転校生君と班員さん達
今日の午前中は、音楽に情報という副教科に、日本史というよくわからない時間割だったけど、担当の先生達は面白かったのでまだ良かったかなという感じだった。
ちなみに情報という授業は、今日に関してはパソコンであれこれするだけだったので、クラスの何人かは変なサイトに繋げて先生に怒られてた。自業自得だとは思うけど、肌色が大変多い物を学校で堂々と見るのは勇気があるね。
…。違うよ、僕はたまたま見えてしまってだね?
そんな僕は赤面していたらしくて、林道君にそれはそれは笑われた。爆笑と言ってもいい。
そんなに笑わなくて良いのにとムスッとしてたけど、多分、クラスの人にもクスクス笑われて…。いや、女子からの視線は幾分か冷たかったような気がする。
特にお隣さんの視線が痛い。剣山に手を押しあてたみたいな痛さがある。幻痛だけど。
そして昼休み。いつものように弁当を取り出したところで、メッセージがスマホに入ったようでポケットの中で震えたのを感じる。
なんだろうと見ると、2件のメッセージが入っていた。
『食堂集合だよ!』
『中山君も男子なんだね』
「うぐぐ……」
思わず額に手を当てて呻いてしまった。そのメッセージはどういう感情で送ってきてるんだ、新谷さん。1つ目のメッセージには返答しておいた。
ええ…こんな状況で行かないといけないの……。
しかたなしに弁当箱を持って、席を離れようとすると林道君が不思議そうに僕に声を掛けてきた。
「あれ、中山どこか行くのか?」
「ああ、うん。食堂にね」
「弁当を持って?……もしかして彼女か?」
「ううん、違うよ。まだ学校に来始めて1週間と何日かなのに、彼女なんているわけないでしょ」
どこからかガタッという音がしたような気がしたけど気の所為だと思い、林道君に否定の意を告げる。
それもそうだなと林道君も納得してくれて、送り出してくれた。ごめんね、今日は一緒に食べられなくて。
食堂まで走っていくわけにはいかないので、教室を出てのんびり廊下を歩いていく。走るとどこで見てるかわからない2年、3年達がうるさいし。そういえばこの高校も生徒会とか一応あるんだよね。生徒会の人って見たことないけど。
途中、貼ってあるポスターをちらっと見たり、食堂のオススメ品を見たり。数秒ほどの寄り道もしつつ、食堂の中に入る。広くはないけど、狭くもない食堂を見渡し、
「なかやん、こっちこっち!」
大きな身振りで手招きをするかおりさん……ではなく、上村さん。ちょっと恥ずかしいからやめてほしいな。上級生までなんだなんだと僕を見てるじゃない。
上村さんの隣には赤面して慌てて止めようとしている新谷さんと見慣れない3人が同じテーブルを囲んでいる。男子は一人だけみたいだ。
「そんなおっきな声出したり大袈裟に呼ばなくてもいいんだよ、上村さん」
「えー?キョロキョロしてたじゃん。てかうちの名前知ってたんだね、嬉しいかも!」
「わっ、ちょ、ちょっと!」
上村さんに手を握られ、ブンブン上下に振られる。助けを求めるように新谷さんを見ると苦笑いを返される。違うんだよ、新谷さん。助けてほしいんだよ?
「その辺にしておきなさい。中山君も困ってるわ」
「も?」
「私達が困ってるのよ。見なさい、他の生徒からの視線が集まってる。見せ物みたいになってるのよ」
「ホントだ!ごめんごめん」
舌をちろっと出してあざとい感じで謝る上村さんは、多分反省していない。
眼鏡を掛けている、新谷さんよりも長い黒髪の女子生徒は溜息をついてジト目で上村さんを見ている。
「本当に分かっているのかしらね」
「あはは…。かおりっていつもそんな感じだから」
「あなたが甘やかしてるからよ?保護者なんだから新谷さんも反省しなさい」
「ええー……」
がっくりと項垂れる新谷さんと呆れたような表情の眼鏡女子がやり取りをしてるのを見ていると、クイッと袖を引っ張られた。
そちらの方を見ると気怠そうな目をした女子が隣に座るように促している。
はやくご飯を食べたいのだろう。その子の目の前の二段の弁当箱は蓋のロックだけ外されている状態だった。
「ああ、うん。隣座ってもいいのかな?」
「……ん」
「ありがとう」
僕がその気怠そうな目をした女子の隣に座ると、僕の真向かいにいたもう一人いた男子が目を見開き、口をパクパクさせていた。
「あ、ありえない…りぃが俺以外の男子を横に……!」
下唇を噛み切るかと錯覚するくらい顔を歪めて、血の涙を幻視するほどの深い悲しみと怒りと恨み?が混ざりあった、あまり触れたくない雰囲気の男子。
僕、軽く引いてるんだけど。
このグループでは平常運転らしく、特に気にしていない様子だった。
普通に怖いんだけどな。
「ご飯がはやく食べたいだけみたい。だから空いてるところに座れってことだと思うんだけど?」
「……ホントか、りぃ」
「……ん」
「それならヨシ!キミ、りぃの隣で飯を食えるなんて俺以外は一生に一度掴めるかわからない栄誉だからな!光栄に思えよ?」
りぃと呼ばれている気怠げ女子が首肯すると先程の空気が霧散し、何故か偉そうな感じで胸を貼る坊主頭眼鏡男子君。
ゲンナリする僕を知ってか知らずか、コホンと咳払いをしてから新谷さんが口を開く。
「中山君はまだみんなの名前知らないよね。私達、同じ中学で一緒だったからお互いのことは知ってるんだ」
「へえ、だからか。なんだかみんな……仲良さそうだよね」
「おい、なんで俺を見た俺を。……そうか、俺とりぃの仲を羨んでるんだな!」
「それでね、中山君。課外活動へ行く前に名前だけでも覚えてもらおうと思っているんだけど。あ、お昼食べながらでいいからね」
隣に座る見当外れな事を言っている坊主眼鏡君を無視して、新谷さんは僕に話しかける。現状、名前すら知らない人が多いのでそれは助かる。覚えられるかは別だけど。
「まずは私だね。新谷萌です。同じ保健委員として挨拶はしてたけど、覚えてくれてるかな?」
「うん。流石にね」
「なかやん、ムッツリさんだからかわいくておっきいもえぴーの事はちゃんと覚えてるよねー!」
「ぐっ…な、なんのことかわからないけど、違うからね?」
「にししっ!そういうことにしといてあげるー」
「あ、新谷さん、上村さんをなんとかしてよ」
「……男の子だもんね?」
「あああ……」
横から茶々を入れる上村さんに思わず反応してしまい、新谷さんの豊満とは言わないまでもそこそこの大きさ……をジッと見てしまった。新谷さんに若干引かれた気がする。
女の子はみんな視線に敏感らしいと母さんから聴いてたから、誰と話すときもずっと意識しないようにしてたのに……!絶対今日の授業のせいだ。
恥ずかしさで火照る頬と眼鏡女子からの射抜くような鋭い視線が生み出す氷の棘が心に突き刺さり、アンバランスな感覚を生み出して、精神に少なくないダメージを与えてくる。
あと、隣の気怠げ女子は表情変わらず、お弁当の唐揚げをモキュモキュという擬音が聞こえてきそうな様子で食べているのはともかく。真正面の眼鏡男子からの視線が妙に生暖かいのが腹が立つ。
「赤くなったり青くなったりおもしろっ」
「だ、誰のせいだと」
「はいはい、それはおいとこ!次はうちね!いつの間にか知って貰えてたみたいだけど、上村かおりって名前だよ。よろしく、ムッツリなかやん!」
「ああうん……もうそれでいいよ」
項垂れる僕に、からかうような声色で楽しげにして胸を張る上村さん。楽しいならそれでいいよ、うん。泣いてないやい。
「次は私ね。渡貫春美。クラス委員長になったから知っているはずだけれど?」
「ごめん、知らない」
「はぁ……。あなた、せめてクラスの顔の名前くらい覚えていなさいな。何かがあった時に困るでしょう」
「うーん、おっしゃる通り。でもね、1週間やそこらでみんなの顔と名前を覚えられるのは物語の主人公か超ハイスペックな人だけだよ。キミ……渡貫さんも覚えていないクラスメイトいるでしょ?」
「いいえ?しっかりと覚えているわ。細かい情報まではまだわからないけれど」
さすがハルハル!という声に照れる渡貫さんは、僕や周りの視線を感じてコホンと咳払いをする。
しかし、クラスの委員長に立候補するだけのことはあるね。記憶力オバケ怖い。というか細かい情報って何?
一旦そこで会話は途切れ、各々ご飯を食べながら他愛もない話をする。一人はもう食べ終わりそうだけど。
その食べ終わりそうな、自己紹介がまだの気怠げ女子に自然と視線が集まる。
居心地が悪そうに身動ぎ、僕を見る。表情筋が動いてなさそうな無表情だからちょっと怖い。目さえ普通にしてたら美人かもしれない子なんだけどな。
「上白沢李衣里。そっちのうるさいのは赤羽陸」
「よろしく!それでだ、りぃ。俺はうるさくないぞ!」
「間違えた。しつこいしうざいの」
「りぃいいい!!」
本当に迷惑そうにしているような上白沢さんと、絶望して机を飛び越えてこようとする赤羽君の二人のやりとりに唖然としていると、これが普通だと溜息を零す綿貫さんと苦笑いしている新谷さん。え、本当にこれが普通なの?
「りく、ハウス」
「おう!」
何かをやり取りしたあとに、まるで赤羽君が犬みたい戻る。ハウスと言われて、席に座るその姿に幻視してしまった。おう!じゃないんですよ。赤羽君。
「……何か、変?」
「何かというか……いや、うん。赤羽君がその扱いに納得してるならいいよ」
コテッと小首をかしげる姿はかわいらしいかもしれないけど、無表情気怠げ女子にされても微妙な気持ちになるね。
「むう……なかやん、変だって」
「おうおうおう!りぃになんか文句あんのか!?あぁ!?」
「もういちいちめんどくさいね、キミたち……」
この場から逃げ出したくなったけど、新谷さんと上村さんの顔を立ててグッと堪える。
なかやんって上白沢さん変な覚え方してないだろうね?
新谷さんが僕に対して目配せし、口を開いた。
「最後は中山君だね」
「転校初日に自己紹介したんだけどね……。中山奏です」
え、それだけ?みたいな顔をするんじゃないよ、赤羽君。そんな赤羽君へ苦い顔になるのがわかる僕を隣の上白沢さんがジッと見てきた。
「…ずっと疑問だった。本当に、転校?どうして?」
入学式及び始業式があった日から僕がこの学校に来るのに、数日しか経っていない。そんな僕が転校生って普通に考えるとおかしいよね。
でも実際にそう言わざるを得ないんだよね。
「親の都合で来るのが遅れたのはそうなんだけど、入学式には別の学校で出席してたからね」
「どういう事かしら?入学式に出たなら、わざわざこちらに来る意味も」
「……まあ、色々あってさ。元々は中学卒業後はこっちに来たかったんだけどね。向こうの人達は驚いてるだろうなあ」
特に深い理由はない。地元に帰りたくなった。ただそれだけ。それだけの理由で転校だなんて、多分変な目で見られるのがオチだろう。
すんなりと転校許可が出た理由はちょっと分からないけど、恐らくは父さんがなんとかしてくれた……は流石にないか。
今頃はあの子とか後輩は怒っているだろうな。受験勉強も一緒にしたことがあったし、心配してくれていたのに連絡先をブロックまでしたんだから。
「そんなに戻って来たかったんなら、なかやん、どーしてあやめるやみーな達と折り合い悪いん?」
知り合いの津田君達とは仲良くしないのか、という意味だろうか。僕は覚えてないけどって宣言したんだけどな。
心底不思議そうにしている上村さんと綿貫さんに、頑張って笑顔で応えてみる。無言で返すのはこれ以上詮索されたくないから、という意味だと思ってるけど、それが通じるかはまた別だとやってから気づく。
「まあまあ、その辺の話は課外活動後でよくないかな?仲良くなったら話してくれるよ、多分ね。お昼休み終わっちゃうから片付けちゃおう!」
「うお!?もうこんな時間か。りぃ、みんな、戻ろうぜ!」
「りくとは、や」
「りぃ!?」
新谷さんが意図をある程度は汲んでくれて、というか先送りにしてこの場を執り成してくれた。多分赤羽君も。上白沢さんに冷たくあしらわれてるのは……かわいそうだけど。
「んー、話をはぐらかされた感!まっ、もえぴーのなかやんラブーに免じて許すっ!」
「何?新谷さんは中山君の事が好きなの?やるわね、中山君。1週間で新谷さんを惚れさせるなんて」
「急になんの話?中山君、違うからねっ!?」
「えっと、新谷さん。ごめんなさい」
「え、なんで中山君に謝られたの!?おかしいよね?ねえ!?」
「いや、なんとなくそういう流れかと」
上村さんの冗談に綿貫さんがからかうような表情で乗っていたから、僕も流れに乗っただけなんだけど。ごめんね、新谷さん。
「うう……もどろっか」
「そうだね……」
思った以上の声量に周りからなんだなんだと見られて、赤面する新谷さんがボソっと呟き、それに頷く形で広げていたお弁当を片付けて食堂を後にした。