転校生君と保健委員さんと予想外なお誘いと
廊下に出て、乱れた呼吸と意識を落ち着ける。
徐々にざわざわと賑やかさが増していくのを感じたが、おそらく部活の朝練を終えた生徒が校舎内に入ってきているのだろう。毎日ご苦労さまな事だ。
宣言通りさっさとお手洗いを済ませて、教室に戻ろうとする。
「はぁ……」
思考を自分の事に戻し、ため息を1つ。
なぁにが友達だよ。一瞬でも考えるな、自分。渡貫さんはただのクラスメイトだ。それ以上は、ない。
「中山君」
「うん?」
廊下の窓から中庭を見ていると、背後から声をかけられる。振り返ると新谷さんと上村さんが不思議そうに見ているのがわかった。
「なにしてるの?」
「おはよう、新谷さんと上村さん」
「ああ、うん。おはよっ」
「おはよう、なかやん。で、何してるの?」
先に挨拶をしていると上村さんはもう一度僕に問いかけてくる。答えないでいると、ゲームの村人よろしく同じことしか言わなくなるので何と言うかと悩む。別に嘘つく必要もないし、ある程度本当の事を言うかな。
「朝早くに来たからね。あまり人のいない学校の様子を楽しんでたかな」
「じゃあ、カバンは教室に置きっぱかー」
「やめてよ、変な事考えてるでしょ、上村さん」
「なーんにも。なかやんは疑り深いな?中身を見ようとか思ってないって」
にたりと笑って教室に向かおうとする上村さんを止める。言って止まるような人じゃないだろうけど、と考えていると新谷さんがペシッと上村さんの額を軽く叩き『メッ』と口にする。
「ダメだよかおり。中山君に限らないけど、人のカバンは漁っちゃ」
「やらないってばー。もえぴーに信じてもらえないの悲しい」
「やらかさない保証がないって信じてるよ」
「ひどいっ!」
新谷さんに同意するように頷くと上村さんに睨まれてしまった。なんで僕だけ……
「なかやんはひどいやつー」
「僕に恥かかせたり巻き込んだりの前科がある人がなんか言ってる」
「それはごめんて」
「まあ良いけどさ。教室には渡貫さんがいるから、委員長として咎めるだろうし、カバンに手出しは多分できないと思うよ?」
「え、ハルハルもう来てるの?」
「僕と同じくらいの時間に来てるよ。さっきまでちょっと話してた」
「えー、なかやんだけズルじゃん!うちも激レアハルハルと話そーっと!」
言うが早いか、上村さんは廊下を走って教室に飛び込んでいった。教室からは騒がしい声が聞こえてくる。
置いていかれた新谷さんの方を見ると、向こうもこちらを見ていたようで苦笑いを返された。
「元気だよね、上村さん」
「うん。かおりは私にいつも元気をくれるんだ」
「あー、元気さにあてられて?」
「そうだよ。どれだけ落ち込んでてもかおりが居てくれるだけで不思議とね」
本人には言わないのだろうかと思うけど、そんな僕の内心を察したのか片目をパチリと閉じて人差し指を自分の口の前で立てて笑んでいる。久しぶりに新谷さんのそういう仕草を見た気がして、なんだか懐かしい気分になった。
「ねえ」
このまま廊下に居ても仕方ないから教室に戻ろうかと声もかけずに歩を進めようとして、新谷さんの呼びかけで前に出しかけた足を戻す。
何か用かと改めて新谷さんを見る。彼女は楽しげに笑っていて、そんな姿がほんの少しだけ不思議に見えた。
「今日は保健委員のお仕事の日だからね」
「わかってるよ。サボらないから」
「どうだかねー」
「信用ないなあ。大丈夫、ちゃんとキミや先生に言われた通り仕事するよ」
「そう?じゃあ聞くけどさ」
軽口を叩きながら楽しげだった彼女から、先ほどの笑顔も失せてほんの少しだけ目に怒りか、悲しみの色が見えた気がした。
「私、中山君に嫌われるような事した?」
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私の言葉にピシッと固まる……と表現していいかはともかく、動きを止める中山君。
やっぱり何かしたんだろうか、そう考えて朝から気分が落ち込みそうになる。
そんな私の様子を見たからか、頭を横に振る中山君。じゃあなんで?
「多分だけど、僕が授業中に抜け出した時の事が気になっているんだよね?」
そうだね。でも、それだけじゃない。
ほんの少し、その時の感情が湧いてきて自然と体に力が入る。
「それだけじゃないよ。2人でケーキ屋に行った時も、委員会の時も、廊下で話した時も、なんだか避けられている気がするんだよね」
「避けた覚えはないけど」
「……ふーん?保健委員として一緒のはずなのに先生や先輩が話していたことで関わってほしくなさそうに話すし、体調が悪そうだった中山君を保健委員として連れて行こうとしたら睨まれたし」
「それは……」
言葉を詰まらせて答えにくそうにする中山君。やっぱり思い当たる節はあるのかな。
少し、怒りが湧いてきたけどなんとか呑みこむ。
「中山君。私が前に言ってたことは覚えてる?」
なんのこと?みたいな顔をされて、それで一つ溜息が出そうになったけどそんな漠然とした質問をされても分からないよね。これは私も悪い。
「私……ううん。私達はあなたと、中山君と仲良くなりたいの」
「うん。どうしてそう考えているのかは今ひとつわからないけど、言ってた気がするね」
「覚えてはくれてたんだね。仲良くなりたいのに避けられているのは中々にクルものがあるけど、中山君にも何か事情があるのは前の仲良くなりたい宣言の時になんとなくわかったよ。ただね」
区切って小さな動作で深呼吸。私のそんな動きを訝しむように見ている中山君は特に何か他にリアクションを取るわけではなくて、続きを促すように待っている。
「それは、私達じゃ力になれないこと?それとも、私を避けなきゃ解決しないこと、かな……?」
何かが引っ掛かり、それが中山君を苦しめているのは分かる。ただ……仲良くなりたい、友達になりたい私達にとってはその問題を解決しない限り、関係が進展することはないと思っている。
仲良くなりたいと思っている相手に何度も素気なくされると流石に心が折れそうになる。鼻の奥がツンとなり、ジワリと潤み始める目に、私はそんなにショックを受けていたのかと驚かされる。
そんな私の様子を見てか、気まずそうに頬をかいた後に中山君は廊下の窓から外を見るように、窓の縁から外へと少しだけ頭を出した。
「……僕さ。別に信用してないわけじゃないんだよ。なんだかんだ新谷さん達が良い人達なんだなって感じるし」
私の方は見ないし外に向けて話しているので聞き取りづらいけど、それはわざとそうしているだけで恐らく照れ隠し的な物もあるんだろうと思う。
ただそういう話は目を見てちゃんと言ってほしいなとはワガママだけど思っちゃうよ。それが難しい事もなんとなく感じるから、出掛かった言葉を呑みこむ。
「こんな僕なんかに優しく接してくれるのなんて、それこそ自分が物語の主人公になってご都合主義的な物が働いてるんじゃないかって考えるけど。アホみたいだよね、そんなあり得ない事を現実に考えちゃうの。……でも新谷さん達は上辺だけとかそういうのじゃなくて、本当に仲良くしたいっていう気持ちから接してくれてるんだなって感じる。そういうのって知ってる?おせっかいって言うんだよ。普通は迷惑だって思われるからね?」
言ってる言葉とは裏腹にどこか楽しそうに聞こえるのは、気のせいであってほしくない私の願望のせいかも。
「前にも言ったと思うけど、仲良くなりたいって思ったらしつこいからね、私」
「それはまあ、そうだね。本当は続くとは思ってなかったんだ、課外活動班の人達との繋がり。だって僕はこんなのだから」
「こんなのって言われてもわからないかな。私はまだ中山君のこと全然知らないんだよ?だから教えてほしいな、あなたのこと」
言葉で一歩踏み出すように、窓から外を見ている中山君の隣に立って同じように外を見る。
外はジリジリと焦がすような暑さと照りつける太陽、大きな入道雲が空に浮かんで青い空に白がよく映えている。彼の横顔を見るとそんな外の様子を見ているようで遠くを見ているような、不思議な表情をしていた。
「……うん、そうだな」
私の言葉を聞いて目をジッと見つめられる。
気恥ずかしさから自分の前髪を指で弄り、隠れていた目を中山君から逸らしてしまう。
彼はそんな私の様子を気にせず、普段より低い声で問いかける。
「茶化さないで真剣に答えてほしいんだけど。新谷さんはさ……キミは、友達ってどういうものだと思う?」
「友達……?」
「そう。キミたちがいつも口にする友達ってモノについて、新谷さんはどう思ってるのかなって」
「友達……んーと……」
もはや考える時の癖になったらしい唇に人差し指を当てる行為をしつつ、思考を巡らせる。
中山君はどういう意図で聞いているのだろうか。ただ言われてみたら友達という言葉について、意味を考えたことはなかったな。
「友達は友達で、考えたことないよ」
私が言った言葉に『まあ、そうだろうね』と予想通りといった表情で中山君は頷いている。正解だったのだろうか。答えにもならない言葉だったけど。
「新谷さんは、幸せ者だね」
「え?」
籠められた感情が言葉の意味とは違っていて。でもその感情を私は知らない。怒りが視えるわけでも、憐れむわけでもない。羨んでるわけでもなくて。
よくわからなくて、まばたきをする数秒ほどまじまじと彼を見てしまっていた。
「ううん。なんでもないよ」
ジッと見られていたのが恥ずかしかったのか、ほんの少しだけ頬を赤らめて視線を逸らす中山君。そんな反応より私はどういう意味か問いただしたかったから、彼の視線をこちらに向けようと手を頬に添えようとした。
「朝からお熱いですね……!」
「ひゃあっ!?」
後ろから声を掛けられてびっくりした勢いのまま窓から飛び出しそうになった。声を上げた主に慌てて後ろに引っ張られて廊下側に倒れ込む。クッションになってくれるわけでもなく、廊下の床にドスンと座り込む形になって痛みで目から涙が溢れてきそうになった。
「いたた……」
「あ、新谷さん……大丈夫ですか……?」
「大丈夫そうに見える?痛い……」
どこかで聞いたような声が私の心配をしてくれるけど、恨みがましく痛みがある場所を擦りながら返してしまう。
「ご、ごめんなさい新谷さん!」
「いたた……知世さん。勝手に驚いて倒れただけだから私が悪いし謝らなくて良いよ」
「で、でも……」
嫌味でも言おうかと思ったけど予想以上に取り乱して泣きそうになっているクラスメイト、知世さんをどうにかしようと中山君にアイコンタクトを図る。その本人は首を傾げているけど。
通じるわけないよねと、少しだけ落ち込んだ私の気持ちはしまい込みながら、立ち上がる。足をプラプラと動かしたりして確認するけど、倒れた瞬間の痛み以外は特に異常なさそうでホッとした。
「むしろ謝るべきは中山君じゃない?どうして助けてくれなかったの?保健委員なのに」
「え、僕が悪いの?保健委員関係ないんじゃないかなあ」
「冗談だよ。女の子に触れるのを躊躇して硬直してたのはわかってるからね。私は責めないのにねー」
「……ちみ姫さん。このヒトいま僕の事を責めてるよね?」
「そ、それは……あ、あうう……」
余計に困らせてしまった知世さんと意地悪を口にしてしまった中山君に、『ごめんなさい』と伝えて一旦場をリセットする。
「ふう……それで、ちみ姫さんは僕達に何か用かな?」
私が聞こうとした事を先に中山君が話してしまって、口を閉ざすしかなくなる。知世さんはそうでしたと小さく頷いて躊躇いがちに口を開く。
「その……しゅーくんのおともだちさんと新谷さんが、よ、良ければ、ですけど……放課後、わ、わたし達と、一緒に……あううぅ〜……その、あ、遊びに行きませんか……?」
クラスメイトからの突然のお誘いに、彼女の意図がわからず呆然としてしまった私と中山君。ついお互いにお互いを見てしまう。
数秒間沈黙してしまって、1秒、また1秒と経過するごとに色を失いぷるぷると震えだす知世さんに、私と中山君が『嫌とかそういうわけじゃない』と身振り手振りを加えながら慌てて否定する。
「で、でも……」
「こう言ってはなんだけど、私達ってあまり話さないからちょっとびっくりしちゃっただけだよ。お誘いは嬉しいな。ね、中山君!」
「そうだね。でもさ、僕ら保健委員の役割があるから今日は遅くなるよ?」
「ほ、保健委員さんは放課後も活動しているんですか……?」
そうだった!と自分で言っておいて中山君に言われるまで忘れていた私とは違い、知世さんは躊躇いがちにそう口にする。
やっぱり自分達とは行きたくないんだ……なんて思っていそうな表情をされてしまい、再び私達は慌てて大げさに頭を横に振って否定する。
「保健室の先生が会議に出る間と雑用と留守番が役割なんだ。放課後はそれこそ林道君が所属してるサッカー部とか、いつ怪我をして保健室に来るかわからないからね」
「で、でも、しゅーくんが今日は職員会議らしいから部活はみんな休みだって言ってました、よ?」
「部活は、ね。いるみたいなんだよ、こういう時に自主練をしてケガをする人。部活動に熱心なのは良いことだけど、ケガしちゃったら誰かが治療するか処置しなきゃいけないから。先生も言ってたけど、休むのも時には大事なんだけど、一生に一度しかないから頑張りたいなんて言われちゃうとね……」
『それで迷惑がまわりにかかることもあるってわからないのは、それだけ熱中してるってことかな』とどこか羨ましそうに呟く中山君。言っていることは冷めてるけど、感じているのはそれとは違うもので、多分自分では気づいてないのかな。チグハグな中山君にまた興味が湧いてきた。
「じゃあ、そ、その……しゅーくん達と終わるまで待ってます……!」
「……そんなに遊びたいの?遅くなってあまり遊べなくてもしらないよ」
「はい!大丈夫、です!」
ちみ姫さんは中山君の言葉を肯定しながらズズイと身を乗り出し、食い気味に返事をしていた。
……距離感、近くないかな。
「あ、新谷さんも、待ってます……!」
「う、うん。あの、近いよ知世さん」
「むふー……楽しみ、です……!しゅーくん達に言ってきます……!」
さっきまでと違い全身で喜びを表現して、私にも顔がくっつきそうなくらい近づいて待ってますと言われたら、毒気がぬけるというか。あ、ちが……なんにも怒ってないよ、私!
内心で理由の分からない言い訳をしていると、中山君が首を傾げて、すぐに離れた知世さんを見ていた。
「行くなんて言ってないけど」
「あんなに喜ばれたら断れなくないかな……」
「……そうだね。まあ新谷さんがいるなら大丈夫か」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
肩を竦めて息を吐く中山君。そんな態度に少しだけイライラしてつい目に力が入る。
「なんて顔してるのさ。キミのことを信用してるから、居てくれるなら大丈夫って言っただけなのに」
「なっ」
「いや、何その反応。地味に傷ついた。傷ついたから、ほら行くよ」
私の手を取って、教室とは逆に歩いて行こうとするので慌てて手を引いて止める。
「もう、止まらないでよ。大丈夫そうに見えるけど、一応保健室行くよ?結構勢いよく床に打ってるんだから」
「そこまでしなくて大丈夫だよ!?」
「まだ10分くらい時間あるんだから、後でなく羽目になるよりは……ほら、ワガママ言わない。保健委員の言う事は聞いといたほうがいいよ」
「そ、それなら自分1人で行くから!」
心配してくれるのはわかるけど、恥ずかしくて手を離して保健室の方向へ走り出す。
特に追いかけるわけではないみたいだけど、なんとなく背中に視線を感じるので素直に向かうことにした。
「あれだけ走れるなら本当に大丈夫か。良かったよ」
そんな呟きは私には聞こえなかった。
亀速度で動く話。お待たせしてすみません。
1日が終わるまでに冬が来そうですね……




