夫の出世
一台の乗合馬車は王都に向かっていた。
いつも不特定多数の客を乗せ、決まった道を決まった時間に合わせて運行される乗合馬車は田舎には欠かせない交通手段でもあった。王都に向かうこの馬車も同じ。王都行きは大体が、仕事で王都に行く商人や出稼ぎに行く若者たちで賑わっており、偶に旅行で乗り込む者もいるがそれは稀であった。
「エミリー、大丈夫かい?」
「うん! 大丈夫よ、パパ」
「もう少しで王都に到着するわ、忘れ物はない?」
「もう! ママは直ぐそうやってエミリーを子供扱いするんだから!」
その微笑ましい家族の会話は聞いている者をほっこりとさせた。
「ねぇ、パパ、ママ」
「「なんだい(なあに)?」」
「これから新しいお家で暮らすんでしょう?」
「「そうだよ(そうよ)」」
「王都って前に住んでいた処よりも人が多いってパン屋のおばさんが言ってたわ。本当?」
「「本当だよ(本当よ)」」
「な、なら、お友達もいっぱいできる?」
「「勿論だよ(勿論よ)」」
どうやら王都に引っ越す家族のようだと周りは察した。
そう、九年ぶりにアーサーとアンヌの夫婦は王都に帰るのだ。
いや、帰ると言うには語弊がある。
彼ら二人は、家族も婚約者も捨てての駆け落ち結婚だ。そのため、家族や友人に連絡を入れることは出来ないし、居場所も知らせていない。
なら、何故、王都に引っ越そうとするのか。それは、アーサーの論文が王都の大学に認められ、講師として大学に招かれることになったからである。
初めは、断ろうとした。なにしろ王都の大学だ。何時、自分達の家族や友人たちに会うとも限らない。
でも、このようなチャンスは二度とないであろうことも理解していた。悩んだ挙句、このチャンスに手を伸ばすことを決めたのだった。
娘のエミリーの将来の事もある。片田舎より王都の方が何かと選択肢があり、その分、教育にも力を注げるのだ。これから何かとお金がかかってくる年頃でもあるし、そろそろ二人目も欲しいと夫婦で言っていたのだ。
そうなれば、田舎町での教師よりも、王都の大学講師の方が何倍も給料がいい。
王都といっても、住む場所は平民の住む領域だ。気をつけていれば会う機会も無いだろう、と言った思いが二人にはあった。