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01→来訪者

 ことの発端はある人物の来訪だった。


 インターホンを押したと見られる縁無しメガネに黒スーツ姿の二十代前半に見える黒髪の女性は平然と落ち着きを払っている。その玄関先の様子をリビングに備え付けられた小型モニターの前で立ち尽くして見ている少年はスピーカーをオンにして質問した。


「どちら様ですか?」


 女性は淡々と流れるように自己紹介をすると同時に質問を投げかけた。


「私は矢野玲奈。株式会社フロンティアの職員をしている者だ。君はもう既に弊社の新作ゲーム《マジカル(M)(C)オンライン(O)》をプレイしたかね?」


 ゲーム作品と会社名に聞き覚えがあった。

 本日、四月一日にパッケージ及びダウンロード版発売したフルダイブ技術搭載デバイスのアライズを使用したVRMMORPG《マジカル(M)(C)オンライン(O)》ソフトの運営会社である。高校初めての春休みに空いた時間潰しになるだろうとベータ版を半年前にテストプレイしていたが、今まで様々なジャンルのゲームをクリアしてきた永瀬であっても、このゲームに限っていえば、どのクエスト攻略難易度が高くて初心者が気軽に楽しめたものではなかった。簡単にどんなゲームと聞かれたら『魔女神』という魔王同然の絶対強者が支配する世界でプレイヤーが街やフィールドなどを沢山死にながら冒険するゲームと答えるだろう。メインシナリオで魔女神と倒すとゲームクリアとなるが、結社や教団に属した敵側ロールに徹するプレイヤーが冒険の妨害してきたのでベータ版では魔女神を拝むことすらできなかった。最初に入るダンジョンの罠で何度も死ぬことになり。シナリオが進まないクソゲーではないかとサービス開始前から星一つのレビューをつけてしまいたくなる気持ちになった経験者はいるに違いない。


 物思いに(ふけ)っていると丁寧に両手で名刺が差し出された。小型モニターから名刺にあるQRコードをスキャンするとフロンティア社のホームページと彼女のプロフィールが表示された。なりすました偽の業者が訪問販売に来たという可能性は薄れたが、警戒心は依然と高いままだ。


「ベータ版はプレイしました。でも序盤で足止めばかりくらって、あまり良い思い出がないので正式サービスが始まった今、特にやりたいとは思っていません」


「では、そのゲームが運営すら想定しなかった超能力者絡みの異常事態で脱出不可能なデスゲームになっていても君はやりたくないかい?」


「……どういうことですか?」


「命を懸ける覚悟があるのなら話の続きを話してあげてもいい。だが、ここでは些か目立つので場所を変えさせてもらいたい。コンプライアンス的にチャットなどにログが残るようなことも避けたいので、あまり人目のない、それでいて美味しいコーヒーとスイーツを提供してくれる場所を推奨する。しかし残念ながら私はこの辺の土地鑑に疎くてね。何かいい穴場を知らないだろうか?」


「分かりました。超能力者絡みと聞いて同じ超能力者として放っておけないので……。案内しますので少し支度する時間をください」


「感謝する。ところで君の名前を伺ってもいいかね?」


「篠宮綾斗です」


 数分後。白いシャツにチャコール色のジャケット、紺色のボトムスに着替えた篠宮はスーツ姿の女性と共に叔父が経営している喫茶店MASAKIに到着した。


 叔父は買い出しに出掛けているようで、厨房担当の正社員とホール担当のアルバイトが一人ずついた。

 時間的にブランチの頃合いで店内に流れる小粋なジャズの音楽が合わさって居心地の良い雰囲気が醸し出されている。


 なかなか良い店じゃないかと若干興奮気味にメニュー表を手に取った矢野玲奈はパラパラとめくって悩むことなく、注文したいものを決めて、メニュー表を篠宮に差し出した。少しだけ顎に手を添えて悩んだ素振りをして日替わりケーキと本日のおすすめコーヒーに決めた篠宮はウェイターを呼び、二人は注文を済ませる。


「先ほどの話の続きだが本日零時五分、つまりサービスが開始されて五分後にまで話は(さかのぼ)る。《マジカル(M)(C)オンライン(O)》にかなり高位のエレクトロマスターがハッキングをして政府が超能力者に変わる軍事兵器として開発していた人工知能……AIのクイーンが持つ力を使い、ゲームの仕様を書き換えた。その人物に心当たりはあるかい?」


「序列五番の雷霆(ケラノウス)……。多分こいつですね。社会的に優遇されている超能力者の地位をAIに奪われることを恐れて、ここしばらく人工知能搭載人型ヒューマノイドの関連施設を破壊してましたから。やつの仕業であることは公に発表されていませんでしたが、超能力者界隈で割と有名な話です」


「世界に二千人しかいないとされている超能力者の中でも五番目の強さの大物が首謀者だとすると厄介だな。しかもクイーンは敵の手の中にあるゆえにフルダイブ技術搭載デバイスのアライズのコールドスリープ機能を暴走させて装着者を凍傷にさせることができる。つまりは凍傷による創部の感染から壊疽(えそ)に至る。行く着く先は肉体が腐敗するかミイラ化だ」


 と放送禁止用語の如く食事の際にはあまり聞きたくない食欲を減退させるワードを連発した矢野の前にケーキとコーヒーが置かれる。彼女が注文したのは酸味がほとんど感じない深いコクと苦味が特徴的な深煎りコーヒーと、濃厚で口溶けの良いチョコレートをたっぷりと使用して作るフォンダンショコラ。ケーキのコク深い甘味とコーヒーの深い苦味との相性がバッチリなセットである。


「私には解る。これは良いものだ」


 周りを気にすることなく舌鼓を打つ矢野。年相応の大人びた憂いのある笑みの中に垣間見えるあどけなさに思わず篠宮はドキリとする。誤魔化すようにタイミング良く篠宮の前に出された酸味と苦味のバランスが取れた万人に好まれやすい中煎りコーヒーと日本で最もポピュラーなケーキのイチゴのショートケーキに視線を移した。


「あの、矢野さんは俺が超能力者と知っていて接触してきたんですよね?」


「当然だ。半年前に行われたベータ版のテストプレイヤーは弊社に来て丸い棺桶(アライズ)に入ってもらっただろう。その時に記入してもらった名簿に唯一君だけが特技の項目に超能力と書いてあったから、再びこのゲームのために協力してもらえないか賭けに出たわけだ。超能力者協会は今も身内の不祥事をどう揉み消すかで右往左往していて信用できないしな。なあに心配することはない。少々手間を加えれば今からでも仮想世界にログインすることは可能だ。パッケージ及びダウンロード版の新規アカウントのログインは遮断されてしまっているがベータ版のアカウントを使ってログインをすれば入り込める。ただ難点があってだな……」


 コーヒーが苦かった訳ではないのに眉を(ひそ)めて口籠もっている矢野はどこか言い出しづらいことがあるのか俯いてしまった。やがてゆっくりと息を吐くと腿の上で両手を組み、肩を震わせながら言葉を紡ぎ出した。


「社会は子供の君が思っている以上に狡猾で不条理なんだ。君を利用できれば大人は何だってする。社内で一番容姿で秀でているからと私を交渉人に選出し、苦学生を黙らせるくらいの多額の報酬金まで用意している。だが、ここまでするのは超能力者優遇社会にうんざりした人が少しでも楽しめるように、丹精込めて作ったゲームをたった一人の超能力者に無茶苦茶にされて私達が心底頭に来ているからだということを理解してほしい」


「えっと、その難点って俺の命を脅かすことなんですよね?」


「ああ。ベータ版のアカウントでログインした代償としてペナルティが与えられ、使えていたはずの機能が一部制限され、使えないはずの一部機能が解放される仕様になっている。これは有事の際に残した奥の手だった為、運営側からしたら苦肉の策だったがな。簡単に言えば、魔法が全く使えなくなるが自前の超能力は使えるようになるというものだ」


「俺の能力次第で魔法に対抗することもできずに普通のプレイヤーよりも早くゲームオーバーになる可能性が高いということは解りました」


 落ち着いた様子で状況を受け入れて頷いている篠宮に対して矢野は俯いていた顔を上げて声を荒げた。


「何故そう簡単に受け入れられる! この話を聞いたら普通に命を懸ける覚悟が揺らいでしまうものだろう!」


「ただのゲーム好きとしては人がせっかく頑張って作ったものを壊されるのが許せないだけです」


 クレジットカードで二人分の精算を済ませた矢野にご馳走になったと礼を伝えると彼女は恥ずかしそうに言った。


「これで先ほどの取り乱した無様な姿は忘れてくれ」


 店を出たと同時に店の入り口に青色のスポーツカーが横付けされ、乗り込むよう促されるまま篠宮は左後部座席に背後から手で押し込まれると、隣に座った矢野が窓の外を眺めながら聞こえるか聞こえないか微妙なボリュームで呟いた。


「私も超能力者だったら良かったのにな……」







ゲーム好きな超能力者がそのまま魔法ゲームの世界にぶち込まれたら一体どうなるのか気になったので書いてます。

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