妹ちゃんとお兄ちゃん 3
妹語り
お兄ちゃんとまた一緒に暮らし始めて、2ヶ月が経つ。
4月に私達の元に帰ってきたお兄ちゃんは、高校生活で色々あったみたいで時には悪夢にうなされていた。
それでも笑顔で私達家族に接してくれて、遊びにも一緒に行ってくれて。少しだけ保育園や小学生のあの時以前の明るさを取り戻してくれているような気がしていた。
同じ学校に通っているはずの幼馴染と呼んでいいかはわからないキョウヤ君やアヤメさん、ミイナさん達とはあまり接点はないみたい……この前押し掛けてきたって言ってたっけ。ともかく、あの事件の間接的なきっかけになった3人とはあまり関わってはいないらしい。
私はそれでいいと思ってる。お兄ちゃんが傷つくくらいなら関わりなんて持たない方が良い。……良くはしてもらってたから、かなにぃがいいなら関係を取り戻すのもいいとも考えているけど。
ちょっと逸れちゃったけど、お兄ちゃんがどこか変なんだ。
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「おかえり、かなにぃ」
受験対策だかなんだか、とにかくつまらない授業を聞いて。バスケットボール部の部活を頑張って。家に帰ってご飯を食べて。お風呂に入って。部屋で勉強して。そんな1日をゴールデンウィークからずっと続けている。
かなにぃやお母さんとも中々ゆっくりと話す機会がなくて、少しだけ寂しいと感じていたそんな6月のある日。
たまたま部活が休みで、かなにぃより早く家に帰れたから、玄関ドアが開く音を聞いて出迎えてみる。
今日はいつもより帰りが遅いこともあって、私とお母さんからメッセージや電話で連絡を取ろうとしていたけど、ようやく帰ってきたんだね。何かあったんじゃないかと心配してたけど、大丈夫そうだ。
玄関ドアが開いて、かなにぃはひどく驚いた後に『ああ』と何かを得心したように頷き、
「ただいま」
と返してくれた。
ただ返事が返ってくるだけでも心が温かくなるのはなぜだろう。もうかなにぃが戻ってきて2ヶ月も経つのに、未だにポカポカとする感覚に慣れない。
ふと、顔を見るとなんだかいつもと違うような……こう、目のあたりが?
違和感があって、思わずかなにぃの顔をじろじろと見てしまう。
「……ひびちゃん?あんまりジッと見られると困っちゃうな」
玄関を上がろうとして、どうやら邪魔になっていたらしく困ったように頬を指で掻くかなにぃ。慌てて横に避けてかなにぃを通す。
「考え事してた。ごめん。かなにぃ」
「ううん、最近忙しそうだから、色々大変そうだし考えることも多そうだね」
「そういうわけじゃないけど。かなにぃの方こそ、今日は遅かったね」
私が言うと、かなにぃは苦笑いする。
「先生に呼ばれてたんだ。ちょっとした用事」
「ふーん?」
先生に呼ばれるなんて珍しい事もあるんだね。とは言わずに、話はそれ以上広げずにかなにぃを伴って奥のリビングへと向かう。
「ああ、ごめんね、ひびちゃん。連絡貰ってたのに返事できてなくて」
私が怒っているとでも思ったのだろうか。かなにぃは慌てて謝ってくるので思わず笑ってしまった。
「別にいいよ。いつもより遅いなーってお母さんが」
「心配ですから、奏の事」
私がお母さんのことを伝えようとすると、お母さんがキッチンから声を上げていた。
「ただいま、母さん」
「はい、おかえりなさい。奏、手を洗ってうがいもしてきてください。お風呂も沸いてますし、ご飯ももうできます」
「うん。わかってるよ」
苦笑して奥にある洗面所に消えていく……なんて言い方はアレだけど。かなにぃを見送った後、お母さんがカウンター越しに私を見ているのに気づき首を傾げる。
「響は気づきましたか?」
「え、何かあった?」
お母さんはどこか焦ったような、取り返しがつかないものに気づいたような顔で私にそんなことを聞いてくる。反射的に何かあったかと問いかけたけど、多分かなにぃについてだろう。
「奏、学校で何かあったみたいですね。目が……」
そこまで言って、言い淀むお母さんへの返しにポンと自分の手を打つ。
「ああ、やっぱり私の勘違いじゃなかったんだ」
いつものかなにぃのはずなのに、何かに傷ついたような。
それに加えて、何かを諦めたようなそんな感情が見える赤く少しだけ腫れたような目だった。いつか、見たような瞳。
「また……なのでしょうか。奏はやはり向こうで──」
「お母さん」
それ以上は口にさせたくなかった。言葉にしたら向こうで暮らすのが良かったって認めてしまいそうで。離れて暮らす事になるのが最善だったと考えるのは、私には苦痛でしかなかった。
「お母さん、お兄ちゃんなら大丈夫だよ。何があっても私達がいるんだから、ね?」
根拠がないけど、大丈夫と口にする。そうしないとざわざわし始めた自分の中の不安を押し込められそうになくて。
理由は分からないし、今度は同じ学校にいるわけでもないけど、かなにぃなら今度は相談してくれるはず。
「そう、ですね」
お母さんは曖昧な笑みでそう返事を返してきた。
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「ひびちゃん」
「うん?」
ご飯を食べて、お風呂も入って、リビングのソファーで寛いでテレビを見ていると、かなにぃが隣に座って声をかけてきた。
かなにぃから話しかけてくるなんて、少なくとも夜にはあまりないから珍しいこともあるものだなと思いつつ、テレビから視線を外す。
「ひびちゃんはどこの高校に行くか、そろそろ決めたかな?」
「高校?うーん、考えてないけど」
バスケットボール部を続けるか。それ次第だよ?とは、卒業した先輩や部活の顧問の言葉だけど……
今より上手くなれる自信はないし、そんなにこだわっているかと言われると、そうでもないんだよね。
「あっ、でも。かなにぃと同じ高校には行きたい!」
「えー……どうしてさ」
「地元の子達も一緒に進学するだろうし、他の高校よりは評価は高いでしょ?」
「どんぐりの背比べだよ。本当にやりたいことから学校選ばないと苦労するよ?」
「そういってるかなにぃも、めちゃくちゃな学校の選び方してるじゃない」
向こうで入学しておいて、転校するだなんて。本当によくわからない選び方だよね。……地元に戻ってきたらさ、またあの子達に会うってわかってただろうに。
でも、かなにぃと一緒にまた暮らせるのは嬉しかったから、その選択は歓迎している。……またあの子にブラコン呼ばわりされるかなあ。ブラコンなんじゃなくて、かなにぃは私にとって大切な家族なんだよ。
「……まあ、それを言われると痛いかなあ。確かにひびちゃんがいてくれるなら嬉しいなとは思うよ?ただね」
私の指摘に苦笑していたかなにぃは、言葉を続ける度に表情が曇っていく。
「あの高校は、あんまりおすすめはしないかな……」
無意識だったのか、自分の胸のあたりを服にシワが寄るほどにギュッと掴んでいたかなにぃは慌てて離して『たはは』と誤魔化すように笑う。
「何か、あったの?」
「……まあ、何かあったというよりは」
「いうよりは?」
『ううん、なんでもない』と頭を振るかなにぃに不思議な物を感じつつも、結局それ以上は話してくれないので聞くに聞けなくなってしまった。
「ねえ、響」
なんとなく気まずくなり、テレビを見ながらどこかモヤモヤした気持ちを感じていると、声を掛けられたのでそちらを見る。
すると、かなにぃが真面目な顔で私の目と視線を合わせてきたので自然と背筋が伸びた。
最近は約束通りにひびちゃんと呼んでくれていたかなにぃが、久しぶりに呼び捨てで名前を呼んでくる。つまりは何か重要な話か、茶化すことのできない物だろう。
「なに、かなにぃ」
「友達って、なんだろうね」
「……やっぱり、何かあったの?」
「普段は仲良く、時にはケンカをするならまだ分かるんだけど、なんだかもうわかんないや」
私の聞いたことに対する返答ではないことに気づく。恐らく答えてはくれないのだろう。
諦めたように呟き、陰のある笑みを浮かべて自嘲するかなにぃに私はどうしていいか分からず無言になる。
無言の反応に対して続きを促しているように見えたのか、再び口を開くかなにぃ。
「響には友達はいる?」
「その友達は信用できる?」
かなにぃは心配してくれているのだろうか。
「……うん」
「本当に?嫌なこととかされてない?」
心配が、というにはどこか行き過ぎな程の過剰な反応。かなにぃはいつも私の事を考えてはくれているけれど、縋る様な姿は流石に異常としか言いようがない。
「ねえ、本当にどうしたのかなにぃ。なんだか、変だよ」
「……ごめん。なんでもないよ。我が妹の事が気になっただけ」
明らかになんでもないって感じではなく、込み上がる気持ち悪さを無理矢理押し込めたような、そんな苦い顔をされると気になってしまう。
「かなにぃに心配されるのは嬉しいけど、私は大丈夫。むしろね、私はかなにぃの方が心配だよ。頼りないかもしれないけど前にも言ったように、私はいつでも話を聞くよ?お母さんとお父さんも。だから」
「響……ごめんね、ありがとう。困った時は頼りにさせてもらうよ」
小さくクスリと笑むかなにぃは、それでも内心を話してはくれなくて。それが悔しくて悲しくて。そんな感情が行動に現れたのか、口の中で頬肉をギリッと噛んでしまった。
鋭い痛みから目元がぴくりと跳ねたのを自覚する。
多分、目の前のかなにぃにはバレたのだろう。私の顔を見て、思案顔になっている。数瞬のうちに思いついたと言わんばかりに、その表情を笑みに変えた。
「うーん。じゃあ、早速だけど。気分転換したいからさ、一緒にゲームやらない?」
「……どうして?」
急に言い出したお願いに困惑し、問いかける。
いや、違う。本当は私を気遣おうとしているのには気づいている。けれど、
「ほら、最近はさ?ひびちゃんが部活で忙しそうだからあんまりゆっくり話もできてないし……。家族を、妹を構いたくなるのが兄心といいますか」
「普段そんなこと言わないのに。……わかった。やろう、かなにぃ」
「本当?母さんも呼んで3人でやろっか!」
「うん。私、呼んでくるよ」
まだ辛さを逃がせていないのか若干白くなっている兄の、それでも嬉しそうな顔を見るともう何も言えなくて。
胸がギュッとなったのを隠すように、今の一瞬だけは顔を見られたくなくてお母さんの部屋へと逃げるように向かった。




