転校生君とゴールデンウィーク明けの朝
ハッと気が付き、ぱちりと目が開く。どうやら朝らしい。目覚ましを無意識に止めていたようで、音もしなかったけど。
時計を見ると朝の6時半を少し過ぎたところのようだ。珍しく寝起きが良いので動き出す分にも体は問題がない。
軽く両手を上げて、上体をグッと伸ばす。少しして下ろす。そんな動作を部屋から出てリビングに着くまで繰り返していると、先に起き出していた妹に変な目で見られた。
「かなにぃ、おはよう。今日も元気に変だね!」
「ひびちゃん、おはよう。元気に変ってなに?」
「そのままの意味だけど?かなにぃってば、いつも変だもの」
「う、う〜ん……そっかあ……」
いつもやっているわけではないんだけどな、この動き。
そう思いつつ、妹からの評価がわりと酷いことに落ち込む。
「うそうそ、冗談だよ。ほら、顔洗って寝癖直してきて。朝ごはんは用意しておくから」
「今日はひびちゃんが作ってくれるの?」
「うん、お母さんはまだ部屋で寝てる。帰ってきたのが深夜だったから……お父さんと離れるのが辛いからってギリギリまで粘ってたみたいだよ?お父さんからヘルプメッセージ入ってて笑っちゃった。お母さんもかわいいところあるよね〜」
「母さんは寂しがりの上に父さんに甘えたがりだからなあ」
僕の返答を聞いて、クスクス笑いながら響は、テーブルにトースターで焼いた食パンやサラダを用意している。それにお肉……多分ウインナーが焼ける匂いだろうか。ダメだ、お腹空いてきた。
妹に言われた通りにしないとご飯は食べさせてもらえなさそうなので、洗面所に行くことにした。酷く跳ねている髪を水で無理矢理直して、顔も洗い、眠気を吹き飛ばす。
「ひっどい顔」
鏡に映った冴えない男子に向かって話しかける。鏡の中の男子は、『お前もな』と言っているような、そんな印象を受けたが詰まるところ、どちらも僕自身であり……なんて馬鹿なことを考えるのはやめよう。
ほんの数日前に、ちみ姫さん──知世さんと櫻井さんに言われた事がまだ引っ掛かっているのかもしれない。
瞳の奥の色、ねえ。目が笑ってないとかそういう感じの事を指しているのとはまた違うらしいけど。僕は普通の人間らしいから、変わるきっかけがあるとすれば、多分小学生の時なのだろう。色々と抜け落ちている記憶と同級生からの……いや、今は思い出さなくていいよね。せっかくの朝が台無しだ。
ブンブンと頭を横に振り、最後に鏡の自分に意味もなく拳を突き出しコツンと鏡に当てる。それだけで、なんだかやる気が出る気がする。
「かなにぃ、まだー?ごはん冷めちゃうよー?」
「ごめんね、待たせたよ」
響に呼ばれて、食事の席につく。
二人だけのご飯はゴールデンウィーク中に何度もあったけど、母さんも帰ってきたことだし一旦はこの光景も見納めかな?
「「いただきます」」
先程用意していたものにプラスして、目玉焼きとウインナーが追加されている。朝にしては豪華だなあと思ってしまうのは、二人だけの食事だからかな。
「塩コショウの味付けだけど、今日はいい感じだね。ひびちゃん、おいしいよ」
「今日はってどういうこと?おいしいって言ってくれるのはありがたいけどな〜?素直に喜べない」
「だって、この前は塩でジャリジャリしてたし、しょっぱいを通り越して辛かったし」
「あ、あれはたまたまだもん!かなにぃ、あの時はちゃんと食べてくれたじゃん!」
「だって勿体ないよ。作ってもらっておいて残すなんて……それこそ洗剤で米を洗って炊いたりとか、炭化させたりとか、料理でない何かを作らなければ食べるよ」
「そこは頑張って作ってくれた妹の為に食べたって言って欲しかったな」
最初に褒めたはずなのに口を尖らせて拗ねたようにしている響に疑問を抱きつつも、それ以上つっこむのも面倒になって大人しく食べる。
焼いた食パンに塗る物はその日によって変わる。みんなはイチゴジャムとかマーガリンとかバターとかを塗るのだろう。僕も日によってはそんな感じ。人によってはツナマヨをのせたり、マーガリンを塗った上に砂糖とかきな粉をまぶしたり。そういえばまぶすという言葉は愛知の方言だとかって聞いた覚えがあるな。
そんな事を脳内で話しながら、今日は目玉焼きの黄身が半熟だったのでその部分を少しだけ割って、とんかつソースを少し混ぜ入れる。そうして出来た黄身+とんかつソースの部分を台無しにしないようにうまく箸で食パンに乗せる。
ドーナツ状になってしまったまわりの白身は半分だけ食パンに乗せて、後の半分はサラダと交互に食べることにした。
「まーた、そんなことしてえ」
「ひびちゃんもしてみる?おいしいよ、この食べ方」
「しないよ。お母さんに怒られても知らないからね」
「おいしいのに……」
妹に咎められて気分が落ち込むけど、母さんは確かに許さないだろうなあ。
食パンと黄身を同時に齧り咀嚼する。贅沢を言うならベーコンが欲しい。
あ、とんかつソースじゃなくてもしょう油でもウスターソースでも、黄身の具合によってはおいしいからね?
「「ごちそうさまでした」」
数分のうちにどちらも食べ切り、食器の後片付けを妹が行おうとするのを止める。
時刻は7時少し前。確か響は朝練があったはずだ。
「ひびちゃん、後片付けはしておくから、そろそろ部活の朝練間に合わなくなるんじゃない?」
「え?ホントだ!ごめん、かなにぃ。さっさと歯磨きしなきゃ」
「いいよ。こっちこそ、朝ごはんありがとうね。急いで準備するのはいいけど気をつけてね」
「わかってるー!」
慌てて洗面所に向かう響にクスリと笑みが零れるのが自覚できる。本当にいつも、助かってるよ、響。
慌てる響がドタバタとする中、食器を洗っていると母さんが起きてきたようで『おはようございます、奏』と声を掛けられた。
「おはよう、母さん」
「ごめんなさい、朝ごはんを任せてしまって」
「響がやってくれたから、響に言ってあげてね。母さんの分もそこに置いてあるし……サラダは冷蔵庫にあるみたいだね」
「書き置きまでしてくれているなんて」
「まあ響だし。ねえ、母さん?父さんは元気にしてた?」
「ええ、奏と響に会えないことを残念がっていましたよ。夏休みはこちらに帰ってくると言っていたので、その時は甘えてあげてください」
甘えたがりの母さんを差し置いてそんなことできないよなあ。そう思いつつも頷く。
洗い物も一通り終わって、自分も歯を磨きに行こうかという頃に、響が慌てるように洗面所の扉を開け放ち、リビングのソファーの上に投げ捨てていた上下逆さまで置いてあったカバンを引ったくる。
母さんが起きている事に気づき、『お母さんおはよ、行ってきます!』と挨拶だけしていったのはまだ偉いのかな。
「響、お弁当は持っていっているのでしょうか?」
「……あっ」
台所に置いてあるかわいらしいお弁当箱。今日の僕はお弁当ではなく購買で何か買うと決めているので無し。ということはこれは響のだ。
慌てて外に行き響を追いかけて、なんとかお弁当を渡すことには成功した。近くにいてくれて良かったけど、ぐちゃぐちゃになってたら許してね、ほんと。
響にお弁当を渡したあとに家に戻ろうとして、制服を着たお隣さん──美山さんとばったり遭遇してしまった。
「奏?なにその格好」
「ゲッ」
「ゲッて何。人をそんなに嫌そうに見ないでほしい」
心底傷ついたという顔を一瞬だけして、僕の服をジロジロ見てくる。というかなんで制服?
「奏……むう、呼び方一つでいちいちそんな嫌そうに見ないで。かな……中山君、もしかして、今日休みだと思ってる?」
「うん?違うよ。まだ着替えてないだけだよ。話してたら遅れちゃうからまた教室でね」
こんな早くから学校行くんだっていう驚きはあったけど、そういえばそうか、ゴールデンウィークは昨日までか。咄嗟に誤魔化したけど、多分バレてるな。
お隣さんの返事は待たずに、家に戻り急いで着替えることにした。まあその前に歯磨きだけど。
自分を褒めたい点としては、登校日の準備は休みに入る前にしているし、重たいものは置き勉しているので遅刻しそうになっても走れば間に合うという所。
着替える時間はそんなに掛からないし、まだ時間はある。あるけど……今日はもう朝にすることもあまりないし、あんまり遅くに出ようとすると母さんに怒られる。
部屋にかけてある制服に着替えてネクタイを調整していると、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうと考えて、お隣さんしかいないと思い至りため息が溢れた。
「奏、彩愛ちゃんが来て……。その、先に行きましたと伝えておきましょうか?」
「いや、いいよ……。さっき会ったし、もうバレてるから」
僕の表情を見て母さんが気を遣ってくれるのはありがたいけれど、さっき会っちゃったからなあ。
諦めてカバンを持って玄関にむかう僕と心配そうにしている母さん。僕があまり会いたくない事情は知らないはずだけど、母さんに心配かけちゃダメだよね。
玄関ドアを開けるのに一瞬躊躇してしまうけど、覚悟して開ける。
目の前には手鏡で確認しつつ髪を弄るお隣さん。その隣にはなぜか。本当になんでいるのか分からないけど、川瀬さんがいた。
驚きで声が出ない僕の代わりに母さんが2人に声をかけてくれた。
「おはようございます、彩愛ちゃん、美稲ちゃん」
「「おはようございます!」」
2人が元気よく母さんに挨拶するのを見るに、やっぱり小さな頃から仲が良かったんだろうな。なんて他人事みたいに思ってしまう。
お隣さんが元気よく挨拶するのは、高校生活で恐らく初めて見る。別にダウナー気質でもなさそうなんだけど不思議だね。
「かな……中山君、準備終わった?」
「ああ、うん。だからこうして出てきているんだけどね。まさかあれから待たれてるとは思わなかったよ」
30分くらい外で待ってたのはちょっと予想外だよ。まさか川瀬さんも呼んでくるなんてさ。
「それと……川瀬さん、おはよう」
「おはよ、中山君!」
朝からキラキラ女子の眩しい笑顔に溶かされそうになる幻覚を感じながら、母さんに向き直る。決して心が汚れていて直視できないとかいう理由ではないよ。
「じゃあ母さん、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい、奏。お弁当も」
「響じゃないんだから、ちゃんと持ったよ」
「こら、そんな言い方はいけませんよ。いくらドジな響でも怒りますよ」
「多分母さんの方がひどい言い方……まあいいや」
母さんとクスクス笑い合った後、2人を置いていくように玄関から出て学校へと歩く。今日は晴天で日差しが少し暑い。良い休み明けだね。……学校だってさっきまで知らなかったけど。
「中山君のお母さん、行ってきます!ちょっ……中山君、待ってよ!」
「……行ってきます!」
「ええ、彩愛ちゃん、美稲ちゃん。行ってらっしゃい。みんな気をつけてくださいね」
後ろで母さん達の声を聞きながらスタスタと歩く。ちょっとどころかいつもより30分は早い時間だから通勤途中の大人はいても、学生はあまり見かけない。というかこの状態を見られたらまた多々良君辺りに何か言われちゃうよ……
並びかけてきたクラスメイト2人の距離感に、不安ながらも学校へと足早に向かった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
評価、マイリス、いいねをまたたくさん頂いたようでありがとうございます!なんだか一時凄い事になっててガクブルしてました。マイリス300ってマジですか……?
感想もありがたいです!
総合評価もいつのまにか1000を超えてるみたいでこんな話に評価貰えててびっくりしてます……本当にありがとうございます。
これからも良ければ読んでいただけると嬉しいです!




