04→少女と邂逅
トキヤと出会って話をしながらずっと薄く透き通る赤紫色のウィンドウをいじくり回していたアヤトは、ステータスから自分が使用できる超能力について確認済みではあったが、超能力は魔法にどれだけ通用するのかは皆目見当がつかなかった。
模倣使い。実際に見た超能力を模倣する。それが現実世界の篠宮綾斗から仮想世界のアヤトに引き継がれた力。
本当は《マジカルスキル》と表示されているはずの項目が《サイキックスキル》と表記は変更されており、タップしてどれだけ使用できるかもう一度確認する。屋根の上ではハッキングの影響でシステムの読み込みが遅れて、全てのコピー済みの超能力が制限される前にバリアの展開に成功したと考えるのが自然だと無理やり納得していた。《スフィア・バリア》の箇所だけ可能になっている証拠に文字がくっきりとした輪郭で表示されている。しかし、それ以外の超能力は使用不可能を表すように文字がグレーアウトになっている。グレーアウト部分をタップすると《使用可能にするにはレベルが不足しています》と目の前に新たなウィンドウが表示された。右上のバツ印を触れて消すと、アヤトは頷いた。
「レベル上げしようにも攻撃には不向きなスキルなんだけどな。だけど使い方によって何ともならんこともないか」
サイキックスキル《スフィア・バリア》は汎用性が高い。自分の身体を不可視の丸い壁で包み込み、その場に居座るだけではなく、展開したまま移動もできる。つまりどういうことができるかというと。
「何なんだテメェは!」
街角でばったりと出くわした魔女崇拝教団の格好をした痩せ型の男が一人。アヤトを見るなり杖から放つのは火属性の初歩的なマジカルスキル《ファイアボール》。杖の前で発生した火の塊は丸く成形され、杖の振り上げる動作と同時に火球となって射出された。射程距離や威力や命中率はスキルの熟練度によって変化し、何も上がっていなければ、余程の重装備でないかぎりステップ一つで回避することは容易だ。だが、一刻も早く経験値を稼いで超能力を解禁していきたい今のアヤトには回避という言葉は頭になかった。
「うおおおおおッ‼︎」
勇猛な戦士を思わせる雄叫び。両腕を顔の前に縦に構えて前傾姿勢のまま、地面を強く蹴って駆け出した。
火球は不可視の壁にぶつかると虚しくもあっという間に掻き消え、痩せ型の男は勢いよく突進してくるアヤトに正面から押し切られてそのまま建物の壁をぶち破ってゴールイン。追撃が必要かと土煙が立ち込める建物の中に入ると、教団所属のプレイヤーは瓦礫に埋もれて目を回して倒れていた。そんなのお構いなしにアヤトは敵の胸ぐらを掴み、引き上げると冷淡な声でこう言った。
「お前の仲間に土属性の魔法が使えるやつはいるか?」
◇
教団の仲間意識は強くとも結束力に関して言えば能力的に低いものだった。ゲームのサービス開始からあまり時間が経っていないということもあるが、百二十人をかき集めたことは素直に驚きだが、訓練されてもいない人間をばかりの組織を内側から崩壊させるのは存外造作もないことだった。
例えば組織の中で次々と仲間を襲う裏切り者が出たとして、団員は同じ服を着ていては顔が解らないと同士討ちを恐れて下手に動けない。襲撃者を割り出している最中に転移ポータルのダミーを石畳の街エストアに何箇所も設置していく。
「これでダミーポータルの設置は完了だ。ご苦労さま」
正当防衛で返り討ちにして団員からドロップアイテムを獲得したアヤトは教団印の外套を着込んだまま、十代前半ぐらいのアイボリーの髪にコバルトブルーの瞳の少女に対して優しい声で労った。すると土属性の魔法で作り上げたダミーポータルを作り上げた少女は懺悔するように語り始めた。
「ある日、街を歩いていると魔女に供物を捧げれば何でも願いを聞いてもらえると言われて勧誘された私はそうやってNPCで教団のリーダーに言われるがまま入団しました。アバターの頭上に《!》のマークが出ていたから何かのクエストなんだと最初のうちはそう思っていました。だけど街にいるプレイヤーは皆殺しだとか、火を放てだとか段々過激な指示が来るようになっていって……。怖くなって私、頭の中がぐちゃぐちゃになって気が付いたらあなたを殺そうとしました。謝罪しても、あなたの手助けをしても許されることだとは思っていません。だから用済みになったら私を追放でも好きにしてください」
NPCが教団のリーダーになることがあり得るのか。ベータ版から正式サービスが開始するまでに追加された要素を知っていたが、たとえ教団であってもギルドや結社といった団体組織を立ち上げることができるのはプレイヤーのみに許されたことだとであり、仕様の変更は無いと発売前に公表されていた。もしかして序列五番の超能力者である雷霆がAIのクイーンを使ってまた仕様を変更したのか、と不意に頭をよぎった。
(NPCを使って何を企んでいる……)
「君、名前は?」
「……ソニア」
生気がなく、細々とした声で自分の名前を言って少女はその場にしゃがみ込み、腕の中に顔を埋めるように俯いた。
「いいか、ソニア。君が君を許さなくても俺は君を許す。誰に言われるまでもなく自分で間違いに気づき、認めた。それは立派なことだ。いい歳の大人だって他人に指摘されてもなかなか自分の間違いを認めようとしないやつは沢山いる。もしデスゲームを必死に生き抜くためにもう一度立ち上がる気があるなら、俺は喜んで手を貸すつもりだ」
「くすくす……変なお兄さん。もしかしてロリコンさんですか?」
「残念ながら俺にはアヤトという立派な名前がある。こらこらこら、小悪魔じみた挑発的な目でこっちを見るんじゃない」
「じゃあアヤトさん、手を貸してください。こほん……私はこの世界で生きるために強くなりたいです!」
目の前に差し出しされた手を握り、手を引っ張られて少女は立ち上がると、わざとらしく咳払いをして女児向けアニメにありがちな魔法のステッキを高く掲げて宣言した。直ぐにでも恐ろしい教団を退団したい気持ちでいっぱいだったらしいソニアだったが、このタイミングで退団するとリーダーに裏切ったことがバレてしまうので騒動が終わったら退団手続きをすると言っていた。癖になりつつあるウィンドウの操作をしていると、フレンドとパーティ申請のメッセージが送られてきた。送り主は元々建物にあった木製の椅子に座り、ダミーポータルを作った際に消費したMPを回復するため青瓶のポーションを美味しそうに飲んでいるソニアからだった。どちらも断る余裕もないので快く参加を承認すると少女は年頃相応らしい無垢な笑顔を見せた。
実は三十分前に分かれたトキヤとはパーティを組んでいなかった。理由はテイムしたモンスターのステータス管理が忙しくて他の人のことまで気にかける余裕は今の僕にはないと言って事前に申し出があったからだ。いつか実力がついたらその時はパーティを組もうと約束をして。パーティは組めなかったがフレンド登録は済ませているため、気軽にどこからでもショートメールを送ることができる。
「実は新たに一つ、力を使えるようになった」
「へぇ、どんな魔法ですか?」
「《マジカル・ハンド》。手を使わずに物体を動かすことができる」
魔法というのは嘘である。アヤトはハッキングのペナルティで魔法が使えなくなっている。口から出任せで似たような効果があるマジカルスキルを適当に言っただけである。当然コントロールボードの《サイキックスキル》の項目には《テレキネシス》と表示されていた。
「便利そうなスキルですね」
「これはな、こうやって使うんだ。……おーい‼︎」
そう言ってダミーポータルの前で不思議そうにしていた教団の男性プレイヤーは声が聞こえた建物の中へ魔法を放つ。柱の後ろに隠れて被弾を免れたアヤトは手を男の方に翳し、男の背後にあった頭と同じ大きさの瓦礫を《テレキネシス》で勢いよく持ち上げて遠隔操作でぶつける。
「がはっ⁉︎」
男は何が起きたかわからず、その場で倒れ込み、動かなくなった。その場に原型を留めているということは死んではおらず、スタンしているだけ。
「次にこの男を広場から一番見えやすいダミーポータルの陰に隠して置いておく。きっと目が覚めたら騒ぎ出すからいい演出になる」
「さらっとえぐいこと考えますね。彼に何か個人的な恨みでもあるんですか?」
「いや、特にないけど、演出としては必要なんだよ。もし恨みがあるなら服を思いっきり引っ張り上げて下着丸出しにして恥ずかしい思いをしてもらう」
「よくもまあ、そんな幼稚園児みたいなことを思いつきますね……。でも私にやったらアヤトさんにまだ見せていない魔法でぶっ飛ばしちゃいますからね?」
「肝に銘じておくよ。まあ、想像はするかもしれないけど」
「えいっ!」
アヤトが冗談だよと付け加える前に脇腹を思いっきり肘で突いたソニア。ただのツッコミにしては元気が有り余っている。情けないうめき声が出そうになるところを我慢して、やれやれと労わるように脇腹をさすりながらソニアを見る。どうやら今のくだらないやりとりで、肩に入り過ぎていた力が程良く抜けたのか自然と余裕のある表情を浮かべていた。ようやく移動を始めたアヤトは後ろから付いてくるソニアにショートメールで作戦を説明した。
『敵を避けつつ本物のポータルと気絶させた男を隠したダミーポータルが見える二階建ての建物まで移動。そのあとは俺が大騒ぎするからソニアはダミーポータルへ誘導するよう印をつけたマップデータを仲間に送りつける。敵陣が手薄になったら攻め時だ。ここに来るまでに声をかけてきた協力者たちに号令を出す。あとは君の自由だ。退団してここから逃げたって俺は責めない』
パーティを組んだのはソニアが無事に逃げられたか確認するためのものだとばかり考えていると、アヤトの腕は小さな手で掴まれて立ち止まってしまった。
「私もアヤトさんと一緒に戦うに決まっているじゃないですか! でも、捕らえられた人たちは大丈夫でしょうか?」
「それなら頼れるやつにお願いしてあるから大丈夫だ。今頃、避難経路を模索しながら鼠と一緒に街でかくれんぼしているだろうな」
たびたびトキヤから届くショートメールによれば彼は誰一人出会うことなく戦闘を回避して目的地のすぐ近くまできているようだった。少し安心したが、まだまだ気は抜けない。魔女崇拝教団のリーダーがNPCとはいえ、どれだけ強いのだろうか。今のところ配下の中にNPCが一人も見受けられないのは何故なのか。不安を抱えたままアヤトは新たな仲間になったソニアと共に街の中央に位置する転移ポータルが見える建物へと向かった。