夫が犯罪被害にあう
何時も通りの平凡な一日であるはずだった。
それが警官からの連絡で、非日常の日々が始まった。
「アーサー氏が刺されて傷を負っています。急いで、病院までお越しください」
取るものもとりあえずアンヌは病院へ向かった。
病院の受付で夫の病室を聞き、焦る気持ちを抑えきれずに足は小走りになっていた。
バンッ!!!
「アーサー!!!」
アンヌが勢いよく病室に入ると、そこにはベッドに横たわっている夫と、警官らしき男性がいた。
どうやらアーサーに事情を説明している様子だった。
「アンヌ…」
ドアの音でアーサーと警官がアンヌの方を見る。
アーサーは顔色も悪く、声に覇気もなかったが、見る限り命に別状はなさそうだった。
ホッとしたアンヌは、ベッドに近づく。
「よかった。無事だったのね」
「すまない。心配かけたね」
涙ぐむ妻にアーサーは申し訳なさそうに謝罪した。
「奥様ですか?」
警官がアンヌに声を掛ける。
「あ、はい。そうです」
「ご主人の怪我は軽傷で、命にかかわることはありません。
急に背中から刺されたのですが、誰かに恨まれたりしたお心当たりは有りませんか?」
「なっ!?」
「ああ、気に障ったらすみませんが、こちらも仕事ですからね。
先ほど、ご主人にもお聞きしたんですが、これといって恨みを買うようなことはないと話されましてね。
犯人はこの女なんですが、ご存知ないですか?」
そう言って、警官はアンヌに一枚の写真を見せる。
最近、普及し始めた写真だった。
上級階級では娯楽の一つとして購入する者が多いと聞くそれは、一般庶民には手が出ない値段故に見るのは初めてだった。
まるで小さな写実絵のように見えるそれは、白と黒とのモノトーンであった。
写真からでもわかる乱れた髪に、焦点のあっていなさそうな目、窶れはてた容貌はまるで老婆のようであった。
知り合いにもいない顔である。
(どう見ても私やアーサーよりも年上だわ。街に親しい人はいないし、前の処でもこんな人いなかったわ)
「いいえ、初めてみる顔です」
「そうですか」
「あの、この人が犯人なんですか?」
「ええ、もう捕まえていますからご安心ください」
「どういった人なんですか?」
「それはこれからの事情聴取で解る事ですよ。まあ、恐らく衝動的な犯行でしょうね」
「しょ…衝動的…」
アンヌは絶句した。
だが、無理もなかった。
通り魔的犯行と言われたのである。
つまり、アーサーを狙ったのではなく、運悪く被害者になったと言われたのだから。
「恐らく、今出回っている薬に侵されての犯行でしょうね。貧民街で多かった事件が、街でも起き始めたんでしょう。
何かわかりましたら、またご連絡いたします。では、今日はこれで失礼を」
警官はアンヌとアーサーに一礼すると、用は済んだとばかりに病室を後にした。
残ったのは、未だに衝撃から戻ってこれないアンヌと、何かを思い出したかのような目をしたアーサーだけがいた。