転校生君と家族
学校から徒歩30分という近さに自分の家がある。自転車で通うのもありではあるけれど、どうせなら歩きたい。
小学校の高学年、中学時代もかかる時間は大差はないし、徒歩には変わりない。ただ、山道を行かなくて済むのは本当に助かる。
そういえば、あのお隣さん。
さっきのでまた泣かせたかなと思ったけど、まあそれで縁が切れるなら自分としては願ったり叶ったり。……あんな子が僕なんかを友達だなんて言ってるなんて学年のみんなに知られたら……。
ううん、変なこと考えるのは止めよう。
「ただいま」
ドアノブを捻ったら普通に開いたので、鍵が閉まってなかった様子だ。恐らく誰かいるのだろう。
玄関直ぐ脇の階段からパタパタ聞こえる。
「おかえりなさい、かなにぃ」
スッと自分の前に現れた、いかにもスポーツやってますよ的な雰囲気の女性が満面の笑みで出迎えてくれた。
中学の制服を着ていると若干コスプレ感ある僕の妹ではあるんだけど、いやはや、いつ見ても羨ましいくらい背が高いな。2センチメートルほど 分けて欲しい。妹より小さいとか精神にくるよ
「うん、ただいま。母さんは?」
「奥でお昼作ってるよ。かなにぃはまだご飯食べてないんだっけ」
「そうだね。今日はお弁当いらない日だったから。響も」
「ひびちゃんって呼んでくれないの?」
「……ひびちゃんも午前だったんだね」
良い匂いが確かにする。これは醤油と肉が焼けた匂い…お腹空いてきた。
中山響。愛称ひびちゃんは、兄である自分に愛称で呼んでほしい系変わり者スポーツ少女。いい加減いい歳なんだから呼び方くらい普通にさせてほしいんだけど、呼ばないと怒るからさっさと折れる事にしてる。
「そうなの。部活もないし、今日はゆっくり休めるよ。ということで、久しぶりに、かなにぃ!」
「遊ぶのはいいけど、その前にご飯食べよう。兄はお腹空いたよ」
「オッケー。お母さーん、かなにぃ帰ってきたよー」
パタパタと奥の部屋へ入っていく妹に、元気だなあと苦笑いしている自分を感じる。
帰ってきたら、とりあえず手洗いとうがい。
それだけはしっかりしてから、リビングに向かう。
「奏、おかえりなさい」
「ただいま、母さん」
昔に流行っていたアニメキャラがプリントされたピンクのエプロンをつけて、妹の予備の学生服に、髪も今朝見たのとは別のポニーテールの母親を見て、がっくりきた。
「またそんな格好して」
「いいじゃないですか、かわいいでしょう?」
「かわいい、ねえ?」
クルッとその場を回って見せて、自分を見せつける母親に辟易とする。まあ見た目だけなら僕の姉に見えなくはないんだけど、それはそれでちょっとイタイ気がする。
「むっ、あんまり言うならお昼抜きですよ」
「やだ、口に出てた?ごめん。嘘だから!似合ってる似合ってる!」
「かなにぃ……そういうところだよね」
「うるさい。ご飯は何より大事でしょ」
今日のご飯は五目炒飯とスープ、後は焼肉のタレを絡めて焼いたエノキと人参の肉巻き、トマトと豆腐が入ったごまドレサラダらしい。
お腹空いてるので足りるか微妙だと思ったら、ちゃんとおかわりまで用意してるらしいので母さんには頭が上がらない。
……まあ衣装に関しては今日はマシな方なので加点60といった所だろうか。別に点数には意味はないけど。
「準備手伝うよ、母さん。いや、手伝わせて!さっさと食べたい!」
急かすような僕の様子に、はいはいと準備を始める母さんと響。
はやく食べたいし流石に匂いだけってのはキツイね。空きっ腹には堪えるよ。
なんて考えながら準備も終わり、3人だけの食卓を囲む。
「「「いただきます」」」
本当は父さんも居てくれたら良かったんだけど、小学校高学年の時に僕がお世話になっていたおじいちゃんの家の方にいる。職場に通うのに便利なんだそうだ。まあ、と言ってもあっちも実質うちの家みたいなもんだけど。
黙々と食べていると母さんがこちらをジッと見てきてちょっと居心地が悪い。
「な、なに?大丈夫だよ、ごはんおいしいよ」
「ええ、ありがとうございます。お昼は奏の好きな味にしてみましたから。でも、私が思っていたことと答えが違いますね」
「そりゃあまあ……僕、超能力者じゃないし。内心は当てられないけど……でも、ご飯のことじゃないなら、なに?」
「学校で、なにかありました?」
格好はともかく至極真面目な顔と、心の底まで読まれてると錯覚するような眼差しについ目を逸らしてしまう。
なんで目を逸らしたのだろう。そう言いたげな妹のお皿には僕の肉巻きを一つプレゼントだ。
「えっと……初日だったからね。疲れたんだよ」
「本当に、そうですか?」
「そうだよ、母さんだって初めての環境は疲れるでしょ?だから」
「あの時と同じ顔をしています」
「…………」
淡々と告げる母さんに対して二の句を継げない自分に内心舌打ちをしてしまう。これでは何かあったと言っているも同然ではないか。
「おかあさん、奏が困ってるよ。……その話、やめよ?」
響が平坦な声で僕を呼び捨てにするときは怒っているとき。今回は母親にその怒りの矛先を向けている。
「響、母さんは」
「やめよ。ね?ご飯冷めちゃう」
「……わかりました。ただ、奏に響。なにかあればと心配になるのは忘れないでくださいね」
「わかってるよ。あ、かなにぃ、これおいしいね!」
黙っていたら、珍しく響が押し切り話題を逸らして、話が流れてくれた事に安堵する。……流石に女の子を泣かせたのは話せないからなあ。
その後は特に何もなく、母さんの料理をおかわりも含めて全て食べきった。
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昼食の後は響と一緒にゲームしたり、外に散歩に出たり。ついでに買い物に行ったりと、なんだか休日みたいな過ごし方をして充実していた。
今は夜。窓から綺麗な月が見えて、少し胸がざわつく。
初日からやらかし過ぎでは、とか。明日からどうしよう、とか。
ただ、僕は誰かと仲良しこよしをしたいわけではないし、これで距離を取ってくれたらな。なんて思うわけですよ。
仲良くなるのは悪くない。けれど、友達という言葉は欠片も信用できない。
「……」
隣の部屋からゴソゴソと聴こえる以外は、自分の吐息が聴こえるだけの静かな自分の部屋。
静けさを楽しみ心を落ち着けていると、ピロンという音が自分のスマホから漏れる。
既読をつけないようにメッセージの通知確認をすると、妹の響からだった。
『おかえり、奏』
たったそれだけの文章。ただそれだけなのに、胸が熱くなる。
「いまさらだけど……離れてたもんね」
父さんや母さん、妹にも悪い事をしたと思ってる。でもあの時はもう僕が限界だった。
友達だと思っていた子が牙を剥いてくる瞬間、仲良くなったはずの子から無視されたり……それで全てが嫌になったというわけではないけれど、元々そんなに人と仲良くしようと思って居なかったから、その考えが別の方向に振り切れてしまった。
あの時は親が離れて暮らし、僕の学校を変えるという選択肢を取ってくれたおかげで、全てをリセットできた。結構揉めたらしいけど、いじめ問題になりかねなかったから学校側としては願ったり叶ったりだったのだろう。
あの時に繋がりは全て捨ててきたつもりだったけど、今の僕は家族の絆に助けられてここにいる。
なんだかんだ生まれ育った故郷は思い入れもあり、4年間では捨て切れない。人との繋がりはいらないけれど、
『ただいま、響』
今の僕には家族の繋がりは切れないし、切りたくない。
そんな風に思えるのは、家族だけ、なんだ。