彷徨う男
報告書を読み終えたアーサーは両手で顔を覆った。
自分達が逃げ出したせいで残された家族が責任を取ったのだ。ローリー男爵家などは破滅している。
(このことをアンヌに話すべきか…)
アーサーは迷った。
今更、真実を知った処でどうしようもない。
(このまま知らずに生きた方がお互いのためだ。コレットは病院から出られないだろうし、ネリーも娼館から出ることもない)
自分達の生活もある。アーサーは何も知らなかった事にした。報告書は捨てられなかったが、机の引き出しに入れ、鍵をかけて仕舞ったのである。
王都に戻って二年。
刺された日からの数ヶ月は怒涛の日々だった。
自分達が目を閉じて、考えないようにしてきた昔のこと。
捨てたはずの過去。
それが今になって押し寄せてきた。
まさか、男爵家があんなことになっていたとは夢にも思わなかった。
多少の不利益を実家が被ることになるとは思っていたアーサーだったが、その矛先がアンヌの実家にまで及んだことは想定外の出来事だった。
だが、幾ら忘れようとしても、知ってしまった以上、今までと同じとはいかなかった。アーサーは罪悪感に苛まれた。それを振り切るかのように今まで以上に仕事に打ち込んだ。
その熱心さ故だろうか、講師から准教授になった。それは異例の速さの出世であり、有望な人材だと大学側から絶賛された。
だが無理が祟ったのだろう。アーサーは遂に倒れた。
(アンヌには随分と心配をかけてしまったな…)
自室の寝室のベッドで安静を取っていた。
アンヌは夫を甲斐甲斐しく世話をしていた。
(この秘密を墓まで持っていくのは無理だ…。私はそんなに強くない)
遂にアーサーはアンヌに全てを打ち明けたのだった。




