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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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『幻窮世界』観光ツアー 1日目

 『幻窮世界』は、中央の“大穴”を取り囲むようにして栄え、主に五つのブロックに分けることができる。


 北部の行楽施設街、そこから時計回りに旧市街(という名の観光地)、住宅街、農耕地帯、保護区と名がついている……と、移動中にエルリックが教えてくれた。


 エルリックの社用車(ワンマン企業(従業員延べ一名))での移動中、運転しながら凄まじい量の情報を垂れ流すエルリックは俺と紅蓮を終始圧倒。

 『幻窮世界』のことはマルっと入っているという本人の言に偽りはなく、垂れ流される膨大な知識は座学の苦手な俺の意識を九割刈りとった。


 それでも目を閉じなかったのは、ここが未知の世界であり、かつ隣にいる紅蓮が敵に分類されるからだ。

 ただの観光だったらガチで寝落ちしていた自信がある。



「——さて、そろそろ目的地に着きますよ!」


 そんな本番前から疲労困憊な俺(と紅蓮)を乗せた車が北の行楽施設に到着。

 住宅街から二時間強に及ぶ長時間の運転、更にはマシンガントークをしていたにも関わらずエルリックは疲れた素振りを見せなかった。


「先ほども説明しましたが、ここは行楽施設街です! 滞在するためのホテル、遊園地を始め、博物館や巨大プール施設など盛りだくさんです!」


 エルリックの言うとおり。

 街の外郭に繋がる、大穴を取り囲むように作られた環状道路を走る車の窓から見える景色は壮観の一言に尽きた。


 まず目につくのは巨大な観覧車を擁する遊園地。

 その周囲を固める土産物街や、各々の個性を自由気ままに伸ばしたことが外観からよくわかるさまざまなホテルなど。


 悠久、海淵には劣るが七強世界らしい豪華さと言える。


 極星?

 いやあそこはさ、だいぶ特殊だから。例外です。


「観光という点では旧市街も該当するんですが、あちらは色々特殊なので例外です。2日後はそちらに行く予定なので、楽しみにしていてくださいね!」


 溌剌とこちらを飽きさせないように先導するエルリック。


 俺たちが選択したのは『全7日!『幻窮世界』完全網羅ツアー!』である。

 潜入がバレてしまったのは仕方ない。この際、現地の協力者を使って隅々まで世界を調べ尽くしてやる。


 ——という紅蓮の熱い要望にて俺が金を出した。利子は年率365%だ。


 そんなわけで車を降りた俺たちは、初日の目的地である行楽施設街に足を踏み入れた。


「……なあ、エト」


 隣を歩く紅蓮がなにやら不安げな声を漏らす。


「どうした? 計画の穴でも見つかったのか?」


「いや、計画なんて初っ端からないようなもんなんだけどよ」


「誇るなバカ吸血鬼」


「お前、俺に対する当たり強くない?」


 紅蓮は正面に聳え立つ行楽施設街のシンボルらしい巨塔(名称不明)を見上げ、その隣で巡り回る観覧車に視線を移して表情を殺した。


「あのさ、俺ら今から観光するわけじゃん」


「そうだな」


「今から行くの、テーマパークじゃん」


「……そうだな」


「俺ら、今から男三人でキャッキャウフフはしゃぐのか?」


「…………そう、なるな」


「地獄じゃね?」


 ここで、この集まりを整理しよう。


 まず俺。リステルの騎士兼、『海淵世界』名誉騎士兼、現地調査員。

 次に紅蓮。銀二級冒険者兼、自称【救世の徒】最高幹部。

 そしてエルリック。自称『幻窮世界』の案内人、紅蓮の欺瞞が効かない。


「…………うん」


 面子があまりにも“遊び”に向いていない。

 俺もまた、隣の紅蓮と同じように表情を殺した。


「地獄だな」


「お二人とも〜! 早く行きますよ〜!」


 ただ1人胸躍らせるエルリックは、重い足取りの俺たちを振り返り、満面の笑みで両手をぶんぶんと振っていた。


 “覚者”シンシア捜索、及び『幻窮世界』実地調査は早速暗礁に乗り上げた。





 ……かに、思えたのだが。





「「「うっひょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」


 青空に男三人の悲鳴にも似た感性が響き渡る。


 全長10万M超、最高時速800km。

 世界最大にして最速のジェットコースター『白昼夢』。


 白塗りの居城を縦横無尽に駆け抜ける藍色の機体の上。

 最前列に並んで座った俺たちは全身に風を受けて歓喜の声を上げた。


「エ゙ドオ゙オ゙オ゙オ゙! だの゙じい゙な゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


「ぞお゙だな゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


「あばばばば! ばば、あばばばばばばばばばば!?」


 俺たちは身体強化の度合いを、わざと身を守る程度の最低限に留める。


 何故か? そんなの決まっている。


 全力で楽しむためだ。


 男三人、別所属。

 その上で俺たちは垣根を超えて手を取り合った。

 要するに、『仕事をサボった』のである。



 ジェットコースターのお次は回るティーカップ。

 乗り物の中心に座すハンドルを掴んだ紅蓮がニヤリと笑った。


「エト! どっちが耐えられるか根くらべだ!!」

「その勝負乗ったぁ!」

「お二人とも、僕がいること忘れっ——あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃっ!!?」


 他の人たちがドン引きする速度で高速回転する我らがカップ。

 鎖でエルリックを固定し、カップが自壊しないように土属性魔法で基底部やレール諸共に強化——しようとして、()()()()


「えっ——」


 全身の血の気が引いた。

 メキメキを音を立てるカップに、みるみるうちに俺とエルリックの表情が青ざめる。いや、エルリックはとっくに蒼白だった。


「まっ、待て紅蓮! 一旦止めろ!」


「どーしたエト! もう音を上げたのかあ!?」


 俺の叫びは、子供のように輝く笑顔ではしゃぐ吸血鬼には届かず。


「ちげえって! カップがヤバ、ヤバいんだよ! 魔法が弾かれる! 強化を受け付けねえんだよ!!」


「何言ってんだお前〜! そんな初歩的なミス今更すんなよな〜!」


 呑気に笑う紅蓮は『仕方ねえな〜!』と俺に変わってカップに魔力を流す。


 そして、俺と全く同じように弾かれた。


「は……?」


 紅蓮の顔面から瞬きの間に血の気が失せる。


 ——さて、血の気が失せた吸血鬼とはある意味で死んだようなものではないか? なんてアホすぎる思考がよぎった直後。


 限界を迎えたハンドルが『バギャッ!』と音を立ててねじ切れた。


「「「——キュッ」」」


 バカ二人と被害者一名の喉が恐怖に絞まった。


 紅蓮の手元で回転の余韻を報せるようにカラカラと音を立てるハンドルの残骸に俺たちの視線が釘付けになった。

 なんなら、近くを通り過ぎた別カップの乗客も絶句していた。


「…………なあ、これ詰んだ?」


「「うん、詰んだ」」


 ハンドルを持ったまま固まった紅蓮に、俺とエルリックは人形のように不恰好に頷いた。


 その直後、ティーカップは見事に爆発四散し、俺たちは天高く打ち上げられた。




◆◆◆




 土下座した。

 成人二人と年齢不詳の案内人の男三人、遊園地の管理者に向かって額を地面にめり込ませた。


『『『申し訳ありませんでした!!』』』


 恥もかきまくったし外聞は既に最悪。今更失うものなどないと謝り倒し、俺の懐から諸々の賠償金を払うことでお許しを得た。


「やべえ……イノリにどやされる。こんなしょうもないことに資金使ったってバレたらみんなに殺される……!!」


 詰められる未来に震える俺の横で、紅蓮もまた指を折りまたも血色の悪い顔を見せる。


「ひゃく、せん、まん、じゅうまん…………え? これにトイチ? 俺、死ぬ?」


「全くもう……追い出されなかったのが奇跡ですよ」


 ふらふらと揺れるおぼつかない足取りのエルリックは時折嘔吐(えず)きながら俺たちの蛮行を非難した。


「お二人を絶叫系に乗せると僕の寿命が保ちません」


「「マジすんません……」」


 弁解のしようがなかった。


「次は落ち着きも兼ねて観覧車にでも乗りましょう」


「「うす」」



 エルリックの決定に唯々諾々と従い、行楽施設街最大の観覧車へ。

 一周約34分という狂った大きさをした観覧車に乗れば、否応なく絶叫系で荒んだ心は落ち着いていく。


 搭乗から10分。

 頂上に近づくにつれて離れていく大地を見下ろせば、大穴を超えた対角線上にある農耕地帯や、隣接する保護区の鮮やかな緑が目に入る。


「いろんな建物があるんだな」


 面白みのない円柱、四角柱の建物と対をなすように、とぐろを巻く奇抜なビルやおかしなオブジェを頭にくっつけた塔だったり。


 リステルではまず見かけない建築構造ばかり、それらを頭上から見下ろすという新鮮な体験。

 30分の退屈だと思っていたが、全くそんなことはなかった。


「そうですよー。『幻窮世界』の良いところです。見てて退屈しないでしょう?」


 慈しみを持って街を見下ろすエルリックに、紅蓮が珍しく素直に頷いた。


「そーだな。ところで案内人さん、あの大穴はなんなんだ?」


 紅蓮が指差したのは、街が囲う中心点。

 底が見えない——見通せない大穴。


「どんだけ覗き込んでも先が見えねえんだよ」


「ああ、アレはですね。僕にもわかりません」


 エルリックはあっさりと自分の無知を認めた。


「僕も何度か偉い人に聞いてみたんですけどね、僕ら一般人は教えて貰えなくって。立ち入りも禁止なので、知りたくても無理なんですよねー」


「そんなもんか……?」


 どこか違和感を感じなくもないが、多分、そういうものなのだろう。


 エルリックの知識は確かなものだ。

 案内人として彼が知らないのであれば、本当にあの大穴は一般非公開な代物なのだろう。


「それ、なんかあるって言ってるようなもんだけど……」


「あ、入らないでくださいね! それこそ僕が失職しちゃいますから!」


「わかってるよ」


 そう言いつつも、観覧車に乗っている間、俺と紅蓮の視線は大穴に釘付けだった。





◆◆◆





 初日の観光終了後——。

 俺と紅蓮は、いつの間にかエルリックが手配していた温泉宿の一室で羽を伸ばしていた。


『それではまた明日、9時半ごろに玄関口でお会いしましょう!』

『ご安心を! 僕もちゃんと休みますので! お二人も存分に疲れをとってくださいね!』


 全く出来た案内人である。


 さて——


「紅蓮。大穴のことどう思う?」


 今日の本題。

 明らかに怪しい場所について、俺は紅蓮に所感を尋ねた。


「どう思うもなにも、あそこが大本命だろ。どう考えてもなんかある。つか、俺とお前が欠片も気配を掴めない時点で真っ黒だ」


「まあ、そうなるよなあ」


 紅蓮の言うとおり、大本命である。

 念には念を、あと6日を使って得られるだけの情報を得てから突入——というのが理想だが。


「紅蓮。シーナの世界が破られるまで、()()()()()()()()()()()()()()


 最低でも百倍、あちらの世界はこちらより早く時が過ぎる。

 つまり、今日一日俺たちがサボっている間に、向こうでは既に100日が経過している計算だ。


 1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 焦りを見せる俺だったが、紅蓮は至って平常運転。

 ベランダに吊るされたハンモックに揺られながら、吸血鬼は大きなあくびをかました。


「アイツの裁量次第だ。あとな、エト。お前がいた頃と今のあっちの時間差は多分変わってるぞ」


「そうなのか……?」


「ああ。お前が来たってことは、シーナの()()()()()はもう終わってる。なら、今の向こうはこっちと限りなく等速になってる——そういう手筈だ」


 恐らく、俺に開示しても構わない情報であり、同時に共有すべき事柄だったのだろう。


「時間のことは気にすんな。俺らが調査をする余裕は十分にある。——ま、お前としちゃさっさと増援が欲しいところだろうがな、キヒヒッ!」


 意地悪く笑う紅蓮にゴム鉄砲をくらわせ、俺はもう一つの違和感について語る。


「あと、アレだ紅蓮。この世界、やけに小さくないか?」


「……やっぱ、お前もそう思うか」


「ああ。外から見た世界の規模に対して、明らかに中の密度が薄い」


 だからどうした……という話ではあるのだが。


「気に留めておいた方がいいだろうな」


「ああ、同意するぜ」


 僅かな違和感すら、逃してはならないのだから。


 俺たちはその後、互いに無言で寝支度を整えて明日に備えて早めの就寝を選択した。



 ——そういえば。


 眠りにつく直前、思う。

 そういえば、あの時魔法が弾かれたのは何故なのだろう。


 紅蓮に聞いてみようとして——大きないびき——諦めて、俺は目を閉じた。


 どうか目が覚めた時、あの不可思議な世界に取り込まれていませんようにと願って。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男3人のコーヒーカップ [一言] 紅蓮さん、エトをTSさせない優しさ。 暴利と弁償費用から目を逸らしつつ。
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