05→単眼の赤い化物
連載再開です。ではどうぞ。
転移ポータルを見下ろせる二階建ての建物に移動したアヤトとソニアは、窓の桟に頭半分だけを覗かせると三十メートル程離れた広場を見た。広場は半径六十メートルの同心円状の窪みがあり、中心に設置されている転移ポータルに近づくにつれて登り階段がある。転移ポータルの半径5メートルは平らな面にはソニアがリーダーで間違いないと言う男がフードを下ろして立っており、ウィンドウ操作している最中に何かに気がついた様子で周囲の階段に座っていた団員を呼んで話し始めた。
耳を澄ませていると話が聞こえてきた。街の各所に転移ポータルによく似たオブジェクトが出現したという報告を巡回中の団員から報告を受け取ったらしく、連絡が取れなくなっている団員が続出しているという事態と関連があるとして直ちに調査に向かわせるというものだった。
広場にいた団員はリーダーを含めて二十人から五人に減り、近くの建物の入り口にいた者達は持ち場を離れて街の中心から散らばって離れていく。下手な芝居をしなくても状況は動いた。一度手薄にして隠れていたアヤト達を囲んで一網打尽にする罠である可能性もあるかもしれないが、一通のショートメールが届き、それが背中を押した。
『人質の救助は完了したよ。隠れていた協力者のプレイヤー達が駆けつけてくれて今は中央から出てきた敵と交戦中。もう号令出してもいいんじゃない?』
状況を臨機応変に対応している友人のトキヤと協力者の他のプレイヤー達に感謝しつつ、本丸を取りに行くため、一斉にメールを送信した。
すると街の至る所から野郎の雄叫びが轟いて、呼応するようにアヤトは窓から飛び降りてサイコキネシスで落下時のダメージを無効化する。さらに地面に反発するように助走も無しで一気にトップスピードに到達し距離を詰めた。
急接近するアヤトに気づいた四人の団員達はリーダーの男を守ろうと隊列を組むように盾、剣、杖、杖の順番で立ちはだかる。
「遅い!」
硬く握った拳のまま腕を引き絞って、構えられた盾に向けて突き出した。
同時にサイキックスキル《スフィア・バリア》を発動し、不可視の丸い壁を展開する。
激しい衝突音が拳の前で炸裂し、並んだ団員達は転移ポータルがある広場の中心から外周まで弧を描いて吹っ飛ばされた。その様子を気にも留めずに巻き添えを食う前に移動していた教団リーダーは腰留めの鞘から片手剣を抜き、刀身を左手の指を這わせて赤い光を纏わせると中段に構えてアヤトに斬りかかった。
「しまったーー」
スキル発動後に僅かな間生じる硬直に焦ったようにアヤトは声を上げた。
「ーーとでも言うと思ったか。ソニア!」
「はい!」
眼前にまで迫った教団リーダーの剣に拳程度の大きさの石の弾丸が命中し、剣先が大きく逸れて男は後ろに飛んで距離を取った。
「ソニアさん、これはどういうことですか?」
「この人に目を覚まさせてもらっただけです」
「そうですか。ではあなたはどちら様ですか?」
「まずは訊ねたそっちから名乗るのが筋だろ襲撃者」
「これは失敬。私はロウェン。赤髪の魔女ルチル様に仕えし『独翼教団』を束ねるもの。神の命題の一つ『魔石の研究』を目的に活動しております。次はあなたの番ですよ」
ロウェンと名乗った物腰柔らかそうな糸目の男は仲間が周りにいないのに随分と余裕ぶった表情をしているのは何故だとアヤトは警戒して視界に入れたまま名乗る。
「俺はアヤト。結社にも属してない一般人だ。街は返してもらうぞ」
「どうぞ。我々の用事は済みましたので。ご自由にしてください」
「逃すと思っているのか?」
「ええ。今からあなた方にはこれの相手をしてもらいます」
街の至る所からロウェンの手元に魔石が集まり、禍々しい色の魔法陣が広場を飲み込んだ。
やがて地面から三メートルほどの筋骨隆々とした4足歩行の赤い怪物が姿を現した。
二本の捻れた角、大きな緑色の単眼。左右に大きく裂けるように開いた口からは苦シイ、辛イという奇怪な鳴き声を出している。背中には飛ぶこともできない片翼が炎に焼かれていた。
「ご存じですか? この魔物は魔素中毒を起こした人間の成れの果てであることを」
(今……何て言った? あれが元は人間だって?)
「魔石の研究をしなければ人類が救われる未来はありません。我が主、魔女ルチル様のように魔女だけは魔素中毒になりませんが我々人間や他の種族は魔石を使用して身体に溜まった魔素を中和しなければ魔物になります。魔法は便利な力ですが、使えば使うほど身体が魔素に侵されていることを知っておかなければあなた方もいずれこうなります」
「でも今、魔石を使ってその化物を召喚しただろ」
「たった今お見せしたのは魔石の形をした魔素中毒者です。このほうが場所を取らず管理しやすいので我々は彼らを魔石にして集めているのです。そうでなければ研究材料の確保のためにこんな退屈な場所まで来ることはありません」
「ふざけるなッ!」
ベータ版では魔法の使い過ぎで魔素中毒とか、それから魔物になる仕様はなかった。正式サービスに伴って大幅な仕様変更がかかっていたのだろうかと考えつつ、自分がクソゲーと言いつつもなんだかんだ言って楽しんでいた思い出がドス黒い何かで塗りつぶされてしまう気がしてアヤトは怒りを覚えた。
「アヤトさん、考えるのは後です! 敵、来ますよ!」
臨戦態勢のソニアは魔法のステッキをぶんぶん振って戦闘に備えるように言った。
「では、どうぞごゆっくり」
落ち着いた足取りで転移ポータルに歩み寄り、起動させてどこかへ逃げ去ったロウェンの声は様々な感情が入り混ざったアヤトの耳には届いていなかった。