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結い言  作者: 宮下
第1部 電車を見送る女
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廃旅館


 咲月につきまとう死とは裏腹に、何の変哲もない日々が数日過ぎていった。咲月はいたって元気で、なんでこいつから死を感じるのかわからない。殺しても死ななそうなのに、なんとなくこいつ死ぬなという直感は揺るがなかった。


「今日はクリームパンにしよっかなー。メロンパンにしよっかなー」


 軽やかな足取りで、咲月は購買へ向かっていた。毎度毎度、甘いパンしか選択肢にあがらないことに、私はうんざりする。こいつの死因は糖尿病に違いない。そんなことを思っていたとき、ふと頬に視線を感じて私は立ち止った。こんな時間に、こいつ以外からの視線を受けるなんて普通ではない。私の出す殺気を感じ取ったのか、咲月はうれしそうに振り向いた。


「名無しさん、ご機嫌だね」


 ご機嫌なのは、お前の頭だ。悪態が口から出ていかないほどに私は、不機嫌だった。


「ななし、さん?」


 第三者の声が私の耳に届く。咲月も声のした方を向く。そこにいたのは、大人しそうな男子生徒だった。咲月の反応を見るに、面識はないようだ。

 男子生徒は、申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。


「ごめんね、勝手に会話に混じっちゃって」

「ううん。平気」


 咲月は、まったく興味がないようで、すぐに購買へ向けて歩き始めてしまった。咲月の背中を追いかける。振り向いて、ああやっぱりと確信した。


『……あいつ、私のこと見えてやがる』

「え? なんか言った?」


 咲月が振り向く。


『いいや。なんでもない』


 私は、嘘をついた。

 振り向いた私と目が合った男子生徒は、にこりと笑った。一見して、愛想のいい、私からすると胡散臭い笑みだった。気味の悪いものと関わるのは、ごめんだ。それに霊感少年に咲月が興味を示さないわけがない。咲月の周りがにぎやかになるのもごめんだった。

 結局、咲月はメロンパンを買った。毎度毎度あきないのかと聞くと、じゃあ明日はクリームパンにすると言って笑った。


『(……明日、ね)』


 来るのか、こいつに。誰もかれもが若さを抱えて生きている学校で、なんでこいつだけ。同情したのではなく、理不尽な世の中に心底、絶望しただけだ。なんで死んでもなお、こんな世界に縛り付けられなければならないのか。生前、とんでもない悪行を行った罰なのかもしれない。そうでないと、幽霊なんてやっていられない。


 『(……知りたい)』


 理不尽を埋めるためにも、私は自分自身を知らなければならないと思った。そのためには、


「今日は、贅沢にいちご牛乳もつけちゃおー」


 能天気なこいつの助けが毛ほどは、必要なのかもしれない。こいつが、死んでしまう前に。


『私がお前に憑りついている理由、覚えているか』


 咲月は、いたずらっぽく声を潜めて言った。


「私を呪い殺すためでしょ?」


 言い方が癪に障った。これ以上、会話をしたくなかったが、我慢して私は言葉を続けた。


『他の理由は』

「私を喜ばすため!」

『違う。死ね』


 咲月は、他に何かあるのかと頭を悩ませている。これは、待っていても答えは見つからないだろう。仕方がないので、自分で答えを言った。


『私自身が誰かを知るためだ』

「自分探しの旅だね」

『その言い方はやめろ』

「なにか、わかったの?」

『……………』


 無言で否定する。咲月は、少し考え込んだ後、何か思いついたようで顔を輝かせた。


「そんなあなたにぴったりのモノがあります!」


 突然、通販番組のようなテンションでしゃべり始めた咲月に、不幸にも近くにいた生徒が恐怖していた。


『なんだよ、それ』

「帰ってからの、お楽しみ」


 言い方が本当にムカついたので、私はそれ以降、家に帰るまで咲月と口をきくことはなかった。

 帰宅後、咲月はいつもの菓子パンをかじりながらリビングでテレビを見始めた。待てども待てども日常を進めていく咲月に、帰ってからのお楽しみを巻き起こしてやろうかと殺気を放っていると、咲月が空気の読めない陽気な声をあげた。


「始まったよー、名無しさん」

『ああ!?』


 テレビを菓子パンで指す咲月の行儀の悪さが気になっている私に、咲月は再度テレビを見るよう促した。


<恐怖! とっておきの心霊特集!>


 テレビに表示された安っぽいテロップ。

 それにタレントの安っぽいやり取りが続く。


『これ、お前が楽しみにしていた番組じゃないか』

「そう。名無しさんにもぴったりでしょ?」

『まさかこれが昼間言っていたやつじゃ……』

「そうだよ」

『そうか。期待した私がバカだった』

「まだ始まったばかりだよ? ほら、一緒に見よう」


 ソファーの隣をポンポンと叩く咲月を無視して、私は咲月の左斜め後ろに立ち続けた。

 咲月は、テレビに夢中だ。時折、本物を堪能したくなるのかうれしそうにチラ見してきてうざい。だが、あえての無視だ。相手にしたら喜ぶだけだと、自分に言い聞かせた。


「これって、本物なのかな?」

『作り物だろ』

「シンパシー感じない?」

『なんだよシンパシーって。感じるわけないだろ』

「こういう霊能者なら、名無しさんのことわかってくれるのかな?」


 テレビでは、霊能者が除霊とやらをしている。幼くして死んでしまった子どもが、母親恋しさに家に憑いてしまったらしい。子どもの気持ちと母親の気持ち、両方を霊能者は紐解くように代弁していく。誰よりもあなた方の理解者です、そんな霊能者は私からしたら胡散臭い詐欺師と同類だった。


『こいつに私の気持ちがわかってたまるか』


 見えもしないくせに、子どもが成仏できたと感涙する母親。その肩を優しくさする霊能者。こんなの結局、生きている人間のための慰めに過ぎない。母親の背後で、子どもは無邪気な笑顔を浮かべていた。


『生きている人間に、私の気持ちがわかるわけがない』


 リモコンが触れたら、テレビ画面に向かって投げつけてやるところだ。自分が死んだことにすら気づいていない子どもは、晴れやかな顔の母親と霊能者を不思議そうに見上げていた。憎々しく画面を睨み付ける私を、咲月は無表情に見ていた。

綺麗ごとの一つでも言うようなら、お前は死ぬと率直に教えてやろう。死が怖くない人間なんているわけがない。せいぜい恐怖して死を迎えさせてやろう。

 咲月は、湿っぽさとは対極の反応を示した。


「じゃあ、やっぱり幽霊に聞くしかないよね! よし、心霊スポットへ行こう、名無しさん」


 何かスイッチが入ってしまったらしい咲月は、自分の部屋からパソコンを取りにリビングから出て行った。テレビでは、心霊映像が流れている。目があるべき場所を真っ黒くした霊に、カップルが悲鳴を上げてひっくり返る。あの霊と言葉を交わすところなど、想像もできない。理性のりの字すら感じられない。早々、パソコンを持って戻ってきた咲月に、やっぱり行きたくないなんて言えるわけもなかった。

 しかも、タイミングがいいのか悪いのか、例のサイトは更新されていた。

 “常闇の住人”

 中二病のようなサイト名の左上のアクセスカウンターは、相変わらず伸びていない。


“恐怖の廃屋”

 “***市*木町3丁目**-3

  林の奥にある廃屋にて、女の幽霊の目撃情報あり“


 心霊番組で肝試し系の映像を見た咲月には、タイムリーな内容だった。


「廃屋! ロマンだよ、ロマン!」


 目をらんらんと輝かす咲月が気持ち悪い。住所を見るに、この前の丘のすぐ近くだ。またあの場所に近づくのかと思うと、気が思い。

乗り気じゃないオーラを出すが、咲月は全く気が付いてくれなかった。


「女の幽霊だって。友達になれるんじゃない?」

『いらん』

「明日行こう! 明日!」

『はあ? 学校があるだろ』

「学校帰りに行くの。名無しさんのとこだって、学校帰りに寄ったんだよ?」

『そんなに暇なら、部活でもやったらどうだ?』

「ホラーマニアが満足する部活がなくって」


 まったく話にならない。咲月は、廃屋なら懐中電灯必須だね予備も含めて三つは持っていこうなんて言いながら、せわしなく動き始めている。

 心霊番組が終わった。合間なく始まったニュースでは、咲月が話していた近隣で起きた殺人事件についてアナウンサーが報じている。死んだ人間より、生きている人間の方がよっぽど残酷で恐ろしい。それを思うと、幽霊だけを追い求める咲月は、まだ可愛い存在に思えてくる。


「次は、名無しさんのこと何かわかるといいね」


 屈託のない笑顔に、私は口をつぐむ。胸の奥でざわつく感情に目を向けてはいけない。

 なぜ私はさっきのテレビに出てきたような人間を害するだけの幽霊になりきれないのだろう。ぐだぐだと思い悩むさまは、生きている人間のようで醜い。

 うつむくと床に頭から垂れた血液が吸い込まれるようにして消えた。





 翌朝は、ちょっとした冒険日和の快晴だった。

 家を出る咲月の足取りは軽い。表情だけ見れば、充実した学校生活を送る女子高生のようだ。その背中には、パンパンに詰まったリュックが背負われており、一見すれば家出少女、見ようによっては教科書がいっぱい詰まった優等生にも見えた。


「咲月、何その荷物?」


 咲月が勤勉な生徒ではないと知っている志保は、咲月が席に着くなり怪訝そうな顔をした。それに対し、咲月は胸を張って答えた。


「今日ね、廃屋に行ってくるの」

「またオカルト?」

「そう!」

「テスト前なのに、勉強は大丈夫なの?」

「平気平気」


嘘つけと私は、心の中で突っ込んだ。こいつが家で勉強をしているところなんてみたことがない。おかげで、今がテスト前だということすら初耳だ。

 志保なら咲月のことを止めてくれるだろうと思いきや、志保は興味を示したようだ。


「その廃屋ってどこにあるの?」

「結構、近くだよ。しーちゃんも行く? テスト前だから、部活ないよね」

「まあね。私は、普段から勉強しているからテスト勉強なんて必要ないし、正直、暇なんだよね。私はオカルトに興味があるわけじゃないけど、たまには咲月に付き合ってあげようかな」


 志保の物言いに私はかちんと来たが、咲月は気にならないようだった。

 友人と心霊スポットに行けるかもしれないと咲月はただただ浮かれている。


「行こうよ、しーちゃん!」

「最近、物騒だし、誰か他にも誘わない? そうしたら、行こうかな」

「他の誰かかー……」

「男ね、男。用心棒代わり」

「男かー……」


 咲月は、頭を抱える。咲月は志保以外に特別仲がいい友達はいない。まして男友達なんて皆無なレベルだ。それを知っていて志保は、言っているに違いない。こういう女は、鼻持ちならない。思わず、助け船を出してしまった。


『三上とかいうやつは?』

「三上くん?」

「あー、三上か。私、二年になってから、一度も会ってないかも」

 咲月の代わりにメロンパンを買ってくれた少年だ。

「じゃあ、咲月。三上が一緒に行ってくれるって言ったら、私も行くよ」

「しーちゃんも一緒に誘いに行ってくれる?」

「いかない。一人で行くこと。私、三上と仲良くないし」


 咲月がうーんと悩んでいる。一人で行くのが恥ずかしいのだろうか。そんな女の子らしい咲月なんて、見たくなかった。ひとしきり悩んだ後、咲月は言った。


「三上くんって、何組だっけ? 全然思い出せないや」

「私も知らないよ」


 私は、三上を哀れに思った。

 結局、咲月は昼休みに地道に人に尋ねるという手段に出た。なんてことなく二人目ですぐに三上のクラスが分かった。二年五組。咲月は一組だから、接点が薄いのも納得がいく。

 咲月はひょいっと五組のクラスをのぞく。私はすぐに友人と談笑しながら昼食をとる三上の姿を見つけた。咲月は見つけられないようで、しばらくキョロキョロしていた。

 三上が咲月に気が付いた。咲月は、まだ捜索を続けている。


「森山?」

「わッ!? 三上くん、どこにいたの?」

「そこの席にずっといたけど……」


 わざわざ三上が教室の出入口まで来てくれた。


「誰、探しているんだ? 呼んでくるよ」

「三上くんのこと探していたんだよ」

「え!? 俺!?」


 三上の顔が少し赤くなったようだ。そういうことなのかと大人な私は察する。

 咲月は単刀直入に聞いた。


「今日の放課後、何か用事ある?」


 三上は期待を誤魔化すように目を泳がせた。


「いいや、テスト前で部活ないし……」

「じゃあ、ちょっと付き合ってもらえるかな?」

「!」


 可哀想に。素直に三上少年に同情してしまう。もちろん、哀れな少年の答えは決まっていた。そして、放課後がやってきた。


「待って、ここ……どこ?」

何もわかっていない少年が一人。

「まさか三上がOKするとは誤算だったな」


 高飛車な小娘が一人。


「うわー! この奥に廃屋があるんだね! わくわくするね!」


ひたすら楽しそうな空気が読めないオカルト娘が一人。

三人は、鬱蒼とした林を目の前にしていた。

 三上は大きくため息をついた。


「……森山のことだから、こんなことだろうと思った」

「三上、帰ってもいいよ? 勘違いでついてきちゃったみたいだし」


 三上は、志保の言い方に少しムッとしたようだ。


「ここまで来たら、付き合うに決まっているだろ」

「そう? 怖いのかと思った」

「そんなわけないだろ」

「二人とも、懐中電灯渡しとくねー」


 咲月は、険悪ムードの二人に懐中電灯を渡した。まだまだ明るいがこれだけの木々で囲われた廃屋であれば、屋内は暗いに違いない。

 ここからも先日、咲月と行った丘が見えた。ここからでは、あの場所にまだあの忌まわしい存在がいるのかどうかはわからない。私は、林の中に足を踏み入れた三人の背に続いた。

草で覆われた石畳に沿って五十メートルくらい進んだあたりで、竹藪が開けた。現れた廃屋は、思っていたよりもずっと大きな建物だった。


「旅館だね、廃旅館!」


 二階建て木造の旅館だった。生業をやめてから、どれだけ経ったのか。コケや蔦で覆われた外壁に、窓ガラスはほとんどが割れ内側から木材が打ち付けられている。


「なあ、森山」

「ん?」

「ここって、どんな噂があるんだ?」

「女の幽霊が出るんだって」

「どの部屋にとかはあるのか?」

「ううん。細かい情報はないから、とりあえず、全部屋見てみよう!」


 志保と三上は、しり込みをした。一人空気の読めない咲月は、意気揚々と旅館の扉に手をかけた。内外を見通すためのガラスは、曇っていて中に何が待ち受けているのか教えてくれない。

 それでも咲月は、躊躇なく扉を開けた。

 むっと圧縮された空気が顔に襲い掛かる。この空気の重みは、丘で感じたものと若干似ていた。これが噂の霊の仕業なのか。それとも、ただの滞留した空気のせいなのか、私にはわからなかった。


「中は思ったより綺麗だね」


 志保は明るく言った。怖がる素振りはなく、意外とノリノリな様子だ。

 中は綺麗に掃除をして、ある程度の修繕をすれば、レトロな旅館として営業再開ができそうなくらいだ。それでも、窓ガラスは全部割れてしまったのか、ほぼすべての窓に板が打ち付けられている。板と板の間から漏れる光だけでは心もとなく三人は懐中電灯をつけた。

 私は暗がりに慣れているせいか幽霊だからなのか、視界に困ることはない。くまなく周りを見回すと、剥がれた壁や、黒ずんだ天井など廃れを感じさせる要素を見つけた。

 そんな中、受付にある物に目がとまる。古びた花瓶に一輪のバラが飾ってあった。赤というより黒に近いような色合いだ。まさか生花ではあるまい。近づくと、その横にある宿泊者名簿として使っていたのであろうノートが目に止まる。とあるページが開かれている。そこには、赤文字で『くるな』と大きく書かれていた。

 咲月のような不謹慎者のイタズラだろうか。だとしたら、このバラも後に来る同志への置き土産かもしれない。残念ながら、同志はこの小細工に一切気づいていない。私はわざわざ馴れ合いに加担してやる気はなく、三人がいるロビーへ向かった。


「ここも幽霊いないねー」


 咲月はきょろきょろと周りを見回している。そんな咲月に三上は、問いかけた。


「そんな大雑把に見る感じでいいのか?」

「いいんじゃないかな? いたら、すぐにわかると思うよ」

「幽霊って、霊感ない人にもはっきりと見えるものなの?」


 志保の質問に、咲月は私を横目で確認した。


「見える時は見えるんじゃないかな」


 名無しさんみたいに。咲月の心の声が聞こえてくるようで、むかついた。


「じゃあ、次行こう」


 咲月は、ロビーを後にする。私は、最後にロビーを一度振り返る。三人ともあっさりとした反応だが、私には十分に不気味で奇妙に感じる。

 壁のそこかしこに赤文字で「くるな」「にげろ」の文字。まるで血で書きなぐったかのように垂れたインクの演出が憎らしい。心霊スポットでは、このくらいの演出が普通なのだろうか。なんて物騒で無秩序な馬鹿どもなのだと、怒りが沸いてくる。

 もし、ここに女の霊がいるとしたら、自分の居場所をこんなにも荒らされて、さぞかしご立腹なのでは。女の霊と結託して、咲月たちを懲らしめてやりたいところだ。

 三人は、廊下を行きながら左右の部屋を、大雑把に見て回っている。咲月の装備からして、もっとじっくり見て回るのかと思ったが、あっさりしたものだ。


「なんかお宝とか眠っていそうだな」

「こういうところから物を持ち去るの窃盗じゃない? 止めときなよ」

「わかってるって」


会話している志保と三上から離れ、咲月は、さりげなく私に近づき小声でしゃべりかけてきた。


「他の霊いそう? なんか感じる?」

『わからない』


 私は率直に答える。


「じゃあ、一階にはいないのかな。二階に行ってみようか」

『……ああ』

「どうしたの? 名無しさん、乗り気じゃない?」

『お前たちは、気味が悪くないのか?』


 そこかしこにある赤文字が、奥へ行けば行くほど生々しくなっている。触ったら、手にべったりと血のりが付きそうな艶やかさだ。


「なにか変わったことでもある?」

『変わったことというか……』


 あの赤文字、と言葉を続けようとして私は、絶句した。壁に赤い点が沸き出てきた。小さな点は、じわじわとにじみ出るように形をかたどっていく。

 “にげて”

浮かんできた三文字は、持て余した液体を細くたらしている。

 ぽた、ぽた。

雨の降り始めのように、床に赤い粒が垂れてきた。私は、上を向いた。天井に文字が浮かんでくる。

“くるしい”

 誰かが悲痛を訴えてくる。涙のように天井から一粒落ちてきた。床で跳ねた点は、血痕のように跡を残した。


「名無しさん、どうかした?」


 咲月も私にならって、上を見上げる。そして、もう一度私に聞いた。


「天井になにかあるの?」


 私は、一抹の不安を覚える。咲月には、見えていないのだろうか。


「一階は何もなさそうだし、二階へ行こう」


 咲月が三上と志保に声をかける。ロビーへ戻り三人は二階へ向かおうとする。私は、その背中に何かを伝えなければと思った。しかし、肝心のかける言葉が見つからない。いったい私は、何をしようとしているのか。誰にも知られることなく、自問自答を繰り返していた。


「二階には、幽霊いるといいなー」

「いたら、咲月放置して逃げるから」

「ひどいな、しーちゃん」

「本当に幽霊がいたら、森山はどうするつもりなんだ?」

「お話しする」

「まじか。思ったより理想が高いな」


 迷った挙句、私は黙ってついていくだけだった。私は、いつだってあと一歩が踏み出せない。そして、後悔するのだ。唐突に出てきた結論に、私は合点がいった。

そう、私は後悔している。いったい何に。思考が停止してしまう。それでも、私は理解した。これから待っている結末は、後悔だと。こんなさびれた廃屋が似合わない生命力に溢れた三つの後頭部を眺めながら考える。自分がどうしたいのかを。おぼろげに、答えは出ていた。それを否定する天邪鬼な私が、あと一歩を頑なに拒絶する。


「二階の方が空気、悪くない?」

「かなり悪いな。それに、なんか変な匂いしないか?」

「あー、言われてみると生臭い匂いする」

「え? するかなー?」


 咲月は、すんすんと鼻を鳴らす。

 三上と志保は、感づいているようだが、咲月は微塵も感じていないようだ。私が見えるくせに、霊感が皆無なのだろうか。オカルトマニアなのに、残念なやつだ。そりゃあ、生臭い匂いもするよなと、私は思った。一階よりもたくさんの血文字が二階を覆っている。より濃く、より生々しく。もし私が生きている人間のように五感を感じられるのなら、血の匂いで鼻がもげていただろう。


「二階は全部、客室だね」

『おい』

「? どうしたの、名無しさん」

「名無しさん?」

「ごめん、独り言」


 咲月は志保に断りを入れ、客室から廊下に佇んでいる私に近寄ってきた。


『帰るぞ』

「え? まだ全部見終わっていないよ?」

『ここに霊はいない。無駄足だったな。帰るぞ』


 私は、口早にそう言った。

 咲月は、きょとんとした顔を浮かべた後、頷いた。


「名無しさんがそう言うなら、帰ろうか」


 咲月の言葉に、私は安堵した。決して、こいつらの安否を気遣ったわけではない。私がもうこれ以上ここにいたくなかっただけだ。そう言い訳して、自分のプライドを守った。


「みんなもう帰ろうか」

「まだ部屋あるけど?」

「なんか幽霊いなさそうだし、もういいや」

「なに、その中途半端な感じ? ここまで来たんだし、最後まで見ていくよ」

『あいつ、実はお前と同類なのか?』

「しーちゃんは、完璧主義なとこあるからね」

「ほら、行くよ」


 志保が先導して、他の客室を見ていく。優等生ぶった発言をしていたくせにと志保を憎々しく思う。

 やはりどの部屋も血文字であふれている。しかし、肝心の幽霊の姿はない。また壁に血文字が浮かんできた。

 “しにたくない”“いきたい”

 ここに出るという幽霊の叫びだろうか。だとしたら、分かり合えないなと思った。

 私は、死にたくて轢死という道を選んだのだろう。生きることに対する未練は、幽霊になった今も微塵もない。私とは、真逆の考えの持ち主に、惹かれるものは何もなかった。


「名無しさん、壁とか天井を見つめていること多いけど、何かあるの?」


 咲月がひょこっと私の顔を覗き込んでくる。教えてやろうか一瞬迷い、すぐに答えを出す。教えたところで見えないから意味がない上に、咲月を喜ばすだけだ。


『なんでもない』

「森山」

「三上くん。どうかした?」

「何かそこにいるのか?」


 一瞬、三上と目が合う。こいつも見えるヤツなのかと私は、身構える。

 しかし、目が合ったのはほんの一瞬で、すぐに三上の視線は虚空を漂う。


「なんとなく……森山、何かに焦点があっている時があるから。何かそこにいるのかと思ったんだ。悪い、変なこと言ったな」

「ううん。ただぼーっとしていただけだよ」

「それならいいんだが……」


 三上はそれ以上、追及する気はないようだ。

 ふと三上の視線が天井に定まる。そこには、「いたい」という血濡れの文字があった。咲月も同じように見上げて、首を傾げている。


「三上くんも、天井が気になるの?」

「も?」

「私もなんとなく気になるなーって思っていたところなんだ」

「黒いしみがそこら中にあるだろ?」

「黒いしみ?」

「見ようによっては、文字に見えそうだなって思ったんだ」

「へぇー……」


 咲月は、私を横目で見てくる。私は、視線をそらせてはぐらかした。三上は、少なくとも咲月よりは霊感があるのかもしれない。


「二人とも見終わったよ。帰ろう」

「しーちゃん、満足した?」

「うん」


 咲月は、三上が言っていた黒いしみについて私に質問したそうにしている。質問されないように私は、あえて離れて歩いていた。

そして、再びロビーへ戻って来た。同じ景色のはずなのに、私は明らかな変化を感じていた。その変化を口にしたのは、三上だった。


「来た時より、黒いしみ増えてないか?」

「黒いしみ?」


 志保は、怪訝そうに辺りを見回す。


「確かになんか汚くなった気がする」


 その異変に気づいていないのは、咲月だけのようだ。必死で目を凝らしている様が滑稽だが、今は笑っていられる状況ではなかった。

 血文字の量が明らかに行きよりも増えている。入口に近づけば近づくほど、視界が赤く染まっていく。もはや、玄関は真っ赤だった。ガラスさえも真っ赤に濡らし、その真ん中だけ別の色が浮き出ている。


「いらっしゃい」


 人が立っていた。愛想のいい笑顔で、その男は咲月たちを出迎えた。私にだけ見えていたら、よかったのに。三人とも足を止めて、驚愕の表情を浮かべている。


 男は、左手を掲げて、もう一度言った。


「いらっしゃい」


 左手に掲げられた包丁が鈍く光っていた。

 噂にあった女の幽霊ではない。幽霊でさえもない。私には、生身の人間にしか見えなかった。

 それでも、愚かな咲月は、幽霊と人間の区別がつかないようだ。


「あなたが噂の幽霊?」


 咲月の質問に、男はにやりと嫌な笑みを浮かべた。私がそんな風に笑ったら咲月は喜ぶだろうに、男の笑みを前に咲月は顔を曇らせていた。


「さあ、どうだろうね。死んでみたら、わかるんじゃないかな」


 軽い調子でそんなことを言いながら、男は包丁を手に、突進してくる。


「逃げるぞ!」


 三上が素早く反応して、声をあげる。足が動かない女子二人の腕を引っ張って、駆け出した。一方は、恐怖で動き出せない。もう一方は、何を考えているのかわからなかった。

幸い男の足は遅かった。三人は、ひとまず一階の食堂らしき広い部屋に身を隠す。三上は音を立てないように気を付けながら、近くの窓に打ち付けられた板をはずそうと苦戦している。何本もの釘で執拗に打ち付けられた板は、力のある男子高生でもびくともしない。


「ここの窓はダメだ。玄関かもしくは板が外れそうな窓を見つけて逃げるしかない」

「あの人は、幽霊なのかな。幽霊なら、あの包丁で刺されても大丈夫じゃない?」


 咲月は緊張感なく言った。それに対し、志保は震えそうになる自分の肩を抱きながら、色白の肌をさらに白くしている。


「あいつ、私を狙ってた……見てよ、これ」


 志保は、制服の肘を見せた。五センチほど真っすぐに布が切れていた。


「包丁がかすったの。あんなので刺されたら普通に死ぬから」


 それを見て、さすがの咲月もとぼけた口を閉ざした。

 私は窓際に行く。板と板の間から見える外界は、まだ明るくただただ平和な時が流れている。手を前に出す。簡単に壁をすり抜け、私の手は危険から脱した。私は、造作もなく咲月たちを見捨てていくことができる。背後では、血文字が騒がしくなってきた。咲月たちに危険を知らせようと、文字通り血を滲ませながら必死にメッセージを伝えようとしている。それを受信する能力が三人にはなかった。私は、手を引っ込めた。


『そろそろあいつが来るぞ』


 咲月が顔を上げる。


『お前のことはどうでもいいが、無関係の二人を死なせたら後味悪いからな。早く逃げろ』


 咲月は私の言葉に笑みをもらした後、頷いた。


「あの人がもうすぐここに来るって。逃げよう」

「なんでそんなことがわかるの?」

「オカルトマニアの勘」


 志保は訝しんでいるようだが、三上は信じたようだ。声を潜めて言った。


「あいつが食堂内に入って来たら、うまく逆側をすり抜けて玄関へ向かおう」

「そんなにうまく行く?」

「廊下でかわすより、ここの方が暗いし広さもある。死角を突いて行動しやすい」

「静かに、もう来るって」


 三人は、懐中電灯を消して、息をひそめる。志保と三上は、近づいてくる足音に、身体を強張らせている。咲月からは、相変わらず恐怖を感じられなかった。

足音が食堂に入って来た。テーブルや衝立など物陰が多く暗いおかげで三人の存在はうまく男から隠れていた。三人は、音を立てずに慎重に移動する。そつなくいっていると私は、思っていた。しかし、男の獲物を見つける執念の方が上だった。


「見つけた」


 些細なものの動きを見逃さない。そこから生じた動揺に、男は歓喜し包丁を握り直した。


「逃がさない」

「きゃっ!?」


 悲鳴を上げたのは、志保だった。恐怖で足がもつれている。三上が志保の腕を支えて志保の足を強制的に動かす。男は、楽しそうに包丁を振り回している。ああ、これは逃げきれないなと、私は思った。

 着実に両者の距離は縮まっている。食堂の出入り口に着いた時、ちょうど両者の距離がゼロになる。まず、第一に殺されるのは、志保だろう。美人というのも大変だなと私はただの感想を抱いた。もはや私にどうこうできる話じゃない。せめて、後悔に繋がるかもしれない結末を見届けようと思った。その時、男の顔面に椅子があたった。投げたのは、咲月だった。


「二人とも早く走って!」

「ああ! 悪い、助かった!」


 三上と志保は、一直線に廊下をかけていく。

 当たり前のように咲月もその後を追うのだろうと思いきや、咲月は反対方向へと駆け出した。


「こいつ……! 待ちやがれ!」


 椅子をぶつけられた怒りから男は、咲月を追いかける。私も咲月を追った。


『何やってんだ、お前!』


 咲月は、答えない。冷静な顔でまっすぐ前を見ながら、足を動かしている。


『こっちは、行き止まりだろうが!』

「知っているよ」


 何てことないようにそんなことを言う咲月に、言いようのない怒りが沸いてきた。最近、こいつをまとっていた死はこのことだったのだろうか。


『お前、死ぬぞ』


 何度も言おうと思っていた言葉。その言葉に望んだのは、咲月の恐怖の顔だ。こんな悟り切った顔じゃない。


「死んだら、名無しさんと一緒に幽霊やろうかな」

『そんな風に笑うな!』

「うわッ!?」


 私は、咲月を張り倒して、近くの部屋に入れた。

 そして、咲月の手を持って扉を閉めさせ、咲月を目一杯に動かし座卓を立てかけ扉が開かないようにした。

 男が扉を蹴って来るが、しばらくはもつだろう。


『私は幽霊になったお前と仲良くやるつもりはない』


 咲月は、背後の騒音に怯えることなく、朗らかに言った。


「一緒に心霊スポット巡りしようよ」

『死んでも続けるつもりかよ』

「もちろん!」


 屈託のない笑顔に疑問が沸いた。


『お前は、死ぬのが怖くないのか?』

「名無しさんが看取ってくれるから、怖くないよ」

『ふざけるな』


 背後では、扉が乱暴に蹴られている。そろそろ危ないのではないか。木造の扉をけ破られたら、もう逃げ場はない。それでも咲月は、相変わらずのん気な顔で、危機感がない。そのことが私を苛立たせた。


『死んで後悔してからじゃ、遅いんだからな』


 咲月は、真っすぐに私を見つめ返した。


「名無しさんは、後悔したの?」

『……ああ、たぶんな』


 どんな人生を歩んで、こんな余生を与えられたのかはわからない。それでも、こんなその後があると知っていたら、死を選ぶなんて馬鹿なことはしなかったのでは。少なくとも、今は、生きて別の道を歩んでほしかったと思う。死んでからしかわからない正解を今さらどうこう言っても仕方がないが、きっと生きているうちには気づけないのだろう。でないと、こんなにも後先考えない馬鹿にはなれない。

 大馬鹿者は、膝を抱えながら言った。


「私も死んだら、後悔するのかな」

『当たり前だ』

「どんな後悔?」

『それは知らないが、死んだら二度とメロンパン食べられないぞ』

「それは、嫌だな」


 咲月は、苦悶する。うなりながらも、笑みが混ざっている。死から遠い無邪気さが覗いた。質量を持たない私の身体が、軽くなる気がした。

 ミシミシと扉が暴力に屈する音を立てた。切迫した音に急かされて、私は、咲月の両肩をつかんだ。


『咲月、いいか。奴は左手に包丁を持っている。扉がけ破られた瞬間、左側からすり抜けて玄関に向かって全力でダッシュしろ。わかったな?』


 わかってくれなきゃ困る。もし、拒否したら咲月を抱えて逃げてやろうと思った。しかし、その心配はなかった。


「わかった」


 咲月のその言葉に、ないはずの体温が上がる気がした。

 ふと、扉のきしむ音がやんだ。


「蹴るのやめたみたいだね。どうしたんだろう?」


 私は、扉から顔だけすり抜け、廊下を確認した。


『誰もいない。あの野郎、どっか行ったみたいだ』

「名無しさん、それ面白い! 便利!」

『うるさい、黙れ』


 私が、顔を引っ込めようとした時、見慣れた姿が用心深げにこちらへやってくるのが見えた。


『三上が来たぞ』

「え? なんで?」


 咲月は、扉を開け、廊下に出る。咲月が出した物音に警戒した三上は、近くの部屋に身を潜めた。無人の廊下を不思議そうに見ている咲月に、三上の居場所を知らせる。


『ここに隠れているぞ』

「三上くん、いる?」

「森山! よかった、無事だったんだな」


 三上は、喜びから声量が大きくなってしまった自分の口を押えて、廊下にひと気がないことを確認した。そして、咲月を部屋に招き入れると静かに扉を閉めた。


「怪我はないか?」

「うん、ないよ」


 三上が咲月を懐中電灯で照らす。そして、青ざめた。


「ふ、服に血が……!」

「ああ、これ私のじゃないから平気」

「誰のだ?」

「知り合いの人のだから、大丈夫」

「それは、大丈夫なのか?」

「それより、どうしてここに?」


 三上の興味が、私が咲月の服につけた汚れからそれる。三上は苦々しげに言った。


「玄関のドアが開かなかったんだ」

「鍵がかかっていたの?」

「鍵とか以前に、ガラスも割れなかった。俗にいう心霊現象とかいうレベルだよ。電波がないから通報もできない。完全に閉じ込められた」


 三上は、打つ手なしと嘆く。そこに咲月は絶望することなく、友人の安否を気づかった。


「しーちゃんは? どこかに隠れているの?」

「それが、急にいなくなったんだ。ガラスを叩き割ろうとしていたらいつの間にかいなくなっていた」

「一人でどこかへ行っちゃったの?」

「森山が来ないから心配して確認に行ったんだと思ったんだけど……違うよな」


 あのビビりようで単独行動はできないだろう。事実、言葉にしている三上自身、半信半疑なようだ。


「じゃあ、二階に行ったってことかな。こっちには来てないはずだよ」

「この状況で二階に逃げるとは考えづらいんだが、そうなるかもしれないな」

「それか、私が気が付かなかっただけで、一階のさらに奥の方に行ったとか」

「この先って、大浴場しかないよな」

「うん」

「念のため、行ってみるか。露天風呂があれば、外に続く扉があるかもしれない」


 二人は、大浴場に向かった。

 時間制で男風呂、女風呂を分けていたようで脱衣所も浴槽もひとつきりだった。大浴場は、窓すらなく二人は早々に後にする。大きな風呂を満たす血は、私にしか見えていなかったようだ。


「あれ? 森山?」


 三上の声に、咲月を見る。さっきまで隣にいた咲月がいなくなっていた。私は、慌てて廊下に出た。廊下の先で、咲月の姿を見つけた。咲月の腕を引いているのは、志保だった。何事だと、私はすぐに追いつく。


『こら、咲月! 急にいなくなるな!』

「しーちゃんに腕引っ張られて……しーちゃん?」


 志保は、咲月に呼ばれて見慣れない笑みを浮かべた。


「なあに?」

「どこ行くの? 三上くん置いて来ちゃまずいよ」

「いいから。一緒に行こ?」


 ぐいぐいと腕を引っ張られ、咲月は抗えないようだ。二階へと誘われる。


「しーちゃん、二階にはあいつがいるかもしれないから、一階へ戻ろう。三上くんもいるから」

「うん。いいから、こっちこっち」

「しーちゃん?」

『咲月、こいつおかしいぞ。ぶっ飛ばして逃げるぞ』


 咲月は、困惑しているものの私に賛同はしてくれなかった。軽やかに進む志保の足は二階の一室へと入って行く。様子がおかしい志保は、とんでもない道案内をしてくれた。


「ああ、いたいた。探したんだよ? まさかそっちからやって来るなんて」


 あの男がいた。赤い壁紙がよく似合う。男の目に、この生々しい嘆きが映らないことが残念でならない。

 志保は、相変わらず見慣れぬ笑みを浮かべたまま言った。


「友達を連れてきたの」

「わざわざ友達と一緒に殺されに来てくれたのかい?」

「うん。殺していいよ」

「しーちゃん?」


 咲月に志保は、微笑みかける。咲月の知らない笑顔に、咲月は珍しく深刻そうな表情をしていた。

 男が近づいてくる。ふわふわと夢心地な動きをしている割に、包丁を握る手は力強くと固定されている。躊躇いを持たない人殺しの手だ。この手から、どうにか咲月だけでも逃がそうと考えていたら、咲月は男に向けて手を突き出した。


「くらえ!」


 咲月は、リュックから取り出したスプレーを噴射した。

 ラベルには、<唐辛子スプレー・憎い悪者にぶっ放せ>と書かれていた。


「ぐわッ!?」


 男は、両目を押さえて苦悶する。その隙に咲月は逃げようとするが、志保が動こうとしない。仕方がないので、私は咲月の動力にプラスするように強めに咲月の腕を引いて走り出した。志保の足が仕方なく動き出した。



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