転校生君と班決め 2
放課後。
「あの、中山君!」
「川瀬、ちょっと相談があるんだが。美山も一緒に来てくれないか?」
「……でも」
「ほら、俺も美山さんに相談があるんだ。……中山、悪かったな」
案の定僕に話しかけて来ようとする川瀬さんとお隣さんは多々良君と津田君につれて行かれた。もう班割り決まったようなもんだからね。津田君はもう諦めたようだった。
「疲れたな、なかやまー」
「寝ちゃダメだよ、林道君。キミ、これから部活でしょ?」
「うげえ……そうだった」
嫌そうにするなら入らなきゃ良かったのに。とは思うけど、口にはしない。それを決めるのは本人だから。
「中山は部活やらないのか?」
「やる意味も特にないし、ねえ。運動できない、楽器使えない。こんなやつが運動部でも文化部でも部活なんて入ると普通に雰囲気最悪になるんじゃないかな……」
「そっか。なら仕方ないな。じゃあ、そろそろ行くわ。また明日!」
「うん、またね。サッカー頑張って!」
「おう!」
鞄を持って元気よく去っていく林道君を見送る。部活に絶対入れっていう学校じゃなくてよかったよ。
「さて、忘れ物もないし。帰ろうかな」
「あの、中山君」
「うん?ああ、新谷さん。どうしたの?」
帰ろうとして新谷さんから声をかけられたので鞄を机の上に置く。ちゃんと話をきかないとね。
「かおりが無理矢理ごめんね、中山君」
「いや、良いよ。どうせ僕は余り物だったから。それに、同じ委員の新谷さんがいるならまだ楽しそうだし?」
「もう、私のこと、からかってない?……あの、どうして多々良君の話をすぐに受け入れたの?あの2人、一年でも人気が高い娘達みたいだけど」
新谷さんは長くなった前髪で少し隠れている奥でくすりと笑った後に、そんなことを聴いてきた。
そうだよね、人気高そうだよね、あの2人。それに津田君も。
「初日からやらかしてる僕みたいなやつがさ、急にあの人達にそんな歩み寄ると周囲からのやっかみが凄いじゃない?それにさ、なんか怖いんだよ、あの3人。いくらなんでも僕に構いすぎなんだよ」
うんざりしたように話すと新谷さんは意外そうに目をパチクリさせる。人形みたいでちょっとかわいい。
「中山君から絡んだわけでもないんだね、やっぱり。他の男子や女子なら喜びそうだけど、なんだか大変そう」
「まあ僕は誰とも仲良くなる気はないからね。なるとしてもあの人達はちょっと……」
「ふーん?私達は中山君のお眼鏡に叶ったのかな?」
「なんというか、誰でも良かったんだけど、あの中で呼びかけてくれたからね。嬉しくてつい乗っちゃった。新谷さんと……何某かおりさん?以外は納得してくれてるかはわからないけど」
「上村かおりだよ。そういえば自己紹介してなかったね。明日班のみんなで集まろっか。……でも、そっか。喜んではもらえてよかった」
嬉しそうに微笑む新谷さんに優しい人だなあと感じつつ、明日の事を考えるとちょっと憂鬱になった。受け入れてもらえなくても、新谷さんと上村さんが責められない展開に持っていかないと流石にね。
「そうだ、せっかく委員会も班も一緒なんだから、連絡先交換しない?」
「え、僕と?」
「うん。大事な連絡とかあるかもしれないから……ち、違うよ?そんな深い意味はないからね?」
「うん、それはわかるけど……」
かわいらしくデコレーションされたスマホを取り出し、ワタワタと両手を振って深い意味はないと否定する新谷さん。そんなことはわかってるんだけど、けど繋がりが増えるのはなあ。
「あ……無理ならいいんだよ。よく分からないけど、仲良くはなりたくないみたいだから……」
僕が渋い顔をしていると、悲しそうにスマホを戻そうとするので慌てて止める。
「違うんだ、そうじゃなくてね。僕って変な奴らしいからそういう繋がりまで作っちゃって後悔しないかなって……」
ちょっと違う言い方ではあるけど、咄嗟に出た言葉としてはまだ及第点かも。なんて冷静に分析してるけど慌ててるせいでちょっと僕の分析メーターもおかしい。
「なにそれ?よく分からないこと言うんだね。後悔先に立たずって言うんだからやらない後悔よりやる後悔だよ!」
「それ、かなり意味が違うんじゃないかなあ。……でも、わかった、交換しよっか」
「ホント?ありがとうっ」
自分もスマホを取り出して電話番号とメッセージアプリのIDのやり取りをする。久しぶりにするので少し手間取ったけど、新谷さんのフォローでしっかりと最後まで行えた。
高校生活初めての連絡先交換が女の子だなんて想像もしなかったな。
「これでよし。何かあれば連絡するね」
「そう何かあるとは思えないけど」
何かあっても困るんだけどなと思いつつ、交換しちゃったから林道君にも交換頼もうかなと考える。
繋がりを切っちゃいそうになる僕がどこまで衝動を抑えられるかはわからないけど、友達としてではないからまあ大丈夫だろう。おそらく、きっと。
「あれ、もうこんな時間。それじゃ、帰ろっか!また明日ね、中山君!」
「うん。新谷さん、また明日」
時計を見てぴゅーと走り去っていく新谷さんの姿に少し笑ってしまったがしっかり声はかけておいた。
耳の先が少しだけ赤くなっていたような気はするけど、意識されてるかはともかくとして異性に連絡先を聞くときは緊張しちゃうからしかたないね。
「ふう……困ったものだね」
僕が繋がりを増やすと、比例して胸の奥が疼く。それもドロドロとして黒い粘着質な液体がさらに煮詰まるようなそんな気味の悪い感覚。それが胸から喉に。喉から口に。吐き出してはいけないと思いながらもそれには抗えない。抗えないから築き上げた人間関係を全て壊してしまう。それこそゲームのリセットボタンを押すような気軽さで。
僕がいつも衝動と呼んでいるそれは、リセット症候群と呼ばれる現象の一つだったらしい。正式名は『人間関係リセット症候群』
症候群なんて呼んではいるけど、医学的に病気認定はされていないし、精神的な物の問題。うつ病や過度なストレス、完璧主義やネガティブ思考の人がなりやすいと言われているらしいというのは中学になる前に調べた。
当時は全くわかっていなかったけれど、僕の場合は父さんが信頼していた人からの裏切りを受けたのを皮切りに、小学生時代に仲の良かった子から牙を剥かれたり、無視されたのが幼心に傷を残すことになり、それが主な原因となったらしい。
自分のことながら、この衝動は本当に抑えられない。今もダメだとは思いながら中学時代の仲の良かった後輩や同級生、……好きだったあの子の連絡先をブロックし、消していっている。900件超えの未読メッセージは一瞬で消えるし、今までの繫がりは全て失われる。
そのことにどうしようもなく後悔もするし、身体を掻き毟りたくなるほど辛くなるけど、安心してしまう自分もいて。
「うぇ……きもちわる……。はやく帰らなきゃ……」
吐き気をもよおすほど自分にも他人にも苛つくし、助けてほしいけど関わってほしくない。
林道君にも新谷さんにも、いつか繋がりを絶つ為に酷いことをするんじゃないだろうか。だからこそ、なるべく深い関係は作りたくないのに。
そんな中、あの3人が僕との繋がりを保とうとする行為が救いでありトドメになるかもしれない。それが僕には耐えられないから。お願いだから距離を取って欲しい。お願いだから。