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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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目覚めを叫ぶ英雄戦歌③

お待たせしました。更新です。

「秘纏十二使徒、神秘に愛された者たち」


 グレイギゼリアの闇色の瞳がまるで値打ちを確かめるようにクラインたちを観察する。

 なんの感情も伺えない空虚な眼差し。ただ全身をまさぐられるような不快感だけが残る薄気味悪さがあった。


「君たちは強い。本来、僕一人では手も足も()()()()()。けれど、君たちの力の根源は君たち自身ではない……“世界”だ。なら、神秘という名の与えられた鎧を剥げばいい」


 神秘とは魔法と対極に位置するあり方である。

 学び、積み重ねることで習熟する魔法とは逆行するように、神秘とは個人が生まれた時点で全ての力が決定している。

 それは、世界から与えられる才能(ギフト)だ。


「神秘は曖昧な概念だ。僕もその全てを把握したわけではない。けれども、君たちが“世界”を単位に神秘を維持していることは……」

「——ゴチャゴチャとうるせえっしょ!」


 グレイの演説を遮り、風を纏ったティルティエッタが犬歯を剥き出しに唸った。


「オフェリアを離しやがれ……!!」


 〈浮世の風〉に押されたティルティエッタが砲弾のように射出されグレイへと肉薄する。


「〈猟犬の牙〉ァ!」


 狙いはオフェリアの生首を掴む左腕。仲間の末路を辱める蛮行に猛り狂った〈猟犬〉の鉤爪がグレイを強襲した。


「おっと、まだ神秘が生きていたんだね」


 グレイは防御も回避も反撃もせず素直に左腕を〈猟犬〉に差し出す。


「どうやら甘く見ていたらしい。でも……」


 左腕を丸ごと抉られた肩から吹き出す鮮血を気にも留めず、グレイは右手に《終末挽歌(ラメント)》を出現させた。


 その背後、オフェリアの頭を抱き抱えたティルティが大気の足場を蹴って反転する。


「その心臓を……っ」


 背後から胸を抉る突貫の直前、カクン、と。

 ティルティエッタの全身から力が抜けた。


「えっ……?」

「予定通り、“蒐集”は完了したよ」


 軽薄な笑みを浮かべる男が何かをした。

 その何かがティルティエッタやアルジェから神秘を奪った。それがわかってなお、使徒たちはその場から動くことができなかった。


「お前、何をしたっしょ……!?」


 空中でバランスを崩したティルティエッタは、それでも憎しみの視線はグレイに向けたまま。

 猟犬は半開きになっていたオフェリアの亡骸の瞳を閉ざし、ヤウラスによって圧縮された大気の足場に着地する。


「そうだね。強いて言うなら、君たちの戦いを知識として蒐集させて貰った」


 グレイは隠すことなく質問に答える。だが、その回答が意味するところをハーヴィーは理解できなかった。


「それがなんだってんだ? 知って、それが何になるって……?」

「簡単な話だよ。知識として理解を深め、神秘の力を失墜させた」

「はぁ!?」


 なんてことはないと語るグレイギゼリアに、それはあり得ないだろうと使徒たちに驚愕が走る。彼らの驚きをハーヴィーが代弁する。


「あり得ねえ! 確かに神秘は知ることで力を失う! でも、テメェ一人が知ったところでその多寡は知れてんだろ!?」

「そうだね。君の言うとおりだよ〈駒鳥〉。僕一人、知ったところで本来意味はない。けれど、僕は《終末挽歌(ラメント)》……蒐集の概念保有体なんだ」


 グレイギゼリアは手に持つ本の背表紙を愛おしそうに撫でる。

 そこに蓄積された数多の事象にこそ意味があるとでも言うように、世界を見る空虚な瞳とはあまりにも対極や仕草にハーヴィーの背筋に冷たいものが走った。


「君なら知っているだろうクライン? ()()、《終末挽歌(ラメント)()()()()()()()。つまり、僕が君たちの知識を得ることは、世界同士の境界を曖昧にすることと同義なんだよ。さあ……」


 (ページ)が開かれ、世界に黒く濁った雫が落ちる。


「足掻いてくれ、神秘の愛し子たち」

「〜〜〜〜っ! 全員散れっ!」


 クラインの矢のような号令に、本能を叩き起こされた使徒たちがグレイギゼリアを取り囲むように距離を取る。

 この中で唯一、グレイギゼリアを知っている……対峙した経験のあるクラインが、何を言わずともガルタスから一次的に指示を引き継いだ。


「敵は《終末挽歌(ラメント)》……世界の敵だ! 私たちの全霊をもって、今、この場でコイツを殺し切る!」


 推理も、直感も、理屈も必要ない。

 クラインは知っている。目の前の男は、たった一つのために全てを犠牲にできる男だと。

 ゆえに本能が告げる。この未曾有の大氾濫(スタンピード)は全て……『幻窮世界』を潰すために、《終末挽歌(ラメント)》グレイギゼリア・ベルフェット・エンドによって計画されたのだと。


「神秘が尽きる前に、ルーナが稼いでくれた時間をもって決着をつける!!」

『了解——ッ!』


 ルーナの残骸を食い千切る魔物の共食いは未だに続く。

 地上も空も関係ない行軍の停滞がある今こそが、グレイギゼリアを殺せる最後のチャンスだった。


「三千年前より冷静になったようだね、クライン。けど、ここに英雄はいない。アルトは……《英雄叙事(オラトリオ)》は来ない」


 グレイギゼリアを取り巻くように、彼の手元にある一冊の本からいくつもの(ページ)が空を舞う。木の葉のようにひらひらと踊る(ページ)一つ一つが、彼が蒐集した事象である。


「無限の欠片への最後の障害、取り除かせてもらうよ」


 再生した左腕に男が携えるは“簒奪の魔剣”。

 オフェリアの首を刎ねてから短く、血が滴るそれは残る使徒十人の神経を限界まで逆撫でした。


「さあ、愛し子たちよ。新生する星の礎になっておくれ」



◆◆◆



 決して不可能な戦いではなかった。

 犠牲は出ただろう、それでも、秘纏十二使徒は大氾濫(スタンピード)が鎮まるまで耐えることができるはずだった。

 そして、《終末挽歌(ラメント)》も。

 仮に彼が単独で攻め込んできたのなら、蒐集が終わる前にその命を穿つことができたはずだった。



 だが、全ては仮定の話。

 《終末挽歌(ラメント)》は自らの脆弱性を認めた上で、使徒たちのあり方が必ず防衛を選択させると読んだ。

 大氾濫(スタンピード)をぶつけることで彼らの神秘を観察し、知識として蒐集する時間を稼いだ。


 クラインが、最も古い友人であるオフェリアを信じてある程度単独行動させることまで読み切って、貴重な戦力を早々に削った。


 死後も足を引っ張るルーナの呪いだけは想定外だったが、それも自分が多少、体を張ればいいだけの話。


 とどのつまり、これは初めから敗北が確定した物語だった。『幻窮世界』に落ち度はなく、その運命は三千年前、《英雄叙事(オラトリオ)》と《終末挽歌(ラメント)》が誕生したその瞬間から決まっていた。


 あまりにも理不尽で不条理な筋書き。どうしようもない、負け戦だった。



◆◆◆



 〈災禍〉ルーナが命を代償に稼いだ時間は残り3分24秒。

 秘纏十二使徒に残された勝ち筋はタイムリミットまでに《終末挽歌(ラメント)》グレイギゼリアを殺すこと、ただ一点。


 なればこそ。彼らは仲間が作った僅かな希望を繋がんと、意地も、誇りも、命も、己の全霊を注ぎ込んで《終末挽歌(ラメント)》の討伐に全力を尽くす。



「貴様の末路は一つだろ、《終末挽歌(ラメント)》とやら……!」


 風を裂く疾走、〈応報〉アカリが正面からグレイギゼリアに接近を試みる。


 舞台は上空、〈浮世〉ヤウラスが整えた圧縮大気の足場。

 グレイギゼリア包囲網の最前線を駆ける三人、冠する“神名”は〈応報〉、〈忠義〉、そして〈猟犬〉。

 接近戦に最も秀でた三人であり、かつ、神秘を失ってもまだ()()()役に立つ三人でもあった。


「貴様が受けるべき“報い”は、死、一つだ!」


 殺意(ほとばし)るアカリの睨みに《終末挽歌(ラメント)》は余裕を崩さず不気味に笑う。

 それは、彼を挟み込むように〈忠義〉エンラが動いても同様だった。


「〈応報〉と〈忠義〉、君たちのことは()()()()()()()()


 張り付けた笑みは余裕の表れ。《終末挽歌(ラメント)》の蒐集によって、アカリたちの神秘は極端に弱体化した。

 膂力や速度は見る影もなく、肉弾戦は苦手だと自称するグレイギゼリアですら十分な有利を維持できた。


「君たちはもう僕の脅威じゃない」


 振るわれるアカリとエンラの刀を“簒奪の魔剣”で迎撃する。

 鳴り響く剣戟。

 絶えず交わる剣と刀。

 黒雲に呑まれゆく海上を照らすように弾ける火花。

 交錯するごとに蒐集が進み、神秘がその手を離れてゆく。

 1対2で押しきれない事実が、否応なくアカリたちの限界を突きつけた。


「——であるな」


 だが、残酷な事実を知ってなおエンラの〈忠義〉は揺るがない。


「最早、俺とアカリ殿の刀は貴様に届くまい。だが!」

「——私の力ならギリ届くっしょ」


 耳元に響く声、エンラの瞳に映る影、自分の頭を掴んだ腕に、グレイギゼリアの眉が僅かに下がる。


「おかしいな、警戒していたんだけどね」

「隙だらけっしょ——砕けちまえ!」


 腕の主は、〈猟犬〉ティルティエッタ。

 神秘を失ったいまも健在の徒手空拳を用いてグレイギゼリアの首を捩じ切った。


 ゴキゴキッ! と、聞くに耐えない音が鳴り響き白髪の頭部が鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。

 頭と体を切り離されたグレイギゼリアは——


「流石の技術だ。どうやら甘く見ていたらしい」


 死の気配はなく。

 切り離された頭部だけで独り言を呟いた。


此奴(こやつ)……!」

「体だけで!?」

「キモすぎるっしょ!」


 使徒たちが戦慄する目の前で首より下がひとりでに動き、“簒奪の魔剣”を振り回す。

 咄嗟の判断で被弾を嫌ったアカリたちが後退する中、グレイギゼリアは自分の生首を“蒐集”する。


「ふむ。この状態では肉体への命令が正しく行われないようだね。距離の問題か、神経接続が甘いのか……おや?」


 右手の引力が急速に減衰する感覚にグレイギゼリアの闇色の瞳が周囲を探る。虚な瞳孔が捉えたのは、自分と綱引きを行う〈駒鳥〉ハーヴィーの姿。


「なるほど、重力が作用する向きを変えることもできるのか。けど、力が鈍っているね」

「この……っ!」


 拮抗は一瞬。引力を強めたグレイギゼリアはいとも容易くハーヴィーの弱体化した重力圏を引きちぎり、自分の頭部を首に接着した。


「僕と君たち、互いに力の根源は世界だけど……君たちのはあくまで()()()だろう?」


 簒奪を、蒐集を是としながら神秘を借り物と呼ぶ厚かましさに〈贋作〉プリシラが額に青筋を立てた。


「どの口が言ってんのよ! 遺伝子も細胞も、全部借り物なのはそっちでしょうが!!」

「——ああ、君か。『No.74』」

「……っ!? お前ぇっ……!!」


 忌まわしい過去の名を呼ばれたプリシラが声を荒げた。


「私は……! 私は誰かの代替品じゃない……!!」


 怒りで握るプリシラの拳の中に光が集う。

 温かみのない光はまもなく形を作り、彼女に一つの武器を授けた。


贋作(ミメシス):簒奪の魔剣——ッ!」


 忌み嫌う自分の神秘を用いてグレイギゼリアの武器を再現、荒い呼吸のままに切りかかった。


「ああああああああああああああああああああっ!!」

「——君はとてもわかりやすいね、74番」

「私はっ! プリシラよ……!!」

「いいや。君はずっと誰かの贋作だ。君が死ぬまで揺らがない事実だよ」


 言葉一つで心を揺らす。

 砕く必要はないとばかりに薄ら笑いを浮かべるグレイギゼリア。彼の思惑通り、怒りに身を任せたプリシラの動きは直線的になり、振り下ろされた贋作の魔剣を避けるのは容易かった。

 回避と共にグレイギゼリアの回し蹴りがプリシラを吹き飛ばす。


「この……っ!」

「ただ、君の神秘は少ししぶとそうだ。後回しにさせて貰うよ」


 空虚な闇色の瞳には、“プリシラ”という女が欠片も映ってはいなかった。

 まして、『No.74』という忌むべき過去すらも。立ち塞がるには足りなかった。


「嫌よ……私は……っ!?」


 軽くあしらわれたプリシラの表情が屈辱に歪む。

 自分を未だ何者でもないと(さげす)む心を見透かされた悔しさと、自らが忌み嫌う力をもってしても届かない現実への絶望。


「私は、偽物なんかじゃ……!」


 そして、何も為せないままに目の前の男に殺される未来への恐怖がプリシラの身を震わせた。



「——恐れるな、プリシラ」


 その声は、凛として。


「貴女への報いは、決して絶望などではない」


 〈応報〉アカリは、決然と刀を構えた。


「友よ、私が道を切り拓くぞ!」


 静かな決意と共に、アカリは再び真正面からグレイギゼリアへ一騎打ちを仕掛けた。


「君だけでは、僕には勝てないよ」

「ほざけ愚物。貴様が私たちに勝る分野など一つとてない!」


 友を愚弄された怒りだった。

 何者でもない自分でいたくなくて、終わることをおそれて、それでも誰かのために戦うことを選んだ心優しい唯一無二(プリシラ)のあり方を嗤ったグレイギゼリアに、アカリは怒髪天を()いた。


「まして彼女の願いを嗤う資格など! 貴様には、欠片もありはしない!!」


 小細工も作戦もなく、ただ一直線の突貫。

 心臓を穿つ、それ以外の思考を捨てたアカリの突撃に、グレイは静かに“簒奪の魔剣”を突き出した。


「おや……?」


 アカリは、()()()()()()

 “簒奪の魔剣”はなんの障害もなくアカリの心臓を穿ち、その命を余さず簒奪した。


「アカリ……ッ!」


 プリシラの表情が苦痛に歪む。

 ハーヴィーも、ガルタスも、ヤウラスも、アルジェも、ティルティエッタも目を見開き。

 クラインすらも息を詰まらせた。


「無謀な突撃だね、お陰で手間が省けた。()()()なのは少し気になるけど……」


 グレイギゼリアはその無策に首を傾げながらも、障害が一人消えたことを素直に感謝した。


 ——その僅かな慢心の隙を。

 ただ一人、エンラだけが見逃さなかった。


「〈忠義〉を果たす……!」

「——っ!?」


 その声にグレイギゼリアがハッとして振り向く。

 振り向いて、今日初めて彼は困惑し——感情を露わにした。


「胸が……?」


 エンラの胸は、とっくに潰れていた。


 ——自分で潰した? 何のために?


 ほんの僅かな間、男の思考が疑念で埋め尽くされた。


 アカリの心臓が穿たれた時、〈忠義〉を誓ったエンラの心臓は主君の後を追うように()()()()破裂したのだ。


 エンラが“神名”を名乗った時。彼は、己の全てをアカリへの忠義に捧げることを誓った。

 理由などない。ただ守りたいと思った相手がアカリだっただけだ。


 エンラの神秘は、言うなれば一方的な一心同体。

 彼は身も心も、命すらもアカリに捧げ、彼女と運命を共にする。そして、その肉体は運命を遂げるための力を世界から受け取るのだ。



 アカリの死が確定したこの瞬間、エンラの意味は奪われた。


「阿呆め、俺は……捨て、駒だ……!!」


 鬼気迫る声は、ただの囮。


「はじ、め………て。……隙を、さら、し…………」


 言葉を紡ぎ切ることなく、エンラは空中で事切れる。

 死してなお刀を離さず、鋒がグレイギゼリアを向いているのはエンラの執念そのもの。

 その妄執が、ほんの僅かにグレイの判断を揺らがせ——


「ありがと、エンラ」

「そうか、初めから……っ!」


 アカリの神秘をグレイギゼリアに届ける十分な時間を生み出した。


「〈応報ノ太刀〉……っ!」


 目には目を、歯には歯を。——命には、命を。

 その神秘は、究極のカウンター。


 自らの心臓を穿ち、命を奪ったグレイギゼリアから、同様に心臓と命を奪う〈応報〉の一撃!


「——シッ」


 短い呼吸と同時、残されていた世界との繋がり全てを凝縮した刀がグレイギゼリアを袈裟に切り裂いた。


「カッ……!?」


 心臓を破り命を抉る一刀に、グレイギゼリアの口から夥しい鮮血が弾ける。


「人と、世界は……等価では、ないよ……!」


 自らを世界と宣う傲慢か、或いは事実か。

 アカリの一撃を受けてなお生き延びたグレイギゼリアは胸を押さえながらも膝をつかなかった。

 しかし、受けたダメージは甚大。


「………………」


 既に事切れたアカリは刀を手放し、グレイギゼリアの足下で鮮血に沈む。


「あ、あ……油断、した、ね……!」


 ドクドクと溢れる血潮はグレイギゼリアの足を濡らす。

 遠いはずの死が身近に這い寄る感覚に、彼の()()()()()()()が警鐘を鳴らした。


「——ようやく隙を晒したね、グレイギゼリア」


 僅かな勝機を、〈王冠〉クラインは決して見逃さない。


「“精神領域拡大”——」

「クライン……っ!」


 奥歯を噛み締めるグレイギゼリアの視線の先、〈王冠〉クラインのオーロラの瞳が螺旋を描く。

 自己と世界の境界を侵食する魔眼の覚醒に、闇色の瞳が釘付けになった。


 僅か一瞬、グレイギゼリアの全神経がクラインの一挙手一投足に集中した。


「——オイ」


 だから、頭から抜け落ちた。


(ワレ)のこと忘れてんじゃねえぞ……!」

「ぁっ……!?」


 刹那、響いた声にグレイギゼリアは痛恨を悟る。

 警戒していた。あまりにも異質なその神秘を。

 奪い切らない限り、クラインと並んで自分を殺す可能性があるその力を、男は最大限に警戒していた。


 あまりにも静か、あまりにも不気味。だから、どれだけ他者を相手していようと必ず思考の端に選択肢を残していた。


 だが、それでも抜け落ちた。

 いや、無理やり忘れさせられた。


 アカリの命を賭したカウンター。

 警戒していたクラインの神秘の発露。


 死を身近に感じ、視野が狭まったその瞬間。


 ——沈黙を貫いていた〈祭日〉が、最良の瞬間にその力を発露させた。

 全ては、確実にグレイギゼリアを葬るために。


「ぬかった……!」


 冷や汗をかくグレイギゼリアの懐。〈祭日〉エイミーがその神秘を極限にまで高めていた。


 その神秘は、自らのテンションと()()()()()()()に比例して火力を上げる。


 神秘が剥がれ効率が落ちようと、祭囃子が盛り上がるほどに、火力は天杖知らずに上がっていく……!


「みんなが繋いだこの一瞬……! 祭りのフィナーレを飾るのは(ワレ)だ……!!」


 〈災禍〉ルーナが魔物を引き付け、討伐の手が止まったことで魔物の数は開戦時と同等か、或いはそれ以上。観客の動員は十分。


「——贋作(ミメシス)幻想管弦楽団セントラル・オーケストラ……!!」


 更に、恐怖を振り切ったプリシラが呼び出した奏者なき管弦楽団が、ここが星の中心だと宣言するように絶唱した。


「〈火天の祭日〉……っ!」


 ——ここに、最大火力の一撃が顕現する。


「おりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 太陽の熱量すら凌ぐエイミーの拳の一撃がグレイギゼリアの胸部を撃砕——莫大な灼熱が解放され、正面に広がる“寄る辺無き大海”の一部を跡形もなく蒸発せしめた。

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