過去との再会
カランカランカラン!
アーサー達が見ていた店から、誰かが出てきたようだ。
「あ…」
アーサーは驚きと共に、思わず声を漏らした。
店員に恭しく先導されて出てきたのは、明らかに上流階級の男女だった。
男性の方は、一流の職人が丹精込めて作った彫刻のように美しい。傍にいるのは、若い奥方のようで、愛らしい容貌の小柄な女性であった。
美しい夫婦の傍らには、女性によく似た男女の子供たち。お父様、お母様、と呼んでいる事から間違いなく二人の子供なのであろう。
数人の店員と店長らしき男性から、お礼らしきことを言われている。
どうやら店の常連客でもあるようだ。
奥方の方が店の前に佇むアーサー達に気付いた。アーサーとアンヌに向かって、二コリと微笑むと、美しい夫の腕に自ら腕を絡め、子供達を促しながら優雅に馬車に乗り込んだ。
「ヴィクトリア…」
驚愕に満ちたアーサーの呟きで、相手が誰であったかアンヌも悟った。
夫の元婚約者であると。
「…今の子爵家のヴィクトリア様? ご結婚していたのね…それに子供もいたわ」
「ああ、そのようだな」
「…子供大きかったわね」
「エミリーくらいじゃないかい?」
「そうね…」
自分が捨てた婚約者と、こんな処で再会するとは夢にも思わなかったアーサーであったが、内心、ホッとしていた。
過去の調査で、自分と妻の実家の状況は確認したが、元婚約者のことは何も調べなかったからだ。知る事が怖かったと言うよりも、実家たちの状況が凄まじすぎて、知ろうとすることも頭から抜けていたのだ。
ヴィクトリアは、婚約破棄された側である。
如何に男性側の有責であったとしても、女性である以上、無事では済まない。
瑕疵一つない令嬢であっても、婚約破棄されれば『傷物』の汚名は確実に受ける。次の婚姻にも当然、支障が出るはずだ。
だが、今見たヴィクトリアは幸せそうな家庭を築いているようだった。
そのことに、アーサーは安心した。
だから気付かなかった。
アンヌがヴィクトリアたちが乗った馬車を睨みつけていたことを。
その視線にも気付かずに、妻を促す。
「アンヌ、今日は早く帰ろう。エミリーが待っているよ」
「ええ…」
去っていく貴族の馬車。
洒落た装飾の中に家紋が施されている。子爵家の家紋だ。黄色いつるバラに双方の蛇。貴族にしては珍しい家紋のせいか、平民たちの間でも有名だ。
どうやらヴィクトリアが子爵家を継いだようだと、アーサーは気付いた。
スキャンダルの渦中にいたであろうヴィクトリア。社交界にも居場所は無かったことは容易に想像がつく。てっきり、親族から養子を貰い、その子供にでも子爵家を継がせ、娘のヴィクトリアは嫁に出したものと勝手に思い込んでいた。その方が、子爵家としても傷が浅い上に、これ以上の醜聞に塗れることもない。
娘、しかも一人娘だ。
醜聞に塗れようとも跡を継がせたのだ。
(自分が彼女の親なら田舎貴族にでも嫁がせて、スキャンダルの渦中から守る方法をとるのだが。子爵はそうはしなかったのか…。娘を溺愛していると聞いていたが、それは存外、噂に過ぎなかったようだな)
アーサーには理解できないことであった。
例え、醜聞に塗れようとも、それを糧に成り上がっていく発想が。
スキャンダルの渦中にいても、それを、そうと思わない人間もいることを。
女性として爵位は継げなくとも、子爵家の莫大な財産と実権はヴィクトリアのものである。




