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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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エイプリルフールSS

「おはよう親友! 今日はエイプリルフールってやつらしいよ!」


 ミゼリィ会長が卒業し、ついでに時限爆弾式のどデカい“約束”を取り付けられてから数日経ったある日の早朝。

 アルスがハイテンションで学生会室の扉を開け放った……妙な単語を引き連れて。


「えい……なんて? どこの世界の祭りだ?」

「さあ? それは僕にもわからないよ。ただフェレス卿が言うには一年で1日、自由に嘘をついていい日らしいよ!」

「なんつー恐ろしい催しを持ってきたんだお前は」


 学園序列1位、兼学生会副会長、兼シバリア家の狂犬たる俺の親友は、朝っぱらから何やら物騒な催しを引っ提げてきた……物凄い笑顔で。


「フッフッフ。どんな過激な嘘をついても『エイプリルフールだから』で許されるんだよ、エト」

「それ自体がフェレス卿の嘘であって欲しいんだが」

「ルール説明は本当なんじゃないかな? そこまで疑ったらキリがないし……ところでエト、ここ、食べかす付いてるよ」


 自然な手つきで左頬を触るアルスにつられて、自分の左頬に手を這わせる。が、手応えなし。

 眉を顰めた俺を前に、アルスはにんまりと口角を上げた。


「引っかかったね、エト」

「おまっ、早速かよ!」

「なかなか良い演技だっただろう?」


 満足そうに笑ったアルスは、上機嫌な足取りで入室。いつものように俺の隣に腰を下ろした。

 ……いつもより、数センチ近い。


「近くないか?」

「そうかい?」

「いつもより体感……って」


 おもむろに。

 アルスが、俺の首筋に顔を近づける。

 視界の半分を、艶やかな黒髪が流れた。


「ちょ、おまっ……!」


 スン、と鼻を鳴らしたアルスから大袈裟に距離を取って、俺は音を立ててソファから転げ落ちた。


「アルス、何して……っ!?」

「何って、エトの匂いを嗅ごうかなって」

「はあ!?」

「ちなみに少し土臭かったよ」

「嘘だろ!?」


 慌てて制服の襟を引っ張って鼻を突っ込む。

 自分の匂いとは往々にしてわからないものらしいが、毎日顔を突き合わせている相手に臭いと言われて居ても立っても居られなかった——のに、だ。


「ふふっ、ふふふふ……っ」

「おまえなあ……!」


 俺の親友は、またも楽しそうに、してやったりと笑っていた。

 こいつ、エイプリルフールなんて催しにかこつけて好き放題してやがる。


「ふふ! エトはいじり甲斐があるね」

「このヤロウ……!」


 本当に楽しそうに、アルスは無邪気な笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよエト。全然匂わなかった」

「そもそもいきなり匂い嗅がれたことにビックリしたんだがな……」

「ちなみに、僕的にはいい匂いだったよ?」

「そーかよ」

「あー、信じてないなー?」


 ソファに座り直す俺の横で、アルスは口を尖らせながら『これは嘘じゃないのになー』なんてぼやいていた。

 ……なんとなく。やられっぱなしは癪だった。


「ところでアルス。さっき近づいた時にちょっとニオイ——」

「まっ……て!」


 瞬間、アルスの頬が朱に染まった。

 勢いよく俺から距離をとって、珍しく狼狽する彼女は自分の口元を押さえ、綺麗な薄紫の瞳を激しく揺らした。


「に、臭った……の? 汗とか……こ、口臭、とか?」


 潤みだす瞳。

 まったく……俺の親友は魔物も裸足で逃げ出すほど強いってのに、変なところで打たれ弱い。

 俺はため息をついて——ネタバラシをするように、ゆっくりと首を横に振った。


「ぁ……」


 すると、アルスは。

 自分で仕掛けたエイプリルフールという罠にかかって見事に自爆したことを悟って、羞恥から、メチャクチャに顔を真っ赤にした。


「エーーーーートォーーーーーーーーー!!」


 恥ずかしさを誤魔化すように、アルスは瞳をぐるぐると回しながら俺に掴みかかる。


「君はさあー! もおーーーー!」

「いやいやいや! 先に仕掛けてきたのはお前だろ!? なんで逆ギレすんだよ!?」

「女の子に(くさ)いは禁句なんだよ!」

「ないない! 一言も言及してねえって!」


 ソファの上で取っ組み合い。

 荒れるアルスを落ち着けようと必死に抵抗するが、なんと魔力による身体強化まで持ち出したアルスに、徐々に俺が押されてゆく。


「もー! ほんとに! ほんっとにビックリしたんだよ! 普段の膝枕とか! 色々! 実は臭かったんじゃないかって!!」

「ない! それはないから安心しろって! 悪かった、悪かったから……首、絞まる……!!」


 涙目で暴れるアルスに馬乗りにされ、俺はソファの上で顔を青くする。

 マジで、洒落にならないくらい呼吸がヤバい。

 羞恥でリミッターが外れかけてるアルスの、割とガチなお怒りに意識が飛びかけた。


「おーう、おはよーさーん」


 そこに、第二王子ガルシアが寝ぼけ眼を擦って入室してきた。


「オメエら、朝から元気だな……って、あん?」


 そんな彼の目には、ソファの上で取っ組み合った呼吸と衣服を乱す男女……俺とアルスが飛び込んだことだろう。


「「うわぁ!?」」


 予想だにしない来客に、俺とアルスは仰天して揃って床に転がり落ちた。

 早朝の校舎に、喧しい落下音が二重に響いた。


「ってて……ガルシア、なんで今日……? 休日だよな?」

「新しい学生会長として、ま、椅子の座り心地確かめに来たんだよ。……で」


 跳ねっ気の強い黄色の髪をガシガシと掻いて、ガルシアは俺をガッツリと見下した。


「お前ら、朝から盛ってんのか?」

「いや、違っ——!」

「言い訳はとりあえずその状況なんとかしてからにしろよ」


 ため息をつくガルシアが顎で指した先、というか俺の真下。

 まるで俺に押し倒されるような格好で、半ば俺の下敷きになっていた真っ赤な顔したアルスと目が合った。


「あ……」

「………………その、親友?」


 俺とアルスの時が止まった。


「お前ら、盛るなら場所選べよ」

「盛ってねえ!」


 そして、ガルシアの一言で割とすぐに動き出した。


「悪いアルス! すぐ退いて——」

「エト」


 立ちあがろうとする俺の手を掴んで、アルスが待ったをかける。


()は、全然構わないよ?」


 耳まで真っ赤にしたその台詞に、


「……もう、騙されないからな」


 一瞬動揺しかけたが、エイプリルフールに耐性のついた俺は彼女の拘束を解いて立ち上がった。


「まったく……」


 俺の反応が薄くて悔しかったのか、アルスは頬を膨らませながらソファに座り直して服を整えた。

 その口が、小さく動いた。


「は?」

「さあエト! 今日も張り切って訓練といこうか!」

「お前ら、結局何やってんだ?」

「細かいことは気にしない方がいいよ、王子。さ、行こう親友!」

「ちょ、引っ張るなってアルス!」


 ガルシアの疑問を思いっきり無視してアルスは俺の手を引いて外へと向かう。


 ——嘘じゃないのに。


 最後の呟きは、きっと彼女なりの最後の抵抗だろう。

 なにせ、今日はエイプリルフールらしいから。

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