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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第九章 聖女解放戦線フリエント
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誕生

 一日である。

 ラルフと『海淵世界』で別れたのはほんの、昨日の早朝のことだ。

 今の俺とシンシアなら、それぞれイノリとストラを背負った状態でも、たとえ数千キロに及ぶ『海淵世界』の大海すら半日あれば()()()()()()()()走破できる。

 リステルに到着後、現王や大佐への報告もほどほどにして新居へ入場。

 そうして今日の通信……なの、だが。


『だずげでぐれえ……! エドオオオオオオオオ……! 俺は……っ、俺は、もうっ、耐え、耐えられない…………っ!!』

「マジで何があったんだよ」


 ホログラムの向こう側で情けなく、グシャグシャに泣き崩れるラルフに、俺たちはひたすら対応に困った。


 ——というか後ろ、リントルーデ。お前笑いすぎだろ。

 彼のブラコン・シスコンっぷりを知ってる部下たちでも多分ドン引きするレベルで盛大に笑ってやがる


「ラルフくん、本当に何があったの……?」

「後ろのリントルーデさんの雰囲気からして十中八九、差し迫った危機のない碌でもないことなのでしょうが……」

「あの、エト? リントルーデさん……ですよね? 船で話した時と、あまりにも雰囲気が違うのですが」


 イノリ、ストラ、シンシアの三名もそれぞれに、ホログラム上の珍事に疑問以外の言葉を失っていた。


『うっ、ううっ……! 親父が、親父の奴が……っ!』

「ああ……うん。すまんラルフ。何があったとは訊いたけど、正直そんな気はしてた」


 悲しいかな、『海淵世界』でラルフの情緒をここまで悲惨な方向に乱すのは、俺の記憶上、源老ノルドレイただ一人だ。

 ラルフの身……というより主に心を蝕む、未だ解呪の兆しが見えない悍ましい呪いを付与したのも源老の仕業なのだ。今更ちょっとやそっとの奇行では驚かない自信があった。


「……で、今回は何があった」

『………………見られてるんだ』

「は?」


 突然正気に戻ったラルフが、今度は顔面を蒼白に染める。


『四六時中……っ、ずっと、親父の視線を感じるんだよ……っ! うっ、うううううう……!!』


 また泣いた。

 感情の緩急が著しいラルフ。そんな哀れな彼の肩を近くに寄ったリントルーデが優しく叩く。

 そこだけ切り取れば弟想いの優しい兄なのだが、笑いを堪えて全身を痙攣させているだけに台無しだった。


『ふ、くく……す、すまないなエトラヴァルト。弟がこんな様だから、俺が説明しよう……ふふ』

「あ、ああ。よろしく頼む」

『と言っても、だいぶ……そうだな。またも身内の恥を晒すことになるのだが』


 その辺はもう手遅れではないのだろうか。

 ホログラムを眺める俺たち四人は揃って同じ感想を抱いたが、なんとか沈黙を選んだ。


「結局、何があったんだ?」

『あった、というより今もなお、なんだが』


 リントルーデは、静かに目頭を抑えた。


『……父上が暴走した』

 

 やっぱり。


『今、魔道具と近衛の魔法を総動員してライラックの一挙一動を監視している』


 そこまでは予想していなかった。

 俺は、自分の表情筋が凄まじく引き攣るのを感じた。言葉はわかっても、意味がちっとも理解できなかった。


「…………待て、待ってくれリントルーデ。どういうことなんだ」


 後ろの女性陣たちが発する凄まじい嫌悪の感情に背筋が震えた。

 きっと彼女たちはゴミを見るような目をしているのだろう。こちらの反応を見て苦笑いと共に冷や汗を流すリントルーデは、少し間をおいてからことの次第を話し始めた。


『エトラヴァルトよ。貴殿たちが約一年もの間失踪していたのは何度も聞いただろう』

「あ、ああ。心配かけてすまなかった」

『謝罪はすでに受け取ったぞ。生きて戻ったのだから良い……俺はな』


 とても申し訳なさそうに目を背けたリントルーデの仕草に、俺はその先の展開を悟った。


『父上は……その、拗らせてしまってな』

「あれ以上に……?」

『言うな』


 顔を赤くする第二王子の姿に、俺の後ろでヒソヒソと囁きが生まれる。


「すごいよ二人とも。エトくん今、王様のこと“あれ”って言ったよ」

「エト様ですし。そもそも、源老にも非はあるかと」

「そう、ですね。正直仕方ないかなあ、と……」

「みんな結構言うね!?」


 俺と女性陣から散々な評価を受ける七強世界の統治者、源老。

 そんな彼を実父に持つリントルーデは顔に手を当て嘆き、未だ怯えるラルフは顔面を梅干しみたいに皺くちゃにして悲しみを表現していた。……表情筋どうなってんだよ。


『……話を戻すとだ、エトラヴァルト』


 気まずそうに咳払いをしたリントルーデが身内の恥を晒す。


『父上は以前から自分の無力を嘆くことがあったのだ。ここ数年は、その統治者としての悪癖も無くなってきてはいたのだが……』

『ラルフが失踪して再発したと?」

「そういうことだ。以前の動向を把握できる出奔とは訳が違ったゆえ、再発どころか、以前にも増して酷くなった結果がこの監視というわけだ』


 拗らせる過程は大方想像できるのだが、その果ての出力があまりにもラルフにとって酷すぎる。


「子離れができてなさすぎるだろ。ちなみに、今も見てるのか?」

『いや、今は俺が結界を張っているから見えてはいない筈だ』


 見ようと干渉はされているが——、と続けたリントルーデの言葉に女性陣から『うわあ』と渾身のドン引きが漏れた。


『これでも妥協した方なのだ。最初はラルフを謁見の間に住まわせようとしていた』

「嘘だろ……?」

『俺や兄上、姉上たちが総出で止めたがな』


 ガチだった。リントルーデの憔悴した表情が真実だったと物語っていた。

 なんとも恐ろしい話である。仮に止まっていなかったら、ラルフは今頃舌を噛み切っていたかもしれない。


『……さて、エトラヴァルト。今日は通信の確認だけで済ませる予定だったな』

「そうだけど……なにかあるのか?」

『うむ。一点だけな』


 おちゃらけた雰囲気から一転。リントルーデが表情を引き締めたことで、俺たちも自然と背筋を伸ばした。


「リントルーデ。こっちの傍聴対策は完璧じゃない。機密についてはぼかしてくれ」

『心得た。要件というのは“公表”の件だ』

「公表……」


 その言葉に心当たりがあるのは一つ。俺やイノリの視線は、自然と隣にいるシンシアに向いた。

 急に注目を浴びたシンシアは少し驚いたように瞬きをして、その後小さくはにかんだ。


「なにか不備でもあったか?」

「いや、不備というわけではない。ただ、そちらを公表元にしてもらいたい」

「それは、どうして?」

「圧のかけ方だな。こちらより、そちらの方が都合がいいのだ。同盟の関係上、背後にこちらともう一つ加えることができるだろう? 彼女を守るという意味からもそれが良いと判断した」


 重要部分をぼかしているお陰で要点を掴みにくいが、つまるところ、公表地をリステルにして欲しいという要望だった。


「わかった。返事は確認をすませてからでいいか?」

『構わん。だが、なるべく近日中に頼む』

「了解だ。……公表元がこちらということは所属も?」

『そちらが良いのなら。……そも、彼女はそれを望んでいる。だろう?』


 リントルーデの言葉に、シンシアが淡く微笑んだ。

 ……答えは、もう決まっているようだった。


「みたいだな。それじゃ、そろそろ切るぞ」

『そうしよう。エトラヴァルトよ、ここには兵を常駐させる。何かあれば通信をくれ』

「ああ、遠慮なく頼らせてもらうよ」


 下を見ると、さめざめと泣くラルフが目に入る。……よっぽど応えているらしい。

 俺とリントルーデは互いに顔を見合わせて苦笑いした。


「ラルフによろしく言っといてくれ。その調子じゃまともに喋れなさそうだし」

「ラルフくん、強く生きて!」

「無事を祈りますよ、ラルフ」

「げ、元気出してください!」


 女性陣の励ましに、梅干しみたいになったラルフは小刻みに頷いた。

 ……うん。本当に強く生きて欲しい。


「それじゃあ、次は公表の場で」


 俺の言葉を最後に、今日の通信は静かに終了した。


◆◆◆


 ——その日、『弱小世界』という蔑称で広く知られるリステルから全世界に向けて一つの発表があった。

 『海淵世界』アトランティスを通して全世界に事前の通達がなされたこの発表は、多くの世界の関心を集めた。


 一年半ほど前に勃発した『悠久世界』エヴァーグリーンと『海淵世界』アトランティスの全面戦争。そこで、〈勇者〉アハトを退ける功を上げた〈黎明記〉エトラヴァルトの名は皆の記憶に新しく、そんな彼の出身であるリステルを、最早『弱小』だと一笑に伏すことはできなかった。



「——ザイン、ザイン! いらっしゃいますの!?」

「うるせえぞお嬢。ちゃんといる」


『魔剣世界』レゾナの王都にて、いつものごとく騒がしいリディア・リーン・レイザードに断りなく自室に侵入されたザインが辟易した声を出す。


「今度は何があった? また絡繰野郎がちょっかいかけにきたのか?」

「そうではございません! この放送をご覧になって!」

「放送……それがなんだって——」


 画面を見たザインが言葉を失い、そして、笑う。


「…………へぇ」


◆◆◆


 『悠久世界』エヴァーグリーンの一室では、〈片天秤〉ジゼルがゲームの手を止めて放送に魅入る。


「そうか。天秤は、そっちに傾くんだね」


◆◆◆


 『始原世界』ゾーラでは、〈戦火余燼(デッドエンド)〉ラスティ・ベラが屍の上で恍惚に笑う。


「あはぁ……。あの子も、楽しそうね?」


◆◆◆


「おいカルラ! テメェサボってんじゃねえ!」

「待って、待って〈魔王〉! ちょっと、ちょっとだけだから!!」

「うるせえ! とっとと変異個体(イレギュラー)しばいてこい!」


 『極星世界』では、〈鬼神〉カルラが〈魔王〉ジルエスターに尻を蹴っ飛ばされる。


◆◆◆


 誰もが固唾を呑んで見守る、アトランティスを経由した公式放送。

 そこで発表されたのは、()()()()()()


 純白のフレアスカートを纏い、刀を履く凛々しい佇まい。

 首には青の宝玉をあしらったネックレスを下げ、流水色の髪を三つ編みに。頭部には駒鳥の髪飾りと王冠を載せた女性。


「私は、シンシア・エナ・クランフォール。『幻窮世界』リプルレーゲンの秘纏十三使徒が一人」


 シンシアは自分の胸に手を当てて、全世界に向けて宣誓する。


「そして、『弱小世界』リステルの〈異界侵蝕〉——〈歌姫〉シンシアです」






ラルフの鎖、あまりにも邪悪な貞操帯

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― 新着の感想 ―
ラルフ、1人で何かをしようとしている時も見られているのはきついですね。  凄まじい嫌悪の視線を映像ごしに受ける七大世界の王(苦笑)
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