プロローグ 平穏の謳歌
大変お久しぶりです。
本日より、第九章開始です。
不定期更新になりそうなのですが、なるべくペース維持して投稿します。よろしくお願いいたします。
「——始まりに、司書が倒れた」
世界のどこかで、誰かが語る。
「——次いで、門衛が落ちた」
静かに、唄うように。
「——臣民は炎に焼かれた」
それは、忘却された歴史をなぞる。
「——剣は呪われ、書の断片は血に染まった」
葬り去られた真実を覗く。
「——顔無き男は忘我に沈んだ」
それは、笑っていた。楽しそうに、愉快に、笑っていた。
「——孤独の鬼は使命に繋がれる」
空虚な眼差しが見つめる先は、虚ろ。
「——迷子の少女は英傑に憧れた」
遥かな地の底を、じっと見つめる。
「——復讐者は恩讐に動く」
そこに、答えがある事を知っている。
「——鎖の主は我儘を捧げた」
それは、手元にある一冊の本を閉じた。
「さあ、《英雄叙事》。この停滞した世界に、破壊と創造をもたらす時が来た。僕たちの旅は……これから終わる」
◆◆◆
——『弱小世界』リステルの明朝、俺は地鳴りのような爆発音で目を覚ました。
「なんだ……?」
二回に設けられた寝室にて。
直感は特段身の危険を訴えておらず、小さな揺れに微睡みからの覚醒を余儀なくされた俺は若干苛立ちながら身を起こした。
「こんな朝っぱらから、誰だ……?」
誰、というかほぼ三択くらいにまでは寝起きの頭でも絞られているんだが。
『弱小世界』と名高き……いや、蔑称だから名高くはないんだが。そんなリステルとは縁もゆかりもない、そこそこの規模を予感させる爆発音。
それはあろうことか、俺がおよそ一年の間行方不明になっていたうちに建設されたちょっと立派な我が家(報奨扱いらしい)のすぐそばが起点となっているようで。
寝ぼけ眼を擦ってカーテンを開けて下を覗いてみれば、窓の向こうに見えるはずの少し広めの庭のど真ん中が、爆発によってそれはもうド派手に掘り返されていた。
「…………ええ?」
なんでそんなことになるんだよ、と困惑の限りを尽くしていると、穴の中からひょっこりと。
「うんしょっと……ヨシ!」
赤髪の女がものすっごい笑顔で地上に顔を出した。
「あ、エトちんおっはよーーー!」
「おっはよー、じゃねえよルビィお前ぇ!」
学生時代からの我が悪友、違法建築魔ルビィ・オルコット。
三択の中でも大本命だった女の、あまりにも予想を裏切らない登場に俺は窓を全開にして声を張り上げた。
「なんで新居での最初の目覚めが爆発音なんだよ! 普通に寝かせてくれよ!!」
「ふっふっふ……」
俺の当然過ぎる願いに、ルビィは何故か得意げに笑う。
「それはね、エトちん! この家の設計者が私だからだよっ!」
「答えになってねえんだよ! ピースするな! 庭を爆発させた理由を言え!!」
あと違法建築常習犯が設計者とか怖すぎる。
「あ、そう! 一個だけ忘れてたの! 設計ミス!」
「は? ミス!?」
突然不穏すぎる単語を発したルビィに、俺は反射的に家の中を振り返る。
まさか、どこか支柱が抜けていたとかいう致命的な施工ミスがあったんじゃないだろうな? と再度ルビィの方を向くと、彼女はドヤ顔でこう続けた。
「温泉をつけ忘れてたの!!」
「アルダートに天然温泉は湧かねえって学生時代から散々言われてきただろうがーーーーーーっ!!」
『弱小世界』の朝空に、俺の絶叫が響き渡った。
◆◆◆
「なんかさエトくん。リステルって来るたびに騒がしいよね。明るくて良いんだけどさ」
「イノリ、『良いんだけどさ』に続くのは大抵文句ですよ。気持ちはわかりますが」
「エトの周りは本当に賑やかですね」
「お前ら、素直に『もうちょっと大人しくしてくれ』って言って良いんだぞ?」
サンドイッチを頬張る俺の言葉に、共に食卓を囲むイノリ、ストラ、シンシアの三名は揃って苦笑いを浮かべた。
『幻窮世界』リプルレーゲンでの一件から暫く。
関係各所への事情説明や持ち帰った情報……主に【救世の徒】関連のモノを提供した俺たちは、暫しの休息を言い渡された。
俺とラルフは帰郷一択だったのだが、ここで問題になったのはそれ以外の三人だった。
まず、イノリとシンシアには帰る場所がない。そしてストラには『魔剣世界』という故郷があるが、かの世界は未だ融和の途上だ。
そんな、言ってしまえば不安定な世界に〈異界侵蝕〉すら退けられる戦力かつ、情報の爆弾と化してしまったストラを単身置いておけば、様々な干渉は避けられない。
……と、様々なリスクを鑑みた結果、この三人はリステルでの休暇が決定。タイミング良く俺の新居が完成していたのも都合が良かった。
こうして、ラルフという一人の尊い犠牲の上に、俺たちは実に、一年ぶりの穏やかな時間を手に入れた。
……そんなわけで、休暇二日目の今日。
天気予報では朝から晴天、新居にはちょうど良い庭があるという事実。
よって、俺たちはそこを使って朝からピクニック気分を味わおう! と洒落た計画を立てていたわけだが……流石に我が悪友。俺の直感すらすり抜け、見事にぶち壊してくれた。
「異界でもないのに爆発で目が覚めるなんてねー」
「流石ルビィさん、と言うべきでしょうか」
「爆発起床……二千年ぶりで少し懐かしかったです」
「エイミーか?」
「いえ、ルーナの方ですね」
思わず『ああ』という納得がこぼれた。
〈災禍〉ルーナ、きっと俺たちには及びもつかない方法で爆発していたのだろう。
「それにしても凄いね。エトくん、どんな殴り方したの?
窓の外を見るイノリにつられて視線を向ければ、そこにはたった一人で爆発痕の修繕という、自業自得の後始末をしているルビィがいる。
「エトちーん! これ終わんないよおーーーー!」
と涙を流して嘆く彼女の頭には、拳大のたんこぶが膨れ上がっていた。
「あんなギャグ漫画みたいなたんこぶになる事ある?」
「実際になったんだよな……」
逃げこそしなかったが、ルビィの奴は小賢しくも闘気で防御しやがったので少し強めに小突いたらアレだ。
魄導も無しに、あそこまでの被害が出るとは流石に予想外だった。
そんな俺の言い訳にシンシアは更に苦笑い。イノリとストラは揃ってため息をついた。
「今のエト様のグーパン、そこそこ強い人類でも頭が吹き飛びかねない威力ですからね」
「エトくんはもうちょっと自分の馬鹿力を自覚した方がいいよ」
「そんな人をゴリラみたいに」
「いえ、その比較はゴリラに失礼かと」
「比較対象は竜とかその辺だと思うよ、エトくん」
めちゃくちゃ言いやがって。
直近で比較対象となると、あの化け物竜人になるのだが。
……ジークリオンとは、また近いうちに再開するという、確信じみた予感があった。
「嫌だなぁ……」
しみじみと呟くと、三人は堪えきれなくなったように吹き出した。
「フフッ……あ、そうだエトくん。今日ってラルフくんと通信繋ぐんじゃなかったっけ?」
「ああ、そういえばそうだったな」
「時間大丈夫?」
壁の時計を確認すると約束の時間の十時まで意外と余裕がなかった。
ルビィへの折檻やらでそれなりに時間を食っていたらしい。
「んじゃ、片付けて二階行くか」
何やら外のルビィがハイテンションで叫んでいるが、聞こえなかったことにする。
どうせ碌でもないことなのは確定的だからだ。
◆◆◆
さて、『極星世界』と『海淵世界』からの支援を確約させたことへの褒賞のひとつであるこの家だが、屋敷と呼べるほどの大きさはなく、しかし普通の家と言うには些か敷地面積が広く、比例して六つほど立派な部屋がある。
俺たち四人、それぞれが一部屋ずつ使っても余りが出る部屋の中の一つは、俺が各世界の知り合いと個別に通信するためのものとして改造された。
「うわっ、この部屋だけ凄い物々しい!」
イノリの言葉通り、ジャミングや盗聴などの対策をするための機材が運び込まれた通信室は、生活感というものからはかけ離れている。
「これでもだいぶ機能縮小版らしい」
「大丈夫なんですか? エト様は機密の塊みたいなことになってますが……」
事実ではあるが、人を歩く爆弾みたいに言うのはやめてほしい。というか、ここにいる全員に当て嵌まる。
「まあ大丈夫だろ。本当に大事な内容は直接会って話すのが一番良いからな」
なんなら、〈魔王〉ジルエスターは懲罰と称して我が師匠、カルラ・コーエンを伝書鳩代わりに使う気らしい。
史上稀に見る方向音痴の師匠に務まるのかは非常に怪しいが、果たして。
「予定ならそろそろラルフから秘匿回線が繋がれる筈だけど……あ、来た」
別れる前に伝えられてきた波形の回線をオープンにする。
すると、部屋の中央にホログラムが投影されて——
『エトオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! たぁすけてくれええええええええええええええええ!!!!』
たった二日でありえんほどやつれた、悲痛な叫びを上げるラルフとその背後で腹を抱えて笑うリントルーデが映し出された。
「「「「ええ……?」」」」
全員、困惑以外の反応をすることができなかった。
……いや、マジで何があったんだよ。




