第五話 通称、隻眼のサボリ魔先生の講義 2
エントランスを左へ進んだ場所にある応接室で、俺と獣人は対面していた。
緑と白が基調となって品よく纏まっている部屋だが、そのせいで目の前の獣人が浮いて見え、なんとも言えない残念な気持ちになる。
当の本人は全く気にしていないのか、自分で用意した紅茶をダバダバ入れて飲んでいる。
「じゃあ改めて自己紹介するか。俺の名前はディレウス、ティフィリース教団王都ヴァルトル支部の支部長だ、つっても田舎の国に左遷されただけだがな。ティフィリース教団ってのは、世間じゃ邪教と呼ばれてる類の教団でな、忌子の保護や既存宗教の破壊を目的としている。教団内でも更に穏健派と強硬派ってのが居てな、俺は一応穏健派に属している」
そこまで言うと紅茶を飲み干し、ちらりと此方を伺ってから眼帯を外した。
「トールが一番気になってんのは昨日の俺の態度と家族についてだろ、今からそいつの説明をする。俺は見ての通り半端者でな、他の赤目連中みたく十全に魔族の力が使えねぇ。そのせいで強硬派の連中には色々と言われてな、俺が左遷されたのもコイツが一因だ。だが全く力が使えねぇわけじゃあねぇ。俺のこの目は今の力量と将来の力量の二つを色として見る事が出来る。昨日コイツでトールを見てそりゃあもう心臓が止まるかと思う程驚いたぜ、なんせ俺が見てきた中で一番の成長率だったからなぁ」
今でも信じられないという風に大袈裟なジェスチャーをするディレウスに、スキルを完全に見抜かれたわけでは無いと知り俺は少しだけ安堵した。
……まぁこの話を全て信じるなら、だが。
もしばれてしまっているのなら割り切って協力者に仕立て上げるのが一番の得策だが、こうやって濁されてしまっては此方からスキルを明かすメリットとデメリットを比べる必要がある。
何にせよ早計だ、もう少し情報を引き出したい。特にこの男が何を一番欲しているのかだ。
「家族についてだが、昨日トールも会ったカーターが所有する家に移動して貰う手筈になっている。本来はトールを店で働かせるつもりだったんだが、それはお前の親父さんにやって貰う。例の妹にはわりぃが地下の隠れ部屋で待機だな、裏通りの家で人通りは少ねぇが皆無じゃねぇ、見つかる危険は犯せねぇ」
「……わかりました、手配ありがとうございます。それと宜しければティフィリース教団について、もう少し詳しく知りたいのですが」
「あぁいいぜ、そうだな……因みにだが三大宗教ってのは知ってるか?」
「いえ、知らないです」
「なら先ずはそっからだな。一つは人間こそが唯一人族であり、他種族は人ならざる亜人であるとするヒュシフィス教。一つは自然と共に歩む者が世界を管理すべきと唱えるナキュロアス教。一つは世界の敵たる魔物を斃す事こそ人族の意義であり、人族は共に手を取り魔物を斃すべきであると説くフォミウル教ってのが三大宗教と言われてる」
もう少し詳しく説明してもらい、頭の中で纏めて行く。
人間至上主義のヒュシフィス教は、人間以外の獣人、エルフ、ドワーフは人間の奴隷であるとし、人間の為に仕える事こそ神が望んでいると言っているらしい。
因みに人間同士は争うことなく受け入れ手を取り合わなければならいという考え。
ディレウス曰くこれに反発して広がって行ったのがナキュロアス教だという。
そもそもは森を守護神とする宗教で、エルフと獣人が人間やドワーフから森を守る為に広がって行った宗教らしい。
しかしヒュシフィス教の勢力が拡大してからはそれに抗うように攻勢となり、昔では考えられないような攻撃的な思想へと変貌したという。
最後のフォミウル教は主に冒険者の信者が多く、心身深いというよりかは、ヒュシフィス教とナキュロアス教から身を護る為に入っている者が殆どだとか。
「身を護るというのは、逆効果ではないのですか? 異端者めと攻撃されたりしないのですか?」
「冒険者ギルドってのは中々厄介でな、下手にちょっかいを掛けると身分証のシステムが止まる。そうすっとならず者が入り放題ってな、その辺は追々教えてやるよ。話を戻すが、その三大宗教ってのは仲がわりぃが共通して赤目の排除は変わらねぇ。これに抗う為に各地に支部を開いてんのが俺達ティフィリース教だ。ティフィリース教の教えでは、来る災厄に備えて全てのモノが手を取り合う準備をすべきであり、戦争や紛争等を起こす者共は人に在らず、速やかに排除すべきってのが基本理念だ。まぁその来る災厄については俺も詳しくねぇが」
どうやら赤目を迫害しているからは勿論だが、どちらかというと宗教戦争を起こし手を取り合う邪魔をしているから排除したいという事らしい。
思ったよりも過激な教団だな、教団に見つからないような避難場所も追々確保しなくてはならないか……。
「さっきも言ったが、ティフィリース教の中でも強硬派と穏健派がある。強硬派ってのは、旧魔族つまり赤目の力を全力で使って敵を排除し、ティフィリース教を世界の先導者とする思想だ。穏健派ってのは、被害を出来るだけ小さくし、赤目だろうと戦いたくない者を無理に戦場に出さないようにと考える思想だな」
益々この教団に妹を置いておくのが不安になって来た。
その強硬派とやらに見つかったら妹も戦場に送られるわけだ、冗談じゃない。
「強硬派と穏健派の割合はどのくらいですか?」
「強硬派6、穏健派4ってとこだな」
「……派閥争いはどの程度なのでしょうか? 武力抗争ですか? それとも政治的な足の引っ張り合いでしょうか?」
「今のとこ足の引っ張り合いだが、今後は分かんねぇな。なにせ俺が中央に居たのはもう二年も前だ」
「……他に忌子を保護している組織は有りますか?」
「八年くらい前まではあったがな、赤目の暴走で断念したそうだ」
他の組織か隠れ家が見つかるまではこの教団に世話になるしかないか。
となるとやはり強硬派をどうするかだが……。
そこまで考えてハッとして、相手に悟られないように下を向く。
……誘導されている。
ディレウスは何故自己紹介の初めに派閥の説明をした?
本来そう言った内部事情はもう少し俺の人となりを見るなり組織に慣らしてから打ち明けるのが自然ではないだろうか?
勿論最初から内部事情をあえて教える事で透明性を示し信頼を得る為とも考えられるが、最も可能性が高いのは意図して不安を煽るためではないだろうか。
それは何故だ?
……退路を断ち、俺と強硬派をぶつける為?
ディレウスは彼自身が驚く程に俺の力を買っている。
それを自分が利用するために強硬派を敵とする為に刷り込みを行っているのはないか?
逆説的に、彼の目的の一つは強硬派の排除にあるということだろうか?
だがそれを直接訪ねるのは憚られる。逆上して襲われでもしたらたまらない、今の俺ではその筋肉が飾りでなければ勝てないだろう。
だが一つの仮説を立てる事が出来た、もしディレウスが俺を強くし強硬派とぶつけたいのだとしたら、それを利用しない手はない。
……だが強硬派や穏健派等そもそも無いという可能性も考慮しなければならない。
あいつ等は強硬派だからと唆され、派閥など無いのに復讐の駒としていいように使われるのは御免だ。
なんにせよ俺の取れる行動は限られているし、今ここで保護を打ち切られてはたまらない。だから彼が一番欲しそう言葉を送ろう。
「強くならないといけないのですね。ディレウスさんが、手伝ってくれるのですよね」
「おう、任せとけ。そんで話は変わるがトールも気になってる追手の続報だ」
「もう何か入ったのですか?」
「いや未だだ。だが部下の新緑の護り手を調査に向かわせた」
「そう言えばこの家はその本部と言っていましたが、教団の支部の名前なのですか?」
「いや新緑は冒険者のパーティー名だ。新緑は国内を活動するための仮面ってとこだな、Aランクパーティーのネームバリューは結構使える。一応俺もそのパーティーに入っちゃいるが、中央からの報告やらもあるんで王都に詰めてる。そのせいでサボリ魔呼ばわりされてるがな」
苦笑いを浮かべたディレウスがおもむろに立ち上がり、ぐっと伸びをしてから「さて」と呟いた。
「最低限の説明も終わったし、何か気になる事があれば随時聞いてくれ。んで次はトールの冒険者登録だな」