03→転移ポータル奪還作戦会議
そういえば随分と長い間会っていなかったと篠宮綾斗/アヤトは純粋に思ったと同時にログインしてこんなにも早く自分を知る人物に出会うことになるとは予想もしていなかった。石畳の街エストアで屋上の隠し床から姿を現したその人物の装備を見る。黒くなめらかで質感の良い生地に金の装飾具が施されており、貴族味溢れた西洋の軍服を思わせる。そんな格式の高そうな装備を着こなす紫黒髪のプレイヤーの名は
ーートキヤ。本名、朽橋時矢。
アヤトとは中学校で三年間クラスが一緒で、アニメやゲーム好きという共通点というだけでよく遊んだ仲だ。中学卒業後、トキヤは街でファッション雑誌の読者モデルにスカウトされて田舎な地元を離れ、撮影のたびに長距離移動が手間という理由で雑誌の出版社が近い都市部に引っ越した。専属モデルになってそれからというもの、互いに会う機会が少なくなり、たまに生存報告がてらに連絡する程度で軽く疎遠に近い状態になっていた。それがどういう巡り合わせなのかデスゲームとなったVRMMOで引き合わせられた。久しぶりの再会というのに昔話に花を咲かせることもなく、向き合って軽く右拳を突き合わせて手短に挨拶を交わすと、屋上で話し合った。
「アヤトは昼からずっとあの屋根で寝ていたのは何かのクエストをこなしていたの?声をかけても返事は無いし、触れようとすると不可視の壁にブロックされて、あの連中に見つからないように移動させたかったけど起きるまで放置するしかなかったんだから」
おそらくハッキングの影響で先にアバター生成されて五感や精神を繋ぐ電子信号が遅れてしまったのだろう。イレギュラーでこうなることも起こることがあると運営の職員である矢野玲奈から説明をあらかじめ受けていたお陰で焦ることなく、状況を把握できていた。ただ不安定な精神下で無意識に超能力で障壁を展開していたのは我ながらGJだとアヤトは自分を褒めてやりたかった。
「心配かけさせて悪かったな。あれは俺が考えた防音や遮光を兼ね備えた昼寝最強魔法だ。次からは気をつけるよ」
勿論、昼寝最強魔法など嘘である。彼はアヤトが現実世界で超能力者であることは知っていたが、特に普通に接していた数少ない友人だ。しかしこの世界で超能力者であることがバレるということはどれだけ危険なことかアヤトは理解していた。元々、超能力者優遇社会が許せなかったり、目を背けたい無能力者が好むゲームになっていると運営会社職員の矢野玲奈からの話で知っていた。さらにデスゲームの首謀者が超能力者であると知った時には、首謀者が送り込んだ仲間だと決めつけられて狙われることも容易に想像できる。話を逸らすように軽く咳払いをして神妙な面持ちのまま、火が広まりつつある柵の向こう側を指差して今最も考えないといけない話題を切り出した。
「あれ、誰がどう見ても魔女崇拝教団だろ」
魔女崇拝教団の服装は見覚えがあった。ベータ版で教団の団員に与えられる服といえば、あの闇に紛れやすい最もベーシックなタイプの黒の外套。そして教団のシンボルマークがどこかに入れることができる。暗闇の中だったのでシンボルマークは視界が悪く視認できなかったが、次遭遇した時に近づけばベータ版にいた教団かどうか確かめることができるだろう。
「うん。世界を創造したと言われている魔女神から生まれた七人の魔女。それを贄、つまり供物や祈りを捧げて崇拝している彼らがデスゲームが始まって一日が過ぎようとしている今、名前も明かされていない教団が街を自分達の拠点にするため、あんな暴挙に出たんだ」
「敵の実行部隊の数やリーダーは解るか?」
「リーダーは解らないけどテイムしたモンスターと視覚共有するマジカルスキル《テイムアイ》を使って僕なりに偵察した結果、教団の団員は全部で百二十人。街で暴れているのが二十人、東西南北の門を閉ざすため各十人ずつ配置されている。転移ポータルと周辺の建物の入り口に四十人。門につながる街の外の石橋に各五人ずつ。でも僕みたいな戦闘に不向きな職種に適性の人間じゃ、そこまでしかできなかった。街に閉じ込められたプレイヤーは街の外にいるフレンド登録済みのプレイヤーに救援要請を出しているけど、別の街にある転移ポータルを使って助けに来ようにも、この街のポータルの周囲は教団に占拠されているし、門は固く閉ざされていて外から突入することもできない。僕はただ見ているだけでどうする事もできずに、ただこの建物に籠城していたんだ」
どうやら転移ポータルに一番近い建物の中にプレイヤーが連中に拘束されて隔離されているらしく、きっと人質として使うつもりなのだろう言うトキヤは付け加えるように「でもアヤトと一緒なら助けられる」と弱気になっていた空気を振り払って瞳に勇気を宿して決意を言葉にした。
「こんな時は結構強いNPCの衛兵が出てきて戦ってくれるんだよな?」
ベータ版では普段街の各所で暇そうにしている衛兵に声をかけて決闘を申し込むと、模擬戦形式で戦うことができたが、あまりの強さに当時は勝てたプレイヤーについて噂すら聞くことはなかった。それでもこんな時くらい街のために戦ってくれると信じたかった。期待した目で確かめるように問いかけるアヤトに苦笑いしながらトキヤは答えた。
「僕もあの衛兵の強さを疑っているわけじゃないけど、教団の団員のみが得られる魔女の寵愛を受けたプレイヤーは特殊なバフがかかった状態で攻撃力や防御力が上がってそうだから、かなり苦戦しているみたい」
突然、急いだ様子の薄茶色の鼠型モンスターが壁を駆け昇ってトキヤの手前に躍り出て、何らや身振り手振りを交えてキューキュー鳴いている。よく見ると紫黒の首輪を付けており小さく《ラットン》という名前が刻まれていた。この鼠型モンスターはトキヤがテイムしたモンスターであると会話する一人と一匹の雰囲気でアヤトは察した。
「救援要請の連絡を受けた最前線で絶賛活躍中の強い攻略班の人達が駆けつけてくれて今、石橋での戦闘が終わったみたい。ただ、外から門が開けられなくてどうやって中に入るか皆で会議してるって。一応、各所の転移ポータルの前で出撃準備を整えて待機している攻略班もいるみたいだけど」
「よし、とりあえず偽物大作戦だな。俺が教団のやつに扮して転移ポータルにそっくりなオブジェクトを街のありとあらゆる場所に沢山作っていく。それで本物を占拠している連中に言うんだ。他にも転移ポータルが見つかったぞってな。あとは手薄になったところを狙って奪還だ」
咄嗟の思いつきにしては傑作だろうと笑うアヤトに「変わらないねホントに」と半ば呆れ、半ば感心させられるトキヤは苦笑した。
「トキヤ、俺が転移ポータルを奪い返してる間に人質を解放してくれ。きっと有名人が助けに来たら場の雰囲気も良くなるだろ」
「でも謎の声のアナウンスがあったから知っていると思うけど、ここでの殺生は本当に人の命を奪う行為だよ。君はそれでいいの?」
謎の声のアナウンスとはきっとデスゲームに切り替わった時の話だろうと見当がついたが、知らないふりをしては怪しましてしまう。気にせずに会話を続けた。
「できるだけ正当防衛で倒すようにするから気にするなって」
などと明るく振る舞ってみたが、まだ表情が晴れないトキヤ。彼は分かりやすいほどに心配性だが、それはきっと臆病なんて程遠い、他人を思いやれるほどに優しいやつなのだ。それを知っていては友人として、ここでトキヤを失うわけにはいかない。
「避難誘導は任せた。危なくなったら逃げれよな」
と言ってアヤトは三階ある建物の屋上の柵を飛び越え、まだ火が燃え移っていない街路樹のしなやかな枝に掴まって降りていった。