転校生君と前の席
「奏、昨日の事だが」
あれから1週間が経った。桜は葉桜に徐々にその姿を変えている。正門へ向かう道の近くにある桜並木が、通学の楽しみだっただけに少しだけ残念な思いをしている。
そんな風に思考を少し飛ばして現実逃避をしつつ、今僕の席の近くに立っている津田君が昼休みに話しかけてきたのを、なんだコイツはという目で見て追い払おうとしたけど失敗。
初日のことについて根掘り葉掘り。それだけじゃなく色んな事を聞いてきて正直鬱陶しい。
あの日の次の日からは朝から一部クラスメイトに睨まれたり、お隣さんが真っ黒でどんよりとしたオーラを出しているように見えるような錯覚を起こすくらい落ち込んでいたり。あとは川瀬さんもか。少し元気がないように見える。
小学校時代に友人だったとして、普通は関わりが絶たれるとそこまで入れ込まないはずなんだけど……。
「ねえ、なんで僕に構うの?」
うんざりしたように睨みつけながら言うと、肩をすくめて溜息を吐く津田君。
溜息を吐きたいのはこっちの方だよ、津田君。僕は静かに暮らしたいんだ。
「なんでって、友達だからだろ?」
「だからさ、小学校の時はそうだったかもしれないけど、毎日……いや、さっきも言ったよね。僕らそういうのじゃないでしょ」
「一度友達になったらそれは変わらないはずだ」
真面目くさった表情で言い切る妖怪友達ダロ。
もうヤダこの人。はやくもクラス替えしたいんだけど。
「なんかクラスの人からも睨まれてるし嫌なんだけど……。あと、次からは名前で呼んだら返事しない。友達だなんて」
「ほら、恭也。中山が困ってるし、その辺にしとけって」
流石にめんどくさいし鬱陶しいから、衝動に任せて吐き捨てようとした僕に対してフォローが入った。
前の席に座ってる林道君がやれやれといった動作で、呆れたように津田君に話す。
当然不服そうにする津田君ではあるものの、僕の目をジッと見て、分かったと渋々引いて自分の席に戻ってくれた。
途端に川瀬さん含めて、たくさんのクラスメイトがわらわらと津田君のところに集まるのはちょっと怖い。
「ごめんな、中山。恭也って一度仲良くなったやつのことを構いたがるからさ」
「仲良くなった覚えはないんだけど……。それに、なんでキミが謝るのさ。林道君のおかげで助かったから謝りたいのは僕の方だよ」
「なんつーか、中山ポイントを稼いでおきたかっただけだから気にするなよ」
「中山ポイント」
林道秀君は初日こそ話さなかったけれど、川瀬さんや津田君、美山さんと知り合いらしいことを知って、僕と接触を決めたっていうちょっと変わった人。
そもそも第一声からして『中山。昔は川瀬さんは仲が良かったみたいだし、俺は川瀬さんと付き合いたいから繋がりがほしい!だから仲良くしようぜ!』だ。面食らったよね。
そこまで自分の願望を直接言ってくる人なんて、まあいない。逆に清々しいまでに正直で笑ってしまったし、目的があって仲良くする分には僕も問題がない。達成できるかはともかくその終着点では必ず関係は切れる。
そう考えると答えは一つ。自己紹介に加えて、『これからよろしくね』だ。あれ、答え一つじゃなかったな……。
「中山ポイントは貯まるとどうなるの?」
スルーしそうになったけど、単純に気になってしまったのでつっこむ。すると林道君はニカッと笑って、
「決まってるだろ?嬉しい!」
「嬉しい」
決めポーズまでしてそんなことを大声で話す。うん、変な人だ。変な人ではあるけど、面白いからいいか。
ところで昔きいたんだけど、好きな人の近くに行くとアピールするために大きな声になりがちの人がいるらしい。健気?命知らず?なんて表現したらいいだろう。……道化?
「俺はそういうのじゃないからな!」
声出てた?ごめん。
「そういえばさ。今度の交流を兼ねた……課外活動どうするよ」
突然、ふと思い出したかのように林道君が話を振ってくる。
そういえばそんなのがあったな。
「なんだっけ、6人1組の5班に分かれてバーベキューするとかなんとか」
「そうそれ。授業でもなんでもないよな。あれ、自分達で班を作ってほしいから話し合えって八宮先生が言ってた。俺は勿論川瀬さん狙いではあったんだけど」
「あれに入っていくのは無理じゃないかなあ……」
川瀬さんの方を見ると、クラスの半分は集まってそうな人数が群がっている。多分津田君が一緒だから余計にみんな集まってるのかな。
お隣さんも川瀬さんの取り巻きに呼ばれたみたいでそちらに行っている。
「しかし人気だよな、恭也達。イケメンに美少女に羨ましい」
「ね、昔にリア充爆発しろなんて言葉ができるのもわからなくないよ。……でも、どうしよっか。このままだと班を作るなんてとても難しいんじゃないかな」
体育の授業やこういう行事の時は余りやすい僕だが、別にそれはどうでもいい。わかってて関係を作ろうとしてないから。
「僕はともかく、林道君まで出遅れさせたのは悪いね。ごめん」
「つっても俺もさっさと川瀬さんに話しかけにいかなかったからなあ。気にすんなよ」
ひらひらと手を振り、ヘラヘラ笑う林道君に申し訳無さがいっぱいだ。わかってて僕に手助けしてくれてたみたいだから。津田君、しつこかったから本当に助かった。
「ねえ、僕と林道君で組まない?後の4人はどうにでもなるでしょ」
「え、組むつもり無かったのか。俺はてっきり最初からそうだと思ってたが。中山ポイントも稼ぎたいし?」
「なにそれ。でも、ありがとう。助かるよ」
なんて話をしていると、誰かがこちらに近づいてきていたみたいで、林道君が固まった。なんだなんだと横を見ると、件の川瀬さんが立っていて僕も固まった。
思い出せないけど知り合いみたいだし、他二人よりはあまり絡んでこないので別に印象は悪くないんだけど、なんで僕達に……?
「な、なにか用?」
「えっとね、中山君と…林道君。良ければなんだけど、今度の課外活動一緒の班にならない?」
問いかけた言葉に、返ってきた言葉。
よりにもよってみんなが一緒になりたいと思っていたであろう川瀬さんから、初日からやらかして知らない人宣言を突きつけてる僕に対して指名があったこともあり、クラスの空気がピシッという幻聴が聴こえるくらい凍ってしまった。
え、何この罰ゲーム。
「ど、どうしてさ」
林道君のことを考えると喜んで2つ返事すべきなんだけど、理由を聴かずにはいられなかった。
林道君はなんとも言えない表情をしているし、他のクラスメイト……特に男子も困惑や嫉妬が混じった複雑な表情で、それでも僕の言葉にウンウンと頷いている。いや、仲良いな君ら。
「どうしてって……私が組みたいから!八宮先生にも言われたと思うけど、自分達で話し合って決めてほしいって。だから、ね!」
ぐいぐい押してくる川瀬さんに僕は窓にぶつかりそうになるくらい椅子ごと後ずさる。なんだこのデジャヴュ。
「で、でもさ、ほら、あっちの人達が一緒になりたいって」
「後で合流する予定だから大丈夫!」
かわいらしくピースしてる場合じゃないんですよね、川瀬美稲さん。ほら、後ろ。後ろの人達のこと見て!僕らに対する妬みや嫉妬みたいな悪感情の視線がすごいよ!
内心は冷や汗ダラダラで困ってるし後ろに気づいてよ!
なんて目でアピールしても通じるわけもなく。川瀬さんの表情が徐々に曇っていく。
「ダメ、かな?」
「ダメじゃないです是非とも俺達と組んでください!」
「ホントに?ありがとう!」
ああ、うん。林道君ならそういうよね…。そもそも顔が整った美少女同級生に潤んだ目で頼まれたら断れないよね……。断ったらそれこそ……想像するだに恐ろしや。
それに林道君には大チャンスだし、僕としてもその目的から外れようとはしてないからいいんだけどさ。
ねえ、響。僕帰りたい。当日休もうかな……
「津田君と美山さんも一緒だからよろしくね!ほら、2人とも、来て来て!後の1人はどうしよっか?」
「うぬぐぅ…」
額に手を打ち付けて『あー』と叫びたくなるのを必死に抑えて、でも漏れてしまううめき声に林道君は苦笑いしていた。後1人は正直誰でもいいんでさっさと決めてください……
「よろしくな、奏」
「……」
「分かった分かった、中山。お前ってやつは……」
「よろしく」
ただでさえ憂鬱なのに、津田君の相手はしてられないとばかりに無視すると、さっきのことを覚えていたみたいでちゃんと呼びかけてきた。
だからといって歓迎するわけではないけど。
「かな……中山君……よろしく」
「うん、よろしくね、お隣さん」
「彩愛って…。もう、いい……」
意気消沈しているお隣さんに声をかけると諦めたように俯く。
林道君も津田君やお隣さんと挨拶するけど、お隣さんの様子に何やったんだお前という呆れたような目で見てくる。
苦笑いで返しておいた。
あと一人という言葉で群がる男子に女子。そんな光景に辟易としてトイレに行くと話し、離れる。
集団から離れると少数のグループが僕をジッと見て何かをコソコソ話していた。その中には保健委員の新谷萌さんもいたのに気づく。視線を向けるとペコッと小さく頭を下げた後に笑顔を向けてくれたので、笑顔と目で挨拶をしておいた。それを見た新谷さんのまわりがちょっと騒がしくなったけど、僕みたいな奴から守ろうとしてるのかな。
さてと。怪しまれるから形だけでもトイレに行くふりをするか。
離れたいが為についた嘘を本当にすべく、教室を出た。