第七話 大根
翌日、俺達は予定通り南門からダンジョンへと向かった。
初めて身に着ける皮鎧は少し体に違和感を覚えるが、身の安全のためには慣れないといけない。
南門から街を出たはずだが、ダンジョンまでの道のりは石畳に舗装されており、商店も立ち並んでいた。
それだけダンジョンの資源が有効で、人が多くいるという事なのだろう。
ダンジョンの入り口は地面にぽっかりと空いている穴だった。
よく見ると地下への階段があり、その前ではギルド職員が身分証の確認をしていた。
ギルドカードを見せて中へ入り階段を下ると少し広い空間に出た。
レンガ造りの地下室で奥に地下への階段、手前の地面には円形の魔法陣のような幾何学模様が描かれており、薄い光を伴っていた。
「ありゃ転移装置だ。地下十階とニ十階へ行ける、最も一度到達して登録すればだがな」
「……随分と便利だな」
だがまぁ途中の階層からリトライってのは、ラノベやゲームでも良くある設定だ。この世界であったとしても納得出来てしまう。
魔法陣は今は使えないので地下二階へ、そこはまさにダンジョンという風体の迷路型ダンジョンだった。
レンガ造りの通路に松明のような物が掛かっている。
見た目は炎だが、近づいても熱くない。陽炎さえ見えるのに不思議だ。
「さぁドンドン攻略するぞ、今日中に十階の転移魔法陣に登録するからな、トールも強くなりてぇだろ」
「勿論」
早く強くなって手足として使いたいって欲をビンビン感じる。もう少し欲を抑えてほしいものだ。
まぁ強くなることに異存はないけど。
地下二階はディレウス曰く超初心者向けで罠も無い。迷路の道筋も固定なので、先頭に俺が立ち出てきた魔物を斃しながら、後ろからディレウスのナビを受ける。
ダンジョンの魔物は外の魔物と違い、斃したら黒い霧のような物になってダンジョンに吸収される。しかし核である魔石や、強力な魔物だと素材をドロップするという。
通説では、魔力が固定化し霧状にならない部分が素材として落ちるのではないかと考えられているらしい。
だがまぁ、目の前のゴブリンがそんな素材を落とすはずもなく、ギャイギャイと煩い声を聞きながら、戦士の職業で片手剣を使いながらさっさと倒して行く。
道中は特に変わり映えも無く、偶にディレウスにアドバイスを貰いながら進んで行く。
勝手知ったるなんとやら、ディレウスの案内でそれほど時間をかける事無く十階層へと辿り着いた。
道中新たにコボルトだのスライムだのと出てきたが、十階までは初心者用という事で特に苦戦する事もなかった。
……ゲームやラノベのテンプレ魔物が実際に目の前で動いているのは、見ていて少し面白かったが。
十階層は地下一階のエントランスと同じくらいの広さで、奥には木造の両開きの扉が備わっていた。
正しくボス部屋への入り口なのだろう。
中へ入ると、これまで素手だったゴブリンが剣を持って待ち構えていた……瞬殺したが。
ボスを斃してボス部屋の奥の扉を開けて先へ進むと、エントランスで見たような魔法陣が敷かれており、ディレウスに言われた通り中へ入り三秒ほどすると体が淡く光った。
「これで入り口から十階層まで飛べるようになったな、どうするもう少し奥まで行くか? それとも帰るか?」
「もう少し行ってみたい」
「おう」
魔法陣の小部屋から先へ進むとまたエントランス程度の空間と魔法陣が現れ、その先に地下への階段があった。
階段を下ると今度は打って変わって草原が開けていた。
しかも頭上には青空と太陽まで再現されている。
思わずその場に立ち止まっていると、後ろから押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「驚いただろ、何にも知らねぇ新人のその顔見んのがベテランの楽しみでもある」
「いい趣味ですね」
「まぁそうつんけんすんな、こっからは機動性があるウルフ系の魔物が出てくる、油断すんじゃねぇぞ」
草原には迷路では出会わなかった他の冒険者も見かけた。
鯖でも切り替わっているのかと濁して聞いてみると、単に迷路は簡単で実りが無いので人が居ないそうだ。
暫く草原を進むと灰色の狼が此方へとやって来た。
だが狼型の魔物も以前住んでいた森で出会うので対処は知っている、避け際に首を斬ればそれで終わりだ。
「下へ行けば行くほど徒党を組んできやがるからな、油断すんなよ」
「分かった」
草原では他にウサギや蛇等のテンプレ的な魔物が出てきたが、特に危機を迎える事もなく落ち着いて対処することが出来た。
その後地下十三階まで潜ってから今日は此処までにしようと十階まで戻り、そこから帰還の魔法陣を使ってエントランスに戻って来た。
ダンジョンを出て直ぐに出張冒険者ギルドの掘っ立て小屋で魔石とウルフの牙とホーンラビットの角を売却。売却した金額銀貨五枚をそのまま俺にくれた。
恩を着せたいのかと勘ぐりながらも無一文なので有難く頂戴した。
これだけで銀貨五枚貰えるのなら、カードの再発行はそこまで気にしなくてもよさそうだ。
街へ帰って来てからは自由時間となったので家族に会いに行くことにした。
途中で父が護衛兼店番をしている武器屋に顔をだしてから、お土産の食べ物を買って帰る。
夕飯を食べてから職業システムを開くと、新たなログが流れていた。
『一定行動により剣士が解放されました。
既に短剣士が解放されておりましたので剣士に統合されます。またレベルの統合化が行われます。
レベル統合によりレベルの下降が確認されました。下降前レベル3まで剣士に経験値ブーストが適用されます』
見ると短剣士があった場所が剣士となっておりレベルが2へ下がっていた。
スキルは【短剣術】と【片手剣術】が使えるようになっている。
……成る程、こういうシステムなのか。てっきり片手剣は短剣士と同じく片手剣士になるものとばかり思っていたが。
それに経験値ブーストがどの程度の割合なのかも気になる。
取得経験値を数値として見られないのは惜しいな、それさえ分かればもっとこの力を効率的に使えただろうに。
無い物を考えても仕方ない、それよりも例えば斧等を使った時でも剣と統合されるのか、それとも独立した職業になるのか、それを検証する方がいいだろう。折角戦士のスキル【劣化武器術】のお陰で色々な武器をなんとなく使える程度になっているから、試さない手はない。
それに魔術の派生も気になる、此方の【劣化魔術】で例えば火の魔術を独立させた場合、風の魔術を得たら統合されるのだろうか?
そうなって来るとディレウスの監視が鬱陶しいな。
全てを言わないまでも、軽くばらしてしまうというのも視野に入れなければならない。
メリットは勿論多大だが、デメリットも多い。
特に今後敵対する可能性がある人物に自分の能力を教えるというのは躊躇われてしまう。
しかしリスクゼロで時間をかけるよりも、ある程度のリスクを背負って自分の強化をする方が家族の生存率も上がるだろうか?
未来の情報戦を取るのか、未来を生きるために今の武力を取るのか、どっちを選んでもデメリットが大きい、ままならないな。
翌日、取り合えず一週間程考える時間を自分に儲け、先ずは目先の経験値ブーストとやらがどの程度なのか知る為にダンジョンへと潜った。勿論ディレウスと共に。
「……動きが良くなってんな、流石の成長率だな」
【劣化武器術】から【片手剣術】のスキルに移行した為、どう動けばいいのか、足運びはどうすればいいのか、そんな基礎技術が無意識で使えるようになっていた。
自分の知らない知識や経験で自分が動かされているというのは気持ちのいい物ではないが、一から修行する暇もないので有難い。
それに、この世界ではスキルとはそういう物だ。スキルを取得すればそれの使い方がなんとなく分かるように、脳なのか体なのかはたまた魂になのか分からないがインプットされるように出来ている。
世界のシステムを気にしたところで、今の俺には有効活用することくらいしか出来ない。
本日は十階層から探索を開始し、現在は十六階層。
十五階層に中ボスでも居るのかと身構えていたが、普通の草原フィールドを通るだけで拍子抜けしてしまった。
しかし十六階層で目撃した余りの光景に、俺とディレウスは思わず顔を見合わせてしまった。
知り合いか? 、いや知らねぇが、どうするのこれ? 、どうって言われてもな……。
お互いの気持ちを互いの目が雄弁に語るほどに、目の前の光景は清々しい程に俺達を困惑へ突き落した。
「イヤータスケテーシンジャウー」
目の前でガシガシとウルフに足を噛まれながらも全くダメージが入っている様には見えない女性。
しかもチラリチラリと此方を窺っているし、周囲を警戒して見れば救助を求める声に近寄って来た冒険者をガタイのいい冒険者と思しき人物が追い返していた。
……いや、本当になんだこれ。