騎士団長ちゃんは堕とされたい
王国中が寝静まった深夜、とある家の窓のカーテンの隙間から明かりが漏れ出していた。ろうそくの火がまだついているその家の中では甲冑を身にまとった一人の女性が後ろ手に腕を縛られ、床に座った状態でドアの前にいるローブを着た一人の男性を見上げて睨みつけた。
「くっ、こんなことをして許されていると思っているのか? 王国騎士団団長の私に手を出せばどうなるか、馬鹿なお前にも分かるだろう?」
ため息をつきながら丸メガネをイジるとその男性は言った。
「そんな馬鹿な参謀にこうして囚えられる気分はどうですか? この国一番の剣の腕を持つ貴方が、非力で魔法と計略しか取り柄のない私に捕まってしまうだなんて、だれも信じられないでしょうねぇ」
「クソっ! 貴様の脅しさえなければこんなことには……」
「脅し? あぁ、あのことですか? 良いのですよ? 彼がどうなっても良いのであれば、ね? いっそのこと王子もこの場に呼んであげましょうか?」
参謀がそう言って騎士団長に背を向けて部屋から出ていこうとする。騎士団長は拘束されている体を前に突き出して叫んだ。
「やめてくれっ! そんなことをされたら私は……」
騎士団長の必死の懇願に参謀は気が変わったのかドアを回す手を止めると、振り返って彼女のそばへと近寄った。
「それで? こんな姿で私の部屋にいるということは、この後の展開は分かりますよねぇ?」
「煮るなり焼くなり好きにしろ! だが、いくら体を汚したところで、王国騎士団の長たる私の心は屈しないと思え!」
「その王国騎士団の団長さまがたった一人の男の為にここまでするとは……。よほどその男のことが大切だと見える。嫉妬してしまいますね。貴方にそこまで思われているその男に」
片膝をついて騎士団長の頬に手を触れながら参謀は言った。騎士団長は顔をすこし赤らめながら参謀から目線を逸らす。
「その男の何処が好きなのか、私に聞かせれもらえますか?」
「なっ⁉ 今ここで⁉ それはちょっと……。それよりも私のことを好きにする方が優先じゃないか? ほらっ! 今なら拘束されて抵抗することが出来ないんだぞ⁉ 話なんかよりも先にやることがあるんじゃないのか?」
「いえいえ、そんなことはいつでも出来ますからねぇ。まずはゆっくりとお話をしようじゃありませんか。さぁ、教えて下さい? 彼の好きなところを。特別です。一個だけで許してあげましょう。たった一個ですよ? 簡単でしょう?」
「一個だけ⁉ 彼の魅力をたった一個に絞れと言うのか⁉ そんなこと出来るはずが……。分かった! 分かったから待ってくれ! 言う! 言うから行かないでくれ!」
立ち上がって出ていく素振りをする参謀を騎士団長は引き止めた。先程よりも顔を赤らめながら必死に考えを口にする。
「優しいところ? いや、優しいだけじゃなくてしっかりと私に厳しくしてくれるところも好きだしなぁ。その厳しさも優しさからきているところではあるのだけれど。ノリの良いところ? 私のこんな茶番に付き合ってくれるのはきっと彼しか……。違うな。確かにノリは良いけど、遅くまで魔法の勉強や戦術を立てている真面目なところも素敵でかっこいいし。料理を作るのが上手いところや私の部屋を綺麗に片付けてくれるところ、それにそんなことすら出来ない私へ文句も言わずに慰めてくれるところも好きなんだよなぁ。私の役職や容姿などの外面ではなくて、素の私の内面を褒めてくれるのも他の男どもと違う良いところだし、私の夢を笑わずに聞いてくれたのも彼だけだし……。彼の好きなところ? クソっ! そんなの一つに絞れるわけないじゃないか‼ ……おい。どうした? まだ一つに絞れていないぞ?」
「いや、もう聞いてるこっちが限界。なんで、君を恥ずかしがらせるはずだったのに、こっちが恥ずかしい目に合わなきゃならないの?」
そう言って彼は彼女の体を引っ張るとすぐ後ろのベッドへ腰掛けさせ、自分は近くの椅子に座った。彼女は不服そうな顔をしながら言った。
「何? もう終わり? まだ私のことをめちゃくちゃにしてないでしょ? 本番はこれからだよ?」
「そう言われてもねぇ……。これでも頑張ったほうだと思うけど? 部屋に入ったら自分の彼女が鎧を着て拘束されてるなんて普通想像しないでしょ」
茶番に付き合う気が完全に無くなった彼を見て、彼女は腕をひねると自分で行った拘束を解いた。甲冑を脱ぎながらまだ文句を言っている。
「このシチュエーションで盛り上がらないとか本気? 誰もかなわない王国一の戦闘力を持つ騎士団長を囚えて好き勝手出来るなんて、男の夢なんじゃないの? いやいや言いながらも体は快感に負けて、最後は淫らに墜ちていく。最高じゃない?」
「君がそんな被虐願望があるとは知らなかったよ。今度君のことが好きな第二王子に伝えておこうか?」
「本当にやめて。あんな頭の中は性欲のことでいっぱいみたいな男の視界に入るだけで虫酸が走る。なんであんなに優しい両陛下から欲にまみれて子供が生まれてくるんだろうね」
「皆がみんな思っていることだろうけど、口に出すのはやめておきな。アレでも第二皇太子殿下なんだから、今の発言は不敬ですよ」
最後の言葉は恋人としてではなく参謀としての注意のようだ。彼女ははいはいと軽く答える。そして、甲冑を床に脱ぎ捨てると薄手の服のままベッドで横になった。
「と言うかさ、なんで付き合ってるって言っちゃ駄目なわけ? 君が私と付き合ってることを皆に公表してしまえば、部下や貴族、それにあの第二皇太子からも言い寄られることはなくなると思うんだけど?」
机の方を向いて戦術書を読みながら彼は否定する。
「ただの参謀ごときが王国守護の要である騎士団長さまと付き合っているなんて知られたら、どんな目に遭うか分かったものじゃないよ。君への交渉材料として僕のことを狙う隣国や賊が現れたらどうするつもり?」
「全員残らず血祭りにあげる」
「考え方が脳筋すぎるよ。まぁ、それを出来るくらいの剣の腕が君にあるのは確かだけど。でも、そんなことをするのが敵だけだとは限らない。君のことを狙っている貴族の中に悪事に手を染めることを厭わないような人物がいたら?」
「君に手を出そうとした瞬間に、生まれてきたことを後悔するような残虐非道な拷問を実行する」
すこしも躊躇することなく即答する彼女に彼はすこし引いた。
「ヤンデレのそれじゃん。やめてよね。気づいたら貴族の何人かが行方不明になってるとか。もし本当にそんな不可解な事件が起きたら、真っ先に君を疑うことになるんだから」
「今のは小粋なジョークだって。本当にそんなことするわけ無いでしょ。でも、気持ちとしてはそれくらいのことは全然やる心づもりだってこと」
ジョークにしては笑えない。彼は参謀の立場から意見を行うことにした。
「貴方はこの王国の騎士団長なんですから、まず何よりも先に王国の繁栄を考えてください。たった一人の取るに足らない人間の為に判断を誤ることがないよう心して……」
「私にとって王国の繁栄よりも君の存在の方が大事だよ。小さい頃にたまたま剣に出会って、たまたま剣の才能があって、たまたま王国騎士に選ばれて、たまたま戦果をあげて騎士団長になっただけ。もちろん、騎士団長になったからには王国の為に精一杯のことはするし、王国が窮地に陥った時は誰よりも先に敵へ攻撃して、誰よりも多く敵を倒すつもり。それに、自分が犠牲になることで王国が助かるなら喜んでこの身を捧げる。でも、それよりもまず優先するのは君だってこと。騎士団長に任命されて断らなかったのも、この立場なら何があっても君を助けられると思ったから。なのにわざわざ君の方から参謀に立候補するだなんて考えてもみなかったよ」
「悪かったですねぇ。剣もロクに扱えない、戦場で自分の身を守れるのかも分からない男が参謀になってしまって」
「またそういう皮肉ばかり言う。君には力は無くても魔法とその頭脳があるでしょ? 当時反対してた上官だって君の働きを見たら文句を言わなくなったし」
「それについてはある人物に脅されたという噂がまことしやかに団内に流れていたんだけどね。その人物の特徴は確か……」
彼の言葉を彼女はワーワー言ってかき消す。彼はため息をついた。
「とにかく、今はまだ僕らの関係は表に出さないほうがお互いのためだよ。僕がこの王国一番の魔法使い、至高の魔法使いになるまではね」
「それでそれには何時頃なれる予定なんでしょうか? 二人共生きている間にはなってほしいんだけど」
「それって、暗に僕にはなれないって言ってる? 確かに、僕には魔法の才能はないけど……」
「今のはちょっとした冗談だよ。皮肉屋の癖に自分のこととなるとすぐに卑下しだすんだから。君なら絶対なれるよ。周りに無理だと言われているのにそれを努力で乗り越える姿を小さな時から隣で見てきた私が言うんだから、もっと自信を持って」
彼女が優しく語りかけると彼は黙って頷き、手にした戦術書に視線を戻した。邪魔すべきではないと思いながらも、将来のことよりも今ここにいる自分にかまってほしくなり、彼女はうつ伏せになりながらわざとらしく言った。
「でもなぁ、君が早く至高の魔法使いになってくれないと、私は誰かと結婚する羽目になるかもしれないし……」
「……どういうこと」
彼の視線がこちらに向いていることを理解しつつ、両脚をパタパタと動かしながら顔を彼とは反対方向に向けて話を続ける。
「あれぇ? 知らないんだぁ? 実は既に何件かお見合いの話が届いているんだよねぇ。話を持ってくる人たちは口を揃えて私の為とか言ってくるけど、意図は分かるよ。王国を守護する騎士団長が若い女だと都合の悪い人間がいるんでしょ? それに優秀な人間と私が結婚すれば生まれてくる子供にも期待が出来るだろうからね。私は繁殖用の牝馬かっつーの」
「才能のある人物に相手をあてがうっていう話は確かに聞いたことがあるけど、君ほどの立場なら簡単に断れるだろ? もし断れないとしたら、それは両陛下からの直接の指示くらいしか……。もしかして、王国主導で話が進んでいるってこと?」
「そういうこと。だから、早くしないと他の誰かのモノになっちゃうかもよ……、って、わぁっ⁉ 何急に⁉」
彼女が仰向けになると、いつの間にか彼女へ覆いかぶさるようにして彼がベッドの上にいた。目つきが鋭いのはメガネを外したせいなのか、それとも……
「それじゃあ、君は甘んじてそれを受け入れるわけだ。王様からの命令だからと言って、どこの誰とも知れない相手に媚びを売るわけだ。どんな相手になるんだろうね。異国の野蛮な戦士か、加齢臭のする好色の英雄か、それとも悪魔と契約して異形と化した魔術師か。少なくともいざという時に君が抵抗しても無駄なよう、簡単に君を組み伏せられるような相手だろうけど」
「いやいや、なんでそんな悪い方に話を持っていくわけ? もしかしたらすっごいかっこいい王子様とかかもしれないじゃん?」
「もし王族が相手だとしたら、きっと君は正室としては迎え入れられないんじゃないかな? マナーもロクに知らない、貴族でもない田舎の平民出なんて、正式に王族に加えられるわけないだろう? どこか辺境の地に幽閉されるか、それとも被虐願望のある君には奴隷のような扱いの方が嬉しいのかな?」
「調子に乗りすぎ」
彼女がそう言って上にいる彼の体を押しのけようとしたが、両腕を掴まれてしまい身動きができなくなる。体をジタバタさせたが無駄だと諦め、息をすこし切らしながら彼女が彼を見上げる。
「さっきと違ってめっちゃやる気じゃん? もう一回ロープで腕を拘束した方が良い?」
「煽ってきたのは君の方でしょ? それにロープなんかなくても、こうやって腕を押さえるだけで簡単に抵抗出来なく出来るし。剣がないとそこら辺にいるただの女の子と同じだね。騎士団長の名が泣いて……グゥワァッッ⁉」
彼女の蹴りが彼の股間へクリーンヒットし、彼はベッドで悶絶した。やりすぎたと悟った彼女はベッドの上で起き上がり、謝罪をしながら彼を心配そうに見つめる。
「ゴメン! そこを狙ったわけじゃなかったんだけど、ちょうど足を上げたらその位置に行ってしまったというか……。本当にゴメン‼」
「い、いや……。大丈夫……。今のは調子に乗ってやりすぎた僕も悪い……」
土下座のようなポーズを取りながら、彼は息も絶え絶えに謝ってきた。彼女は恐る恐る背中や腰をさすり、彼の痛みが引くのを待った。しばらくすると、彼が上半身を起き上がらせた。
「もう大丈夫だから……。話の流れとは言え、心にもないことを言ってゴメン。もしかして、本気にしちゃった?」
「いや、別にさっきのアレが君の本心から出た言葉だとは思わないけど。でも、途中の相手に関する描写はちょっと限定的過ぎない? もしかして、そういう相手への寝取らせ願望があるとか? 残念だけどそういう特殊な性癖には応えられないよ?」
「そういうわけじゃないよ。いや、なにその疑うような目は? 本当だって! 君こそ、僕の言葉にすこし目を潤ませてたけど、同時に興奮してなかった? やっぱりドMなんじゃ……」
「違うっ……とは言い切れないかも。腕を押さえられた時、ちょっとドキドキしたのは本当だし」
そう言って彼女は彼の方へと近寄った。二人の顔が接近する。
「さっきも言ったけど、僕が高い地位につくまでは君とのことは公にしないよ。つまり、それまでは君の夢を叶えることが出来ないってこと。それでも相手が僕で良いの?」
「今更そんな馬鹿みたいな質問する? それにどっちにしても、ただのお嫁さんになって普通の家庭を築くだなんて夢、騎士団長の私に許されるわけないじゃん」
「小さい頃に約束したでしょ? 君の夢は僕が絶対に叶えるって」
「あの時はその言葉の意味をどっちも考えていなかったでしょ? それに私に剣の才能があるって知ったのはその後の話だし」
二人の距離がさらに近づく。
「君に剣の才能があってもなくても、僕には関係ないよ。君がこの王国一の剣の使い手と呼ばれているなら、僕はこの王国一の魔法の使い手になって、君に相応しい、隣りにいても誰にも文句を言われない男になってみせる」
「それが至高の魔法使いってわけね。ま、至高の魔法使い様が相手なら、貴族や王子、それに両陛下も口出しできないでしょ。君のその作戦、期待しているよ、参謀くん?」
「騎士団長さまのご命令とあれば何が何でも成功させて見せますよ」
「お? 言うねぇ。それじゃあ、ついでにもう一つだけ命令しちゃおうかなぁ?」
「叶えられる範囲でお願いしますよ。もうなんとなく分かってはいますけど」
二人の手が触れ合う。
「じゃあ言わなくても良いね」
「駄目。ちゃんと言って」
「えー、恥ずかしいんだけど」
「後から勘違いでしたなんて恥はかきたくないからね。言葉にしてもらわないと困るよ」
「私のことをドMだなんて言ってたけど、本当は君がドSなだけじゃない?」
二人の吐息が混じる。
「だとしたら何か問題が? 君と僕の相性が良いってことでしょ? 実際、部屋に入ってきた時みたいな拘束をしていなくても、最終的にはいつも僕に好き放題されているのはどこの誰でしょうね?」
「記憶にございませ〜ん」
「分かったよ。それじゃあ、今日は僕から命令してあげる。それで良い?」
「お好きにどうぞ〜」
「……目を閉じて」
二人の唇が優しく触れた。
数年後、騎士団長が引退し、至高の魔法使いと二人の間に生まれた子供と幸せに暮らしたのは、また別の話……
お読み頂きありがとうございました
一ヶ月ほど長編小説の応募に集中していたため、今回は思いつくまま短めの話を書いてみました
イチャラブした話を書きたかっただけなのになんだか湿気の強い話になってしまいました
ドウシテコウナッタ
これからまた投稿を再開していきたいと思いますので、他の作品も読んでいただけると嬉しいです