転校生君とお友達
意外と面白かった授業をきっちり昼まで終えて、委員会の集まりとやらに出たけど特に何をするわけでもなく。強いて言うなら教室に張り出すポスターを貰ったのと各クラス委員の自己紹介?
休み時間とか委員会に行く前に何かを聞きたそうなクラスメイトさん達は置いてきたよ。だってさっきの続きって言われても困るもの。
「ねえ、中山君。どうして最初に手を挙げていた図書委員にならなかったの?」
委員会を終えて教室に戻る最中に、同じく保健委員になった新谷萌さんが不思議そうに問いかけてくる。……小首を傾げて唇に人差し指を当てて。
「唐突だね。どうしてって言われても……ほら、お隣さん──美山さんだっけ。その子と仲良くなりたそうな男子だったからさ、えっと……津田君だっけ」
「違うよ、多々良君だよ。もしかして男子はみんな津田君だって思ってない?私の名前も美山さんじゃないからね」
「自己紹介もされてないのに名前なんてわかるはずないんだけどね……。あと、さっき名乗ってたし、ちゃんと新谷さんの事は記憶したから大丈夫だよ」
「それは良かった。改めて、新谷萌です。委員で一緒になることも多いだろうし、よろしくね、中山君」
「うん、その間はよろしく」
目が隠れるくらい長い前髪が気になるなあなんて思いつつ、その奥で微笑んで自己紹介をしてくれた新谷さんにはこちらもにこやかに笑顔で返す。……返したつもり。
「その間はってのが気になるけど……。でもそっか、美山さんと知り合いみたいな感じで聞いてたのに、そっちを優先したんだね」
「知り合い?うーん、さっきも津田君とか川瀬さんにも言われたけど覚えがないなあ。というか小学生の頃の話をされても……」
「ふーん?その割には……あ、帰る時間遅くなっちゃうし、はやくポスター貼っちゃおうか。お話長くしちゃってごめんね」
「いいよ、別に」
そんなことを話しながら教室に二人で戻ると、お隣さんがまだ残っていた。なぜか僕の席に座って窓から外を見てるけど。
あの子怖いんだよなあ……授業中にぶつぶつ言ってたりこっちをチラチラ伺ってきたり。
「美山さん残ってるみたいだね。中山君に用事あるみたいだけど」
「いや、あれは僕に対する嫌がらせでしょ。なんで僕の席に座ってるのさ」
「嫌がらせだけで座るかな?」
これだけ新谷さんと堂々と話してるのに気づいてないし。
まあいいかと思い直しポスターをさっさと貼る。
手洗いの方法と書いてあるポスターが教室に貼られると、ちょっと満足した気分を得る。
大事だよね。感染症予防では本当に大事。忘れがちだけどね。
爪とか親指とか指の間、後は……手首か。ブラックライト当てたりとか保有してる菌を計測するやつで見たら本当にその辺洗えてないんだよなあ。
「じゃあ帰るね。……中山君はまだ用事ありそうだし、また明日」
「うん、新谷さん。また明日」
新谷さんの髪、艶があって、さらさら流れてるし長い髪って手入れ大変だって聞くけど頑張ってるなあ。
なんて、背を見送りながら現実逃避しつつ、自分の席を見る。
正直気は乗らないけど、カバンを回収しないと帰れないんだよね。
「あの、お隣さん」
「ひゃいっ!きゃ、きゃにゃできゅん!」
……声かけただけなのに、そんな飛び上がりそうになるくらい驚かれるとこっちがビックリするんだけど。というか噛み噛み過ぎて何言ってるかわかんないや。
呆れたように多分見てるだろうなと自分の感情を察しながら思いつつもジッとお隣さんを見る。恥ずかしいのを自分でも理解してるのか頬が若干赤く見える。
「なんでそこに座ってるのかとか聞きたい気持ちはあるんだけどさ。そんなのより僕のカバン取っていいかな」
「う、うん……」
「ありがと。それじゃ、お隣さんもまた明日」
「え?ま、待って奏」
あっさりカバンを取り返せたので……いや、別に盗られたわけじゃないけど。ともかくカバンさえあれば僕は用無しなので帰ろうとしたけど、呼び止められてしまった。
「なあに、お隣さん。先生にも言われたと思うけど今日は早く帰らないといけない日だよ?あと初対面で名前呼びは、いくらお隣さんでも距離感バグってないかな」
津田君もそうだし、この距離感バグって地域特有?でも川瀬さんは名字呼びだったし、どうなってるんだろうなあ。
「違う!初対面じゃない!!」
さっきの驚いた声より更に大きい叫びと、机を両手で叩き立ち上がり椅子を勢いで倒した音が、僕と彼女だけの教室に響く。勘違いでなければ怒りで声が震えてるように感じる。
あまりの音の強さと彼女の雰囲気に思わず一歩後ずさってしまった。
「お、おう……いや、でもお隣さんのこと」
「お隣さんじゃない、彩愛!」
「えっと……み、美山さん?落ち着いて、握り過ぎてスカート皺になっちゃうよ。というか僕の席……」
「なんであやめって呼んでくれない!?」
「いや、なんでって……ちょ、近い近い近い!」
会話しながら詰めよってきて、僕は後ずさるしかなかったけど、どうやら壁際に追い込まれたらしい。コンクリのひんやりと冷たい感触が後頭部から手から足から伝わってくる。
それだけじゃない、彼女がパーソナルスペースを完全に無視して詰め寄ってくるもので、いくら身長の低い女子相手でも流石に怖い。
「どうして、奏!」
「黙って居なくなっただけじゃない!」
「せっかくお父さんにきいて、お手紙を毎週送ったけどお返事くれない!」
「電話も、何回もしたけど、奏は、出てくれない……!」
今にも零れそうな程に涙を湛えて赤くなった目でこちらを見てくるお隣さんに、僕は口を開こうとして、結局何も言えなくなってしまう。
「どう、して……?彩愛のこと、嫌いに、なったの……?」
「……えっと」
彼女は震えながら俯いてしまい、恐らく頬を伝ったであろう床をポツポツと濡らす水滴を見て、お隣さんが泣いているんだと気づくには少しばかり時間がかかった。
なんで泣いているのかさっぱりなんだけど……これ自分が悪いんだよね……。でもまあ。
「嫌いも何も……僕と美山さんに繫がりはないはずなんだけどな」
「違う…!友達だった……大事な、彩愛のお友達だった……!」
そうだったのだろうか。
いや、お隣さんの様子を見るに、『そうだった』のだろう。
高校生にもなって幼子のように感情をここまで顕わにする彼女に、呆れと共によく分からない感情が浮かんで、ちょっとだけ胸の奥が揺れた気がする。
多分気のせいだけど。
「……そっか。お友達か」
「…っ!うん、お友達…!」
僕がようやくその言葉を口にすると、涙のせいでぐちゃぐちゃになった顔でそれでも可愛らしい笑みを浮かべようとするお隣さん。
そっか、お友達か。そうか……
「そっかそっか、お友達かあ……ふふ、お友達……」
「……かな、で?」
多分今片方の口角だけが少し上がってる。そんな自分を自覚すると更に笑みが深くなる。
僕のそんな様子に、戸惑っているお隣さん。
分からないだろうな。うん、僕にもよく分からない。だから自然と脳裏に浮かんだことを口にする。
「そうだね。友達だったかもね。小学生の頃は確かに色んな子と遊んだしお友達だった。津田君が言ってたことも、川瀬さんが言ってたこともみんなみんな間違ってないよ。あんなことを言ったけど、記憶には残っている。思い出せないだけでね」
多分今の僕はプリントされた顔を貼り付けたような軽薄な笑みを浮かべていることだろう。
現に目の前の彼女は今の僕に警戒心を抱いている。本能的に聞いてはいけないと察知しているんだろうか。
「回りくどくなる前に、はっきり言うね?そんな繋がりは全て捨てたよ」
「……え?」
「呆けたような声出してるけど、こんな近くで聴こえないわけ無いでしょ。……ああ、そっか信じられないか。昔の僕と違うもんね。じゃあ何度でも言うよ」
全身の熱が急速に冷えていくのを感じる。多分今まで友達を思っていた彼女に言うことではないのかもしれない。傷付けるのは確定してるので今更だけど。
「お友達だなんて、そんなくだらない繋がりは引っ越した時に捨てたよ。だから二度と友達だなんて言わないでくれますか、『お隣さん』?」
突き付けた言葉が相手に突き刺さる様は何度見ても……
いや、いいや。帰ろうか。彼女に背を向けて教室を去る。
まあ、これから一年間、クラスメイトとしてはよろしくね。『お隣さん』?