転校生君とお誘いの放課後 3
まさかの一万字。少しいつもよりは長いです。
あとほんの少しだけ続きます。
「いやー歌ったな中山!」
「そうだね……」
「かわいい声出してたな、意外だった」
「あれは……原曲からして女性ボーカルだし……って、僕がこういうの歌っても笑わないんだね」
「笑うところあったか?めちゃくちゃ良かったぞ?」
なんだかんだ席替えをせずに2時間ほど順番に、僕も3曲ほど歌った。好きな歌だとどうしても女性ボーカルのものが多くなるし、原曲キーは大体高いからね……
「さて、あと一曲ずつ……の前にちょいトイレ行ってくる」
「ああ、うん」
僕の肩をポンと叩いて部屋を出ていく林道君。
そういえばいつの間にか新谷さんもいない。今この場には僕と櫻井さんとちみ……知世さんの3人。なんだかこの前の部活の試合見学の時みたいだ。
なんとなく気まずいのでさっさと曲を入れて歌おうかなとコードが書いてある本に手を伸ばした瞬間に取られる。タイミング悪かった……というわけでもなさそうで、本を取った櫻井さんが何故か僕の方に詰めて座ってきた。
「な、何?」
「中山さん。今日あなたを誘った理由について、お話しておこうと思いまして」
「理由……」
「ああ、別に悪い話ではないですよ。あなたの事で聴きたい事があっただけですから。新谷さんも誘われてしまうのは予想外でしたけど」
そう言う櫻井さんに対して、申し訳なさそうに顔を俯かせる知世さん。ただ、ついでというわけでもなかったようで『さきちゃん以外の女の子とも仲良くなりたかったの』と、ほんの少し照れが混じったように口にしていた。
「あたしも仲良くなりたかったので、その点では感謝していますよ、みちるさん」
慈愛に満ちた表情……というべきか、櫻井さんの知世さんに対して本当に優しさにみちみちているというか。そんな、まるで母親みたいな櫻井さん……って脳裏によぎるだけで肘でコツンと横腹をつかれた。いや、なんで分かるのさ。
「本題からズレましたね。2人が戻って来る前に確認しておきたいのですが、中山さんはあたし達の事をどう思っていらっしゃるのでしょうか」
「どうって?」
「あっと……それは聞くまでもなかったですね。すみません、間違いました。どうしてあたし達の、みちるさんの誘いに乗ってくださったのですか?」
「僕って、どう思われてるんだろうなあ……。それはともかく。まあ、深い理由はないよ。ただ、知世さんが、ね」
特に理由もないがそこで言葉を切り、知世さんに目配せする。
「なるほど。それは失礼しました。断れないですよね」
「え?えっ?あの、さきちゃんに中山君。ど、どういう意味……」
「つまり、みちるさんは世界一かわいいということです」
「も、もうっ!さきちゃん、答えになってないよ!」
僕が理由をぼかして伝えたら、櫻井さんは汲み取ってくれたらしい。櫻井さんは真顔で世界一かわいいとか口走るので、困惑7割照れ3割で頬を膨らせて形だけ怒ったようにする知世さん。なるほど、これはかわいい。小動物みたいな意味でだけど。
ほんの少しだけ癒やされた気持ちになっていた僕の視線に気づいて頬を赤らめて俯いた後に、すぐに顔を上げる知世さん。その表情は単純な疑問に変わっていた。
「ほ、本当はどうして……ですか?」
「本当も何も……」
「わ、わたし……わたし達と、距離を取ろうと、し、していたのにですか……?」
またこの目だ。言葉では吃りながらも、じっと僕の心の奥底にある何かを引きずり出して暴こうとする目。気味の悪い感覚に苛まれて、意味もなく苛立ちをぶつけようとしてしまう自分の心を呼吸を深くしてため息をつき、なんとか自分の意識を宥める。
「もしそうなら、僕の事を名字で呼ぶようにはお願いしなかったし、ちみ姫さんの事を知世さんとは呼ばないよ」
「な、中山君。それは嘘、ですよね?」
「嘘って?」
「わ、わたしがしゅーくんのおともだちさんと呼ばないようにしたのは、よ、呼び名が長い事を心配したわけではなく、と、特別感を失くすため。……く、クラスの人達が呼ぶような、名字呼びにさせるのは『普通』に埋没させるためで」
吃りながらも、僕から、僕の目の奥からピントを外さずにじっと見ながらゆっくりと語る知世さん。……怖い。ただそれだけが僕の胸中に浮かぶ感情だった。
「わ、わたしの提案に乗ったのは……」
一息入れて櫻井さんに一瞬目を向けた知世さんは、何か言われたのか小さく首肯する。僕は金縛りに掛かったかのように知世さんから視線を外せずに釘付けにされていた。
「わたしの場合に限っては、あだ名も名字呼びも関係性が変わらないから、です。ふ、普通は、仲良くなってからあだ名で呼び合ったり……」
「そうでしょうか?」
「もう、さきちゃん!……わ、わたしの場合は背が低く小さい女子を揶揄する意味で【ちみ姫】なんて、呼ばれて……」
小さい、つまりちみっこい女の子。女の子の中でも容姿も可愛らしく誰が言ったかお姫様のようだから、【ちみ姫】。だったはずだけど。後はみちるって名前でもあったから、親しみやすくわかりやすくて良いという意味と誰かが言ってた気はする。本人は間違った認識をしているみたいだし、気に入らないみたいだけど。
「どちらで呼んでも、わたしの心情以外に影響はないです、よね。クラスの話したことのあまりない人でも、どちらの呼び方もするから……」
「例えばそれが真実だったとしても、何か不都合はあるかな?」
「ない、ですけど」
心の奥で感じている怖さを封じ込めて、なるべく冷静に努めて言葉を紡ぐ。
知世さんからは歯切れが悪い返事が返ってきたけど、呼び方を変えるという行為自体には大して問題はなさそうだ。
「な、中山君!そ、そうじゃなくて!そうして、きょ、距離を取りたいのにわたし達の誘いに乗りゅ……噛んだ……の、乗る必要なんて……」
そういえば距離を取りたいなんて話は、この2人にはしていないはずなんだけどな。予想みたいなのはしていたような気はするけど。もしかして、さっき新谷さんから聞き出したかな。
「真面目な話をすると、新谷さんもいる中で断る勇気なんて僕にはなかったからね。まあ、うん。変な言い回しになったけど、キミに対して別に悪感情もないし、断る気にもならなかったというか」
「……つまり、単純に受けてくれた、の?」
ポカンと小さく口を開けた知世さん。櫻井さんはそんな知世さんの表情を連写機能でスマホのメモリに記録していく。
「わりとその反応は失礼だと思うんだけど?」
「ご、ごめんなさい!」
「冗談だよ。自分でもなんだコイツって思ってるから」
「そ、そんなに卑屈にならなくても……」
『そういうわけじゃないんだけどね』と苦笑いが零れる。
「中山さんが遠回しにお話されるからですよ。可憐で天使であるみちるさんのお誘いだから受けましたと最初から話せば良いのです」
「……櫻井さん、なんというか」
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ……」
真顔で言われるのは怖いし、なんというか圧が強い。言っていることはわからないではないけど……知世さんも二度目だからか若干引いてるじゃない。
「しかし残念でしたね。みちるさんには林道さんがいます。優しくされたからと勘違いしないようにしてくださいね」
「前から知ってるし、僕にそんなつもりはないよ」
「……それはそれで腹が立ちますね。ドリンクバーもありますから、たくさん水をかけますよ」
「前の時もそうだけど、どうしてキミは僕を水浸しにしようとするのかな……」
「水も滴れば良い男に見えるかもしれませんよ?」
「前も似たような事を聞いた気がする……お店が迷惑するからやめようね」
「気のせいですよ」
「迷惑なのは気のせいじゃないからね」
いちいちやりとりが疲れるのでため息をついてしまう。
そんな僕と櫻井さんのやりとりを見て、クスクスと口元に手を当てて静かに笑っている知世さん。何が面白いんだと目を向けると慌て始めた。
「ち、違うよ?」
「何が違うの?」
「あ、あの……さきちゃんが、しゅーくん以外の男の子と……こんなふうに楽しそうに、は、話すなんてほとんどない、から」
「楽しそうに?……それって僕で遊んでるからじゃ」
「そうですよ、中山さん。よく分かりましたね」
「ほら、本人も同意してるし」
納得いかないといった表情で首を傾げる知世さん。櫻井さんは何1つ変わらず、もう話は終わったとばかりに次に入れる曲を探している。
って違う違う。
「話が全然違うところにいっちゃったけどさ。結局、僕をここに呼んで何が聞きたかったの?」
あ、忘れてた。みたいな知世さんに内心ため息。本題を忘れちゃ駄目でしょうに。
「わ、わたし達が聞きたかったのは……」
「あの噂は本当ですか?」
「あの噂?」
知世さんに次いで歌を探すのをやめた櫻井さんが僕に問いかけるが、噂については特に思い当たる節は……
「生徒会長に抱き着いた挙句に、その親友である保健委員長にも手を出して、人気者な同級生を3人も誑かす。何か心当たりはありますか?」
「うぐっ」
とても心当たりがあったので言葉に詰まる。実際は違うけど、周りから見た評価は多分そんな感じなんだろうね……
幾分か温度の下がったような瞳で僕を見る櫻井さん。あまりの怖さに視線を逸らし、その先にいた知世さんを見るがおろおろするだけみたいだ。
「……中山さん、川瀬さんと美山さんだけではなくて他の人にも手を出しているんですね。見損ないました。やはり、ホースで水浸しにしましょうか」
「違うから!というかなんか誤解を生んでいるような言い回ししないでほしいな!お願いだから弁解というか、事実を話させてほしいです櫻井さん!」
「……聴きましょう」
一條生徒会長の件は手を引っ張られて勢い余ってそういう体勢になってしまった事。西園寺先輩の件は色々と助けてもらったり、話をする機会が多かっただけ。同級生って誰……?と弁解?してみる。
「……なるほど、生徒会長と保健委員長については納得しました。同級生については、心当たりがないと?」
「た、多分……美山さんと川瀬さんと津田君のことなら、前にも話した通り……だけど」
「美山さんと川瀬さんの両名に関しては伺いました。ですが、3人目である椎名さんの話は伺っておりません」
「は?椎名さん?」
津田君を誑かすというのも確かに変な話だなとは思ってはいたけど、椎名さん……?
「椎名朱璃さんですよ。いつだったか、つい先日に教室へやってきて中山さんを呼んでいたではありませんか」
「それで誑かすなんて云われようは酷くない?」
「椎名さんはどの男性もフリ続けている伝説がありますからね」
「伝説……」
「それで、どうなのですか」
「……あの時は朝に助けてもらったから、その御礼にお手伝いをお願いされて、椎名さんがそのお手伝いのために僕を迎えにきていただけだよ」
まるでドラマで見るようなやりとりしてるなって、客観視すると思う。恋人に浮気を責められているかのような感覚ってこういうものなんだろうか。なんてななめな事を思いつつ、どうしてこんなに責められているのだろうかと理不尽に感じて知世さんを見る。
「さ、さきちゃん」
「はい?」
「も、もうそのあたりでいいと、思う、な」
「……そうですね。すみません、中山さん。あまり疑ってはいなかったのですが、確認はしておきたくて。……いえ、言い訳ですね。ごめんなさい」
僕の視線から察してくれた知世さんに指摘されて、見るからに落ち込み謝る櫻井さん。
「さきちゃんもわたしも、しゅーくんのおともだちさんにあたる人がそんな噂をされてたら気になって……」
「ああ、だからか。それくらいなら、こういうところにわざわざ遊びに来なくても教室で聴いてくれたらよかったのに」
呆れ混じりで知世さんと櫻井さんに伝えると、両者からはジトッとしたような目で見られる。僕にそんな趣味はないけど喜ぶ男子はいそうだな。なんて、ズレたことを思う。
「人を遠ざけるようにしてるのに、難しい、よ」
「林道さんも林道さんですが、中山さんも本当に……」
「どういう意味かな……」
オーバーリアクションというのか。左目を覆うように手を当てて頭を横に振る櫻井さん。……え、何。普段の僕はそんなにダメに見えてるってこと?
「それで?随分あっさり引いたけど、納得はしてもらえたってことで良いかな」
「……」
コクリと頷く知世さん。知世さんのそんな姿を見て、それから僕の方もチラリと見て頷く櫻井さん。
「ええ、今回の件については理解しました。というよりは先程も伝えましたけれども最初から疑ってはいません」
本当かよ、という言葉は敢えて呑み込む。ここで突っかかるのは得策じゃない。蒸し返す必要も相手が納得しているならする意味はないからね。
落ち着いたからか『それとはまた別の話ですが』と続ける櫻井さんに再び意識を向ける。いつの間にか、またどこか強張った顔になっている櫻井さんに疑問を持つが、なぜか知世さんは穏やかな……なんというか慈しみ?みたいな表情で櫻井さんを見ている。いつもとは立場が逆だなあ。
「あたし達は、林道さんも、ですけれど。今回のような理由以外でもまたこうして遊びに行きたいと思っているので、連絡……」
元の位置の席に戻りつつ、ほんの少しだけ強張った頬を解すように1つ1つに時間をかけて話す櫻井さん。そうして、ゆっくり話しているところで、流れているカラオケ機材の音に混じりガチャリという音とともに扉が開いたので口を慌てて閉じてしまった。何を言いかけたんだろう?
「いやー、まいったまいった。まさかクラスの奴らも来て……?」
「本当にね。びっくりした……?」
僕らの一瞬の沈黙に対して、入室してきた林道君と新谷さんはまぶたをパチパチと開いたり閉じたりとさせて、不思議そうに部屋に入る動作を止めていた。
「3人ともどうかしたか?」
「なにかあった?」
「いえ、その……」
「ああ、今丁度2人が遅いなって話をしてたんだよ。ね、知世さん」
「う、うん。さっき歌い終わったから……中山君とさきちゃんとお話して……」
「そんなに経ってたか。悪かった、みちるに咲希。中山も本当に悪い!」
言い淀む櫻井さんにフォローを入れつつ、知世さんに話を振る。言い淀まなければ普通に理由を話して終わりだったけど、多分本当の事を話すと空気を悪くしてしまうと思ったのかな。新谷さんは特に呼んでないよって事になるし。そう考えたら嘘に嘘を重ねることに。なんかごめんね、2人とも……
そんなやりとりをしているうちに時間終了を告げる連絡が入り、『もう少し歌いたかった!』と林道君が名残惜しそうにしていたものの、新谷さんも僕も親に心配をかけるわけにはいかないので解散することになった。
「今日は楽しかったな、中山!」
「まあ、うん。否定はしないよ」
「中山ポイントで言うと何点だ?」
「50ポイント」
「意外と辛口なんな……」
「なんなって言い方は久しぶりに聞いたよ」
「気になるところはそこかよー」
「ちなみに50点中だよ。よかったね」
「お、おぉ……貴重な中山のデレだな!」
「デレ……まあ、キミがそう思うならそうかもね。普段と変わらないと思うんだけど。川瀬さんとの仲も進めてもらいたいから先行投資だよ。結局なんのポイントかわかんないけど」
「貰えたら嬉しいってだけだからな!」
レジの精算待ちの間にそんな話をして、精算を終えて待っていた女性陣と合流するとなんとも微妙な表情で迎えられる。なにか変だったかな?
疑問に思いつつも、聞くまでもないかと外に出る。日は落ちて、ここから遠目に見える山の上辺りだけ薄く明るいだけで、もう近くを走る車のヘッドライトが眩しく感じるほどに暗い。当たり前か、いつの間にかもう19時だ。
6月より多少マシになったような気はするけど、梅雨明けもまだ宣言されていない為か、夜になっても蒸し暑さは変わらない。気温的には今の方が上がって、湿度的には少し下がっているけど、どっちが高いほうがしんどいのだろう。この時間帯で気温が30度近いんだから誤差みたいなもんだろうけど。
また別のことを考えていると、櫻井さんが僕の肩をポンと叩いたみたいでビクッと体が跳ねた。新谷さんもそんな僕にびっくりしたようで肩が少し跳ねたように感じた。ごめんね、新谷さん。
「あたしとみちるさん。そして林道さんは同じ方向ですが、中山さんと新谷さんはどちらに帰られるのでしょう」
「私は学校近くの神社の方だけど。ここからそんなに遠くはないかな」
「……ん?……ああ、あの辺りか。僕はそのあたりを通って帰るから一緒に行こっか」
「そうなんだ。……え?」
「え?」
「え?」
新谷さんが首を傾げるのに合わせて首を傾げる。
「中山君が住んでるのもあの辺りなの?」
「んー、徒歩10分くらいのとこかなあ。説明しようにも特に目印とかないんだ、残念ながら」
「徒歩10分……じゃあどうしてケーキの時には一緒に帰ってくれなかったの?」
「いや、だって新谷さん。あの時はそんな自宅情報なんて知らないし、なにより僕を誘うくらいだったからまだ用事あったんでしょ?」
「……むう。中山君ひどいよ」
「よ、よく分からない、けど……」
「別方向みたいですね」
「じゃあここでお別れだな!」
『じゃあまた明日な!』と林道君はさっさと歩きだして、それに追随するように知世さんも櫻井さんも歩き出す。ちなみに明日は土曜日。部活などに入っていない僕は普通のおやすみだ。多分忘れてるのかな、学校が休みであること。
特に訂正するわけでもなく去っていく3人の後ろ姿を見送っていると、そのうち2人が駆け足気味に戻ってくる。
そういえば気にしてなかったけど櫻井さんの髪、腰まで届きそうなくらい長いんだね。せっかく整えられていた髪が振り乱れるのはなんだか申し訳ないという気持ちに……
「じゃなくて、どうしたの?櫻井さんに知世さん」
「えと、その……ええと……さきちゃんがね?」
櫻井さん?さっきから見てるけど、近づくにつれてなんだか挙動不審気味な様子に、一体何を言われるのか警戒心が湧いてくる。
「新谷さん、中山さん」
「うん?」
「何?」
『30秒ほどお待ちください』と告げ、櫻井さんは背を向けてから少し荒くなった息を整えて、髪を手ぐしでサッと流す。改めて僕らに向き合う。
整えたはずだけど、紅潮する頬は流石に戻らなかったらしい。熱を感じているのか誤魔化すようにほんの少し視線を逸らして、数瞬のちに何か覚悟を決めたように僕と新谷さんを力強く見てきた。
「今日はあたし達の為に付き合っていただき、本当にありがとうございました」
綺麗なお辞儀を見せられて、僕は混乱するし、新谷さんは苦笑いしている。わざわざ言わなくても良かったのにね。なんて、新谷さんと視線を交わすとそんな声が聞こえてきそうだ。意見は聞いてないから多分、だけど。
「ううん。私も櫻井さんと知世さんに林道君と遊べて楽しかったから」
「まさか、それを言う為に戻ってきたの?それこそ学校で良かったのに。何か企んでる?」
「……」
半目でジトっと女子に見られるのは、なんとも言えない居心地の悪さがあるよね。でも、言い訳させてほしい。僕や新谷さんとあまり接点のない櫻井さんが、わざわざ駆けて戻ってくるなんてね。何かあるんじゃないかって勘繰るよ。
「中山さんは新谷さんの爪を煎じて飲むべきですね」
「なんで!?」
「あたしの感謝を素直に受け取っていただきたいものです」
「素直に受け取れるようなやりとりをキミとした覚えがないね……」
至極真面目な顔で言われましても実績が伴ってないよ。という心境が相手には伝わらないようで、不思議そうに見られて、『どうしてわからないんだろうなあ』なんて、ボヤくように返すしかなかった。
「あはは……」
「あ、あの、新谷さん」
「うん?え、あ、ちょっと、知世さん!?」
そんなやりとりを見守り、乾いた笑いで声を漏らす新谷さん。そんな新谷さんに呼びかけて、知世さんが少し離れたところに手をひきながら連れて行く。
何かナイショ話かな?と二人の背を見ていると、袖をくいっと引かれる感覚があって、そちらに意識を向けると櫻井さんがどうやらその原因らしい。
視線を下げて、いや、視線を彷徨わせてか。ともかく、僕をしっかりとは見ない櫻井さんは引いていた袖を離し、スマホを取り出し僕へと差し出してきた。
「……えっと?」
「……言わないと、わかりませんか?」
画面に表示されているのはメッセージアプリのアドレスを交換できるバーコード。いや、まさかとは思うけど。
「……ダメ、でしょうか」
「やっぱり何か企んでたじゃない。さっき言いかけてたのって僕と連絡先の交換をしたかったから?」
「……」
コクリと頷く櫻井さん。反論も言い訳もせずに押し黙り、どこかしおらしい彼女に疑問は湧く。だけど断る理由はないので僕もスマホを取り出し連絡先の交換をする。……もらった後に返信するかとか拒否するかは僕の自由だ。
「あの、櫻井さん」
「はい」
「どうして、僕と連絡先の交換をしようと思ったかは聞いていい?」
「……」
何故か黙り込んでしまった櫻井さんに疑問が湧くものの。
「林道君と知世さんの関係のお手伝いとかはしないよ、僕は。わかって……いや、前にも言ったと思うけど、川瀬さんと林道君がうまくいくことを願っているからね」
「……それにしてはあたしとみちるさんの願いを読み取って、3人で遊びに行く事のできるように、誘導してくださったではありませんか」
「あの日の事か。本当に僕は用事があったから、僕を誘うくらい暇ならと思って言っただけだよ」
連絡先を交換する理由は多分、というより確実か。林道君の話題にあっさり乗ってくる様子から、そういう相談をしたい、かな。ただ、新谷さんを遠ざけた理由が今ひとつわからないけど。新谷さんにも手伝ってもらえばいいのに。
「……違……しょ……」
「えっと、どうかした?」
はぁと溜息を吐いて、何かを本当に小さく呟いた櫻井さん。近くを通る車の音であまり聞こえなかったけど、なにか自分を責めているような?
「……いえ。その、気を遣っていただいたみたいで、ありがとうございます」
「何に感謝されてるかわからないけど、頑張ってね」
「はい。ああ……時間切れ、ですね」
「時間切れって?」
櫻井さんが見てる方向を辿ると、新谷さんと知世さんがこちらへ戻ってくる様子だった。新谷さんはなんだか疲れた表情をしてるけど、知世さんは僕を見て、次いで櫻井さんを見て、にっこりと笑顔になる。
「新谷さん、話は終わったの?」
「また遊びたいって誘われたのは良いんだけど、どこに行きたい?って話してたんだー……スマホの充電切れそうだよ」
「僕らも混ぜてくれたら良かったのに」
「知世さんが中山君と櫻井さん、それと林道君にはナイショで探したいって。なんだか張り切ってたよ」
苦笑気味に新谷さんがその時の様子を思い出しながら語っている。というか僕が遊びに行くのは確定なんだ?
新谷さんにつられて、僕も苦笑気味の表情になるのがなんとなくわかった。
「た、楽しみにしててね!さきちゃんも中山君もしゅーくんも満足できるようにがんばるから!」
「……期待しないでおくよ」
「みちるさんが計画してくださるものは全て楽しめますから、今から期待しておきますね。中山さんは天の邪鬼ですから、内心では期待していると思いますよ」
「わかったような事を……。まあ、そこまで言うからには楽しくなかったら怒るからね、櫻井さん。それと知世さんも」
「お、お手柔らかにお願いします……」
萎縮するような事を言っちゃうのはもう諦めてほしい。櫻井さんが僕を睨んでるけど、元を正せばキミが悪いんだからね。
「お〜い!みちる〜!咲希〜!あんまり遅いと、先に帰るぞ〜!」
遠くの方から林道君の声が聴こえる。2人が居ないことに気づいてから走って戻ってきたらしい。少しお疲れな様子で背が丸くなっているように見える。
「あ、しゅーくんだ。さきちゃん、そろそろ帰ろ?」
「はい、みちるさん。では、中山さん、新谷さん。あたし達は帰ります。また今日のように……」
「うん、カラオケとか行こうね。ね、中山君」
「約束はできないけどね」
「はあ。中山さんなら、そうおっしゃると思いました。また誘わせていただきますね」
「中山君、新谷さん……ま、また学校で!」
林道君の下へ手を繋ぎ駆けていく最中に何度もこちらへ振り返って、手を振る知世さんと控えめに小さく手を振る櫻井さんを新谷さんと2人で見送った。
「……帰ろっか、新谷さん」
「そうだね」
もうすっかり暗くなってしまった道を、街灯や家の明かりを頼りに2人で並んで歩く。19時を4分の1近く過ぎたらしいというのはさっきスマホをチラッと見た時に確認した。母さんと響はご飯を食べ終わった頃だろうか。
そんな思考に沈んでいた意識を隣りにいる新谷さんに向ける。彼女は僕があまり反応しないから呆れたのか、つまらなくなったのかはわからないけれど、スマホを弄りながら歩いていて非常に危なっかしい。そんな彼女を口頭で何度か注意しながらも、僕はそれ以上会話を続ける気にもならないくらいには疲れていたようで、すぐに閉口して夜道を歩く事にした。




