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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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目覚めを叫ぶ英雄戦歌②

「さあ、ハーヴィーに続くっしょ!」


 ヤウラスの生成した足場を飛び出し〈猟犬〉が滑空の如く空を翔ける。

 先陣を切ったのはティルティエッタ。

 “秘纏十二使徒”の中でも抜きん出た出鱈目な身体能力を引っ提げ、〈猟犬〉は肉食獣のように琥珀の瞳に戦意を滾らせた。


「とっとと死ぬっしょ、侵略者!」


 携えるは肉体という名の鍛え抜かれた牙。

 万物を貫く狩猟者の神秘。


「〈猟犬の牙〉!」


 手刀一閃、阻むものなし。

 ティルティエッタは重力圏から脱しようともがいていた竜の全身を素手のたった一振りで両断する。

 さらに手刀の斬撃は伸長し、斬閃上に呑気に構える魔物を残らず叩き切った。


「これで全体の何%になるっしょ?」

「0.000うんちゃら1パーセントやろなぁ! 〈門番の盾〉ェ!!」


 ティルティエッタの頭上から巨大な大盾二枚を構えたアルジェが流星の如く大氾濫(スタンピード)へと突っ込んだ。


 決して砕けることのない盾。遠い未来で一人の不世出の少女が鍛えた一振りの“誓剣”に酷似した「不壊能力」をアルジェによって与えられた盾は、ハーヴィーの重力圏と組み合わせることで甚大な質量爆撃へと変貌した。


「ドララララララァ! サボってる場合ちゃうでティルティ!」

「そっちこそ出だしが遅いっしょ!」


 大氾濫(スタンピード)の只中で、二人は互いに背を預けた。

 不壊の盾と必殺の四肢が躍動する。

 手刀を振るえば世界が上下に分かたれたように魔物の肉体が飛び、大気を押し出す盾は進行方向の魔物を悉く肉塊へと帰す。


「よし。まずは上々」


 〈王冠〉クラインの視線の先で秘纏十二使徒が誇る最強の矛と盾が暴れ回り、続く使徒たちの心に火をつけた。


(ワレ)、出陣! いっくぞーーーー!」


 雄叫び飛び交う最前線へ、真っ先に感化された〈祭日〉エイミーが飛び込む。

 ドクンとエイミーの心臓が跳ね、広げた両手の指先十本に“火”が生まれる。


 エイミーの神秘は、彼女のテンションと周囲の()()()()に呼応し熱を増す。

 大氾濫(スタンピード)という絶好の観客がいる場において、指先に生まれた熱は恒星すら凌駕した。


「多分我が一番ダウン早そうだからねー! 初っ端から全力、だぁーーーーーー!!」


 エイミーの気合いと共に十本の熱線が解き放たれる。

 青白く輝く、一万度を超える馬鹿げた熱線たちは地上で戦うティルティエッタたちが避けることを前提に氷の大地を舐めるように蹂躙した。


 触れたそばから魔物の肉体を消し飛ばし、氷を寸断し侵攻方法を奪う。

 存在の欠片が残ることすら許さない〈火天の祭日〉の理不尽な灼熱に前線の魔物が文字通り焼失した。


「ふい〜、ちょっと休憩時間(クールタイム)〜!」


 裁断された氷の浮島に着地したエイミーが額の汗を拭う。

 “最大火力”という一点において他の追随を許さないが、竜すら容易く灰にする彼女の熱線は連射ができない。

 それを本能で理解したのだろう、前線の同胞が肉塊になろうと灰になろうと、魔物は一切行進を緩めなかった。

 むしろ無防備に浮島に立つエイミーに狙いを定め、統一感がまるでない雄叫びを上げて加速する。


「——あなたたちは、多くの不幸を撒き散らしてきた」


 その蛮行は見逃さないと、エイミーの隣に降り立つ女が一人。


「だから、あなたたちは同量の不幸を受けなければならない」


〈災禍〉ルーナの胸から無数の真紅の糸が伸びる。自分とエイミーを取り囲む魔物の軍勢へと、糸は触手のようにその手を伸ばした。


「……っ!?」


 触れた糸が、魔物が撒き散らした不幸を読み取る。

 大勢殺した。弄んだ。踏み躙った。嘲った。

 ——無辜の命を、本能にかまけて食い漁った。


 裁定は下る。

 糸の始点に立つルーナが端正な童顔を歪めて紫水の瞳を赤く濁らせた。


「地獄に堕ちろクソ野郎……〈災禍の糸〉」



 それは側から見ればあまりにも間抜けな景色だった。


 最前列を疾走する四足歩行の動物型魔物たち。それが、一匹残らず()()()()()()()横転した。

 自分を制御しきれずに転んだソレに、後続の魔物たちが次々と乗り上げすっ転び、彼ら自慢の爪や牙、尻尾に鱗に武器に果ては露出した骨まで。敵を屠るためのそれらであまりにも滑稽な同志撃ちを演じてゆく。


 〈災禍の糸〉は、撒き散らした不幸の多寡に釣り合うだけの不幸をその身に落とす。

 不幸が足りなければルーナ自身がそれを肩代わりし、将来的にに小指をぶつけたり何もないところで転んだりと負債を返却していくことになる代償が前提の力。


 だが、そんな前提はこと滅亡惨禍においては無意味な議論だ。彼らは既に百を超える世界を食い荒らし、理不尽を撒き散らしてきた存在であれば。

 ルーナの〈災禍の糸〉は、彼らにとって天敵と言っても過言ではない。


「……うむ! ルーナの力が有効である確認は取れた!」


 戦いに持ち込むための最低条件が満たされたことを確認し、唯一上空から戦場を俯瞰していた〈無尽〉ガルタスが大仰に頷いた。


「前提条件は揃った! 当初の予定通り戦闘に入れ!」

『応!』


 得られるは無尽の知識決して止まらぬガルタスの思考は戦場での最適解を導き出す。


「ここからは時間との勝負である! 各人、出し惜しみするな! 我らの神秘が尽きる前に、確実に敵を殲滅する!」


 秘纏十二使徒は彼の指示に一切の疑問を抱かず、魔物との全面戦争に繰り出した。



◆◆◆



 〈応報〉を誓う武士(もののふ)が刀を振るい、〈忠義〉を刻む騎士がそれに並ぶ。

 〈星宿〉の願いは今もなお地の底で解放を待ち侘びる友を想い、〈贋作〉の世界は自らが唯一無二だと叫ぶように魔物を殺す。

 〈駒鳥〉が空を制し、〈王冠〉の瞳が大地を睥睨した。


 ここに集った十二人、一人残らず一騎当千なれば。


 彼らは皆、()()()()()()〉を凌駕する。

 未来に現れる怪物、アハトにこそ才能では及ばないだろう。しかし彼らは皆、かの剣の怪物である〈勇者〉アハトと()()()()()()()


 万を屠った。

 十万を塵にした。

 百万に届く死体の山を築いた。


 圧巻の一言に尽きるだろう。

 十二人の奮戦は、百の世界を殺した大氾濫(スタンピード)とて拮抗を越えて押し返す。


 間違いなく、彼らはこの時代における最強の十二人だった。



「…………なんや?」


 だが、それでも。


「おかしいやろ、これ……!」


 大氾濫(スタンピード)は、あまりにも彼らと相性が悪すぎた。その裏に潜む悪意が、静かに牙を剥く。


「俺の盾が……弱くなってへんか……!?」


 最初に異変に気づいたのは〈門番〉アルジェ。

 魔物を殴り殺す感触が、僅かに手に響くようになった。たったそれだけの小さな変化だったが……それは、彼らの神秘の衰退を意味する。


「んなわけないっしょアルジェ! いくらなんでも早すぎる!」


 背中を預けた男がこぼした違和感にティルティがまさかと食らいつく。


「まだ二十分やそこらしか経ってないっしょ! 魔物も逃してない! 幻窮の内側には通してない!」


 神秘の減退は予測していた。それは確実に起きる苦戦であり、避けることはできないと。

 だが、あまりにも早すぎる。

 神秘の減退には、理解と名付け、信仰の霧散、そして原始的恐怖の払拭が必要だ。

 魔物に恐怖と信仰はなく、ゆえに彼らは理解と名付けをもって神秘を喰らう。


 ならば、今この瞬間。理解する間も与えない一撃必殺の戦いの中で神秘が奪われるはずがない。


「せ、せやな! すまんティルティ! ちとばかし過敏に——」


 ああ、そうだと納得しようとした。

 〈門番〉アルジェの視線の目の前で。


 竜が振り翳した爪が、彼の大盾に(ひび)を入れた。


「……………………、は?」


 もう一撃。

 振り下ろされた竜の爪が、右手に構える大盾を木っ端微塵に粉砕した。


 神秘が瓦解する音がした。

 自分の手から崩れ、なくなっていく気配にアルジェの顔が驚愕に強張った。


「——〈猟犬の牙〉ァ!!」


 硬直したアルジェを守るようにティルティエッタが乱舞する。周囲を取り囲む魔物の臓腑を抉り脱出を図ろうと足掻き——〈猟犬〉は、自分の牙すらも鈍っていることを直感した。


「冗談じゃないっしょ……! ガルタス——!!」


 頭上、異変を察知した作戦参謀へティルティエッタが叫ぶ。


「アルジェの神秘が消えた! 私の神秘も鈍ってる……! 想定よりずっと早いっしょ!!」

「何——!?」


 一秒経たずに抜けられるはずの包囲に三秒かかった。

 二秒の遅れはあまりにも致命的であり、脱出するより早く魑魅魍魎、悪鬼羅刹が集い次の包囲が完成する。


「取り囲まれた……抜け出せない……!!」



◆◆◆



 異変はガルタスを通じて全員へと通達される。


「はぁ!? アルジェとティルティがヤバいって!?」


 最強の矛と盾の窮地にハーヴィーが血相を変えて叫んだ。


「嘘でしょ!? あの二人が……冗談でしょう!?」


 自分とは違う、正真正銘の本物だったはずの二人。その瓦解にプリシラが奥歯を噛んだ。


 二人だけではない。報告を聞いた使徒全員に緊張が走る。

 ——いつだ。次は誰だ。自分か?


 終わりの見えない敵の侵攻と、突如終わりが見えた自分たちの限界が否応なく彼らの動きを鈍らせた。


「づうっ……!?」


 圧迫する包囲網にティルティエッタから苦悶の声が漏れる。

 刻一刻と鈍くなっていく五感と牙の感触。

 神秘を完全に失ったガルタスを守りながらではそう遠くない未来の敗北は必至……否。たとえティルティエッタ一人であってもその未来は近かった。


「すまへん、ティルティ……!」

「謝るなアルジェ! まだ死んでないっしょ……! 足掻け……!!」


 〈猟犬の牙〉と竜の爪が激突する。

 開戦時にはあれだけ容易く両断できたはずの爪、その断面図は荒々しく、自分の牙が脆くなっていることを否応なくティルティエッタに叩きつけた。


 狭まる包囲、増える被弾、お気に入りのフード付きの戦闘服は血に溺れ、幟旗を真紅に染めてきた敵の鮮血に〈猟犬〉自身の血が混じる。


「このっ……! まだ、死ぬわけにはいかねえっしょ……!」


 彼女が想うのは、たった一人置いてきた最も若い使徒のこと。


「どうせ、『みんなで食べたい』って待ってるんだから……! 寂しがり屋、なんだから……!!」


 食べなければ声も出ないし、体も動かせないのに。

 きっと健気に待っているシンシアをティルティエッタは想う。


「置いてくわけには、いかねえっしょ……!!」



◆◆◆



「…………ああ」


 瓦解する戦線。

 ここぞとばかりに雄叫びを上げて暴力に訴える魔物の軍勢。

 飲み込まれようとしている矛と盾。

 悩む指揮官。


 絶死の戦場で、〈災禍〉ルーナが吐息を漏らした。


「そうだね。ここは、私がやらなくちゃ」


 その顔面は蒼白で、唇は青白く()()に震えていた。


「頑張れ、頑張れ私……! 今度は……私の番なんだから……!!」

「ルーナ……?」


 近くで戦っていたエイミーが疑問の声を発した、その瞬間だった。


「覆い尽くせ……〈災禍の糸〉よ!!」


 ルーナを中心に真紅の糸が咲き乱れた。


「ルーナ!? 何してるのルーナ……ちょっと!!?」


 半径十キロ圏内全ての生物に対して糸を伸ばしたルーナは、その糸を持って蜘蛛の巣を貼るように魔物たちを絡め取る。

 竜も、獣も、人もどきも、形容し難いナニカも、等しく〈災禍の巣〉に囚われる。


 そして、仲間に伸ばされた糸は救済の糸。

 地獄の底から救い出すルーナの最後の恩返し。


 ルーナ以外の使徒を上空へと放り投げ——意図を察したハーヴィーが悲痛に顔を歪めながら重力圏でエイミーやアカリ、血濡れのティルティやアルジェを受け止めた。


「何やってんのルーナ!? そんな……そんな大規模な神秘の行使なんかやったら!!!!」


 上空へと避難させられたエイミーが喉を振り絞って叫ぶと、頭上を振り返ったルーナは、恐怖に震えながらも凛々しく。

 蜘蛛の巣の中心で、穏やかに笑った。


 ……死を、覚悟した表情だった。



◆◆◆



 小さい頃から不運だった。

 何気ない段差につまづいたら鳥に糞を落とされた。

 馬車が弾いた小石が頭に当たるのはしょっちゅうだし、小指なんて机の角に一日三回はぶつけてきた。

 ルーナという少女はあまりにも……不注意では到底片付けられないほどの小さな不幸を積み重ねてきた。

 時には小さくない不幸にも見舞われた。

 床が抜け落ちたり、屋根が崩れたり。

 工事中の足場が崩れてルーナへと落ちてきたり。実例など枚挙にいとまがなく、きりがない。



 ——あの少女は呪われている。

 


 そうして、ルーナは実の両親にすら疎まれて孤独になった。

 自分はきっと世界一不幸で、不運で。

 きっとこの先、一生痛みに耐えながら生きるのだろうと。なんのために生まれたのかもわからないまま、不幸に覆われて死ぬのだろうと諦めていた。



「——君のその力を、誰かのために役立てて欲しい。どうかな?」


 そんな時、クラインが彼女の前に現れた。


「——君のその力は等価交換のようなもの、だと想う。世界を呪うから君も呪われる。そういう、“おあいこ”の力なんだよ」


 自分の呪いの原因をどこか楽しそうに話す新緑色の髪の女。全身ハート尽くしの悪趣味な服装は気になったが、それ以上に、オーロラ色の瞳に映る自分の顔が気になった。


 ……厚かましくも、繋がりに飢えている表情だった。


「でもねルーナ、世の中そう上手くはいかなくてね。等価交換っていうのは中々起きない……むしろ()()()()するやつがいる。世界は理不尽でね。そんな奴の負債を別の誰かが受けることがある」

「……私、なら。変えられる?」

「話が早いね。そう。君の力なら、苦しむ誰かの痛みを減らすことができる。痛みを負うべき誰かに正しい罰を下せるんだ」


 クラインの誘い文句は非常に魅力的で、裁く側に回るというのはどれほどの快感なのかとルーナに昏い感情を抱かせた。


 ——そして。

 そんなものどうでも良くなるくらい、ルーナは人生で初めてたくさんの友に恵まれた。


 自分を振り回してくれるエイミーがいた。不幸なんて笑い飛ばしてくれる、最高の友人ができた。

 ハーヴィーはいつも呑気で、アカリは堅物だけどその信念には共感できた。ティルティエッタのご飯は美味しくて、嫌なことも全部その日の夕食で忘れることができた。

 シンシアの歌声は綺麗で憧れた。


 正しい罰とか、どうでも良かった。

 ただ、苦しんでいる人の痛みを引き受けて。『幻窮世界』を狙う奴らに不幸を与えて。

 毎日のように降りかかる代償をみんなと笑い飛ばして。

 それだけで、〈災禍〉ルーナは幸せだった。



 ——自分の全ての不幸は、今日この日の幸福のためにあったのだとルーナは確信してきた。



 ……だから、みんなで過ごしたあの場所を。思い出を……守るためなら。

 ルーナという人間は、簡単に全てを投げ出せてしまうのだ。



◆◆◆



「——死に絶えろ!」


 意図を通した不幸の天秤。

 ルーナの選択は、自分の神秘を全て手放すことで、半径十キロ圏内に存在した全魔物へ強制的に即死命令を叩き込むことだった。


 ルーナの最大最後の〈災禍〉から逃げ出せる魔物は、ただの一匹も存在しなかった。

 竜を含めたあらゆる生命が死に絶え、その身を灰のように分解してこの世を去る。


 千切れた〈災禍の糸〉は風に吹かれて散ってゆく。


 神秘を失ったルーナに残されたのは、莫大な負債。

 それこそ、大氾濫(スタンピード)に並ぶ全ての魔物に殺意を向けられ、一直線に殺到されてもなお払いきれないほどのどうしようもない不幸の未払い。


 ——だが、それで良かった。

 自分が狙われるのなら。その間に仲間が立て直せる。ガルタスが次の作戦を組み立てられる。


 そう。ルーナは初めから、自分を犠牲に……囮にするつもりだった。


 魔物の軍勢が迫り、一直線にルーナへと駆ける、翔ける!

 その悪夢のような光景に使徒たちが歯を食いしばる。


「み、みんなーーーーーー!!」


 そんな彼らに、地上から。

 真っ青な顔をしながら強がって、笑顔を浮かべるルーナが手を振った。


「あ、後を……お、お願いね……!」

『————ッ!!』


 託された。

 たった今、新たな願いを。


「ありがとう、ルーナ」


 〈王冠〉クラインは、かつて手を取った右手を左手で包み込み、額に当たる。


「君がいて良かった……!」

「我に任せろ、ルーナ! ——ガルタス、指示を寄越せ!!」


 涙を堪えるエイミーの渾身の強がりに、ガルタスが強く頷いた。


「指示を出すぞ。クラインは右翼を、切り札切ってもいいからな。ティルティとアルジェは少し安め。神秘がなくてもお前らは強い。エイミーは……!」




 自分の死を踏み越える仲間の背中に、ルーナは心の底から安堵する。

 見つけてもらって良かった。こうして、少しでも役に立つことができて良かった、と。


 ——生きる意味も、死ぬ意味もないままに人生が終わると思っていた。

 けれども、ここにはこんなにも意味がある。生きた意味があった。死ぬ意味もここにある。想いも受け取ってくれた。


 ならば、こんなにも幸福なことはない。

 不幸な人生? 呪われた少女? そんなものはないとルーナは断言できた。


 眼前に迫る竜が顎門を開き、自分を飲み込まんとする。

 神秘のない自分に抵抗することはできないが、それでいい。

 肉の一片が、骨のかけらがあれば。

 隅々まで不幸の負債を抱えたこの身がわずかにもあれば、魔物たちは同胞の胃袋すら食い漁って存在を根絶やしにするだろう。


「ああ…………」


 ルーナが死の間際に想うのは、決して恐怖などではなかった。


「うん。私は、幸せだったよ」


 これはきっと、世界一贅沢で幸せな死だと、〈災禍〉ルーナは誰にも譲らなかった。



◆◆◆



「ルーナが作ってくれたチャンスだ。今度はこっちが包囲するぞ!」


 全ての作戦指示を終えたガルタスの鬼気迫る言葉に、十一人の使徒は強く頷いた。


「エイミー殿、大丈夫であるな?」


 〈忠義〉エンラの言葉に、鼻を啜った〈祭日〉エイミーは何度も頷いた。


「もっちろん! 全部託された! なら、我は全部燃やし尽くして戦うのみだ!」

「ならば良い……俺も受け取った。共にな」


 足は(すく)んでいない、それを確認したエンラは堅物の表情にわずかな笑みを浮かべた。


 蠱毒のように互いを食い漁る魔物たち。

 死後、なお呪いのように不幸を撒き散らす〈災禍〉の残滓を求めて殺し合う姿を見下した〈無尽〉ガルタスが右手を上げた。


「作戦開始だ——オフェリア!」


 二度目の開戦を告げるのは〈星宿〉オフェリア。彼女が星を落とすためと研鑽を積んだ一撃で敵の進路を妨害する——そこから新たな作戦は始まる。


「……オフェリア?」


 しかし。


「何をしている、オフェリア……まさか神秘が!?」


 一向に動かないオフェリアに、十人の使徒の眼差しが突き刺さる。

 何か想定外の事象があったのかと再び動揺が走ろうとした、その時。


「ふむ……どうやらガワだけ真似ても神秘の“簒奪”はできないようだね」


 オフェリアの姿をした()()()が言葉を発した。

 その言葉に込められた悪意に、使徒全員が反射的に体を硬直させた。


 なにより、ソレがオフェリアじゃないと分かっていても、仲間の姿をしたソレを攻撃することを躊躇ったのだ。

 オフェリアを騙るナニカは、そんな使徒たちの様子をまるで気にすることもなく自分の体を見下ろして観察を繰り返す。


「ああ、すまない。作戦は失敗のようだね……。まあ、僕も実験に失敗したから“おあいこ”だ」

「貴様…………ッ!!」


 かつてない怒気を〈王冠〉クラインが発する。

 オーロラ色の瞳が映す魂は、どこまでも空虚。


「やあ、久しぶりだねクライン」


 まるで旧知の友にあったかのような軽薄さで、ソレは数歩、空中を歩いて距離を取る。


「どうだい? 君たちを殺すためだけの舞台は。気に入ってくれたかな?」


 底知れない悪意が顔を覗かせる。

 オフェリアの顔で、オフェリアが決してしない軽薄な笑みをソレは浮かべた。


「そう怖い顔をしないで欲しい、クライン。せっかくの再会なんだ、もっと驚くか、喜んで欲しい……彼女のように」


 指を滑らせ、ソレは手元に一枚の(ページ)を出現させる。

 そして自分の顔に被せた。


「嘘……!」


 その変化に、アカリは両目を見開いて震えた。


「クソッタレ……!」


 ハーヴィーが血が滲むほど拳を握った。


 彼らの前に現れたのは、まだ暖かいオフェリアの生首と、それを乱雑に掴む一人の男。


 白髪を揺らす、闇色の瞳。

 穏やかで軽薄な笑みを浮かべる口が楽しそうに歪んだ。

 その名前を、クラインはありったけの憎悪と共に叫んだ。


「《終末挽歌(ラメント)》……グレイギゼリアァアアアアアアアアアアアアア!!!」


「歓待の言葉をありがとうクライン。——さあ、ここからが本番だ『幻窮世界』」


 《終末挽歌(ラメント)》は役者を気取ったように空中で手を広げ、恭しく一礼した。


「僕から君たちへ送る滅亡の讃歌、どうか存分に楽しんで欲しい」

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― 新着の感想 ―
彼が関わっていたのですね。
どんなに強くても絡め手には弱いんだなぁ モミジの時と同じで簒奪の力厄介で悪趣味ですね..
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