先ずは逃げるに如かず
僕はただ静かに過ごせたらよかっただけなのに!
怖い怖い!
逃げたい!
逃げる為には強くならなくちゃいけない!
風を切り裂く様に六頭立ての大きな馬車が四両、その後方には王国騎兵隊四個師団が轟々と蹄の音を響かせ大きな木々が生い茂る森の荒れた道を車輪の大きな音を立て走り抜けていく。
先頭の馬車には王国騎士団隊長ら六名が前方の監視を行い、次順の馬車には唯一魔王を倒せると予言された王国最強の冒険者、勇者ルタミルス・ロキウス、中性的な面持ちでよく女性に間違われがちの男性神官であり治癒魔法師ユーテルム・アエム、金色に輝くフルプレート・メイルに一際大きな身を包み大盾と太く大きな槍を携えフルヘルムで顔を隠した女性重騎士ガンルガンティルノ・イティアラ、目立たぬ様に全身を漆黒の軽装鎧に身を包んだ暗殺者ルクネル・ジーミル、大弓を背に背負いとても良く鞣され艶やかな軽装鎧に身を包んだ美しいエルフの女性ミラエール・カミルダン、狼の毛皮の外套纏い狼頭巾を被り顔を隠し素晴らしい細工と幾つもの魔法玉が埋め込まれた杖を右手に持ち左右の指と腕にも魔法玉の嵌め込まれた指輪と腕輪を装着した大魔導士ガザル・リレズが乗り込み、三両目、四両目の馬車には王国騎士団長と騎士達が乗り込み、王国最強精鋭騎兵部隊、蒼凰、紅凰、黒凰、白凰の四個師団が殿を守り駆け抜ける。
世界を闇に変え牛耳らんと目論む魔王討伐の為、その魔王の住まうゼガダーム大魔王城を目指す。
魔王領に入り幾多の魔王直属部隊からの襲撃を掻い潜り休息もまともにとれてはいなかった。勇者隊も例外無く激しく揺れる馬車でうつらうつらと夢か現実かの境目を視る様にしか眠る事が出来てはいない。最早、先陣を切って走り進んでいた王国精鋭騎兵隊八個師団は全て散り彼らの肉体と魂は魔王領の大地のヴァース(生命力と魔法力の源)へと還っていった。大魔導士のガザル・リレズは握り潰すかの様に杖を軋ませている。
「思い積めるな、自分を責めるな、リレズ。騎士団長達とお前の判断のお陰で俺達は今、こうして前に進めているんじゃないか?お前が風の大魔法で牽制して騎士団達が道を切り開いてくれたからだ!そんなに思い詰めるな。お前の自慢の相棒の杖レーヴァゲルディル(リレズ命名)が痛そうだぞ?プッ」
彼の頭迄被った外套を捲りロキウスが皆を少しは和ませようとあえて明るく振る舞う。
「ああ、その通りだよ。リーズ、お前の判断は間違いじゃなかった。あの時お前が魔法力の大半を失う事を省みずに魔族を押し込まなかったら騎士団達は血路を開く事ができなった。あの時の大魔法を見て私は人間を、リーズを更に見直した。」
少し頬を紅く染めたエルフのミラエールが豊かな胸の下で左右の腕を組みリレズの肩に身体を押し付けている。
馬車内の皆が微笑ましく見ている。
二人の関係を皆が知っているからだ。
新婚ホヤホヤの夫婦だと。
魔法力と身体能力に長けたエルフが全てにおいて劣る筈の人間を認め心と心を重ねている。
若年で王国宮廷魔導士の一人だったリレズは魔王を倒す為に必要になると偶然通りがけた王宮予言者ミーライ・ミエターヨに捕まり両肩を鷲掴みにされ激しく身体を前後に揺さぶられながら言われ予言に従いエルフの国に単身で向かった。エルフしか会得することは叶わないと言われてた古の風と炎と雷の大魔法を四年で会得し尚エルフにも失われたと云われていた蘇生の大魔法を五年の月日をかけて日にいずれの一種しか放てないとはいえリレズは会得して見せた。
残りの古の大魔法を会得しようと更に努力をしたが水と大地の大魔法はリレズの魔法力と相性が悪く反発してしまい会得出来なく已む無くリレズは諦めた。
二つの月が稀に見る満月の夜にリレズが人知れず森の奥の大滝の前で頭を抱え大地に伏して声を殺して涙しているのを偶然見かけたミラエールはとても愛おしく思い思わず後ろからミラエールよりも若く幼い(リレズ28歳、ミラエール1…9…ゲフッ…ガハッ…女性の年齢を詮索してはいけない)身長の小さなリレズを包み込む様に優しく抱き締めていた。
エルフに劣ると語られていた人間を同等だとエルフの国の王も認めエルフの国の古より伝わる伝説の最強の宝杖をリレズに贈りミラエールとの仲も夫婦と認められた。
大魔導士ガザル・リレズの誕生だ。
「しかし、リレズの兄貴をゆっくり休ませネェと…兄貴…少しは寝ていてくだせぇ。兄貴の魔法力はさっきの奴で空っ欠なんでさぁね?…よし。ここはチョイとおいらが斥候に出て見ましょうか?ロキウスの旦那。」
覆面で口と鼻を隠し両眼が紫眼の暗殺者のジーミルがリレズを心配して自らの命を危険に晒し斥候に出ると言う。
「確かにそうだな。リレズを休ませないといけない。だが…ジーミル決して先行し過ぎるなよ?お前迄…失いたくはないからな?」
「アイよ、しかし旦那、おいらが誰か忘れていねぇですかい?行ってくるぜ。」
その言葉を残しジーミルは音もなく馬車から幻の様に消え去った。
ジーミルはロキウスとリレズとミエターヨからの王への直訴により数多の命を狩り王国の深淵の雷と恐れられていた男だが恩赦が与えられ魔王討伐の勇者隊の一員に加えられたのだ。
ジーミルは自分よりも若いリレズの多彩な魔法に感銘してリレズを兄貴と呼ぶ様になった。
無事に逃げられるのかな?