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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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目覚めを叫ぶ英雄戦歌⑤

「——貫け、“白夜”!」


 開戦の狼煙を上げたのはイノリ。

 輝白の刀身から光の柱を打ち上げ、天使の軍勢へ先制砲撃を叩き込んだ。


「『ディア・ミグラント』!」


 続いて、カルラが大鷲の背を蹴って〈主天〉へと突貫する。

 光の柱に目を向けたエイレーンの隙を突く肉薄。唐紅の魄導(はくどう)満ちる小太刀を神速の振りで首元に叩き込む。


「我が身は絶対なれば」


 しかし、無傷。

 竜の硬質な鱗すら撫でるように切り裂くカルラの斬撃を、エイレーンは魄導(はくどう)もなしに、シミひとつない肌で容易く受け止めた。


「余に傷がつくことは決してない。これは、定められた秩序である」

「それが噂の概念ってわけね……!」


 〈主天〉エイレーンが有する“秩序”の概念。有する力は、『新たな秩序の創造』。


「アンタが傷つかないって秩序を世界に埋め込んだ……そんなところでしょうね」


 以前、〈魔王〉ジルエスターから力の概要を聞いたことがあったカルラは攻撃の不発に動じなかった。

 離脱し、大鷲の背の上で姿勢を整えたカルラが不敵に笑う。


「そっちが何もしないなら、そのカラクリ、徹底的に暴かせて貰うわよ!」

「神を騙るその不遜、余、自ら裁きを下そう」


 その一言を境に、天空の覇者を決める激戦の幕が上がった。



◆◆◆



「ごめんなさい、エト。貴方は我慢してくれたのに、結局喧嘩を売ってしまいました」


 天使の一人を氷柱で大地に縫い止めながら、後退してきたミゼリィが俺にそう謝罪した。


「それも目を見たらわかっちゃうんですか」

「目を見なくてもわかりますよ。貴方は、私たちのために戦い続けてくれたんですから」

「防衛費の見直しに頭抱える未来が見えますね」

「ふふっ。そうですね」


 俺の冗談めかした物言いに、ミゼリィは口元を隠して上品に笑う。


「……ミゼリィ」


 そんな彼女に、俺は問う。


「なんで来たんだ」


 皆が来てくれて嬉しかった。久しぶりに元気な顔を見れて安心した。

 でも、ここには……戦いの最前線には。


「こんなところには、来てほしくなかった」

「エト……」


 ここにいる誰もが傷を負ってる。

 三年……いや、もう四年近く前になるのか。

 あの戦争で、俺たちは多くを失った。取り返しのつかない犠牲を出した。


 もう、あんな思いはしたくない。させたくない。涙を、流してほしくない。

 だから俺は戦いに身を投じた。アルスとの約束があったから。大切な人たちは、まだ生きていたから。なのに、


「もうみんなに……傷ついてほしくなかったのに。なんで——」

「そんなこと、決まっているでしょう。エト」


 氷の矢で敵の心臓を貫いたミゼリィは振り返り。

 戦場のど真ん中で、自分の額を俺の胸に当てた。


「これ以上、貴方だけに背負わせたくないからです」

「……っ!」


 額から、胸の内に。

 彼女の熱が流れ込む。


「私たちは貴方に背負わせた。ガルシアさんの時も、アルスの時も。二人の最期を看取ったのは貴方だけだった」

「…………」

「世界の庇護も……私たちは、貴方に託すことしかできなかった」


 否定の言葉を出せなかった。

 そんなことないと言ったとしても彼女はそれを否定するだろう。何より、俺が望んで背負ったにせよ、みんなを頼らなかったのは事実だから。


「怖かったんですよ、エト。貴方が行方不明になったって聞いた時……私、また失ってしまうんじゃないかって。アルスの時みたいに、何もできずに……!」


 震える声で、ミゼリィは恐怖を吐露する。

 ……けれど。


「だから……何もできずにただ待つのは終わりです。エト、私たちは——いいえ。私たちも戦います!」

「ミゼリィ……」


 そこにあったのは、決して恐怖だけではなかった。

 過去の後悔、痛み……「それでも」と前を向いた人間の、強い意志がそこにはあった。


 顔を上げた彼女は、決然とした表情で告げる。


「私たちも、弱小世界の騎士なんですから!」


 俺の胸を押して、戦場に舞い戻る。最後の瞬間、ミゼリィは俺に向かって拳を突きつけた。


「だから行って、エト! あなたの誓いを、果たしてください!」

「——ありがとう、ミゼリィ! みんな!」



 切り替える。

 あらゆる戦場の情報を遮断し、俺の意識はたった一つ、座標へと。


「ヘイル!」

“もう探してるよ!”


 魄導(はくどう)、直感、そしてヘイルによる補助の三重での座標捜索。


 〈主天〉の介入は面倒なことこの上なかったが……唯一、彼は大きなヒントをくれた。

 神秘を持つ『幻窮世界』に裁きを下しに来た——〈主天〉エイレーンは確かにそう言った。つまり……


「ここは『幻窮世界』の表層だ!」


 この奥に、シンシアは確実にいる!


 両手を大地に押し付け、その奥へ研磨した五感の全てを集約させる。


「飛ばせヘイル! どんだけ使ってもいい! 最短最速で見つけ出す!!」


 遠慮なしに魄導を内へ外へと送り込む。

 深く深く地の底へと導線を伸ばしながら、同時にヘイルの力の発動準備に後先考えずに注ぎ込む!


“温存はしないのか!? 行った先で最低二人、化け物と戦うんだぞ!?”

「間に合わなかったら意味ねえだろ! 配分考えてる余裕なんてない!」


 一刻の猶予もない。

 シンシアと『幻窮世界』が繋がっている以上、まだこの大地があるということは彼女もまた生きている証明だ。

 しかしだからこそ、今この瞬間にも崩壊が始まってもおかしくない。


「絶対に、間に合わせる……!」


 探せ、探せ、探せ!

 逸る心のままに脈打つ鼓動を加速させろ!!


 ——誰もが明日を願った。未来を夢見た。

 勝利を信じ、最後の一瞬まで足掻き続けた!

 その想いを、前に繋げ!!


「どんな因果だろうと、俺が受け取ったんだから……!」


 焦燥と消耗にじっとりと脂汗が滲む。

 大規模な能力行使の準備段階、その維持に想像を絶する意志力を奪われる。

 繰り返してきた輪廻の反動、擦り切れた精神が悲鳴を上げて視界がチカチカと白熱する。


『——背負わなくていいんだよ。何千年も昔の因縁なんて、今を生きる君には関係ない!』


 ふと、シーナの世界でヘイルから諭された言葉を思い出した。


 そうだ。関係のないものだ。


 救難信号なんてものがなければ、フェレス卿の唆しがなければ、俺はきっと……生涯『幻窮世界』を、秘纏十二使徒を知らないままだっただろう。

 世界の生死も、そこにあった物語も、本来俺とは無縁のものだ。


 けれど、知ってしまった。

 彼らの想いを、繋いだ希望を。


 なら、受け取れ。

 それが、側から見れば愚者の行いでも。

 受け取ったなら、繋げ。


 他でもない俺が、それを知ったなら!

 約束のために身命を捧げると誓った俺が!

 願いのために命を散らした、そんな彼らの想いを知ったのなら——!


「全部背負って繋がなきゃ……何もかも嘘になるだろうが!!」


 紅蓮の妨害も、エステラの隠蔽も関係ない! 探し出せ! 見つけ出して、繋げ!


「この願いは、絶対に——!!」


 声よ届けと魂が轟く、その時だった。



 ——まだ、死ねない!

 ——私はまだ、みんなの期待に応えていない……!



 消えりいそうな声の、切なる願いが耳に届いた。


“継承者!”

「〜〜〜〜〜〜〜《英雄叙事(オラトリオ)》ッ!!!」


 ヘイルの声と同時に、待機状態だった力を全力励起。


 それはヘイルの死後、彼の魂が《英雄叙事(オラトリオ)》に記された時、偶然に生まれた力。

 『電脳世界』の先駆者たるヘイルの偉業、その記録はある種の概念的な碑文となった。


“行くよ、継承者!”

「ああ!」


 俺とヘイルの声が重なる。


「“——電脳遷移!!”」


 その異能の真髄は、世界の強制的な置換。部分的かつ瞬間的に、世界を構成する要素の全てをプログラムへと置き換える電脳の申し子。


“侵食コードセット、摂理改変!”


 俺の全てを刹那の間、電脳情報へと書き換える!


“座標固定、情報転送開始!”


 目指す場所は“座標”ただ一つ。

 本来繋がるはずのない場所へ、指先一つでジャンプする特大の『ショートカット』を作成する……っ!



◆◆◆



 座標の確定から僅か0.003秒。

 エトラヴァルトが穿孔度不明(オーバースケール)『幻窮異界』リプルレーゲンを踏破するのに要した時間である。


 紅蓮がエトを転移させたあの瞬間で可能だった最も遠い場所への移動を無に帰す閃光のごとき帰還。

 〈黎明記〉エトラヴァルトは、異界主シンシアを守るように、〈盟主〉ジークリオンの前に立ち塞がった。




「……やはり」


 パチパチと電子を弾けさせる銀の髪と灰の瞳に、ジークリオンが抱いた感情は()()だった。


「やはり、()殿()は!」


 心の高揚に任せた発言。しかし、エトには初めから反応する気がなかった。

 灰の双眸はジークリオンたちの一挙手一投足に睨みを効かせ、しかし意識は背中側のシンシアへ。


「シンシア、手を!」

「エトさん、なんで……」

「——早く!」


 差し出された左手。

 シンシアは掴むのを、ほんの一瞬躊躇った。


「シンシア……!」


 その一瞬を埋めるように、エトの左腕に巻きつく“鎖”が勝手に動いた。


「は?」

「えっ!?」


 指示なく動いた鎖は持ち主であるエトすら驚かせながらシンシアの体を絡め取る。


「逃げ——!? 行かせるわけねえだろ、エトォ!」


 エトの意識が戦闘に向いていない。それを察知した紅蓮がエトを取り囲むように虚空を開き、遠隔で血の杭を叩き込んだ。


 ——だが、エトの左手がシンシアの体に触れる方が、ほんの僅かに早かった。


「“——電脳遷移!”」


 二度目の異能の発露。

 転移魔法すら上回る現実改変による座標移動に、速度負けした血の杭が空を穿った。


「紅蓮、門を開け!」

「わかってる!」


 ジークリオンの指示に紅蓮は即座に空間を切り裂く。

 念の為シンシアの服に染み込ませておいた紅蓮自身の血液を目印にジークリオンが移動できる門を構築する。


「——それは容認できないね」


 その時、ガコン! と。

 天秤が大きく傾く怪音に、完成間近の虚構の門が崩壊した。


「なっ、妨害!?」


 虚構の概念保有体である自分の手から滑り落ちた不可能の接続に、紅蓮は何者かからの妨害を察した。


「君たち全員は些か過剰火力だよ」


 それを成した人物は自分の姿を隠さなかった。

 【救世の徒】が見上げた先、天秤を左手に持った青年がどこまでも公平な眼差しで紅蓮たちを見下ろす。


 『悠久世界』エヴァーグリーンの〈異界侵蝕〉、〈片天秤〉ジゼル。


「天秤は、正しく釣り合わなくちゃね」

「テメェッ……!?」


 彼の言葉に、紅蓮が眦を引き裂いた。


「ジゼル、この裏切り者がっ……どの面下げて出てきやがった!? ああっ!?」


 目的も忘れ、紅蓮は頭上で静かに佇むジゼルへと飛びかかった。


「クズに尻尾振って出て行った野郎が! 今更何しに来やがった!?」

「紅蓮。相変わらず短気だな、君は」


 鮮血の剣を拳で受け止めながら、ジゼルは天秤を揺らす。


「僕が来たのはいつもの調整だよ。世界は公平でなくちゃね」


 突発的に発生した紅蓮とジゼルの戦闘に、エステラは、あの馬鹿、と小さく舌打ちした。


「ジーク、先行って! キミなら追いつける!」

「良いだろう! 俺様に任せろ!」


 瞬間、飛翔。

 あらゆる生命を置き去りにする常識外の加速。翼を広げたジークリオンが大穴の底から一直線に天へと突き抜ける。

 その背を追うように、エステラもまた地上を目指して地を蹴った。


「エト、私は言ったよ。立ちはだかるなら、キミでも容赦はしないって」


 地底に残されたのは、不可能の肯定者と天秤の調停者。


「最高幹部二人の足止めは高望みすぎたかな」


 紅蓮と向き合ったジゼルは、エステラに伸ばした右手に残った、振り切られた拘束の残滓を見て不満げにぼやいた。


「というわけで、紅蓮。君のことは意地でも逃さないよ」

「どの口でほざきやがるクソ野郎が。それはこっちの台詞なんだよ」


 悪意も殺意も隠すことなく、紅蓮は鮮血色の魄導を滲ませて犬歯を剥き出しに吼えた。


「任務とは関係ねえが、テメェはここでぶっ殺す!」

「この一年で山ほど新作ゲームが出たんだ。暫く死ぬのは御免だね!」


 暗い暗い地の底で、数奇な因縁が絡み合う。



◆◆◆



 エトが転移した先は、不本意ながら彼が求めた場所ではなかった。

 シンシアを連れた電脳遷移での移動は、エトに想像以上の負荷をもたらす。


「ぐっ……!?」

「きゃっ!」


 脳の処理を超えた演算に制御が乱れた結果、エトとシンシアはかつての『幻窮世界』の街並み、猟犬印の旗が並ぶ温泉街へと弾き出された。


“継承者、反動が!”

「ちょっと頭の血管切れただけだ! それよりシンシア、怪我は……」


 ガンガンと金槌で頭蓋を殴られるような痛みを堪えながら、エトは左手の先に転がるシンシアの容体を確かめる。


「エトさん、なんで……」


 目立った外傷がないことに安堵する間も無く。

 シンシアは困惑と動揺に満ちた表情で、自分の体に巻き付く鎖をほどきながらエトに問う。


「私、あなたに……もういいって、言ったのに……!」

「そんなの決まってんだろ」


 立ち上がったエトは鎖を回収し、今度こそしっかりと彼女の手を掴んだ。


「何もかも諦めた奴が、あんな楽しそうに昔話するわけないだろ」

「……っ!」

「それに、燻るしんどさは知ってる。アンタほど長い時間は、流石に経験ないけどな」


 エトは約束を果たせない苦しみを知っている。

 友を……最愛を喪う絶望を知っている。


「シンシア、俺から言えるのは一つだけだ」


 心を蝕む苦しみも、痛みも、嘆きも……それらは決して他人が推し量れるものではないと、エトラヴァルトは知っている。


「アンタにはまだ、果たせる約束が残ってる」


 どれだけ心を侵されようと、そこから立ち上がれる強さを人が持つことができると知っている。


「だから、俺にできることは一つだけ」


 シンシアの手を離し、抜剣する。

 誓いによって、エトが背負った想いの数だけ重く、鋭くなる細長い長剣が、銀を纏って輝いた。


 ——刹那、激突。


 理外の加速をもって光の如く飛来したのは、結晶の竜人。速度を余すことなく威力へと変換した極彩色の竜爪に対して、銀光の誓剣が振り抜かれた。


 大気が爆ぜ、大地が砕ける。

 ただ一合の衝突のみで周辺の家屋は木っ端微塵に吹き飛び、相殺しきれぬ一撃に両者、共に頬に一筋の傷を生んだ。


「やはり貴殿は立ちはだかるか! エトラヴァルト!」


 歓喜に叫ぶジークリオンに対して、エトは静かに、しかし煮えたぎる闘志を燃やして宣誓する。


「シンシア、アンタが約束を果たすその時まで、俺がこの剣で守り抜く!!」


 たった一人の女が生み出した世界の残響を舞台に、最後の竜と最前線の英雄が咆哮した。

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