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【第一巻発売中】弱小世界の英雄叙事詩(オラトリオ)  作者: 銀髪卿
第八章 目覚めを叫ぶ英雄戦歌
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紅蓮先生の“神秘”授業

 クソ吸血鬼こと紅蓮が【救世の徒】所属だった。しかも最高幹部の〈天穹〉だった。


「俺の知り合い、指名手配犯が多すぎるんだが」


 もはや呆れを通り越してため息すら出ない。


 くーちゃんことエステラ然り、世界の我儘ことバイパー然り、お菓子大好きシーナ然り……というかアイツの言う爺さんも“徒”じゃねえだろうな。


「なあ紅蓮、そこんとこどうなの?」


「おまっ……ノリ軽くねえ? ここはさあ……なんかもっと盛り上がるところじゃん?」


 せっかく雰囲気作ったのに——とぶつくさ文句を言う紅蓮。


 非常に悔しいが、これでも平静を装うので精一杯だ。

 こちとら、ちょっと衝撃的な情報が重なりすぎて消化ができていないのだから。


「俺の見立てだと同じ“忌名”持ちなんだけど」


「キヒヒッ! 言うと思うか?」


 思わせぶりな態度をとる紅蓮に、俺は頭上……遥か上空を覆う『夢の世界』を指差した。


「ちなみにシーナは結構教えてくれたぞ」


 紅蓮は頭を抱えて机に突っ伏した。


「あんの馬鹿! ……ったく、どの辺まで聞いた?」


「アンタらの目的が“無限の欠片”だってこと」


「まあ、そんくらいなら——」


「あと、投入戦力がシーナ含めて4人ってことだな。残りはエステラとジークリオンなんだって?」


「あんにゃろほんとふざけんなよ!!?」


 さっきまでの濃厚な血と殺気は何処へやら。

 どうやら話しすぎていたらしいシーナにブチギレながら、紅蓮は『何してくれてんだ!!』と俺の目の前で仲間へと憤慨した。


「補足すると、脱出者特典みたいなノリで質問に答える気満々だったぞ。多分、俺以外の奴にも聞かれたら同じことする」


「……ああ、うん。もういいや」


 紅蓮は真っ白に燃え尽きていた。

 全世界に指名手配される組織の幹部の姿が、これ……?


 かつて、世界によっては『吸血鬼は日光浴びたら灰になって死ぬ』とか『にんにくを嗅いだら悶絶する』とか『心臓に杭刺さったら死ぬ』とか好き勝手言われていたらしい。


 俺から言わせれば()()()()()()()()()()()()()という話であり、そもそも、今目の前の吸血鬼はそのいずれにも該当しない『ストレス』で死にかけていた。


 なんなら灰になりかけている。


「……で、そろそろ俺を待ち伏せていた理由を教えてくれないか?」


 明らかにおふざけに興じている紅蓮に対して『本題に入れ』とせっつく。


「シーナの世界が時間稼ぎの役割で、尚且つそれは最低でも三日は成功している。なのに、アンタは律儀に俺を待っていた」


「……ったく、二年でずいぶんと(さか)しくなりやがって」


 果たして吸血鬼は。


「ああそうだよ。エト、俺はお前を待っていた。——早速だ、俺と手を組まねえか?」


 俺の予想を超えた共闘関係を提案してきた。


「手を組む……?」


 推定、敵同士。

 救難信号の元凶と思しき組織からの共闘の提案に、俺は思わず固まってしまった。


「そっちにはくーちゃん……エステラがいるんだろ? 戦力確保とかいらなくないか?」


「ん? あ〜勘違いさせちまったな。俺が欲しいのは戦力じゃねえ、人手だ」


「ますます意味がわからん。なら、なんで他の構成員を連れてこなかったんだよ」


 シーナと追いかけっこをしていた……いや結局なんでそんなことになってたのかは分からんが。


 少なくとも、【救世の徒】にはそれなりに手足となる人材がいると記憶している。

 わざわざリスクを負ってまで俺を待って手を組む利点がさっぱり見えない。


 意図を読みきれずにいる俺に、紅蓮は『外に出ようぜ』と誘う。

 素直に従い、玄関から外に出た。


「エト、お前にはどう見える?」


「どうって……」


 ごくありふれた街並みだ。

 特徴を挙げるなら、古い、だろうか? 俺たちがいた木造の家屋も然り、見渡す限り前時代的な建造物が建ち並んでいる。

 深夜だから人はいない。だが、神経を研ぎ澄ませば僅かな人の気配を感じる。

 屋内、あるいは路地裏から何人か、こちらを見張るような、探るような視線。


 まあ、余所者を警戒するのは当然だろう。

 ここは一般的な住宅街に相違ない。なんの変哲もない一風景だ。


 世界の全周を『夢の世界』が覆っていることを除けば、さして。


「別に、ただの住宅街だろ」


「そうだな、なんの変哲もねえ街並みだ。……でもよ、そりゃあ()()()()()()()


 紅蓮の声に、どす黒い怒りにも似た、重油のようなどろりとした感情が一瞬混ざる。


「エト、お前なら知ってるだろ。『幻窮世界』はとっくに滅びたって」


「——ぁ」


 スイレンの言葉を思い出す。

 彼は確かに、『幻窮世界』の末路をそう言っていた。


 ならばこそ、目の前のありふれた街並みは途端に得体の知れないものに変貌する。


「ならよ、今俺たちの目の前にある()()はなんなんだ?」


「…………」


 俺はおもむろにその場にしゃがみ込み、地面を軽く引っ掻いてみる。

 表皮が擦れる感触に、なぞった地面に削れた跡がつく。

 砂粒が入り込んだ爪の間を匂うと、確かな土の香りが鼻腔を満たした。


「……少なくとも、幻には見えないな」


 いや、そもそも。


「『幻窮世界』が滅びてなかったって可能性は?」


 スイレンは、『継承時点で滅びていた』と言った。

 だが、それはスイレンの主観だ。

 疑いたくはないが、証言が一人からしか得られていない時点でその信憑性は事実として薄くなるもの。


「紅蓮、アンタはなんで『滅びた』って断言できるんだ?」


 冷静に考えればおかしいのだ。

 “かつての最強”が滅びてから二千年もの間、他のどの世界も滅びに気づかなかったなんて。


 いくら『幻窮世界』が隔絶した第五大陸に存在し、外界からの観測を拒んでいたとて、そんな長いこと誤魔化せるはずがない。


「そもそも、“誤魔化し”が効いてる時点で滅びてたとは言い難いだろ」


 俺の思考を垂れ流しただけの断片を傾聴していた紅蓮は楽しそうに口角を吊り上げた。


「キヒヒッ! やっぱお前、良い頭してるよ。——中に戻ろうぜ」


 紅蓮に従って空き家に戻る。

 今度は丸テーブルを挟んで互いに向き合った。


「前提知識だ。エト、“神秘”についてどこまで知ってる?」


「ぶっちゃけほとんど知らない。『存在の秘匿』……知られていないほどその力が強いってことと、精霊とかがそこに属することくらいしか」


「んー、まあ三十点だな」


「アンタに採点されんの腹立つなー」


「人に教えを乞う態度がそれか……?」


 【救世の徒】に所属していると判明してなお、不思議と紅蓮に対する態度は変わらなかった。

 もともと親しみやすいというか壁がない相手だったからなのか、はたまた。


「一応恩人っちゃ恩人だからか?」


「恩人に対する態度がこれか?」


「問答無用で殺し合いに発展するよりは良くないか?」


「キヒッ! それもそうだな! うん? いや俺が舐め腐られてるのは変わってねえな? ま、いいけどよ」


 俺の態度が変わらないことを諦めた……というか元より大して気にしていなかった紅蓮は、そのまま“神秘”についての説明を始めた。


「まあ、そんだけ知ってりゃ前提知識としちゃ充分だ。大方、《英雄叙事(オラトリオ)》あたりから読み込んだんだろ?」


「ああ。あとストラから少しな」


「エステラの弟子な。アイツもなあ、妙に入れ込んで……って」


 早速話を脱線させた紅蓮が頭を掻いた。


「なんつーか、話題が尽きねえな」

「謎に縁があるからな」

「まあ、お前に関しちゃ意図して作りに行ったんだが」

「俺が《英雄叙事(オラトリオ)》を持ってたからか?」

「まあな。ぶっちゃけ〈勇者〉と張り合うまで育つとは思ってなかったけどよ」

「俺も、あの時はまさか〈勇者〉に喧嘩売ることになるとは思ってなかったな」

「キヒヒッ、全くだ! …………。いやいやだから! 近況報告じゃなくて“神秘”の説明させてくれ!!」


 漸く、互いに居住いを正して本題に入る。


「んん゙っ! あ〜、そうだな。大前提、“神秘”は魔法や概念とは対極の力だ。“名付け”による知識の蓄積を主とする俺たち人類の理解とは真逆、“未知であること”で最大限の力を有する」


 紅蓮は虚空から引っ張り出したホワイトボードに、これまた虚空から取り出したペンでスラスラと図面を書き連ね。


 大まかに書かれた円を縦に二分割。

 左側を“神秘”、右側を“魔法”と区分した。


「神秘は元来、世界の始まりから存在していたって言われてる。んで、俺たちは“名付け”ることでそっから力を取って行ったってのが通説だな」


 通説では、力の総量は世界によって上限があるとしていた。


 紅蓮は『ホールケーキを想像してくれ』と言う。


「ホールケーキが神秘、そこにナイフを入れて食べる行為が“名付け”だ。……まあ、これはあくまで『今の有力説』だから正解とは限らねえけどよ」


「なるほど、大体わかった。……質問いいか?」


「おう、いいぜ」


「俺たちは『幻窮世界』が神秘で勢力を伸ばしたって()()()()()。これ、神秘が強い条件とは真反対じゃないか?」


 パチン、と。

 紅蓮は指を鳴らしてキザっぽく笑った。


「そこだ。『幻窮世界』は()()()()()をすげ替えたんだよ」


「境界を? どういうことだ?」


()()()()()()()()


 紅蓮はまた新たな図形を書き出す。


 大きく円を描き、その中に小さな円を一つ。

 外側の円を『他の世界』、内側の小さな円を『幻窮世界』と定めた。


「覚えてるか? 『幻窮世界』は外界からの観測ができねえのを」


「もちろん。だから実地調査する羽目になったんだから」


「ああ、全く面倒だよな……」


 俺と紅蓮。立場は違えど互いに調査を強制された者同士、盛大にため息をついた。


「……とまあ、『幻窮世界』は外から見えない。()()()()()()()()()()()


 俺は、紅蓮の言わんとすることをなんとなくだが理解できた。


()()()()()()()()()()()、ってことにしたのか。世界ごと無理やり」


「——正解だ。とんでもねえ力技だろ?」


 紅蓮の言うとおり、まったくとんでもない暴論である。

 だが、非常に理に適っている。


 からくりはさておき、『幻窮世界』は神秘の維持に成功したのだから。


 こうなると、以前話した“観魂眼”と『幻剣騎士団』の存在などが眉唾ものに聞こえてくるのだが、そこに深入りすると多分話が終わらなくなる。


「いや……うん?」


 なにか、引っ掛かりを覚える。


「どうした? わかんねえとこでもあったか?」


「いや、そういうのじゃねえけど……なんか、違和感が」


 言語化できない。証明ができない。

 だが確かに、何かがおかしいと俺の“直感”が疼いた。


「騎士団……じゃねえ。戦力の多寡? に、なんか——」


 あと一歩とは言わない。

 だが、あと少しで違和の原因に届きそうな気配があった。


 それでも、その少しが果てしなく遠いと感じたのもまた事実。


「……いや、ちょっと違和感がな。気にしないでくれ」


「それで本当に気にしない奴はただの能天気だろ……まあいいぜ。今回は流してやる」


 紅蓮はペンにキャップを被せ、コンコンとホワイトボードを叩く。

 もう一度ここに注目しろ、という合図に俺は意識を切り替えて紅蓮の言葉を待った。


「神秘っつうのは大体こんな感じだ。——で、本題だ。俺たち【救世の徒】には今回、もう一つ目的がある。『幻窮世界』が今もなお生きている理由を探すっつう目的がな」


「俺に言っていいのか? シーナのこと言えないぞ?」


「いいんだよ、こっちは。お前に協力を求める理由だからな」


 紅蓮は今一度、右手をわざとらしく俺の前に差し出した。


「俺たちは、『幻窮世界』存続には“神秘”が深く関わっていると読んでいる。——手を貸せ、エトラヴァルト。俺たちと神秘を暴こうぜ?」


 悪い笑みを浮かべる紅蓮に対して、俺の返事は一つしかなかった。


「これ断ったら1対3でアンタら足止めしなくちゃいけない感じだろ?」


「おう。とりあえず三日は邪魔されない程度にぶちのめすぞ、3人全員で」


「俺の選択権ねえじゃん……」


 強くなった自覚はある。

 並大抵の相手には勝てる……〈異界侵蝕〉相手だって善戦できる自負がある。


 しかし全ては相手が一人であるという前提に立つ。

 化け物を複数相手取れるほど強くなったなんて——まして、仮にも師匠的存在であるエステラが敵戦力にいるのにそんな大言壮語できるはずもない。


「——わかった。手を組ませてくれ、紅蓮」


「キヒヒッ! 素直な奴は好きだぜ?」


「あー、働きたくねえなー!」


 隔絶された世界で俺が生き抜く術……それは、“長いものに巻かれる”というなんとも情けないものだった。

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