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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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廻転式帰納法

お久しぶりです! 更新!!

「で、協力持ちかけてきたってことはだ。具体的な策があんのか?」

「あるって言うと傲慢だけど、ないわけじゃない」


 翌朝、俺たちは一度目と二度目をなぞるように表通りを歩く。前と違うのは、その時とは違い“巻き戻し”と“記憶”の存在を伝え。

 さらにはエステラという明確な追加人員がいることだろう。


 もちろん、手元には紅蓮の“ギリギリ窃盗”で入手したパンと紙コップに注がれたコーヒーがある。


「いや、なんで飲み物が追加されてんだよ」


 しかもセルフドリンクの類だし。

 陳列棚の奥にチラッと見えた感じ、硬貨を入れて機械を起動させるやつだ。こんな窃盗紛いにめちゃくちゃ高度な魔法使ってやがる。


「紅蓮お前、液体なんてどうやって転移させたんだよ」

「座標丸ごと入れ替えちまえば簡単だよこんなの。こちとら世界跨いで工作員転移させんだぞ? ミクロ単位の調整なんて朝飯前だって」

「だからって本当に朝飯前に実行するやつがあるか」


 というか。


「工作員の転移って【救世の徒】の話だよな? 俺に言っていいのか?」

「ああ、それなら気にすんな。もう新しいのを送り込む予定はねえからな」

「新しいのは、ねえ……」


 嘘ではないだろうが、どうせ『配置換えとかはするし、昔送り込んだやつはまだ使うよ』くらいの意味だろう。

 発言に嘘がないことと誤魔化さないことはイコールではない。


「そういえば、エステラはエスメラルダに頼まれて『魔剣世界』で臨時講師やってたんだよな?」

「そうだよ」


 さも当然のように頷くエステラ。

 ちなみに呼び方だが、本人が『もう偽名を使う意味もないから』と名前で呼ぶことを提案してきたので、俺がそれに乗っかった形だ。


 さて、臨時講師の時は確か『本業はお休み中』とか言ってたか。

 当時の俺はどっかの世界のお抱えなのかなあ、なんて考えていたが、蓋を開けてみればなんと全世界から指名手配を受ける組織の幹部だったのだから驚きだ。


「昔からの知り合いって話だったけど……いや、そういえばししょ……カルラがエステラの名前言ってたんだが」


 しっちゃかめっちゃかな俺の疑問に、エステラは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「カルラも懐かしい名前だね。あの子は……うん。君たちのおかげで元気でやれるようになったみたいだし。ほんと奇妙な縁だね。世の中狭いのなんの」

「学園長はエステラの本当の所属知ってたのか?」

「知ってたよ。というか、あの子は一時期私たちの本拠地で暮らしてたからね」

「へえ、そうなのか」


 ………………。


「はっ!!?」


 時間差で訪れた衝撃に、俺は勢いよく背後を振り返り、呑気にパンを咥えるエステラを凝視した。


「マジで!?」

「マジだよ。身寄りがなかったあの子を色々あって私が拾ったんだよ。で、外の拠点に置くわけにもいかないから、しばらく本拠地に預けてたんだよね」

「はー、そんなことが」


 衝撃の事実に俺はひたすら受け身で驚くしかなかった。


「本業の支障とか色々考えたんだけどね。どうにも小さいあの子が昔の私と被っちゃってさ」


 そう言うエステラの表情は、遠い過去を懐かしみ、慈しむような優しさがあった。


「まあ、私のことはいいんだよ。それよりエト、そろそろ計画を教えてほしいな」

「そんなに綿密なもんじゃないぞ? 基本はその場で臨機応変に対応することになるし。ただ……」


 俺は人混みに紛れて近づいてくる気配に鋭く息を吐いた。

 まだまだ遠いが、気を引き締めていないとあっさりこちらの感知網を潜り抜ける頭抜けた隠密性を持つ()()()こそ、俺の計画の要だ。


「案内人エルリック。1回目と2回目、俺と紅蓮に接触してきた男の提案に乗る」


 俺は紅蓮とエステラに“観光ツアー”の概要を説明した。


「全七日の観光地巡りねえ……なあエト、その1回目と2回目の成果はどんなもんだったんだ?」

「ほっとんど遊んで終わった」

「ああ、なんかもうそんな気がする」


 俺と紅蓮はそれぞれ違う感情を抱きながらも揃って顔を覆った。


「一応成果なしってワケじゃないんだけど……」


 顔を上げながらも言い淀む俺の態度を察したエステラが続きを受け持つ。


「世界の前提がひっくり返っているからあまり下手なことは言えないってことかな?」

「そんな感じだ。二人には先入観なしで情報を集めて……なるべく俺に伝えて欲しい」


 無償で情報を寄越せと言い切った俺に、紅蓮とエステラの鋭い視線が突き刺さる。

 当然だ。本来敵対関係である相手に『はいどうぞ』と情報を差し出せなんて、俺が言われる立場だったら確実に嫌な顔をする。


「俺らの対価は?」

()()()()で共有できる情報が増える」


 ピクリとエステラの瞼が震えた。


「君、意図的に繰り返すつもり?」


 正気を疑う目だった。


「同じ記憶の蓄積を繰り返すなんて、発狂する危険性もあるんだよ?」

「心配してくれるんだな、敵なのに」


 俺の意地の悪い言葉に、エステラは肩をすくめて返答する。


「元教え子だからね。それに協力するって言った手前、極端に負担をかけるのはフェアじゃないでしょ」

「だな。あと現状、一番情報抱えてるお前に潰れられるのはこっちとしても困る」

「そうは言っても、今回の七日で素直に攻略させて貰えるとは限らないだろ?」


 それに、と付け加える。


「俺は“記録の概念保有体”だ。こと情報の蓄積において俺の右に出るやつは……多分、終末挽歌(ラメント)を除いて他にいない」

「そりゃあそうなんだろうけどよ」

「……わかった。前の輪廻で得られた情報をいくつか話すから、その内容次第で俺に託すかどうか決めてくれ」


 頷いた二人に、俺はいくつかの手札を開示する。


・辿り着けない、世界中心部の大穴の存在。

・世界の外周を覆っていた暗黒の膜より、明らかに小さい異界内部


「正直、先入観なしで出せる情報はこれくらいで……ここからは、俺が紅蓮から聞いた情報になる」

「俺から?」

「ああ。アンタら【救世の徒】が、〈覚者〉シンシアを探してるって」


 瞬間、紅蓮の全身が氷漬けにされた。


「ねえ、紅蓮」

「…………ウス」


 氷点下の世界でなお、耳にするだけで凍えるようなエステラの絶対零度の声音に紅蓮が死を悟ったように抵抗をやめ、俺は俺で反射的に背筋をピンと伸ばした。


「機密情報、握られてるんだけど。どういうことかな?」

「いーいやいやいやいや待て!待てエステラ! 俺は喋ってねえよ!」

「エトは君から聞いたって言ってるけど?」

「いやマジで俺は……あ、前の俺から聞いたのか!? いやこれわかり辛えな!!」


 全身を血霧に変えて逃げようとする紅蓮と、氷の棺に魄導を流し込みそれを阻止するエステラ。

 高度な戦闘技術を用いた内輪の争いだった。


「当初の予定なら、君はエトを引き入れてこの世界を調べるはず……つまり、引き入れるために()()を喋ったってことだよね、前の君は」

「あー、まあ多分そうなのか? エト、そこんとこどんな感じ?」

「大体あってる」

「大体あってるかー、そっかー」


 そこで抵抗をやめた紅蓮は、ふっと儚い笑顔を浮かべて俺をみた。


「悪いエト。俺死んだわ」

「こっちみんなバカ吸血鬼」

「辛辣っ!」

「命乞いは十分だよね?」


 ゴギャッ——! という鈍い音と共に氷の棺が醜く圧縮され、紅蓮だったものの肉片や血飛沫があたりに飛び散った。


 俺とエステラはそれぞれ無言で飛散した部位を避け、弾き、汚れを嫌った。

 エステラは、特大のため息をついた。


「はーーーーーーーあ!」

「……アンタたちも、結構苦労してんだな」

「紅蓮が輸送担当なの、基本がバカだからなんだよね」


 同僚にバカ呼ばわりされるあわれな吸血鬼よ。

 どうせあと1分も経たないうちに何食わぬ顔で再生しているだろうけど、俺はなんとなく黙祷を捧げた。


「どうする? 十字架の墓とか建てとく?」

「嫌がらせやめろ! 死体蹴りがすぎるだろ!!」


 全身を再構成した紅蓮のツッコミに反射的に『うわ』と声を漏らした。


「思ったより復活早え」

「あと十字架もにんにくも木の杭も水銀も俺には効かねえぞ」

「あ、そうなんだ。試していいか?」

「実験台になるとは言ってねえぞ?」


 出どころ不明の吸血鬼の弱点というものはどうやら迷信らしい。


「いや、常人は木の杭心臓に刺したら死ぬし、水銀は普通に有毒だからね? ここ三人はその程度じゃ死なないけど」

「「まあ、それはそうなんだけどさ」」


 アホみたいな会話でのじゃれ合いはここまで。

 俺は交渉のために、こちらからも一つ、カードを切る。


「で、俺が結果的に無償で手に入れたその〈覚者〉シンシアって奴なんだけどな」


 一呼吸おいて、話す。


「《英雄叙事(オラトリオ)》の継承者の中に、同じシンシアって名前のやつがいる。それも、『幻窮世界』出身の」


「…………へえ?」


 爛と紅蓮の瞳が輝いた。


「どんなやつだ?」

「わからん。正確には“継承放棄者”らしい」

「どういうこと?」


 首を傾げるエステラに、俺もまた首を傾げて謎をアピールする。


「シンシアの一つ前に《英雄叙事(オラトリオ)》を持っていたスイレンって鬼人が言ってたんだ。『名を連ねる前に、自ら《英雄叙事(オラトリオ)》の継承を拒絶した』って」

「自分から《英雄叙事(オラトリオ)》を弾いたってこと?」

「話を聞く限りな。ひとしきりその前後の……2000年前の記録を漁ってるけど、有用な情報は今のところ出てきてない」

「しれっと歩く歴史辞典みたいなことしてんなお前」

「めちゃくちゃ主観に偏ってるけどな。——とまあ、俺が明かせるっていうか、知ってる情報はここまでだ」


 協力してくれるのか? という俺の無言の問いかけに、紅蓮とエステラは互いに目配せをしてから頷いた。


「いいよ、君の策に乗ってあげる」

「目的のためだからな、協力してやる。けど、俺たちからも一つ、条件がある」


 俺は頷いて先を促した。


「お前が得た情報についてはすぐに俺たちに共有しろ。多角的に分析した方が効率がいいからな」

「つまり、この協力関係の中で隠し事はなしってことだな」

「そーいうこった!」


 俺は追加の条件を承諾し——ここに正式に協力関係が発足した。


「さーてと!」


 虚空から引っ張り出したおかわりのパンにかぶりつきながら、紅蓮はニタリといかにも悪そうな笑みを浮かべた。


「そんじゃ当初の予定どおり、この辺歩いてたら接触してくる野郎を利用すればいいんだな?」

「「言い方が悪すぎる」」


 悪役が板につきすぎだろこの吸血鬼。


「まあ利用って言われたら、そうとしか言えないんだけどさ。気をつけろよ?」

「「?」」

「エルリック、俺と紅蓮の念話普通に聞いてくるし、欺瞞も偽装も効かないし、多分くーちゃんの結界も意に介さないと思うから」


 俺の発言に、二人は揃って眉を顰めて口端を歪めた。


「「いや、ソイツ明らかにめちゃくちゃ怪しいじゃん」」

「ダントツで怪しいぞ。だから関わりに行くんだよ」


 俺の回答に、二人はまたも揃って『そりゃそうだ』となんとも気の抜けた返事をした。


「——あれっ? お三方、ここの人じゃありませんよね?」


 そうして案内人エルリックが俺たちに接触を図り、観光ツアーが幕を開けた。



 それは同時に、終わりの見えない繰り返しの始まりでもあった。



 ——現在のエトラヴァルトの輪廻回数、4回。

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学園長の意外な事実、奇妙なしかし嘗て仲間に近かった3人の旅開幕。
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