妹ちゃんとお兄ちゃん1
妹の一人語り
私の大切な宝物はいくつかあるけど、家族ほど大切なものはないと思っている。
そんな大切な宝物を私は大事に、大事にしてきた。
特に私のお兄ちゃんは家族の中でも特に大切な宝物。
きらきらとした笑顔をいつも傍で見て、自分も笑顔で楽しい時間を過ごせると本気で信じていた。
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私が物心ついた頃から、お父さん、お母さんはお仕事で家にいない。
それでもお仕事がお休みの日は私に一日中構ってくれたし、水族館や動物園、遊園地にも連れてくれた。
そのことになんの不満もない。
勿論、寂しくなかったかと言われたら否定はできないけれど、私が我慢すればみんなが笑顔でいてくれる。
当時の私はそんなことを考えていたわけではないけど、そう感じて行動していた。
それでも幼い心に限界は訪れる。
絵本の物語、その主人公やヒロインのように私は強くないのだ。
『あ゛ぁ゛〜!!お゛か゛あ゛さ゛ぁ゛ん゛〜!!』
保育園という環境で、人一倍明るく振る舞う年長の女の子が突然泣き出す異常事態に、先生達もおろおろしていたように思い返す。
だけどこの時の私は悲しいという気持ちが止められなかった。
そんなことは絶対に、絶対にありえないのはわかっていたけれど、お母さんとお父さんに捨てられてしまうのではないかと絵本を読んだ時に本気で思ってしまった。
ヒタヒタに水を汲んでしまったコップが溢れて水が零れてしまう。そんな激情を幼い当時の自分が抑えられるわけもない。
今の私も多分無理なんだろうなと考えるくらいには突然で激しい悲しみ。
宥められても泣き続け、疲れてしまい眠った後に起きるとまた泣き出す。
あらゆる手段を講じても状況は改善されず大人はお手上げ。子どもたちは私に釣られて泣き出してしまい、まさに地獄。
周りの子どもたちをなんとか宥めても、私だけは泣き続ける。
そんな状況を変えたのは、お父さんでもお母さんでもなく──
『ひびちゃん、むかえにきたよ』
お兄ちゃんだった。
お兄ちゃんの姿を見た私は、一も二も無く涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔をお兄ちゃんに抱きつき隠す。
年頃の男の子であれば文句の1つでも出ただろうけど、お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。
『グズ…ッお゛に゛ぃ゛……』
『だいじょうぶだよ、ひびちゃん。おにいちゃんはずっといっしょだよ。ほら、いっしょにかえろう?』
その言葉に反射でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。
お兄ちゃんは先生や私のお友達から話を聞いていたようで、優しく声をかけてくれて、安心させるように微笑んでくれていた。
止め処無く流れていた涙が次第に止まり、落ち着いてくると、また不安になってしまい確認するように問いかけていた。
『ほんと……ずっと、いっしょ?』
『うん。おとうさんもおかあさんもいないときは、ぼくがいっしょだからね』
『うん……!かなでおにいちゃん…!やくそくね…!』
『うん、やくそくだ』
嬉しかった。言い様のない不安を抱えていた私を安心させるように背中をポンポンと叩いてにっこりと笑ってくれている。
小指と小指でギュッと握り合い、指切りで約束をする。
今思えばこの時に優しいお兄ちゃんの事が大好きになったのだろう。
当時小学1年生だったおにいちゃんは、お父さんもお母さんもお迎えに来れない日は1人で。またはお友達も連れたりして、お迎えに来てくれる。
たまたま近くに住んでいたこともあり、今の時代には多分許可は出ないだろうこどもだけでの帰宅。
こっそり先生も着いてきてくれていたことは後でお兄ちゃんに聞いたけど。
手を繋いで一緒に帰ることができるこの時間が、なにより私は大好きだった。
そんな優しいお兄ちゃんは私が小学生になってからも変わらない。お友達ができても、私はお兄ちゃんと手を繋いで帰ったり、一緒に遊んだりしていた。
ませている女の子ややんちゃな男の子は私の事をからかったりしていたけれど、お兄ちゃんは庇ってくれて、さらにそういう子達とも仲良くなっていく。
最初は幼心にお兄ちゃんを取られる!とか考えていたけれど、お兄ちゃんは『みんなとも遊ぶけど、ぼくはひびちゃんだけのお兄ちゃんだ』と言ってくれて、行動してくれて。嫉妬心もいつの間にか消えていた。
お兄ちゃんのお友達のアヤメさん、ミイナさん、キョウヤくん。その3人も一緒になって私やみんなと遊んでくれる。
大好きなお兄ちゃんが大好きなお友達と仲良くなって、私もみんなと仲良くなって、お父さんもお母さんも優しくしてくれて、私は本当に幸せだった。
──その時がくるまでは。
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私が小学4年生になり、もうすぐ5年生になろうかというある日。
いつものように教室でお友達と話しながら奏お兄ちゃんを待っていた私は、『いつもより遅いな?』と感じていた。
もしかしたら先生に呼ばれて何かを手伝っているのかもしれないなとその時は思っていた。
この時に5年生の教室まで行っていれば未来は変わったのかもしれない。
待っている間、外はやけに騒がしくサイレンの音も鳴り響いている。ただそんなにサイレンがきこえるのも珍しい事でもないので、自分には関係がないと思っていた。
しばらく話していても一向に迎えに来てくれないお兄ちゃんに痺れを切らし、そろそろ自分から動こうかと思ったその時、教室に飛び込んできた先生が教えてくれた事に私の頭は真っ白になった。
『中山響。キミのお兄さんが怪我をして、いま病院に救急車で向かっている』
意味が、分からない。
その後に先生に何かを言われていたが意味が正しく耳に入ってこない。
私は呆然とするだけでその場から動けなかった。
そんな私を友達が支えてくれて、なんとか下駄箱まで歩いていくといつもはお兄ちゃんと帰っていた事を思い出し、泣きそうになっていた。
お兄ちゃんのかわりに迎えに来たのはお父さんで、その後どうしたかははっきりとは憶えていない。
ただ、お父さんの顔は悲しそうなもので、おそらくは私のせいでそんな顔にさせてしまったのだろうと思っていた。
結果的に、お兄ちゃんは階段から滑り落ちて腹部打撲と額と頬を2針縫い、手や足の骨も小さなヒビが入る怪我をしていたらしい。
意識もなかったようで、保健室の先生の判断で救急車をよんでくれていたようだった。
なぜそんなことになったのか。
大人達は口を閉ざしていたが、顔面蒼白でお兄ちゃんの病室にいた男の子を見て、コイツが私のお兄ちゃんを傷つけたんだと理解した。
証拠もなかったが、私は怒りのままその男の子に詰め寄りどうしてこんなことになってしまったのかと問い詰めた。
泣きながらごめんなさいと繰り返す彼に私は怒鳴り散らし、周囲の大人に止められていたが、理由を話し始めて犯人は一人だけじゃないことを知りさらに怒りが治まらず周囲の大人に八つ当たりもしていた。
数日のうちにわかった理由としてはこうだ。
人気者のアヤメさんとミイナさん、キョウヤくんと仲が良く独り占めするかのようなお兄ちゃんが気に入らなかった。
だから最初は陰口を言うくらいにしていたらしいが、気にしないお兄ちゃんに腹を立てて、教科書を隠したり下駄箱に画鋲を仕込んだり、ありとあらゆる嫌がらせを行っていた。
お兄ちゃんはされていたことを一切表に出さずにアヤメさん達にも相談をしなかったらしい。
そして行為がエスカレートした結果、集団で殴ったり蹴ったり、挙げ句、私を迎えに行こうとして階段から落とされてしまった。
正確には階段近くでもめていて、不意に当たった手の衝撃で階段から転げ落ちることになったようだ。
理由をきいてコイツらに同じ痛みを与えてやろうかなんて考えていたけれど、目覚めたお兄ちゃんの記憶は友人関係に関してはすっぽりと抜け落ちているかのようで、それを感じた私の気持ちは萎んでしまった。
それだけでなく、お兄ちゃんは同じ年の子達。特にお友達のことを話すと苦しそうにしており、このままでは学校生活もままならない。
そこからは私もよくはしらないことだけど、学校側ともめたりして、お兄ちゃんは別の場所、別の学校に行く方がいいのではないかとなり、いつの間にか私とお兄ちゃんは引き離されてしまった。
おじいちゃんのところで暮らすことになったお兄ちゃんにはお父さんが、今のお家に住む私にはお母さんがついてここから4年間は別々に暮らすことになる。
それでも年の何回かは私とお兄ちゃんは顔を合わせる機会があったけれど、表情や目、話している様子も変わりがないはずなのにお兄ちゃんはどこか変わってしまったように感じる。
関わりのあった人達を避けるようになり、加えて、一定以上の付き合いもしなくなったとお父さんが悲しそうに話していたのを聞いている。
それでも仲良くしてくれる人は何人かいたようだった。
反面、家族に対しては以前よりも会話を増やして、遊んだり、甘えたりと繋がりを深くしようとしている様子だった。
お兄ちゃんの友達だったアヤメさんとミイナさん、キョウヤくん。そして私の友達の何人かにはお兄ちゃんの事を聞かれたけれど、大人達からの口止めと友達に関して苦しんでいるお兄ちゃんの事を考えて絶対に話さなかった。
だからだろう。信用されていないと思われて、それならばと自然と私の周りからも人が離れていく。お兄ちゃんが運んでくれていた幸せは、私のまわりから零れ落ちていったのだ。
いつも読んでいただきありがとうございます。




