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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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星を覆う絶滅

「殺す、殺す……ねぇ?」


 殺意を全開にしたエステラの宣言に、ラスティは頬が引き裂けそうなほどに口角を吊り上げた。


「ウフフッ、フフ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 高らかに嗤う。

 頬を紅潮させ、瞳孔を広げ、体を掻き抱くように身を捩らせて。


「ハハハハ……アハァ。ねえ気づいてる? 魔女さん、今、私たちの頭上で戦いが起きてるのよ?」


 指差す先は遥か上空。

 異界の中に広がる空を超えた先、正しい地上で繰り広げられる世界と世界の激突。


「今ねぇ? 『覇天』と『海淵』がと戦ってるのよ。ねえ、わかるわよね? ここでは魔女さんたち【救世の徒】と英雄さんたちが戦ってるの。お互いの命を賭けて……ね? わかるわよね魔女さん、貴女ならこれが何を意味しているのか」

「…………」


 静かに殺意を漲らせるエステラは答えず。ラスティはその沈黙を肯定と見做した。


「そう、戦争……戦争よ! ねえ……本気で言ってるのかしら、魔女さん? この場で、私を、殺す?」


 ラスティが指を鳴らすや否や、彼女の背後から無数の銃身が出現、エステラに銃口を定める。

 前髪の奥で、首を傾げたラスティの瞳が爛々と、強烈に輝いた。さながら、捕食者のように。


「〈戦火余燼(デッドエンド)〉を……“戦争の概念保有体”を?」

「『概念模倣——天候・破壊』」


 返答は、二つの概念の模倣。絶対の殺害宣言。

 上空に膨れ上がる無数の魔法陣と、両手首を覆うように展開される一対の魔法陣。それぞれがストラの“繁殖の模倣”であってもそこそこ()()()()があるだけの魔力が注ぎ込まれていた。


「とっても命知らずなのね? 魔女さんは」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」


 巻き込まないようにとエステラが展開した結界越しに、ストラはその戦いを目撃する。



◆◆◆



 戦争の形は変わった。

 “数”がモノを言う時代から、圧倒的な個が求められる時代へと。

 どれだけ優秀な兵器を開発しようと、どれだけ厳しい訓練を隊へ貸そうと、突き抜けた“個”の前には無意味と化す。


 最もわかりやすい指標は、やはり『悠久世界』の〈勇者〉アハト。そして(あるじ)なき始まりの〈異界侵蝕〉、〈星震わせ〉バイパーの二人だろう。

 彼らの前に凡百が立つことは許されず、才人であろうと未完の器は相応しくない。

 彼らが関わる戦争は、彼らの気まぐれひとつで勝敗が決すると言っても過言ではないのだ。


 しかし、未だに数が有効な戦略の一つであることもまた事実だ。突き抜けた“個”がいない……或いはそれ同士が互角に渡り合う戦場では、それ以外へと勝敗の要素が振り分けられる。


 だが、ここにも例外が存在する。

 〈戦歌余燼(デッドエンド)〉ラスティ・ベラ。“戦争の概念保有体”である彼女は、自らが突き抜けた“個”でありながら、勝敗を握る“数”でもあるのだ。



◆◆◆



 鼓膜を叩く砲音。

 網膜を焼く発火炎(マズルフラッシュ)

 肺を濁す硝煙。


 『幻窮異界』の一画は、たった一人の女の手によって瞬く間に鉄臭い戦場へと変貌した。

 

 虚空から出ずる無数の銃火器と無人兵器の大群が天地を覆い、攻撃の矛先を〈冰禍〉の魔女へと突きつける。


「アハハハッ! 頑丈なのね魔女さん! それにとっても強いのね!」


 降り注ぐ雷撃。肌を抉る竜巻。足下を割る大地震。

 天変地異の中、たった二人の女が戦争を繰り広げる。


 鋼鉄の弾幕が飛び交う戦場の中央、ラスティとエステラが鎬を削っていた。


「私の戦争、ここまで耐えた人は久しぶりよ!」

「耐えた? 何を言ってるのかな、キミは?」


 両目をかっ開き、ラスティは顔に狂喜を貼り付ける。

 対するエステラはただ無感動に、機械的に……殺意だけを瞳に乗せる。


「そよ風を“耐える”なんて言う人間はいないよ」


 振り上げられた右足がラスティの左腕から銃剣を取り上げる。

 かち上げられた銃剣は、しかしひとりでにエステラの眉間に狙いを定めて発砲。エステラは顔色ひとつ変えず、足裏から展開した結界で防御した。


「そうかしら? 私の見立てでは、そろそろ疲れてくる頃だと思うのだけ、どっ!」


 銃剣を逆手に持ったラスティは、エステラの左肩めがけて乱暴に銃床を叩きつける。


 ——ぐらり、と。


 結界の構築に失敗したエステラの上体が揺れた。


「——っ!?」

「アハァ……♪」


 ラスティが嗤う。

 自分の体に起きた異変にエステラの表情に緊張が走った。


「先生が、構築を誤った……!?」


 結界の向こう側で起きた異常にストラが驚きを露わにした。エステラがこと構築速度、静謐性、精度において他者の追随を許さない技量を有していることを、ストラは先ほどの戦いで嫌と言うほど理解した。

 また、自分に魔法を授けてくれた恩師の異変。束の間の師弟関係であってもストラは目敏く異変を察知した。


「魔力不足……じゃない。奪ったのか、キミが」

「えぇ、そうよ魔女さん! ……あら? 逃げるの?」


 エステラは咄嗟にラスティから距離を取る。銃火器の集中砲火を一層丁寧に構築した結界で防ぎながら、エステラは殺意の中に理知が光る瞳でラスティを注意深く観察した。


「ウフフッ! そんなに怖がらないで欲しいわ。私、大したことはしてないの。本当よ?」


 ラスティはやたら扇情的な仕草で自分の鳩尾に触れ、恍惚に嗤う。


「だって、“概念”の戦いだもの。優劣……相性くらいはあるでしょう?」

「知ったような口ぶりだね。まるで、概念が何なのかを……」

「世界」

「……っ!」


 反射的に口を閉じたエステラに、ラスティがくつくつと喉を鳴らした。


「滅びた世界の破片……それが“概念”。そうよね、魔女さん?」


 エステラは答えない。

 その沈黙はラスティにとって肯定と同義であり。同時に、この場にたった一人だけいる観客の度肝を抜くには十分すぎる情報だった。


「世界の、破片……っ!?」


 愕然と。

 そんなことがあり得るのかとストラの思考が滞る。


「エト様や、イノリの左目には、世界の破片が……そんなことが!? 大きさは……規模は!? 一体どうやって……!!」



 エステラは少し前、シンシアに“神秘”と“概念”は本質的に同じ力だと説明した。

 それらはどちらも世界の力であり、力関係を表す時、神秘を“貸出”だとするなら、“概念”は柔らかな単語では“譲渡”。苛烈な言い方をするのであれば“簒奪”となる。


 つまり神秘は力の主導権が世界にあり、“概念”はその所有者に存在する。



 シンシアは今『幻窮世界』をその身に内包し、十二人の使徒の命の軌跡を有している。

 それらが奇跡的な融合を果たした結果が、神秘の主導権を譲り受けたシンシアの“神秘の概念保有体”という形であり……ラスティの説明が正しいことを、後にストラは確信することになる。



「私は戦争の概念保有体。戦争は命を奪う。その命は、星の命も含まれる。環境破壊、資源の浪費……人のエゴで星を傷つけるのよ、戦争って」

「……何が言いたいのかな」

「私があなたの天敵ってことよ、魔女さん……いいえ。“自然の概念保有体”さん?」


 返事は、またもなく。


 ラスティは反応を求めるように再び、三十万個相当の武装で集中砲火を叩き込む。


「私は戦争。自然からあらゆる資源を奪う人の愚かな営みよ」


「……随分と舐められたものだね」


 その一言に込められたゾッとするような冷気に、結界越しにも関わらずストラは反射的に後ずさりした。


「あらぁ……?」


 肉体は雄弁に。

 エステラが放つ底冷えするような冷たい殺気に、ラスティの頬から一筋、汗が伝う。


 硝煙が晴れる。

 集中砲火を受けたはずのエステラは、全くの無傷。


「ラスティ・ベラ。確かにキミの概念は私の天敵かもしれない。……でもね、そもそも“自然”は、あらゆる命の敵でもあるんだよ」


 ——ただ見守るだけだと思うな。


 言外の忠告。

 エステラがふう、と、白い息を吐いた。


「キミたちは忘れてしまっただろう……いや、努めて忘却に勤しんだ。この星の真実を後世に残さないために」


 カツ、カツ、と。

 兵器の怒号満ちる世界の中で、その足音はどうしようもなく鮮烈に響き渡る。


「キミたちは知らない。46億年の歴史の中、何度も訪れた星を覆う命の危機……“氷河期”ってやつを」


 ——刹那、絶凍。


 地上の一切、ストラを守る結界を除いたすべて、瞬きすら許されない一瞬で凍りつく。



 氷の世界でただ一人呼吸をするエステラは、人間大の彫像の前にゆっくりと歩みを進める。


「…………」


 そして、躊躇なく蹴り抜いた。

 音を立ててバラバラに崩れる氷の彫像。そのあまりの綺麗さに、エステラは思わず舌打ちをした。


「逃げられたね」


 ラスティの群を抜いた危機察知能力に忌々しく吐き捨てる。


「どうやって逃げたのか知らないけど……次に顔を見たら、今度こそ、確実に殺す」



◆◆◆



「……………………これが、先生の」


 桁が違う。そう、ストラの本能が叫ぶ。

 生命としてのステージが……立っている次元が違うと。


 ……ともすれば、今、エトが対峙している竜よりも。


 結界は冷気すら遮断する。だが、寒かった。心が凍りついてしまったように動かない。

 少しは近づけたかもしれない、そんな驕りはすぐに打ち砕かれた。


「私は……先生に」


 一生涯勝てないかもしれない、と。

 虹を夢見たあの日々よりも、不可能かもしれないと。

 ストラはただ、その光景を眺めることしかできなかった。




◆◆◆




 天を覆う巨躯に限りなく。

 結晶の天地を統べる〈竜主〉が屹立する。


「オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ/オ——ッ!!」


 大樹のように翼を広げ、竜の姿を開放したジークリオンが雄叫びを上げる。


 ただ、吼えただけ。

 それだけで暴風が吹き荒れる、生物としての桁違いの潜在能力(ポテンシャル)

 それこそが竜。あまねく生命の敵として今なお恐れられる厄災の象徴。


「〈駒鳥の空〉、〈浮世の風〉!」


 大地を蹴り砕き疾走する。

 圧倒的な体格差を前に、シンシアの選択は突貫。


 問答も、言葉も、最早不要だった。

 シンシアが辿り着きたい未来に、ジークリオンを打倒しないという可能性は存在しない。


 だからこそ、選んだのは最短最速の討伐。相手が本領を発揮する前に心臓を穿つ!


「私にできる、全力を……!」


 ジークリオンの始動より速く、シンシアが長大な首の根本に肉薄した。


「〈猟犬の牙〉!!」


 風を巻き込み唸った右腕が振り抜かれ、万物を貫く一撃が炸裂する。

 凄絶な破砕音を撒き散らし、シンシアの右腕が巨竜の胴体を大きく抉り飛ばした。


 ——直後、()()する。


「えっ——!?」


 腕を振り抜いた姿勢のまま愕然とするシンシアの視線の先、抉ったはずの肉体が結晶に覆われるようにして瞬く間に修復された。


結晶竜殻界(ルーナ・セスタス)


 現象のように響く詠唱。大瀑布が押し寄せる。


「速い!」

『〈歌姫〉よ、ここからが俺様の本領だ!』

「——っ! 望むところです!」


 一度目を上回る速度に、シンシアは迎撃を捨て回避に専念。〈浮世の風〉に背中を押され、翼なきまま空中戦に身をやつした。



◆◆◆



 竜へと変貌したジークリオンへただ一人、真っ向から勝負を挑むシンシア。

 そんな彼女の後ろ姿を、俺はただ見送ることしかできなかった。


“ギリッギリ生きてやがりますね”


 脳裏に響くイルルの声に返事をする余裕もない。


 視界が霞む。指先が痺れる。体の芯が寒い。

 痛みが全身を苛んで思考がまとまらない。


 ……俺は今、ちゃんと呼吸をできているだろうか。


 耳に届く戦闘音が遠い。世界の現状を認識できない。

 なぜ生きているのか、どうやって生かされているのか……それがわからない。でも、


「…………行かなきゃ」


 それでも、前に進もうとする足は止まらない。

 この意志だけは、揺るがない。


“死に急ぎやがるんですか?”

「ここで行かなきゃ、死んだも同然だろ」

“もうシンシアは立ち直りやがりました。貴方の役目は終わりやがったんですよ”


 ガクガクと震える膝では立ち上がることすらままならない。そんな体たらくの俺を、イルルは冷静な声で引き留める。


“あとはあの子に任せやがれください”

「…………イルル」

“はい?”


 俺は息も絶え絶えに、どこか不機嫌そうなイルルに尋ねる。


「お前、記録を見てた時……アレは、シンシアのものじゃねえって、言ってたよな」

“……ええ。確かに言いやがりました。それが?”

「クラインたちのだろ、アレ」


 その回答に、返事はなかった。

 ただその代わり、小さく息を呑むような気配があった。


「考えてたんだ。シーナの夢に、クラインたちがいた理由を。彼らは、《英雄叙事(オラトリオ)》に記録されていた。ヘイルがいたなら、不可能じゃない」

“……彼らは継承者じゃねえですよ。司書として断言しやがります”


 どこか硬さを感じる声音だった。だから、確信を持って畳み掛ける。


「わかってる。……だから、アレだ。《英雄叙事(オラトリオ)》も、遺言書(バックアップ)だったんだろ?」

“——!”

「どうやったのかはわかんないけどな。でも、お前とクライン……知り合いだろ?」

“なんっ……!?”


 今度こそ、イルルから隠し用のない動揺が伝わってきた。


“なんで……み、見やがったんですか!?”

「悪気はないんだ。けど、すまん。断片的にだけど流れてきた」


 俺の謝罪に、イルルはきっと声なき悲鳴を上げた。

 姿が見えていれば、多分頭を抱えてた姿を見れたことだろう。


“迂闊じゃねえですか……。貴方に閲覧させるのに必死で、自分のガード緩くしやがるなんて”


 大きな大きな図書館の中で出会った司書(イルル)旅人(クライン)。他にも二人、なんかいた気がするけど……そっちは、記憶に霧がかかってよく思い出せない。

 けど、これだけは確定だ。


「イルル。お前も、繋ごうとしたんだろ? 友達の未来を」

“…………”

「なら……俺は最後まで、繋がなくちゃだろ? だって俺は、《英雄叙事(オラトリオ)》の継承者なんだから」


 誓剣を握りしめる。腕から伝わる重さが、その確かな存在が。俺の……エトラヴァルトの存在を証明する。この鼓動の実在を保証する。


「イルル。一つ、頼みを聞いてくれ」

“……死ぬ気は”

「ない。俺の死に場所は、アルスの隣以外あり得ない」


 俺の答えに、イルルは。


“……こんなに想われて、幸せ者じゃねえですか”


 どこか恨みがましそうに、吐き捨てるように呟いた。


“全く、手のかかる継承者でいやがりますね”

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― 新着の感想 ―
力を得たばかりに感じる圧倒的な力の差。さらっと概念の根本が判明も、46億年ってまるでこの星が地球みたいじゃないですか。イルルさん楽しそうですね。
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