新しい病院
美しい建物、舗装された道。
何故かコレットが入院した病院は、上流階級が多く住む地区にあった。普通、あのような特殊な病院は街の郊外にあるものだが、経営者の意向で貴族地区の一等地に建てられていた。
そのため、二人は少々変装した格好で赴かなければならなかった。変装と言っても仮装をする訳ではない。アーサーに至っては、サングラスを掛けたり、帽子を深くかぶったりするぐらいだ。女性であるアンヌは、その日だけは化粧を濃くしたり、つけ黒子を付けたりと、ひと工夫する。それだけで、かなり印象が変わるのだ。二人は細心の注意を払って病院に来ている。場所が場所だけに用心する必要があったのだ。十年以上たっているとはいえ、アーサーやアンヌのことを見知っている人間は多い。貴族社会は思う以上に狭い世界なのだ。特にアーサーは妻以上に友人も知人も多かった。
(私たちの存在を知られるのは不味い。平民の身分になっている自分達は兎も角、実家のノーバンド侯爵家に、これ以上の迷惑はかけられない。私たち夫婦が王都に戻ってきている事を誰かが知れば、再び、ノーバンド侯爵家がスキャンダルに巻き込まれかねない!)
コレットの現状と引き起こした事件の詳細が貴族社会に知られることを、アーサーは何よりも危惧していた。厳しくも優しかった兄、ウイリアムとその家族のために。
憂鬱な気分のアーサーとは裏腹に、アンヌは貴族街を歩くことに少し浮足立っていた。十数年ぶりなのだから無理もない。
それに、歳月は貴族街にも変化を起こしていた。以前は老舗の大店しか貴族街に出店できなかったため、建物自体が重厚感に満ちたものが多かった。
今では、オシャレな商店が多く軒を連ねている。伝統ある老舗商店ではないが、どこも高級店ばかり。老舗には無いオシャレな空間と珍しいガラス張りの店が多い。なかには看板をオブジェ風にした洒落っ気あるものまであった。
目を引く店が多いため、アンヌは時折立ち止まって店中を見てしまう。覗きのように感じるが、ガラスで覆われた店は、見てくださいと主張せんばかりのものだ。ついつい、足を止めてしまうのも致し方なかった。
ショーウィンドーに飾られた子供向けのドレス。恐らく子供向けの専門店なのであろう。前までは無かった専門の店が多い。娘が着られそうなドレスに、つい目がいく妻に苦笑しながらも、彼女を止めることはしなかった。
「ねぇ、少し見てもいいかしら?」
「見るだけにしてくれよ」
「勿論よ!」
飾られたドレスに値段は表示されていない。
既製品であっても、貴族街の店で、大ぴらに値段を表示する店など無いのだ。
それがこの街のルールでもあり、平民には手がでない金額でもあった。庶民の街とは桁が違う。
それは二人もよく分かっていた。




