駆け落ち後の侯爵家
実家であるノーバンド侯爵家は、アーサーとアンヌの駆け落ち後に、アーサーの婚約者であったフォード子爵令嬢に支払った賠償金と慰謝料は莫大なものであった。
それも仕方のない事である。
一方的な婚約破棄どころか、本人が行方不明の状態だ。しかも女連れでの出奔ときている。
幾ら家格が上であってもこれほど非常識な事態は起きないだろう。話し合いも本人不在のまま行われた。侯爵家からの婚約打診でもあったため、余計に居たたまれなかったことだろう。
名門の侯爵家が、成り上がりの子爵家に頭を下げ続けなければならない状況は、アーサーが思っている以上に屈辱的な行為であった。
ノーバンド侯爵家はその後、長男のウイリアムが爵位を引き継いだ。
両親を田舎に隠居させ、アーサーの名前を侯爵家から削除したのだ。
アーサー・ノーバンドという存在は侯爵家にいない者とされていた。法の手続きも行われており、実家から知らないうちに除籍されていた現実はアーサーを打ちのめした。
自分から捨てたものだと言うのに、人とは傲慢なものである。
彼は何時かまた笑って会える時がくると無意識で思っていたのだ。
時が解決するのだと――
だが和解など許されるものではない。
アーサーのやらかしはそれだけではない。
この事実は貴族社会に広く知られ、ノーバンド侯爵家の信頼は地に落ちた。一時は社交界にも出られない有り様であったのだ。
貴族が社交界に出られない事は、事実上の終了を意味する。ウイリアムの妻が権勢ある公爵令嬢でなければ、社交界復帰はできなかった。
十年が過ぎた今でもノーバンド侯爵家は社交界で白い目で見られている有様だ。