ロキウスの誓い
来た道を辿るのではなく安全地帯と魔王領の森を最短距離で走り抜ける勇者馬車隊。
ロキウス達は交代で休息をとり体力と魔力の回復に努めた。
リレズのエクスポーションで対外的な回復は出来たが精神面の回復には至らなかった。
このままならかなりの速さで森の出口まで辿り着きそうだ。
ミラーエルは周辺警戒魔法で周辺を探る。
馬車隊の回りには敵は探知出来なかった。
ふと見るとまるで大きな母狼に抱かれているように森大狼の毛皮にくるまれてすやすやと安心して眠っている子狼の様な姿のリレズが目に入る。
狼の毛皮の前足部分にモソモソと顔を埋めてリレズが眠っている。
「このまま森を抜けられるといいんだがな。」
不意にロキウスがミラーエルに話し掛けてきた。
「そうねでも…森の出口付近には…」
ミラーエルは森に突入した時を思い出していた。
森に入るまでは対して強い魔物や魔族からの襲撃もなく騎士団の損耗もなく進んで来れた。
「ミラーエル、索敵探索魔法は任せる。リレズにはもう少し休息が必要だろうからな。アエムもジーミルもイティアラにもな。これ以上の人員の損耗は出来ない。距離的にはもう少しで出口のはずだ。俺もコイツらで空から見張る。行ってこい!ミラージュバード達!」
ロキウスが腰袋から掌程の大きさの箱を取り出し蓋を開けると陽炎の様な鳥が次々と音もなく出て飛び去って行った。
ミラージュバード。
幻想の森の棲む鳥の魔物。
熟練者の魔物使いでも一羽を使い魔に出来るかどうかだ。
ロキウスは百五十羽以上使い魔にしている。
それぞれのミラージュバードの視覚と繋げる事がロキウスは出来るのだ。
「…突入の時にもアイツラを放っておけば…」
鳥箱から飛び立って行くミラージュバードをロキウスは見つめ唇の端を血が滴る程強く噛み締めていた。
ロキウスは魔王領地に入るまで己の力を過信していた。
四日間掛けロキウス一人でブレイブドラゴンを討伐し冒険者最強の称号SSS級ランクになった事と国王に報告をするために王宮に行くと突然王宮占い師ミエータヨに国を救う勇者だと指摘された事を。
勇者の肩書きで様々な騎士団、騎兵隊、馬車隊、魔道士団、冒険者隊が召集された。
重騎士隊長イティアラ、王国の深淵の雷ジーミル、教会最高位の治癒師アエム、エルフ族最強狩人ミラーエル、宮廷魔道士リレズ最高峰パーティーが揃った。
旅も魔王領地までは難なく進めた。
だが魔王領地に入ると一気に戦闘は激化した。
魔王領地に入り十日とせずに冒険者隊、魔道士団は戦線からの離脱を余儀なくされ魔王城下の森中程で騎士団隊長の進言で隊列を組み直し何とか凌いであの地点まで入り込んだ。
だが損耗はとても激しく国王騎馬隊長の進言と狼頭巾を脱ぎ顔を出したリレズが馬車の上によじ登り一日に一度しか放てない風の大魔法を全方位に打ち放し森の地形を変える程の凄まじい威力で難を逃れた。
魔法を打ち放し魔力の尽き欠けたリレズはフラフラになりジーミルが支え馬車に戻ったのだった。
「ロキウス、せっかくリーズのポーションで治った怪我なのに自分で傷付けるの?」
ミラーエルは腰袋からロキウスにハンカチを差し出す。
ハンカチを受けとるとロキウスは腰袋からポーションを取り出しハンカチに浸けると唇を拭った。
「そうだな。リレズのこのポーションで治った怪我だ。後悔は王都に戻って散って行った者達の家族の前で今回の俺の失態を告げてからだな。勇者として皆を率いて来た俺の責務だ。」
眼光を強くして前を見つめるロキウス。
「おいおい、思い詰めるなよ勇者様よ。皆命を掛けての出陣だった。ロキウス勇者のお前が失態だと言うな。散って行った奴らの事も失態だと侮辱する気か?ソイツは俺が許さねぇ。奴らは全力で戦った結果散って行ったんだ。命を掛けた奴らの為にも失態だと思うな。勇者ロキウス。」
イティアラが寝たままの体勢で静かに低い声でロキウスに語り掛けた。
「騎士はその心に定めた者の言葉にしか従わない。王に、信用たる勇者に、その仲間に命をかけてだ。今はその仲間達が安心して休息が出来るように見張りをしてな。勇者様よ。じゃあ、もう一度眠らせて貰う。」
イティアラはそう言うと寝息を立て始めた。
夜が明ければこの森の脱出戦となる。
英気を養うは騎士としての努めだ。
寝ているイティアラの兜の横顔を見ながら廻りの警戒を更に厳しくミラージュバード達からの念波を掴み取る。
森の出口まで全力疾走の馬車隊であと半日程度の距離だが安心は出来ない。
ロキウスは馬車の椅子に腰を下ろし顔を包み込む様に逞しい両腕で覆い隠し目を閉じ伏し目がち俯き体力を回復させながら今迄に無い程に警戒レベルを上げていた。
(必ず皆を王都に連れて帰る!必ずだ!)
胸の奥でロキウスは一人誓いをたてた。