだ」
「ああ。秘密裏に進めたいのかとも思ったけど、あんなド派手な登場して『極秘です』なんて馬鹿がやることだ」
流石にそこまで馬鹿でないだろ……と目線で訴えると、ジークリオンは肩を揺らして楽しげに笑った。
「フハハ……やはり、直感が働かなくとも鋭いな」
「治世でバリバリに現役な白獅子と電話する仲だからな。……で」
ジークリオンな事実上の肯定を得られたことで、ようやく本題に入れる。
俺は眼差し鋭く、目の前の竜人を睨みつけた。
「俺から上に提案が漏れるのは織り込み済み。なら目的は、今のこの状態にある」
ジークリオンは初めから、俺に用があってリステルを訪れたのだ。
交戦のリスクも、何もかもを承知の上で。
「提案の可否を問わず、お前が自由に、人目を気にせず俺と話せるタイミングはここしかなかった……そうだろ?」
ジークリオンは、深く、笑みを浮かべた。
「……見事だ、エトラヴァルト」
俺の推理は、どうやら当たっていたらしい。
「やはり、貴殿は素晴らしい」
「……ねえ。あなたはなんで、リスクを承知でエトくんと話したかったの?」
「急くなイノリ。無論、今から語るとも」
いくらかの尊大さを取り戻しやがったジークリオンは、不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。
「俺が貴殿に会いにきたのは他でもない。ある因果のためだ」
「因果……?」
何をオカルトじみたことを。
訝しむ俺に、竜はあくまで笑みを崩さなかった。
「《英雄叙事》よ。《終末挽歌》を倒すのは貴殿でなくてはならんのだ。——他でもない、鎖の聖女を救うために」
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