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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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閑話 ルーシェちゃんのおつかい

お久しぶりです。

本日は閑話の更新となります。また、後書きにご報告がありますので、最後まで読んでいただけると幸いです。

 『海淵世界』アトランティスが有する強襲揚陸艦が“旧”『幻窮世界』リプルレーゲンの大地を()って丸一日。

 乗艦するリントルーデの指示で厳戒態勢が解除されたことで、戦艦内部は比較的穏やかな空気感を形成しつつあった。


「おーっす。交代に来たぞ〜」

「お〜、ようやくか。腹の中すっからかんだよ、ほら」

「ほらって言われて聞こえるもんじゃ——めっちゃ鳴ったなぁ」


 管制塔での監視任務に当たっていた同僚の腹の虫に、交代で来た男が感心の後、ニヤリと笑う。


「今日の昼飯は期待していいぜ〜。なんつってもリントルーデ様が厨房に立ってるからな!」

「マジかよ!? ……え、なんで?」

「ライラック様が無事だったからテンション上がってるんだー、ってイナ様が」

「あの人、めちゃくちゃブラコンだよなぁ」


 仮にも乗船中の人員の中で実力やら地位やら、全てが最上位である男が厨房に立つなど普通の軍隊が聞けば卒倒モノなのだが、リントルーデのブラコンっぷり……というより身内愛は皆が知るところ。

 理由を聞いた兵士も「ウッキウキなんだろなぁ」と深く納得を示した。


 なお、その身内愛やら責務やらを複雑に、極限にまで拗らせて呪いを付与するに至った源老(父親)もいるのだが、それはノルドレイの名誉のために伏せられている。

 リントルーデによる暴露の瞬間、玉座の前にいた者全員が墓場まで持っていくことを誓った弩級戦艦並みの恥ゆえ、当然の処置と言えるだろう。


「んじゃ休憩行ってくる。見張りよろしく頼むわ!」

「あいよー」


 【救世の徒】の撤退、『覇天世界』の()()()からの一時的離脱など。様々な脅威が去ったことで、兵士たちの心にもゆとりが生まれていた。


 見張りをしていたこの男も気疲れこそあれど、切羽詰まっていた『幻窮世界』突入時とは比較にならないほどリラックスしている。


「ふふーんふーんふーん……ん? 次のメロディなんだっけ……?」


 男はうろ覚えの歌を口ずさむ余裕すらみせていた。

 だから……というには少々、気を抜きすぎていたのかもしれない。


「おつとめごくろー!」

「……ん? おお、ごくろーさん」


 前方から聞こえてきた舌足らずな労いの言葉に、男は特に疑問を覚えることなく気さくに返した。


「しつもーん! “食堂”ってどこにあるのー?」

「食堂なら一階まで降りて、甲板出入り口の方にまっすぐ行って突き当たりを右だぞー。俺も行くから一緒に行くか?」

「へいきー。おじちゃんありがとね!」

「俺はお兄さんだぞー」


 廊下を駆け足で去っていく、ふわりと揺れる亜麻色の髪。

 推定7〜8歳ほどの少女……いや幼女の背中にほんわかとした視線と言葉を投げる。


「ようやく落ち着けるからなー。子供もお使いくらいす…………………………」


 そこで、男ははたと正気に帰った。


「いやいやいやいや!? なんで強襲揚陸艦(ここ)に幼女がいるんだよ!!?」



◆◆◆



「えーっとえーっと、一階まで降りた後は……」


 幼女……ルーランシェ・エッテ・ヴァリオンは、兵士から聞かされた道順を思い出そうと首を左右に傾ける。

 首の動きに従って上体も揺れるというなんとも可愛らしい光景なのだが、唯一、ここが強襲揚陸艦の船内であるという一点が異様さを際立たせていた。


「確か甲板まで行くんだよね? あれ? 甲板って何だっけ?」


 生前、海とは無縁だったルーシェは聞き覚えのない単語に眉間に皺を寄せる。


「聞いとけばよかったなー。こーいう時、エトが起きてたらすぐに聞けるんだけど……。でも、エトって私には変身してくれないしなー」


 エトは最近、シャロンやエルレンシア、スイレンにヘイルといった面々への変身はそれなりに躊躇わなくなった。

 が、しかし。見た目や声がどう足掻いても幼女なルーランシェには断固として変身したがらないのだ。


「今みたいに半分気絶で寝てないと出てこれないし……もうちょっと警戒解いてほしいんだけどー。というか、ここどこ?」


 エトが起きていたら『無茶言うなよ』と渋面をつくるような発言をかますルーランシェ。そんな彼女は今、船内で絶賛迷子になっていた。


「うーん。迷った……」


 16年という短い生涯。そして多感な時期の殆どを戦場で過ごしたルーシェは、常識や教養というものを知らないと自認している。


「あんまり長く借りてるとまたエトに怒られちゃうし……とゆーか、スイレンに小言(こごと)言われちゃうし」


 実のところはこうして自己を省みて冷静な思考ができる程度には持ち合わせているのだが、知識の偏りがあること自体は事実だ。

 ちなみに、小言は現時点で既に確定していたりする。


「元来たところにいけばあの兵士さんに会えるかな?」


 大丈夫と言った手前、若干恥ずかしさはあるが仕方ない。そう思ったルーシェは思い切って回れ右、後ろを振り返った。


「あれ、貴女は確か……」

「んー?」


 すると、ちょうど角を曲がってきた女と目が合った。流水色の長髪に手櫛を入れる姿に、ルーシェはとても心当たりあった。


「シンシア! 久しぶり〜!」

「確か、ルーランシェさんでしたよね? 一週間ぶりですね」


 ルーシェがスキップ混じりで近づいてハイタッチを要求すると、シンシアは快く応えた。

 【救世の徒】との死闘を経た翌日、《英雄叙事(オラトリオ)》の擬似継承者として刻まれたことを祝した歓迎会(宿主(エト)の意向ガン無視)(本人そもそも爆睡)以来の再会だった。


「シンシア、ここで何してるの? 食堂、こっちにはなさそうだよ?」

「エトを探していたんです。ベッドから忽然と消えていたので……」


 自分を見つめるシンシアの半眼に、ルーシェは『やべっ』と目を逸らす。


「エトの意識がないと、内側からでもこうして楽に干渉できてしまうんですね」

「うん。記録の概念はエトにすごく馴染んでるから、導線(パス)を使って」


 今現在、ルーシェはエトに無断で《英雄叙事(オラトリオ)》の変身能力を使用し、肉体を半ば占領(ジャック)している。

 肉体的な傷こそ治ってきたエトだが、およそ一年に渡る単独での任務遂行と、死線を反復横跳びするような奮闘から来る精神的な疲労は未だ深くエトを蝕んでいた。

 丸一日、強襲揚陸艦が『幻窮世界』を発ってから今まで、ルーシェが主導権を奪えるほどに深く眠っているのがその証拠。


「ルーランシェさん」

「る、ルーシェでいいよ? エトもそう呼んでるし」

「では、ルーシェさん」


 真面目な表情で咳払いをしたシンシアの放つ圧に、ルーシェの背中をダラダラと冷や汗が伝った。


「変身能力はエトにも負担が掛かるんですから、あまり濫用してはいけませんよ」

「うぐっ……ごめんなさい」

「エトが早く元気にならないと皆が心配するんですから。特にイノリさんなんて、今朝は『左腕が一本、左腕が二本……』なんて物騒なうわ言を呟いていたんですよ?」

「え、なにその気になる状きょ——はい、ごめんなさい」


 気にするな、という方が無理がある壊れ方ではあったが、シンシアの笑顔に負けたルーシェは涙目で肩を縮めてしょぼくれた顔をした。


「ところで、どうして食堂を探してたんですか?」

「えっと……」


 素直に言うべきか、所在なさげに視線を彷徨わせる。

 しばらく言い訳を考えていたのだが、何を言ってもダメそうだな、と悟った幼女は素直に白状することにした。


「エトが中々表に出してくれないから、ちょっと発散したくって……で、でもそれだけじゃないんだよ!」

「そうなんですか?」

「そうなの! 鬱憤が溜まってたからイタズラしてやろーとか、“英雄女児”って広めてやろーとか! 考えていたわけじゃなくって——」

「………………」


 それはほぼ自白では? というツッコミとこみあげる笑いを必死に我慢して、シンシアは弁解の続きを聞いた。


「変身にはさ、私たちの体で受けた傷をエトに残しちゃうってデメリットがあるの。でも、それ以外にも、“ご飯”とかも残るんだよ」

「ご飯、ですか?」

「うん。多分、正確には栄養? なのかな」


 ルーシェは、『魔剣世界』レゾナで半月以上に渡ってシャロンの肉体に固定化されていた話を交えて自身の推測を話した。


「だから、エトが元の体に戻った時に空腹で倒れたりしなかったのはそういう“残り方”もあるんじゃないかって」

「だから食堂だったんですね」

「うん。私が食べたいって思ったからなんだけど、少しでもエトの体に残ったら、ちょっとでも早く元気になる手助けになるかなって……」


 上目遣いで、まるで母親の機嫌を窺う子供のような風態でシンシアの沙汰を待つ。

 小動物のようなその姿に、シンシアは少し、懐かしい気持ちになった。


 目の前の幼い英雄の姿は、かつて、はしゃぎすぎた〈祭日〉エイミーが〈猟犬〉ティルティエッタに雷が落ちるくらいブチ切れられて反省する様を思い出させた。


 クスリとささやかな笑みがこぼれた。


「では、一緒にいきましょうか。私も、ちょうどお腹が空いていたところなので」

「……怒らないの?」

「怒りませんよ」


 恐る恐る自分の顔色を窺うルーシェに頷く。


「だって、エトのことを考えてのことでしょう? でも、エトが起きたらちゃんと、無断使用を謝るんですよ?」

「わかった!」


 シンシアは、満面の笑みを浮かべて頷いたルーシェの手を取る。二人はそのまま、横に並んでリントルーデが腕によりをかけて昼食を振る舞う食堂へと向かっていった。




 ——なお、後日。

 目覚めたエトが道行く兵士たちに『女児になるってマジだったんですね……』と、畏敬の念を込められながら若干距離を取られたことで、無事、ルーシェの脳天には雷が落ちた。





【ご報告】

大変お待たせいたしました!

弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)、SQEXノベル様からの出版となります! イラストはチーコ先生に担当していただくことになりました!

書影の公開時期はまだ先ですが、発売日含め、随時公開していけると思います。少なくともこれまでよりは確実にハイペースで!

こうして版元の発表まで無事辿り着けて、ひとまずホッとしております。


これまで応援してくださり、誠にありがとうございます。

今後ともweb、書籍共々、応援よろしくお願い致します!

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