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ニコとロン  作者: 明鯉尾
3/4

ニコ-2


料理をしたい、と告げるとロンはとても嬉しそうな顔をした。

普段から柔和な表情を浮かべている彼は、ニコからすると正直感情が掴みにくい。

でもその時は本当に心底嬉しいんだなと分かる笑顔だった。



「料理がしたいのかぁ。じゃあ今度のお休みの日に教えるね」


にこにことそう返されて緊張していたニコはほっとした。ロンは決して駄目とは言わないだろうと思っていたけれど、嫌がられたらどうしようと考えてしまったから。



「でもどうして急に?あ、嫌だったら言わなくてもいいよ」



ふとそう言われて予想していなかった質問にニコの声が上擦る。


「あ、えっと、ロンに、頼りきりなので…」



自分が手伝うなんて烏滸がましいかもしれないとか、またしてもこれで伝わったのかと不安になっていると、はぁあああと目の前のロンがため息を吐いた。


「ろ、ロン?」


ロンの気分を害したのかとニコは不安になったが、彼は何故か顔を覆って「ありがと」と言った。


「迷惑、ではないですか?」



心配になったのでそう聞くと、ロンは顔から手を外して笑う。



「んーん、ちっとも。嬉しい」



「………うれ、しい」



予想してなかった事を言われてニコはロンの言葉を繰り返した。



「そう。いっぱい教えるね。

他には、ニコはやりたい事あるかなぁ?」



笑顔のままロンはそう尋ねてくる。

ニコは混乱するまま必死に考えたけれど、特に思い浮かばず無いです、としか答えられなかった。



じゃあまたおいおいね、と困った表情をしてしまった彼女を気遣うようにロンはそう言った。



それから、ニコはロンに料理のやり方を教えてもらうようになった。平日は学校と仕事があるので必然的にそれは休日になった。

まずは包丁の持ち方から。


「反対の手は猫みたいに丸めて持つんだよ」


ニコは学校にいる猫族の獣人を思い出し、手を丸めてみせる。


「はい…こうですか?」


「そうそう。じゃあこれを切ってみて。ゆっくりでいいから」


「は、はい」



手渡された野菜をゆっくり切ってみせると、ロンが笑った。

上手だよ、と言う言葉にどんな反応をしたらいいのか分からずニコは俯く。

そんな彼女を見るとロンは何も言わずに優しく頭を撫でた。


「…うん、上手。ニコは本当に手先が器用だねぇ。

じゃあ次は肉を切ってみようか。さっきよりも柔らかくて切りにくいかもしれないから、気をつけてね」


「はい」



そうしてロンの指示通りに材料を切って、完成した食事を2人で食べるのが休日の定番になった。

いつもロンには自分が一方的に助けてもらってばかりだから、こうやって二人で一緒に何かをするというのは新鮮で、ニコはロンの役に立てている気になれた。

もちろん、ロンが切り方や火の加減を隣で教えてくれるから出来てるのであって、自分の力じゃないと彼女は思っている。

それでもニコはロンに任せ切りの前よりもましだと思うし、何より一緒に何かをすることは温かい気持ちになれた。


オーブンの使い方を教えてもらっているときに、何か作りたい料理はあるか聞かれた。



「僕も大体の料理は作れると思うけど、そろそろちゃんとレシピを見ながらやろうかと思って」



そう言われて考える。



「えっと、料理じゃないんですが…アップルパイの作り方を知りたいです」



アップルパイはロンの大好物と聞いていた。

だからもし仕事で疲れたりした時に自分が作ってあげられたら、何か役に立てるじゃないかとニコは考えた。


「…うん、わかった」


ロンが何故か一瞬無表情になったのでニコは焦ったが、そう言ったときにはもういつもの柔和な笑顔に戻っていたので、自分の見間違えだろうと思った。



買い出しを任せて貰えるようになり、ニコは学校帰りは市場によって材料を買うことが増えた。

最近はロンの帰りが早いが、いつもはロンの休日にまとめて買いに行くか、仕事帰りに買ってきてもらうかしていたので、その分の負担が減らせるといいなと思っていた。


明日の夕食の材料を買うついでに、今週末のことを考えて林檎を見てみる。

どこが安いか、値段だけじゃなくていい林檎の見分け方も教えてもらいたいなどとニコが考えていた時だった。



急に腕を引っ張られて力任せに引き摺られる。


夕方の混みあった市場では誰に引っ張られているのか分からない。しかもどこもかしこも人波があって、背の小さいニコはその中に埋もれてしまい、誰も彼女の状況に気づかなかった。




ドアが閉まる音がして地面に叩きつけられ手が離される。思い切り引っ張られていたせいだろう、手首は赤く跡がついていた。


誰が、と思い顔をあげた瞬間、ニコは自分の思考が停止した。



「ご主人様…」



喉が痛いほど乾く。

彼女の前に立っていたその人は、3年前までニコを飼っていた人だった。

その表情は笑顔。そう、その人はいつも笑っていた。



「お前は何をしている?生きる価値もない奴隷のくせに平然と歩いているなんて」



そう言ってその人は笑顔のまま倒れ込むニコに拳をふるった。

頬に衝撃が走り、頭を地面に打つ。



お前達が犯したのはどれほどの罪か分かっているか?

人間が我々とともに外を歩くなんておかしいと思わないのか?

今の飼い主から逃げたのか?

人間の癖に。



微動だにしないニコに言葉と暴力が降ってくる。



──嫌なら嫌って言っていいんだよ。



そうだ。そう言ってくれた人がいたと思い出す。


「…い、いや、いたっ!!」



ようやくニコが口にできたその言葉も殴られて消える。



「いたい!いたい!!」


「うるさい!人間のくせに!!」


彼女が抵抗したことに興奮したようで、笑顔が深まり余計に殴られる。

まるで嵐のように痛みが降ってくる。



──ロン!



「しね!しね!!」


「やだ!ロン、ろん!!」


「しね、人間!!」


そう言って振り下ろされた拳が頭にあたり、いつの間にかニコの体は逃げていたらしく勢いのまま壁にぶつかる。

その衝撃でどこかがぷつりと切れた音がした。



「○%×$☆♭#▲!!!」



──ご主人様が何かを言っている。

ああ逆らってはいけない。何も考えてはいけない。

自分は人形なのだ。


思考が急速に3年前に戻っていく。自分のすべてが他人事に見えて。

もう痛くない。苦しくない。

…ああ良かった。


ニコの心は急速に閉じた。




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